三菱UFJ環境財団 農学部特別講義Ⅲ 農工で取り組む環境科学・環境工学Ⅰ 土壌の炭素貯留と地球温暖化緩和 炭素プールとしての土壌 地球規模でみた炭素循環 土壌炭素ストック 耕地規模での炭素ストック 土壌有機物集積のメカニズム 投入される有機物の質 有機物が集積する環境条件 田中治夫 生物生産学科 土壌学研究室 土壌中の炭素ストックは、 大気中 + 植物体中の炭素ストックの約2倍 Figure Simplified schematic of the global carbon cycle. (IPCC 2013) 赤字の矢印の数字は2000-2009の値を、赤字の貯留量は1750-2011 の変化量を示す。 http://www.ipcc.ch/report/ar5/wg1 炭素循環 : 地球上の炭素の移動。化石燃料の燃焼による二酸化炭 (Carbon Cycle) 素の大気中への排出のほか、海洋、森林、土壌などに よる吸収・排出を総合的に捕らえたもの。 炭素プール : 大気、森林バイオマス、木材製品、土壌、海など、炭 (Carbon Pool) 素を貯蔵あるいは放出することができるシステムのこ と。 炭素ストック : 炭素プールに貯蔵される炭素の量。 (Carbon Stock) 炭素貯留量。 炭素フラックス : 炭素プール間の炭素の移動。通常、単位面積(ha) (Carbon Flux) 当り、単位時間(年)当りの移動炭素重量(T)で表す (tC/ha/yr)。 2015 JCCCA 全国地球温暖化防止活動推進センター Web ページより Global Soil Regions (Soil Taxnomy) 土壌炭素ストック:世界の土壌の中の有機・無機炭素蓄積量 TABLE 12.1 Mass of Organic and Inorganic Carbon in the World's Soils Values for the upper 1 m represent 75 to 90% of the carbon in most soil profiles. Inorganic carbon is present mainly as calcium carbonates in soils of dry regions. Wetland soils as a group contain 468 Pg of organic C, some 30.3% of the total organic C in global soils. Global carbona in upper 100 cm Organic Soil order Entisols Inceptisols Histosols Andisols Gelisols Vertisols Aridisols Mollisols Spodosols Alfisols Ultisols Oxisols Misc.land Total Global area, 10 3 km 2 21,137 12,863 1,526 912 11,260 3,160 15,699 9,005 3,353 12,620 11,052 9,810 18,398 130,795 a Inorganic Total Pg 90 190 179 20 316 42 59 121 64 158 137 126 24 1,526 Total % 263 34 0 0 7 21 456 116 0 43 0 0 0 940 353 224 180 20 323 64 515 237 64 201 137 126 24 2,468 14.2 9.0 7.2 0.8 12.9 2.6 20.6 9.5 2.6 8.0 5.5 5.1 1.0 100.0 Organic matter may be roughly estimated as 2.0 times this value, although the multiplier traditionally used is 1.72. 0rganic nitrogen may also be estimated from organic carbon values by dividing by 12 for most soils, but see Section 12.3. Pg = Petagram = 1015 g. Data selected from Eswaran et al. (2000). 研究例:FM津久井の土壌炭素蓄積量 研究例:FM津久井の土壌炭素蓄積量 表 FM津久井に各土壌が分布する面積と推定炭素蓄積量 土壌型 面積 有機炭素量 (ha) (1m2×1m深) 当たり(kg) (Mg) 典型陸成未熟土 0.72 15.9 114 典型淡色黒ボク土 1.68 27.8 466 腐植質普通黒ボク土 1.39 32.8 455 腐植質厚層黒ボク土 2.03 41.5 842 多腐植質厚層黒ボク土 2.22 34.2 758 合計 8.03 2,635 FM津久井土壌の有機炭素が全て分解すると、2,635 (Mg = ton) の炭素が、 二酸化炭素 CO2 に換算すると 9,660 ton の CO2 が大気に放出されることになる。 森林土壌における炭素蓄積量 -林野庁森林吸収源インベントリ情報整備事業- 地球上の陸地の炭素量の推定によると、土壌中は植生の3~4倍の炭素が蓄積し ており、炭素貯蔵庫として重要な機能を持っている(IPCC)。 日本の森林土壌にはどのくらいの炭素が蓄積しているであろう。林野土壌調査報告 や適地適木調査などの既報の資料を基に土壌の炭素蓄積量を集計した。鉱質土壌( 深さ 0~30 cm)における土壌炭素蓄積量を土壌型別に比較すると、泥炭土、黒色土 群、ポドゾル群に炭素が多く蓄積されていた。一方、未熟土や赤黄色土群の土壌に 蓄積している炭素は少ない。日本の森林土壌の全国平均値は9 kg/m2であった。 しかし、森林土壌の調査は造林が盛んに行われた1950- 1970年代に主に行われた ので、上の集計はその期間の土壌炭素蓄積量の平均的な値といえる。土壌炭素は 土地利用の変化、樹種の違いや森林伐採、地球の温暖化により変化する。気候変動 枠組み条約や京都議定書など国際条約に対応するためには、最新の土壌炭素量を 調査することが必要である。 本プロジェクトは、国連気候変動枠組み条約や京都議定書で報告義務のあるリター 、枯死木、土壌中の炭素量を調べるため、林野庁の委託事業として森林総合研究所 が都道府県、民間調査団体等とともに全国の森林土壌を調査するものである。統一 された方法により全国の森林を5カ年計画で調査し、炭素量を分析して、インベントリ( 目録)を構築する。 森林土壌における炭素蓄積量 -林野庁森林吸収源インベントリ情報整備事業- 図.地方別枯死木炭素蓄積量 図.地方別土壌炭素蓄積量(0-30 cm) 土壌炭素蓄積量は、北日本で高く、南西日本で 低くなる傾向がみられ、年平均気温が高い都道府 県ほど土壌炭素蓄積量が低くなった。 他方、火山帯に位置する南西日本の都道府県で 土壌炭素蓄積量が高くなる傾向がみられた。 このことから、深さ 0–30 cm の土壌炭素蓄積 図.地方別リター炭素蓄積量 量は、気温のみならず、火山灰の分布によっても https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/fsinvent/ 規定されることが窺われた。 農地土壌における炭素蓄積量 世界的にみると、土壌は表層 1mに約 2兆 tの炭素を土壌有機物の形で保持している。 これは大気中の炭素の2倍以上、植物体中の炭素の約 4倍に相当し、そのうち 40%が農 林業の影響下にあると予測されている(OECD「土壌有機炭素に関する専門家会合報告書 」(2003))。また、我が国の農地土壌においては、表層 30 cmに、水田で 1.9億 t、畑で 1.6 億 t、樹園地で 0.3億 t、合計約 3.8億 tの炭素を貯留していると試算される(「土壌環境基 礎調査」(1994-1998)に基づき算出)。 こうした農地土壌が貯留している大量の炭素は、営農活動によって増減することから、 適切な土壌管理を通じて土壌中の炭素量を一定のレベルに維持することが、地球温暖化 の防止に大きな役割を果たすといえる。我が国の農業試験場において行われてきたたい 肥や稲わら等の有機物の連用試験(水田52地点、普通畑26地点)のデータに基づき、有 機物施用を行った場合に、化学肥料のみを施用した場合と比べてどの程度炭素貯留量 が増加するかを算定した。その結果、全国の農地土壌に対して、たい肥を1.0~1.5 t/10 a (水田: 1.0 t、畑: 1.5 t/10 a)施用した場合における炭素貯留の増加量は、年間約 220万 炭素t(二酸化炭素換算 808万 t)と試算された。一方、たい肥の施用に伴い、水田土壌か ら追加的に16.8~27.4万炭素 tに相当するメタンが発生すると見込まれる。これを差し引く と、たい肥の施用に伴う農地土壌全体の炭素収支は年間約 193~204万炭素 tと試算さ れる。これは、我が国の第一約束期間における削減目標量2,063万炭素 t(二酸化炭素換 算7,655万t:1990年の総排出量の6%)の約1割に相当する。 -農林水産省 2008:「地球温暖化防止に貢献する農地土壌の役割について」より抜粋 -農林水産省 2008:「地球温暖化防止に貢献する農地土壌の役割について」より -農林水産省 2008:「地球温暖化防止に貢献する農地土壌の役割について」より (白戸康人氏作成) Topics 有史以来の土壌炭素の変化 ~土地利用変化によって既に人類が失った炭素の量~ • 5000億トン(袴田ら2000) 先史時代:2兆トン→ 現代:1兆5000億トン • 4560億トン(Lal, 2004) 化石燃料の燃焼(1850年以降) ・2700億トン(Lal, 2004) ・2300億トン(Duxbury, 1994) 先史時代から現在まで土地利用変化により失われた土壌炭 素は、過去の化石燃料の燃焼総量よりも大きい。 土壌有機物集積のメカニズム 土壌有機物の集積は、投入量と分解の差で決まる。 土壌有機物の分解 土壌中で有機物が速やかに分解される条件は、 (1) 投入される有機物の量と質 ① 量が少ない ② C/N 比が低い ③ リグニンやポリフェノール含量が少ない (2) 土壌環境 ① 中性に近い pH ② 十分な土壌水分 (圃場容水量の 60% 程度の水分) ③ 良好な通気状態 (気相が圃場容水量の 40% 程度) ④ 適当な温度(25~35℃) ⑤土壌の粘土含量が高くない 投入される有機物の質 : 分解率 Organic compounds may be listed in terms of ease of decomposition as follows: 1. Sugars, starches, and simple proteins (糖、デンプン、単純タンパク質) 2. Crude proteins (粗タンパク質) 3. Hemicellulose (ヘミセルロース) 4. Cellulose (セルロース) 5. Fats and waxes (脂質) 6. Lignins and phenolic compounds (リグニンやフェノール化合物) 速やかに分解 ゆっくりと分解 (Brady and Weil 2008) Fig. 緑色植物の代表的な組成 有機物と土壌の炭素:窒素比(C/N比) (Brady and Weil 2008) Fig. 様々な植物残渣の分解率 (Brady and Weil 2008) 土壌中における有機物の分解 高いC/N比の有機物を施用し た場合、長期間、可溶性窒素 (無機態窒素)が低下して窒素 飢餓が生じる。 (Brady and Weil 2008) Fig. C/N比が高い有機物 (a) と 低い有機物 (b) が加えられた後の土壌における 微生物活性、可溶性窒素量と残存している有機物の比 の変化 有機物中のリグニンとポリフェノール含量の影響 (Brady and Weil 2008) Fig. C/N比やリグニン及びポリフェノール含量が異なる有機物残渣からの 無機態窒素放出パターン 有機物が集積する環境条件 (1) 土壌型の違い Fig. 良好な排水条件での 異なる土壌での 土壌有機物含量の 垂直分布 (2) 気候の影響(気温と水分条件) (3) 土性 (4) 排水 (5) 耕起 (6) 輪作などの土壌管理 (Brady and Weil 2008) 気候の影響 - 気温・土壌水分環境の違いと土壌有機物の蓄積量 図 温度と水分条件の違いが,土壌有機物の蓄積におよぼす影響 (Mohr and Baren 1954 を改変) 15.4℃は東京の平均気温 (田中2016) 土壌有機物の蓄積量は、植物の合成と微生物による分解との差で決まる。 土壌水分環境と土壌微生物活性の関係 有機物を施用すると土壌微生物の活動が活発になるが、土壌水分環境によって、微生 物活性は異なる。 微生物の活動は、土壌が湿った状態で特に活発になるが、乾燥状態や過湿状態では微 生物活性が抑制されて、土壌有機物が蓄積する。 (西尾 1989) 土性の影響 Fig. 土性と有機物含量の関係 Malawi (▼) とHonduras (●)のトウモ ロコシ畑表層土壌 (Brady and Weil 2008) 排水の影響 (Brady and Weil 2008) Fig. 排水良好(well drained)と排水不良(poorly drained)の場合の 有機物分布の違い 排水不良条件で有機物が集積し、特に表層土壌に集積する。 耕起の影響 不耕起(no-till) にすることにより 耕起(plowed) よりも有機物を集 積するが、表層5 ~10 cmにとどま る (Brady and Weil 2008) Fig. 不耕作は土壌有機物を集積する Rothamsted Carbon Model (RothC) 英国ローザムステッド農業試験場の畑における長期連用試 験データを基礎に開発された土壌炭素動態モデル 100 堆肥連用 土壌炭素量(t/ha) 80 60 堆肥施用途中で中止 40 20 0 1840 化学肥料のみ 1880 1920 年 1960 2000 世界最長の連用試験 1843年開始 Broadbalk winter wheat RothCモデル 投入される炭素、土壌炭素を、回転率=分解しやすさ が違う仮想的なコンパートメントに分ける ↓ コンパートメント間のやりとりを計算 *月平均気温 *降水量 ↓ 地温 土壌水分 ↓ 土壌中の炭素動態をシミュレーション *堆肥 *植物遺体 *耕作土層 *粘土含有率 CO2 DPM/RPM ○分解速度 DPM RPM BIO/HUM BIO HUM CO2/(BIO+HUM) IOM 高 DPM:易分解性炭素 BIO:微生物バイオマス RPM:難分解性炭素 HUN:腐植 IOM:不活性な炭素 k(y-1):潜在的分解係数 a(T) :温度関数 b(W) :水分関数 c(P) :植物による被覆関数 ○CO2/(BIO+HUM)比 潜在的分解率 低 ○DPM/RPM比 農地:1.44, 灌木地:0.67, 森林:0.25 x 1.67(1.85 1.60 exp ( 0.0786*Cl ) ) Total 炭素 Cl(%):粘土含量 ○BIO/HUM比 0.85 Web上で土壌炭素を計算するサイトを開発・公表 http://soilco2.dc.affrc.go.jp/ RothCモデル適用の実例 - FM府中の長期試験圃場の場合 改良RothCモデルによるFM府中試験圃場の土壌有機炭素量の将来予測 CO2 土壌有機炭素の動態が注目されている 土壌有機物は多様な物質の集合体 土壌有機炭素量には栽培管理が大きく影響 CO2 新たな形態の 土壌有機物として 炭素が蓄積される 土壌有機物 分解 ・ 再合成 図 土壌有機炭素の蓄積のモデル図 目的 栽培管理の異なる畑地において、多様な形態を持つ 土壌有機物の季節変化を明らかにする 材料および方法 供試土壌 本学長期連用圃場・表層土壌0-10 cm (厚層多腐植質黒ボク土) 試験区 耕起(T)、減耕起(RT)および 堆肥(M)、化学肥料(F)の組み合わせ TM: 耕起+堆肥 RTM:減耕起+堆肥 TF: 耕起+化学肥料 RTF: 減耕起+化学肥料 ※各区2反復で配置 図 試験区の配置 結果および考察 改良RothCモデルによる土壌有機炭素量の将来予測 TM 90 90 80 80 70 70 60 50 60 ≈ 50 有機炭素量(t ha-1) 100 堆肥 2 t ha-1施用 TF 90 80 50 ≈ 100 2005 70 60 RTM 100 t ha 有機炭素量(t ha-1) 100 2010 2015 2020 2025 2030 2010 2015 2020 2025 2030 RTF 90 80 70 60 ≈ 2005 50 2010 2015 2020 2025 2030 年 ≈ 2005 堆肥施用区:2030年まで土壌有機炭素量増加 化学肥料区:年間2 t ha-1の堆肥施用により 土壌有機炭素量の維持が可能 年 RothCモデル適用の実例 - FM本町の水田土壌の場合 飼料イネ栽培水田における土壌有機炭素蓄積量の変動予測 目的 持続可能な飼料イネ栽培体系の確立に向けて、飼料イネ栽培により、土壌の有機炭素 蓄積量がどのように変化していくかを評価した。 材料と方法 土壌:水田(典型集積水田土)、東京農工大学FM本町(東京都府中市) 飼料イネ:「たちすがた」と「リーフスター」 試験区:慣行密度慣行施肥(CC)区、密植慣行施肥(DC)区、 密植多追肥(DA)区 算定方法:水田土壌用の改良RothCモデル(白戸 2006)を用いて予測した。 パラメーター:気象条件、現在の土壌有機炭素量などの土壌特性値、圃場管理など 結果 ①すべての試験区で土壌有機炭素量が時間経過に伴い上昇すると算定された。 ②現在の土壌有機炭素量を維持するためには、 たちすがた区では年間 0.5~1.2 t ha-1の堆肥施用が必要、 リーフスター区では植物残渣のみでも炭素が増加すると算定された。 土壌有機炭素(t ha - 1 ) 160 140 -1 -1 10tC ha-1 10 t ha y -1 -1 20 t ha 20tC ha-1y 現行(28t ha - 1ha-1) y-1) 本実験(28tC -1 -1 60 t ha 60tC ha-1y 120 100 80 60 40 20 0 2008 2021 2035 2049 図 た ちすがた - 慣行密度慣行施肥区における堆肥施用量を変化させた 場合の 土壌有機炭素の変動予測 結論 本研究における有機物投入によって、水田土壌が二酸化炭素の吸収源として地球温暖 化を抑制するための役割を果たすことが可能であると考えられた。
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