モモンガ様は胃が痛い ID:90445

モモンガ様は胃が痛い
くわー
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じます。
︻あらすじ︼
ユグドラシルのサービス最終日、最後の訪問者であるヘロヘロと別
れたモモンガ。これまでの栄光に思いを馳せながら、せめて終わりは
ギルド長らしくと、結局使うことがなかった玉座の間へと向かう。
そこで守護者統括NPC・アルベドの設定を見たモモンガは、その
あまりの酷さからかつい手を加えてしまう。
少し元気なモモンガは、勝手に変更した設定に勝手に悶絶するが│
│そんなモモンガ様が犯してしまった痛恨のミスとは、いったい。
目 次 モモンガ様、痛恨のミス │││││││││││││││││
愛とは罪なのか │││││││││││││││││││││
感情の重み │││││││││││││││││││││││
デミウルゴスおまかせフルコース │││││││││││││
1
10
20
29
モモンガ様、痛恨のミス
﹁今日がサービス終了の日ですし、お疲れなのは理解できますが、せっ
かくですから最後まで残っていかれませんか││﹂
両肩に巨大な赤い宝玉が飾られている、禍々しい漆黒のガウンを身
にまとう男は、既に誰もいなくなった空席へと語りかける。剥き出し
の骸骨に空いている二つの眼窩には、眼球が無い。皮も肉も無いた
め、その表情からは何の感情も推し量ることが出来ない。
先刻まで古き漆黒の粘体⋮⋮いわゆるスライムと談笑していたが、
それも終わりを迎えた。リアルの激務についていくのが精いっぱい
で、二年ほど前にこのDMMO│RPG﹃ユグドラシル﹄を引退した
ヘロヘロは、疲労に体が悲鳴を上げ、眠気に打ち勝つことが出来ずロ
グアウトした。
仕方がない事情、ヘロヘロや引退してしまった仲間の気持ちは痛い
1
ほどわかる。辞めたくて辞めた訳じゃない。夢がある、家族がある、
現実がある││リアルを優先することは、当たり前なのだ。
﹁どこかでお会いましょう⋮⋮か﹂
ヘロヘロのこの言葉が、社交辞令などではないことはわかってい
る。本心からユグドラシルIIやそれに比類するする新しい世界が
あれば、また、時間を見つけて一緒に遊びましょう。決して短い付き
合いではない、言外に秘められている想いや期待は感じ取れる。
しかし││その直後に、短い罵声と共に円卓へ叩きつけられた拳
﹂
は、骸骨の心象を余すことなく物語っていた。
﹁ふざけるな
ギルドメンバーの41人が全員揃う時などほとんどなかったし、だか
仕事や家庭、そういったリアルの事情がある者ばかりだったのだ。
加入条件は2つ。異形種であること、そして社会人であること。
そう、誰も悪くない。このギルド││アインズ・ウール・ゴウンの
崩れ落ちるこの世界への小さなやつあたり。
スライムへのものであるはずがない。それはただ、あと一時間もせず
罵声は、誰に向けたものでもない。先ほどまで骸骨と話していた、
!
らこそよかったと思える部分もたくさんある。
﹁いや、違う⋮⋮皆、苦渋の選択だったんだよな。12年間も過ごした
世界を、簡単に棄てられるはずがないよな﹂
誰も裏切ってなどいない。見捨てていなどいない。
アインズ・ウール・ゴウン最後のメンバー││ギルド長モモンガは、
座るコマンドを解除して立ち上がる。そして背後のギルド武器、ス
タッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを万感の思いで目に焼きつ
け、意を決したように一度頷き手に取った。
完成以来誰の手にも握られたことのなかった最高位のスタッフは、
まるで初めからモモンガが主君だと決まっていたかのように、厳かな
黒く禍々しいオーラを放ちモモンガを歓迎した。
このギルドメンバーの努力と友情の結晶を、果たして一介の武器と
同じ地に落としてもよいのだろうか。皆で作り上げた輝かしい栄光
の証を、最後の日だからという理由で、輝かしい時代の残骸とも呼べ
る自分が手にとってもよいのだろうか。
││これは、モモンガさんが持つべきです。私たちは、貴方が上
に立ってくれたこそ、今こうして輝けているのだから。
かつて自分を救ってくれた恩人の言葉が頭によぎったのだ。その
言葉に賛同し、それぞれの思いの中笑ってくれる40人の面影を、思
い出したのだ。
﹁⋮⋮行こうか。我がギルドの証よ。いや││我らがギルドの証よ﹂
ス タ ッ フ を 握 る 手 に 一 層 力 が 篭 る。そ の 横 顔 に 寂 寥 の 翳 は 無 い。
モモンガの心には先ほどまで蝕んでいた寂しさよりも、温かな思い出
の数々が、宿っていた。
2
執事のセバス・チャンと戦闘メイドプレアデスたちを従わせ、モモ
ンガは栄光の最期を迎えるべく玉座の間へと足を運んだ。
ここナザリック地下大墳墓の事実上の所有者であるモモンガです
ら息を呑むほどの、豪華絢爛を極めた装飾。ナザリック最奥に位置す
るこの部屋は、作ったはいいが基本的にメンバーたちは先の円卓へと
集まるため滅多に使うことが無かった。そもそも作った理由という
のも、アインズ・ウール・ゴウン最強の一角であるウルベルト・アレ
イン・オードルが﹁││ここまで来たならば、その勇者さまたちを歓
迎しようぜ。俺たちを悪とか言う奴が多いけど、ならその親玉らしく
俺たちは奥で堂々と待ち構えるべきだろ﹂と駄々をこねたからであ
る。一応多数決のもとに採用されたが。
玉座の間に割かれたリソースは勿論半端な物ではなかったが、この
出来を見た慎重派のみんなも大満足だった。
﹁懐かしいなぁ⋮⋮﹂
掲げられたメンバーたちの旗、金銀各種宝石がふんだんにあしらわ
れた玉座の間の奥には、十数段の階段。そしてその頂にはユグドラシ
ルに200しか存在しないワールドアイテムが一つ、拠点NPCレベ
ルポイント増強を行う玉座が、天を衝くように据えられていた。
最期くらいはギルド長らしく││モモンガがスタッフ・オブ・アイ
ンズ・ウール・ゴウンの封印を解いたのも、もとはと言えばこのため
だ。サービス終了まで守り続けてきた自分へのご褒美。
4 1 人 全 員 が 揃 っ て 迎 え る こ と が 出 来 れ ば そ れ 以 上 の 喜 び は な
かっただろうが、無いものねだりをしても仕方がない。皆が胸の中で
3
ユグドラシルの終わりを、ギルドの終わりを悼んでくれているのなら
それでいい。
従者たちを伴って、モモンガは歩を進める。ギルドメンバーの紋章
が刻まれた旗を感慨深そうに眺めながら、結局41人が集うことのな
かった﹃夢﹄を一歩一歩踏みしめる。この場所に彼らはいない││だ
というのに。まるで、かつてのアインズ・ウール・ゴウンがそこにあ
ると錯覚させるほど、モモンガの歩みは確かなものだった。
部屋の半分を進んだ頃。上を向いて歩いていたモモンガの視界の
片隅が、純白のドレスを纏った美しい女性の姿を捉えた。黒い髪は腰
ほどまで長く、惹き込まれそうになるほどに輝く金色の瞳。浮世離れ
した絶世の美女だが、縦に割れた瞳孔と、山羊を思わせる太い両角。
そして腰の辺りから広がる漆黒の天使の翼が、彼女が人間ではないと
いう事実を突きつける。
﹁えっと、確か││﹂
モモンガは立ち止まり、右手を顎へとあてがい考える素振りを見せ
る。
先ほどはコンソールで確認しなければセバスやプレアデスの名前
を思い出すことが出来なかったが、彼女は別格だ。流石のモモンガも
忘れることなどない。
言い訳しておくと、ここ数年間ほぼ毎日ログインしていたとはい
え、モモンガがナザリックにいた時間はほぼゼロに等しかった。モモ
ンガ⋮⋮鈴木悟のPCは、いわゆるガチビルドを組んでいない。もち
ろんLv100帯では上の下ほどの強さを持っているが、モモンガよ
りもキャラ的に、装備的に強いプレイヤーは多くいる。モモンガが最
強クラスと呼ばれた所以は、その膨大なプレイ時間から齎されるプレ
イヤースキル。
30兆にも及ぶ莫大なギルドの財産と、マーケットに出してもいい
とメンバーより譲り受けた装備に、モモンガは一切手をつけていな
い。多数決を重んじるこのギルドで、いくらギルド長ともいえども独
断で行動することはモモンガの矜持が許さなかった。ではどうやっ
てここナザリック地下大墳墓を維持していたかといえば、狩りをして
4
金を稼いでいた。
しかし先述の通り、モモンガ自身の戦闘力は低い。悪名のこともあ
り二人以上の仲間連れに遭遇すれば、PK︵プレイヤーキル︶される
危険性が高い。そのため、わざわざ人気が無く効率の悪い狩場を選ん
で金策し、ナザリックの宝物殿に金を放り込んでログアウトする毎日
だったのだ。
そんな彼が、辿り着かれれば事実上壊滅を意味する第九階層を守護
するメイドたちの名を覚えていないのは当然だった。
閑話休題。
美女の名は、アルベド。ナザリック地下大墳墓階層守護者統括を担
う悪魔だ。設定上ではギルドメンバーの次に偉く、唯一この玉座の間
で待機することを許されているNPCである。
﹁うおっ、ワールドアイテムじゃないか﹂
全身を再開し玉座へ続く階段の手前まで来たモモンガは、そんなア
ルベドが抱える杖を見て驚愕する。
ワールドアイテムとは、ユグドラシルに存在するアイテムの中で最
上位に位置するレベルの物を指す。﹃公式が病気﹄﹃運営頭おかしい﹄
と揶揄されるにふさわしい力を持ち、一つ所持しているだけで飛躍的
な名声の向上に貢献するという。能力の強さはピンキリだが、ゲーム
バランスを崩壊させるほど強大な効果を持つ物がほとんどである。
アインズ・ウール・ゴウンが所有するワールドアイテムは11種。
一つはギルドメンバー全員一致の意見でモモンガが携帯しており、他
は宝物殿に厳重に保管されてある。当然、取り出し運用するためには
多数決が必須なのだが││
﹁仕方ないなぁ﹂
本来であれば取り上げ、元あった場所に戻すべきだろう。しかし今
日は最終日、何の考えもなく行動するメンバーは誰もいない。アルベ
ドに渡した仲間の思いは汲むべきだ。
引退する際に、ナザリックの安全を案じて持たせてくれたのだ⋮⋮
そう考えたモモンガは、今はもういない仲間たちに思いを馳せながら
階段へと足をかける。
5
メイドたちには待機を命じ、玉座へと腰を下ろす。ふと、横に立つ
アルベドに視線が移った。
﹁どんな設定だったっけ﹂
ナ ザ リ ッ ク 地 下 大 墳 墓 の 最 上 位 N P C。特 に 触 れ 合 う 機 会 も な
かったモモンガは、その程度の設定しか知らない。ちょっとした好奇
心で、アルベドの設定を覗くべくコンソールを起動する。
﹁長っ﹂
アルベドの設定欄には、膨大な量の文字がびっしりと敷き詰められ
ていた。文字数は限界丁度で、どれだけの熱意を以てこのアルベドを
創造したかが手に取るようにわかる。
ふと宝物殿の守護者の姿が脳裏をよぎった。あれも、確か文字制限
ギリギリだった気がしなくもない。
自身の黒歴史を自ら掘り返しそうになったモモンガはかぶりを振
り、記憶を彼方へ追いやってアルベドの設定欄を下へスクロールして
6
いく。設定とはいっても、NPCは事前に組み上げられたAIに沿っ
て行動するだけだ。凝った設定を付けたところで差ができるわけで
はない。
﹁タブラ・スマラグディナさん⋮⋮そういや設定魔だっけ﹂
アルベドを創造したメンバーのことを忘れていた恥ずかしさから
か、アルベドより向けられる無機質な視線から顔を隠す。
速読などできるわけがないので飛ばし飛ばしに読んでいると、よう
やくたどり着いた設定の最後の一言に、モモンガの思考が一瞬止まっ
た。
﹂
﹃ちなみにビッチである。﹄
﹁ひでぇ
各メンバーが作り出したNPCは、いわばギルドの宝だ。モモンガ
﹁ギャップ萌え⋮⋮﹂と呟き、モモンガは頭を抱えて俯いた。
であれば完璧な美女だ。﹄という言葉から、間違いはなさそうである。
こんな清楚で見た目麗しい女性がビッチとは。少し前の﹃外見だけ
!
からしても娘のようなものだし、そんな存在がこのような設定だとど
こか救われない気がしたのだ。ギャップ萌えを持たないモモンガに
は到底理解できない高みの嗜好だった。
﹁変更するか﹂
ギルド武器を手にし、この玉座に座る自分は名実ともにギルド長
だ。上に立つものは下のものの粗相を正さねばならない。あまりに
も無茶苦茶で、適当かつ支離滅裂な理論だったが、要はモモンガはア
ルベドのことを可哀想に思ったのだ。迷いも何もない。ただ勝手に
設定をいじるということには少し罪悪感を覚えたが、タブラも勝手に
ワールドアイテムを持ち出していたのでモモンガ的にはノーカンで
ある。
ちなみに、タブラはNTR属性持ちだったりもする。
本来ならば作成した本人のクリエイトツールがなければ不可能だ
が、モモンガはギルド長特権を行使してアルベドのコンソールへアク
セスする。
ビッチ云々の文言は即座に削除された。
﹁うーん、何か入れた方がいいよなぁ﹂
ぽっかりと空いてしまった設定欄最後の行を見て、モモンガはごち
る。本来ならばガチガチに固められている設定に沿ったものがベス
トなのだろうが、その莫大な量の文字群を読み込む気力は無いし時間
も無い。残された道は、モモンガのひらめきにかかっている。
﹁⋮⋮﹂
ピンと、モモンガひらめいた。自身のその考えを嘲笑しながらも、
カタカタとコンソールのキーボードを叩いて入力する。
﹃モモンガを愛している。﹄
﹁うおっほぅ﹂
まるで14歳の少年が文房具屋で買ってきた普通のノート︵黒︶へ
秘密組織に所属する主人公︵自分︶がひそかに思いを寄せる女の子を
7
見立てた少女を救い出すという悶々と膨らむ想像力をフルに働かせ
数十ページに及んだ物語を執筆︵笑︶した際に最後の最後の設定欄で
件の少女の項目にそっと少しの期待を込めて添えたあの若い頃を思
い出す、そんな羞恥心がモモンガの全身を突き抜けた。
思わず杖を握っていた手を放し、両手で顔を覆う。あれだけ最後の
時を格好良く迎えようとしていた思惑が台無しだった。
モモンガは羞恥のあまり、片手は顔を覆ったまま、やけくそ気味に
決定キーを押す。
しかし思い出してほしい。モモンガは、このような私的なギルド長
特権の行使は初めてである。無論自身の創造したNPCの設定の手
直しは自身の持つクリエイトツールで行っていたし、メンバーの口頭
以外で彼らが創造したNPCの設定を垣間見たのも初めてだ。
つまるところ。いつも自分たちが使っているキーボードと、ギルド
長特権で用いるNPCコンソール用のキーボードの仕様が違ってい
ても気づかない。
まして、このように自分の古傷を塩を塗りたくった指でほじくり返
していればなおのこと注意力が散漫になる││
追加した内容をすべてのNPCに適用する↑ピッ
8
9
モモンガ様、痛恨のミス││っ
!
愛とは罪なのか
﹁いかがなさいましたか
私が何か失態でも⋮⋮
﹂
いや大丈夫だと諭すように口にし、いまだ放っておけば泣いてしま
まう。
するモモンガ。悪い気はしないが、やはり慣れないものには困ってし
つい先ほどまで物言わぬ人形だった女性の深い忠誠心に、内心辟易
ば、これに勝る喜びはございません。何卒なんなりとご命令を﹂
応えできない私に、この失態を払拭する機会をいただけるのであれ
こーるなるものに関してお答えすることが出来ません。ご期待にお
﹁⋮⋮お許しを。無知な私ではモモンガ様の問いであられるじーえむ
﹁GMコールが使えないようだ﹂
情の昂ぶりは何かに抑圧されているかのように平坦なものだった。
景だが、モモンガは不思議と扇情的なアルベドの姿を前にしても、感
I関連の深い知識を持つヘロヘロあたりが見れば卒倒しかねない光
NPCが心を持ち、それに呼応した表情や反応を見せているのだ。A
ありえない。そうであれと創造され、そうであることしか出来ない
う恐怖に潤んでいる。
美しい金色の瞳が、モモンガに失望されてしまったかもしれないとい
の声に合わせて口が自然と動いている。吸い込まれそうになるほど
そんな女性、アルベドと、モモンガは今会話をしている。アルベド
﹁馬鹿な⋮⋮﹂
ゲームの中の存在。
できる目の前の女性。守護者統括という役割︵ロール︶を与えられた、
モモンガの手を握り、心の底から彼の身を案じていると容易に理解
どこかに消え去った。
とに対しての憤怒や苛立ちに腹を立てていたが、いまやそんなものは
営。初めこそ栄光の最後を気持ちよく迎えることが出来なかったこ
表示されないコンソールやシステム群、反応しないGMコールと運
モモンガは混乱していた。0時を迎えてもダウンしないサーバー、
?
いそうな表情をしているアルベドの頭を優しく撫でる。あっとアル
10
?
ベドは驚いているような声を出したが、すぐにとろんとした顔つきに
なり熱っぽい表情でモモンガを見上げる。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
何故か、モモンガは階段の下で跪いているはずのプレアデスたちか
ら無言の抗議が送られてきているような気がした。
プレアデスたちに視線を向けるが、彼女たちは慌てて顔を伏せる。
気のせいか││そう内心で決め付けたモモンガは、アルベドの頭から
手を離し下がるように合図を送った。
﹁⋮⋮アルベド﹂
﹁は﹂
やはり返事が返ってくる。一時的なバグなんかでは決してない。
﹁各階層の守護者に連絡を取れ。六階層のアンフィテアトルムまで来
るように伝えよ。時間は今から一時間後、アウラとマーレには私から
伝えておこう﹂
﹁畏まりました、復唱いたします。六階層守護者二人を除き、各階層守
護者に今より一時間後に六階層のアンフィテアトルムまで来るよう
に伝えます﹂
﹁よし、行け﹂
﹁はっ﹂
一礼すると、アルベドは背を向けて足早に玉座の間から去っていっ
た。アルベドの姿が見えなくなると、残ったセバスとプレアデスたち
に顔を向ける。
なんの情報も無い今、必要なのは現状把握だ。ログアウトすら出来
ないことから異常事態なのは間違いない。
許されるのであれば声を出してわめきたい。クソ運営がと声を出
して暴れまわりたい。しかし││残ったこの七人を前にしてそんな
11
ことが出来るだろうか。そんな真似できるはずがない。
メイドたちよ
﹂
彼らは、モモンガの命令を待っている。
﹁セバス
﹄
!
命令しても大丈夫なのか。ナザリック地下大墳墓のNPCたちは、
だった。
││ありえないはずなのに、その姿はまるで本当に生きているよう
名を呼ばれ頭を上げるセバスの表情は、真剣そのもの。ありえない
﹁⋮⋮セバス﹂
い出す。
ウール・ゴウンの諸葛孔明と呼ばれていた、ぷにっと萌えの言葉を思
こういう不測の事態に陥った場合はどうすればいいか。アインズ・
││まずは、情報。
時間稼ぎ要員に過ぎないからだ。
う立場は設定だけのもので、本来は九階層まで突破してきた侵入者の
性上、高度なAIを積むメリットが一切無い。彼女たちのメイドとい
るという可能性は限りなく低い。特にプレアデスはメイドという特
製のAIを積んでいてもまだ解る。しかし、この七人全員がそうであ
を行動に移したということだ。アルベドであれば、その立場から特別
もう一つは、彼らがコンソールコマンド以外の命令を理解し、それ
らしいと呼ぶには程遠いものだったはずだ。
備わっていない。命令に対し礼を返すだけで、とてもではないが人間
ヘロが組んだAIには、彼女たちが命令に対し返答するというものは
一つは、言葉を発するのがアルベドだけではないということ。ヘロ
今のやりとりで二つの確証を得ることが出来た。
前まで歩み寄ると、一度深く礼をして片膝を付き、こうべを垂れた。
セバスとメイドは立ち上がり、背筋をピンと伸ばしたまま階段の手
﹃畏まりました﹄
﹁玉座の下へ﹂
待っていましたとばかりに、部屋全体に七人の声が響き渡る。
﹃はっ
!
デ フ ォ ル ト で ギ ル ド メ ン バ ー た ち に 忠 誠 を 誓 う 設 定 が あ る は ず だ。
12
!
しかし、なにが起こっているのかは全く不明だが、自分で考え自分で
行動できるようになった彼らの忠誠心は保持されているのか。
一対一ならば負ける気は無い。しかし、彼らが集団でかかって来れ
ば勝てる見込みは間違いなくゼロだ。
無数の疑問と不安が脳裏をよぎり決心がつかず逡巡する。そもそ
もリアルではブラック企業のいち平社員に過ぎないモモンガに、急に
何百もの部下を持つトップになれと言われても無茶な話だ。
モモンガは、セバスの目を見た。
深く、強く、それでいて優しさに満ち溢れた瞳だ。心より自分の主
を信頼し、敬服し、忠義を全うすることにこそ意味を見出そうとする、
そんな決意が篭っている。そのすべてはモモンガのために⋮⋮
││嗚呼
モモンガは、セバスの忠誠を疑ったことに恥じ入った。目を見るだ
けで解るはずだというのに、モモンガは自身の至らなさからあっては
思いを新たに、モモンガは可能な限り最大限の威厳を込めた声で、
跪く忠臣へと命令を与えた。
﹁大墳墓を出て、周辺地理を確認せよ。もし仮に知的生物がいた場合
は交渉して友好的にここまで連れて来るのだ。行動範囲は周囲一キ
ロに限定し、戦闘行動は極力避けるように﹂
﹁畏まりました、直ちに行動を開始します﹂
何でもありだな、とモモンガは心中で呟く。NPCは拠点を守るも
の、本来NPCが拠点外を出歩くことは不可能である。
先ほどもアルベドはGMコールを知らないと言っていた。NPC
たちがユグドラシルのシステムを知らないだけかもしれないが││
いずれにせよ、それはセバスが本当にナザリック地下大墳墓から出ら
れたか否かでわかることだ。
﹁プレアデスから一人⋮⋮そうだな、ユリ・アルファを連れて行け。も
しセバス、お前が戦闘に入った場合は即座に撤収させ情報を持ち帰ら
13
ならない間違いを犯したのだ。
﹂
﹁セバス
!
﹂
﹁ははっ
!
せろ。わかってはいるだろうが、お前たちの安全より優先すべきもの
は無い。相手の言い分はほぼ飲んでも構わない、セバスももしもの時
は逃げ帰るのだ﹂
﹁勿体無きお言葉⋮⋮至高の御方の深いご慈悲に感謝いたします﹂
これで一つは対処できた。もしモモンガと同じ状況にある人物が
いれば、目下協力しない理由は無い。
さて次は⋮⋮モモンガ自身のスペックの確認だ。GMコールが使
用不可な今運営と連絡が取れる残された可能性は、<伝言/メッセー
ジ>などの普通の魔法を使うしかない。ではそもそもモモンガは魔
法を使えるのか、使えるとしてもドkどこまで使えるのか⋮⋮持って
いる手札は早急に確認しなければならない。
だからこそ、アルベドに第六階層へ守護者各員を集めるように命令
したのだ。もし敵対する者が現れるなら、叩き潰す力を確かめるため
に。
冷静に分析してみると、自分が想像以上に脳筋なことにモモンガは
苦笑する││もちろん顔は髑髏のため表情に変化は無いが。落ち着
いた判断に力任せなところがある具合に、いよいよ自分が本当に人間
ではなくアンデットになったんだなぁと実感した。
スタッフを手放す。支えを失ったスタッフは、先ほど試した時とは
うって変わり、不貞寝をするようにごろんと寝転がった。
そんな様子を気にすることなく、モモンガは声を張り上げた。
﹁プ レ ア デ ス よ。セ バ ス に つ い て い く ユ リ と も う 一 人 ⋮⋮ ナ ー ベ ラ
ル・ガンマを除き、他の者たちは九階層に上がり、八階層からの侵入
者が来ないか警戒に当たれ。ナーベラル・ガンマはこの場に残るの
だ﹂
﹁畏まりました、モモンガ様﹂
メイドたちが了解の意を示す。しかし││姉妹達とは異なり残る
よう命令されたナーベラルだけは、声の抑揚が全く違っていた。
それは、恐怖。先ほどのモモンガの怒りもあり、もしや自分が何か
粗相をしてしまっていたのではないかという恐れ。
﹁行動を開始せよ﹂
14
﹁承知いたしました、我らが主よ
﹂
セバスや他のプレアデスたちはそんなナーベラルの様子に気付く
ことなく、モモンガから与えられた命令を遂行すべく立ち上がり、愛
する主に跪拝すると、一斉に立ち上がり歩き出す。
モモンガより直接言い渡された命令。ある者は主への忠誠を新た
に、ある者は顔を紅くし、ある者は主の格好良さにテンションを抑え
きれず僅かに肩を揺らしながら、ある者は大好きな主と話が出来たこ
とに心を弾ませ、ある者は主の甘美な声に体を震わせ、ある者は絶対
的な主を前に本能を抑えきれずカタカタと愛を示す音を鳴らす。
しかし彼女たちはナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガに仕え
るカンペキなバトラーとメイドたちだ。その悦びを確かに表しなが
らも、主には決して悟らせることはない。
六人が退出した後。残されたナーベラルは身体を震わせながら、跪
いたままモモンガの言葉を待つ。
﹁ナーベラルよ﹂
玉座から身を乗り出してスタッフを拾いながら、モモンガは緊張で
縮こまっているメイドへと声を掛ける。
﹁はっモモンガ様﹂
恐怖を押し殺し、絞り出すような声で応えるナーベラル。
﹁私の元まで来い﹂
﹁え⋮⋮﹂
次いでモモンガから発せられた言葉に、文字通りナーベラルは言葉
を失った。
私の元まで来い││つまりそれは、ナーベラルの目の前の階段を上
り、至高の御方のすぐ傍まで近づくということ。モモンガの言葉を頭
の中で反芻し、ようやく意味を理解したナーベラルは、床に額を擦り
私なぞ一介のメイドが、至高の御方であられるモモ
付けるほどに深くこうべを垂れ悲鳴のような声を上げた。
﹁そっそんな
そう、玉座の周囲に立つことが許されているNPCは守護者統括で
あり至高の御方々の補助もしていたアルベドだけ。それが、守護者達
15
!
ンガ様のおっお近くに立つなんてっ﹂
!
を含んだ全NPCの共通認識だ。参謀を担う第七階層守護者であっ
ても、この玉座の間においてはモモンガの隣に立つことは許されな
い。
﹁よい、許す﹂
そう言ったモモンガの声は確かに威厳に満ち溢れたものだったが、
同時に、全身が優しく包み込まれるような慈愛に満ちたものだった。
ナーベラルの口が渇く。あの、我々の頂点におわす至高の御方。考
えるだけで熱い想いで胸が張り裂けそうになる至高の御身が、私に│
│
跪拝も忘れ、ナーベラルはふらふらと立ち上がる。叫び出しそうに
なる口を必死に押さえながら、震えて言うことを聞かない足に鞭打
ち、右足を階段へとかけた。一歩ずつ一歩ずつナーベラルはモモンガ
へと近づいていく。上りきった末、ナーベラルはいつの間にかスカー
トの裾を掴んでいた両手に一層力を込め、主の沙汰を待つ。
モモンガがいる高さに立つことが出来た。ナーベラルは思う。こ
の身に余る幸せ、この幸せに包まれて死ねるならこれ以上の褒美は無
い、と。
││ハァ、ハァ、ハァ、ハァ
この鼓動の高鳴りをどうかモモンガ様に聞いて欲しい。嗚呼、そ
う。畏れ多いながらも私は。いや、私達は貴方を││
﹁スカートをめくるにょだ﹂
その言葉に、メイドは一瞬の迷い無くめくり上げるのだった。
16
玉座へと至る道。その道中の隅のほうで、ここナザリック地下大墳
墓の主たるモモンガは力なく壁へと手をついている。
理由は至極簡単。アンデットとなり内臓が綺麗さっぱり無くなっ
たはずなのに││無いはずの胃がキリキリと痛むからだ。
まるでリアルで上司から叱責されたときに感じる痛み。要するに、
ストレスから来る胃痛だった。
セバスからもたらされた情報⋮⋮周囲一キロが人工建造物の影も
無い見知らぬ草原だったということ。ナザリックがあった沼地では
なく未知の土地。大体予測はしていたが、ここがユグドラシルではな
くリアルの類、しかも異世界であるということだ。
モモンガの精神が鈴木悟のものであれば、部下たちの前とはいえ卒
倒していただろう。しかしアンデットとしての性質に引っ張られて
いるのか、驚愕はあったがそのあと思い至ったのはナザリックの安全
について。
各階層守護者達には警戒レベルをワンランク引き上げさせ、七・九
階層の封印を取っ払うことで第八階層が最後の砦として機能するこ
とを確立させた。ロイヤルスイートにPOPモブたちが立ち入るこ
とに守護者達は難色を示していたが、事態は一刻を争う。そもそもモ
モンガはたいして気にしていない。
そして││NPCたちの、モモンガへ対する評価。
そうであれと作られたからにはそれなりの忠誠心を持っていると
思っていたが││
﹁美の結晶。この世界で最も美しいお方であります。そして至高の御
方方の頂であり、愛しきわたしの所有者⋮⋮わたしのすべてを捧げる
君です﹂
17
﹁ダレヨリモ強ク、ダレヨリモ強大ナ絶対強者。マサニナザリック地
下大墳墓ヲ││イヤ、コノ世ノスベテガ御身ノマエニ跪クベキオ方カ
ト。是非オ世継ギガオ生ウマレニナッタトキハ、我ヲ爺二⋮⋮﹂
﹁慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。守護者に過ぎないあたした
﹂
ちのことをいつも考えていてくださって、凄く、凄くカッコイイお方
です
﹁す、凄く優しくて⋮⋮一緒にいてくださると心がぽかぽかと温かく
なります﹂
﹁まさに究極にて完璧な存在。そうであれと生み出された私なぞでは
足元にすら及ばぬほどの智謀をお持ちになり、瞬時にそれらを実行な
される行動力も有された方。端倪すべからざるという言葉は、御身の
ために存在しているお方かと﹂
﹁至高の御方々の総括に就任されていたお方。守護者の方々だけでな
く我々下々の者にも慈悲深く、深い愛を以って包み込んでくださるお
方です。是非お世継ぎがお生まれになったときは、私も爺に⋮⋮﹂
﹁至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。
﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
そしてわたしの愛しいお方です﹂
﹁﹁﹁﹁﹁﹁愛しいお方です
確かに名目上アインズ・ウール・ゴウンのトップに立つのは俺だ
もNPCは自分を創造したメンバーを一番に考えるのではないのか
謎は深まるばかり。愛、愛と今日だけで何度聞いたことか。そもそ
ないんだけど⋮⋮﹂
﹁え、なにあの高評価。俺が作ったNPCはいないし、面識もほとんど
見たことのない、生物の深淵を垣間見た気がする。
面を上げ、彼らがモモンガへと向けた表情を思い出す。リアルでは
!
モモンガの頭の中で考えはまとまらず、ぶつぶつと乾いた笑いと共
に判別不能な独り言が漏れ出す。当然その呟きに答える者などいる
18
!
けどさ⋮⋮
?
はずもなく、豪奢な装備で全身を固めた骸骨は、先ほど階層守護者達
の前で見せていた威厳など見る影もなく、小さな背中で必死に悩んで
いるのだった。
も し 階 層 守 護 者 達 に 失 望 さ れ た ら │ │ そ う 心 配 し て い た 瞬 間 も
あった。最悪殺されることまで想定していた。もし中身が一般人だ
と知れたら││属性が善よりなセバスはともかく、命の保障などあり
はしない。
﹁あいつら⋮⋮マジだ﹂
モモンガの双眸が怪しく光る。それは支配者が見せるそれではな
く、これから死地へと向かう一般兵卒のような悲しく疲れに満ち溢れ
ているものだった。
ナーベラルの、黒色だったななどと現実を直視しないナザリック地
下大墳墓の絶対支配者。モモンガ様の明日はどっちだ。
19
感情の重み
額を地面へこすりつけ、なおも足りないと言い切れる重圧が掻き消
えた。
しかしその存在感はいまだ残り続けている。心の底から愛してい
る主人の圧倒的力が、まるで残り香のようにその場に漂っているなど
という錯覚に陥る。
いや⋮⋮彼らにとっては錯覚ではないのかもしれない。死ねと言
われれば迷いなく腹を掻っ切ることなど容易い、それほどの忠義を誓
う至高の存在の後に焦がれないほうがおかしいのだ。
いくばくかの時間が流れた。
張り詰めていた空気が弛緩し、誰かが安堵の息を吐いた頃、初めに
立ち上がったのは守護者統括であるアルベドだ。羽についた汚れを
払いながら、先ほどまでモモンガが立っていた場所をうっとりと眺め
ている。
﹁す、凄く怖かったね、お姉ちゃん﹂
マーレ・ベロ・フィオーレはゆっくりを頭を上げ、隣の姉であるア
ウラ・ベラ・フィオーラへ語りかけた。
怖かったとは言ったが、その顔に恐怖の影はない。むしろモモンガ
の絶対的な力を前にして、その波動を一身に受け止めることが出来た
という事実に対しての喜びからか、マーレの顔は酷く緩みきったもの
だった。
アルベドやマーレに触発された面々も続いて立ち上がり、各々が感
じたモモンガへの感想を口にする。
﹁ホント、あたし押しつぶされるかと思った﹂
﹁流石はモモンガ様。私達守護者にもそのお力の効果を発揮なさるな
んて⋮⋮﹂
﹁ウム。カノ至高ノ御方デアルモモンガ様、我々ナドヨリモ遥カナ高
ミニイラッシャルト思ッテイタガ、マサカコレホドトハ﹂
20
絶望のオーラ。それが、守護者達を押し付けていた力の正体だ。
本来はLv60以下の相手にしか効果が無い、大半がLv100
だ っ た ユ グ ド ラ シ ル で は い わ ゆ る 死 に ス キ ル と い わ れ て い た 物 だ。
当然モモンガと同じくLv100である守護者達にも意味を為さな
いはずなのだが、モモンガが持っていたスタッフ・オブ・アインズ・
ウール・ゴウンによって強化された結果である。
流石に即死することはないうえに、無意識に漏れ出したとはいえモ
モンガも極限までセーブしていた。
しかし、そんな事情を知らない守護者達の深読みは加速する。
﹁ですね。私達が守護者として名乗るまでは、モモンガ様はお持ちに
なっているお力を一切発揮なされていませんでした。私達がその偉
大なるお力によって押しつぶされてしまうことを危惧なされたうえ
で、私達が耐えうる最低限のレベルのお力をお見せになったのでしょ
う﹂
21
﹁ナルホド⋮⋮ツマリハ我々ノ忠義ニ応エテ下サッタトイウコトカ﹂
﹁あたしたちと一緒にいたときも全然オーラを放ってなかったしね
も惜しみのない賞賛を送ったのだ。
り抜けて見せた。それは素直に評価されるべきものであり、モモンガ
ないダメージを負うことになっただろう。それでも、双子は無傷で切
ある。例えアウラとマーレであっても、一撃を貰えば決して小さくは
ヤーならばパーティを組んで討伐しなければならない程度の強さは
あるため苦戦はなかったが、それでも根源の火精霊は同レベルプレイ
を、アウラとマーレのコンビで打ち負かしたのだ。Lv差が10以上
ゴウンと自身の魔法の調子を確かめるために召喚した根源の火精霊
守護者達が闘技場に揃う前、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・
頭に残った温もりに意識が引っ張られる。
頭をさする。マーレも姉に触発されて、顔を真っ赤に火照らせながら
えへへと、だらしなく口角を下げたアウラは思い出すように自身の
し⋮⋮﹂
プライマルファイアーエレメンタルを倒した時も褒めてくださった
モモンガ様凄く優しかったんだよ、お水を飲ませてくださったし、
!
しかし、アウラの発言で場の空気が一変した。実直なコキュートス
やモモンガに盲目的なアルベドはともかく、理性的で普段は守護者達
の手綱を握る側のデミウルゴスとセバスでさえも、目に見えて気配が
濃厚なものへと切り替わる。それは嫉妬だ。双子が褒められたとい
う事実に対しての、明確な妬み。
もちろんそこに憎しみなど無い。どちらかと言えば至らなかった
自身に対しての怒りであり、次は自分こそという決意の表れである。
だがそれも﹃心﹄を持つ守護者それぞれで程度の違いがある。特に
アルベドはその鋭い爪が手袋を引き裂き、手のひらさえも突き破りそ
うな力み具合で、顔を伏せプルプルと震えていた。
﹁あ、あれがここナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガ様のお力の
﹂
一端なんだよね。そんなお方に仕えられる僕たちって、本当に幸せ者
だよね
いち早くアルベドの様子を察知したマーレは、ビクビクと怯えなが
らもしっかりと声を発する。嘘偽りの無い、心から思った言葉だ。驚
くほどに現実味が篭った内容に、アルベドは一度ピクリと身体を跳ね
させ、その剣呑な雰囲気を綺麗に仕舞った。
﹁全くその通りです。モモンガ様は至高の御方々の頂点に立ち、今日
これまで、そしてこれからもひ弱な我々を導いてくださる慈悲深き君
⋮⋮至高なる四十一人の方々がお隠れになった後も、我々を見捨てず
お残りになられた愛しき絶対支配者なのです﹂
愛しき、という部分を強調して、アルベドは大仰に高らかに謳う。
守護者達はその振る舞いを怪訝に思うことはなく、アルベドの言葉に
深く同調した。
当然だ。至高の四十一人の道具として創造された彼らにとっての
最大の喜びとは、役に立つこと。その身の全てを懸けて尽くすべき存
在の力の一部を感じられたことが、どれほど名誉なことか。
自分たちは幸せ者だ││アルベドから改めて知らしめられた事実
に、六人はその至福を全身で感じ入る。なんと心地の良いことか。あ
の、自分たちが愛してやまない至高の御身に、これからも命を懸けて
仕えることができるのだ。
22
!
それに比べて││
そこから先は、ダレも思考しない。
﹁⋮⋮それでは私は先に戻ります。モモンガ様のお傍にいる必要があ
りますし、プレアデスたちにも指示を飛ばさねば﹂
いち早く戻ってきたセバスは、一度咳払いを挟んで口を開いた。
守護者達も自分の役割を思い出す。モモンガより警戒の強化を言
い渡された以上、暢気にも愉悦に浸っている暇はない。事態が一刻を
争うということも理解している。
ナザリックの名が轟いていたかの地ではいざ知らず、ここは未知の
場所。蛮族たちがいつ攻め入ってくるかもわからない。
特にセバス⋮⋮というよりもプレアデスはモモンガの護衛を務め
るのが役目。このような場所で油を売っている時間はなかった。そ
れに反応したアルベドがなにやら言っているが、セバスはそれを柳の
23
如く受け流し一礼し闘技場をあとにする。
守護者ではないとはいえ、セバスはアルベドとコキュートスと同格
の強さ。真の力を発揮すれば単体であれば時にマーレをも凌駕する。
モモンガに対しての忠誠心も高くなおかつ同姓ということで、守護者
各員からの信頼も厚い。
デミウルゴスとは製作者のこともあり多少意見が合わないことが
あるが⋮⋮それでも、モモンガへの献身という最も重要な点に関して
﹂
は絶大な信頼を置いている。故にセバスがモモンガの身辺警護にあ
たっていることに何の不満も嫉妬も無い。
﹁でだ、シャルティア。ずっとそのままだけど、どうかしたのかい
配の無かったシャルティア・ブラッドフォールンへと声を掛けた。
動をシュミレートしているデミウルゴスは、いまだ跪いたまま動く気
を繰り広げているかたわら、流石智将といった風に頭の中で今後の行
アウラとマーレ、アルベド、コキュートスと各々モモンガへの想い
?
シャルティアは応えない。しかし聞こえてはいるのか、デミウルゴ
﹂
スの呼びかけにぶるっと一度震える。
﹁シャルティア⋮⋮具合ガ悪イノカ
?
コキュートスの声は反響するためお世辞にも聞き取りやすいとは
いえない。しかしその内に篭った心からの心配の念は、その場にいる
ダレもが感じ取ることが出来た。そんなコキュートスを無視するこ
となど出来るはずもなく、シャルティアはようやく顔を上げる。
病的に白い肌を紅潮させ、興奮しているのか濁った瞳は焦点が合っ
ていない。腕は自らの体を抱くように交差し、まさに夢心地といった
様子で先ほどの光景に想いを馳せていた。
﹁あれが、あれがっモモンガ様の凄み⋮⋮肢体を駆け巡る恐怖、そのあ
とにやって来るこの身を征服される快感││下着が結構まずいこと
になってありんすの﹂
いやんいやんと一人体をくねらせるシャルティアを見た守護者た
ちは、いつもの発作かと大きなため息を吐く。マーレだけは何の話か
理解していないようだったが、デミウルゴスたちは呆れはするがこの
シャルティアに限っては仕方のないことだと理解している。
死体愛好癖⋮⋮これでもかと創造主の性癖を詰め込まれたシャル
ティアは、性癖のサラダボウルと呼べるだろう。彼女の嗜好の乗算に
さらに彼女自身の愛が掛け合わされれば、必然とこのようなこととな
る。
デミウルゴス自身、モモンガの先ほどの激励を聞いた時、感動のあ
まり声を上げて泣き出してしまいそうだった。溢れる涙を押し留め
るので精一杯だった。モモンガの一言一言を噛み締め、脳に刻み込
み、昇華する。その工程にデミウルゴスが悦びを感じることと同じな
のだ。
それは、他の守護者達も同じ。
シャルティアの様子を咎めることなく、彼らも再びモモンガの声を
頭の中で再生する。
しかしその思考も、アルベドの言葉で阻まれることとなる。
﹁わかるわ﹂
﹁アルベド⋮⋮ぬしも同じでありんすか﹂
いまだ夢の中だったシャルティアは、近づいてきたアルベドを火
照った表情のまま見上げる。アルベドもまた、シャルティアと同じく
24
その頬を淡く染めていた。
﹁あの、モモンガ様がお怒りになった時の威圧感⋮⋮頭頂からつま先
まで稲妻が駆け抜けた感覚だったわ。不敬だけれど、たまらなかった
わね﹂
モモンガとマーレの会話に余計な茶々を入れた際、モモンガが発し
た怒気は確かなものだった。緊急事態に意見を汲み上げているとい
うのに、それを邪魔した罪は小さくはない。モモンガとしては強く言
いすぎたかと後悔していたが、どうやらアルベド的にはそれも綱渡り
ではあるが刺激的なスパイスだったらしい。
もちろん意図してモモンガを怒らせる真似など、その身を引き裂か
れてもしようとは思わないが││なかなかどうして、予想外の感覚を
味わうことが出来たようだ。
そのまま二人はしゃがみこみ、だらしなく緩みきった顔で互いにモ
モンガの素晴らしさを語り始める。器用に腰を落としたまま、太もも
﹂
ウラに語りかける。アウラは微妙な表情で女性陣の様子を眺めてい
たが、デミウルゴスの呼びかけにびくりと反応した。
﹂
なんであたしもアレに混じらないといけないのよ
﹁君は混ざらなくてもいいのかい
﹁はぁ
をつけている。そして、それに気付かないデミウルゴスではない。デ
アウラにはアウラのモモンガへの想いがあり、それは自身の内で蕾
はあった。
は気になるけど││という気持ちは無いわけではないが。まあ興味
アの仲間に入りたくて観察していたわけではない。確かにちょっと
アレという言葉が差すように、アウラは別にアルベドとシャルティ
!
?
予想外の言葉に、アウラは声を荒げる。
!?
25
の内側をもじもじと擦り合わせている。そこに剣呑な雰囲気はなく、
シャルティアのいわゆる上級者向けな発言にもアルベドは﹁くふー
﹂などと奇声を上げながらコクコクと頷いていた。
﹂
?
眼鏡のブリッジを押し上げ、諦めの混じった声でデミウルゴスがア
﹁な、なに
﹁さて⋮⋮アウラ﹂
!
ミウルゴスはアウラが内に秘める想いを理解したうえで、悪魔のもの
友
と
とは思えないほどの優しく穏やかな笑顔で、アウラを諭すように言葉
を紡ぐ。
﹁確かに彼女たちは少々行き過ぎてはいるが⋮⋮いずれ君の
なる存在だ。慣れておくべきだと思うけどね﹂
﹁デミウルゴス、ドウイウ意味ダ
﹂
時も通りオロオロしているマーレに向き直った。
ろしたことを確認すると、何も言わず立ったままのコキュートスと何
がら眺めている。アウラがアルベドとシャルティアの近くに腰を下
そんなアウラの背中を、デミウルゴスは満足げにうんうんと頷きな
き出しながら。
しないけど、まあ聞いておくだけでも⋮⋮と小さくはないため息を吐
あるが、アウラはとぼとぼと女性陣の元へ向かう。会話に入れる気は
なぜマーレには言わないのかということに疑問を感じながらでは
﹁わかったわよ⋮⋮﹂
聞き入れた。
だからこそ、アウラはしぶしぶだがデミウルゴスの言葉を大人しく
はよく理解している。
いること、何よりそのすべてをモモンガへと捧げていることをアウラ
真意を見抜くことは出来ない。しかし彼が自分たちを大切に思って
80年弱しか生きておらず策謀にも疎いアウラが、デミウルゴスの
"
めてデミウルゴスへと問いかける。
もしその問いかけがナザリック外の下等生物相手ならばその皮と
肉を剥ぎ作品の材料としていただろうが、コキュートスの言葉に嫌な
顔一つせず、むしろ﹁よくぞ聞いてくれた﹂とばかりに柔らかい笑み
を零しながらデミウルゴスは口を開いた。
26
"
やはり二人もデミウルゴスの考えを理解していなかったようで、改
?
﹁偉大なる御身、我々のすべてを捧ぐモモンガ様のお世継ぎについて
さ﹂
﹂
﹁ム⋮⋮ソレハ⋮⋮﹂
﹁お世継ぎ、ですか
?
﹁ああ。見捨てられた他の至高の方々とは違い、慈悲深いモモンガ様
その時
に向けて、彼女
は最後までお残りになられた。それだけで身に余る幸福だ。我々男
ではどうしようもないが⋮⋮いずれきたる
"
るだろうけどね﹂
の超越者。
﹂
彼らの心に映るものは、ナザリック地下大墳墓に君臨する美しき死
の存在を幻視した。
マーレもその臆病な気配を引っ込め、その身を挺して守るべき二つ
の前の物事をその武で解決しようとする彼からは想像もつかない姿。
普段の勇姿の影もなく、ただただ未来を夢想するコキュートス。目
﹁僕も、ご、ご子息様と一緒にいたいです
エラレルナド、コレニ勝ル幸福ガアルダロウカ﹂
﹁オオオ⋮⋮ナント素晴ラシイ未来ダ。モモンガ様ト坊ッチャンニ仕
責の念さえも浮かぶほどだ。
る。今まで考えもしなかった。何故思い至らなかったのかという自
走り回る光景。剣技を教え、自分はその身をお守りするために剣を取
コキュートスの脳裏に浮かぶのは、愛しき主君の子供と共に草原を
﹁ゴ子息カ⋮⋮嗚呼、爺、爺ハ
﹂
﹁彼女たちも同じ考えだろうさ。まあ⋮⋮第一后については一悶着あ
くとも彼はそう思っている。
者に貴賎はない。下等生物の場合はどう考えるかはまだ謎だが、少な
の宝石の瞳には、ナザリックのすべてが写っている。同じ忠義を抱く
アルベドとシャルティア、アウラだけではない。デミウルゴスのそ
出来ないことだからこそ、彼女たちに託すのだ。
ながらも││彼はその果ての宝物の誕生を心待ちにする。自分には
男の自分では、その大役を担うことが出来ない。それを残念に思い
たちにはもっと親交を深めてもらわないとね﹂
"
!
27
!
後にも先にも。彼らの全ては、愛しきモモンガ様のためにあるのだ
から。
28
デミウルゴスおまかせフルコース
モモンガの自室に隣接したドレスルーム。魔法職だというのに見
た目が気に入った等の適当な理由で買い溜めた鎧や剣が、子供部屋の
おもちゃのように脚の踏み場も無いほど乱雑に置かれている。もち
ろん初めからこの状態だったわけではなく、元々はそれなりに片付け
られていたが。モモンガはメイド一人を従え子の部屋に訪れ、あれで
もないこれでもないと装備を引き出し続けていた。
﹁︿上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム﹀﹂
モモンガの紡いだ呪文が発動し、その全身を金と紫色が装飾された
フ リ ュ ー テ ッ ド ア ー マ ー に 包 ま れ る。ア イ テ ム レ ベ ル は レ リ ッ ク
⋮⋮モモンガはもう一つ上のレジェンド級まで創造できるが、あまり
消費魔力の収支が合わない。
右手には、同じく魔法で創造されたグレートソード。柄に左手を沿
え上段に構え、勢いよく振り下ろす。純粋な筋力、身体能力のみを使
用して放たれた斬撃は空気を切り裂き、まるで嵐かと錯覚させる爆風
を生み出した。
先ほどは、極普通のクレイモアを振りぬくことが出来なかった。持
ち上げることは出来る、落とすことも出来る。しかし何を基準にして
いるかは不明だが、おおよそ攻撃と断じられるような行動は不可能
だったのだ。Lv100の筋力を以ってしても、攻撃行動に移った瞬
間武器が手から落ちてしまう。
しかし魔法で創造した装備であれば問題はなさそうだった。何か
と現実味が強く出ている世界だが、こういう所はゲームに準拠してい
るためどうも要領を得ない。
﹁この状態││重装では使用できる魔法が5種類に限定しまうのが難
点だな﹂
しかし、一方の︿完全なる戦士/パーフェクト・ウォリアー﹀では
魔法そのものが使えなくなる。ステータスが三分の一まで落とすか、
転移やフライを使用不可してしまうか。外の状態がわからなければ
判断できない。
29
﹁⋮⋮俺が直接出るべきだよなぁ﹂
グレートソードを消し、鎧を着たまま腕を組む。上がってくる情報
だけではどうも納得できそうもない。部下たちを信用していないわ
けではないが、やはり営業職時代の自分の足で動くという性格は払拭
出来そうになかった。
﹁⋮⋮とはいっても﹂
モモンガはちらりと窺うように背後へ視線を向ける。そこにはも
ちろん侍らせたメイド││ナーベラル・ガンマがいた。モモンガが落
としたクレイモアを拾い上げ、いつでも渡せるよう胸に抱えて待機し
ている。
このドレスルームに来るまでは、ナーベラルを含むプレアデスたち
とも少し会話をしていたのだが、やはり彼女たちもモモンガを心から
慕っていると理解せざるを得なかった。モモンガ自身異性の扱いは
非常に疎く自信も無いが、アレほどまで露骨に表現されると認めなけ
ればならない。
にやける表情を隠しながら跪くユリ・アルファ、尻尾を振り回す姿
を幻視してしまったルプスレギナ・ベータ、顔を真っ赤にして煙を上
げるシズ・デルタ、息が荒く身体の一部がスライム化していたソリュ
シャン・イプシロン、求愛行動を隠し切れないエントマ・ヴァシリッ
サ・ゼータ。
││つかれた。
自身に付き従うことが彼女たちの最大の喜びであることは、そのあ
り方を鑑みればモモンガでも理解できる。だからこそスカートの件
の詫びのつもりでナーベラルをしばらくの付き人としたのだが、その
ときのほかの姉妹達の表情を忘れられない。
﹁なんか、無限ループな気がするぞ﹂
モモンガの胃は擦り切れそうだった。一人だけならまあいいかと
ナーベラルを選んだにもかかわらず、何処に行くにも付いてくる近衛
兵。守護者達ならばともかく、Lv70程度のモンスターを何体か付
けたところで、モモンガが倒されるほどの敵が相手ならば意味が無
い。
30
初めは辟易したが、すぐに慣れた。むしろ自慢できるぞと前向きに
考 え た。し か し、蓋 を 開 け て み れ ば 気 に な っ て 仕 方 が な い。プ ラ イ
ベートというものが存在しないのだ。
﹁ナーベラルよ﹂
﹁は、モモンガ様﹂
モモンガの呼びかけに、ナーベラルはすっと頭を下げる。背を向け
ているモモンガには、もちろんナーベラルの姿を確認することができ
ない。しかし返ってきた応答の声の中、話しかけてもらえたという至
上の悦びを隠しきれていない。
モモンガはいっそう無い胃がキリキリと締め上げられる痛みを感
じる。
﹁⋮⋮私は少し出る﹂
絞り出すような声だった。精神安定化は発動していたにもかかわ
らず、鈴木悟の悲鳴が声になって表れた。
31
リフレッシュが必要だ。このままではナザリックを本格的に運営
する前に参ってしまう。一挙一挙をNPCたちは脳に焼き付けよう
と見てくるし、女性陣から向けられる視線がどうも怪しい。特にアル
ベドとシャルティア⋮⋮アルベドには罪悪感が先行しているうえに
理由もわかる。何故シャルティアまでと考えたが、創造主があのペロ
ロンチーノだということを思い出して不本意であるが納得した。
デミウルゴスやコキュートスと話をすると、ボロが出そうになって
肝を冷やすこともあるが、それ以上に楽しい。同姓というだけでアレ
ほどまでに安心するとは。話しかけると彼らも喜ぶので一石二丁だ。
マーレは見ているだけで癒される。
﹂
と、モモンガは口の中でなんとか留める。見るから
﹁承知したしました﹂
﹁え
え、いいの
バシュウッ
と引き連れていてもかっこ悪いのでこの反応は僥倖だった。
ラルがまさか何も言わないとは。本当にただの散歩なのでぞろぞろ
に忠誠心が高そうで近衛を連れて行けと必死に説得しそうなナーベ
?
?
﹁は
﹂
﹁準備は出来ております、モモンガ様
魂に小さな小さな灯を宿す。
さあ、参りましょう
﹂
らはナザリックから出たことすらなかった。その事実が、モモンガの
仰ぎ、デミウルゴスでさえもこの美しい光景に目を奪われている。彼
を大きく揺らした。それは他の二人も同じようで、ナーベラルは天を
光り輝く天空のキャンパスは、もうあるかも分からないモモンガの心
リアルでは見ることが叶わなかった星星が瞬く夜空。きらきらと
﹁世界征服なんて⋮⋮面白いかもしれないな﹂
は思っている。
ウルゴスだ。転移門を使った移動だったためばれた⋮⋮と、モモンガ
ラルであり、もう一つは中央霊廟で作業中にモモンガを見つけたデミ
ナザリック上空には、三つの影。二つはもちろんモモンガとナーベ
わかりましたと、モモンガは力なく肩を落とすのだった。
﹁あー﹂
目をきらきらと輝かせ、今にもガッツポーズを決めそうな顔。
く、いわゆる戦闘用メイド服に着替えたナーベラルがいた。
と振り返ると、先ほどまで着ていた一般メイドと同じメイド服ではな
なにやら装備が換装される音がしたのでモモンガがナーベラルへ
!
世界征服。なるほど、言葉にするだけなら簡単だ。外の情報が何一
32
!
?
つ無い今、心のキャンパスに何を描こうとも許されるだろう。
滅ぼすならばともかく、世界を統一し統治すると
しかし現実はそんなに甘くない。仮に世界を統一出来たとして、そ
の後はどうなる
なると、労力に対するメリットがあまりにも少ない。反乱の防止や治
安維持を遂行する法の施行⋮⋮考えれば考えるほどキリがない。
しかしだ。ナザリックのNPCたちにはなんの罪も無い。彼らは
ナザリックの中の世界しか知らず、至高の四十一人に忠義を尽くすこ
としか知らないのだ。
ナザリックに残ったモモンガができること⋮⋮彼らに、新たな世界
を見せる。新たな世界を与える。一つの目標に向かって突き進み、仲
間たちで笑い合う。難しいことは道中で考えればいい。││かつて、
アインズ・ウール・ゴウンがそうだったように。
││ね、ウルベルトさん。
モモンガはデミウルゴスの姿に、ウルベルトの面影を見たのだ。見
た目も性格も何もかも違うが、その奥底に、確かにあの男がいる。
この立場は息が詰まるけれど、やるだけやってみよう。彼らの期待
﹂
に応えたい。そう、モモンガは思った。
﹁⋮⋮
尊大な背中に心を奪われる。
両拳に力が入り、モモンガを仰ぎ見た。デミウルゴスには、その深
遠なる真意を見抜くことなど出来ない。それでも⋮⋮それでも、この
御方はその瞳ですべてを見据えていらっしゃる。
なぜ、モモンガだけがナザリックに残ったのか。考えてみれば単純
な話だ。
弱いのだ。もちろんモモンガがではなく、デミウルゴスたちNPC
33
?
デミウルゴスはモモンガの言葉に眼を大きく見開き、ナーベラルは
!!
が。NPCたちよりも、ギルドメンバーたちのほうがモモンガと長く
ともにいたはずなのに。それにもかかわらず、モモンガは友よりナザ
リックを選んだ。真の同胞たちと別れ、伽藍の堂の陵墓に残った。自
分たちだけでは、あの過酷な世界で生き残ることが出来ない。そんな
脆弱な赤子を見守るためだけに││
溢れる涙は留まるすべを知らない。視界は酷く滲んでいるが、それ
この御方だけ
が、全てを捧げるべき存在。
でもこの御方の輝きが歪むことはない。やはり自分は間違っていな
かった。やはり
みせましょう﹂
﹁││モモンガ様がお望みとあれば、必ずや、この宝石箱を手に入れて
"
嗚咽を押し殺し、愛しい闇に魅せられたちっぽけな悪魔は呟いた。
34
"