モモンガ様は胃が痛い ID:90445

モモンガ様は胃が痛い
くわー
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︻あらすじ︼
ユグドラシルのサービス最終日、最後の訪問者であるヘロヘロと別れたモモンガ。こ
れまでの栄光に思いを馳せながら、せめて終わりはギルド長らしくと、結局使うことが
なかった玉座の間へと向かう。
そこで守護者統括NPC・アルベドの設定を見たモモンガは、そのあまりの酷さから
かつい手を加えてしまう。
少し元気なモモンガは、勝手に変更した設定に勝手に悶絶するが││そんなモモンガ
様が犯してしまった痛恨のミスとは、いったい。
目 次 モモンガ様、痛恨のミス ││││
愛とは罪なのか ││││││││
感情の重み ││││││││││
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デ ミ ウ ル ゴ ス お ま か せ フ ル コ ー ス 44
│
モモンガ様、痛恨のミス
﹁どこかでお会いましょう⋮⋮か﹂
とは、当たり前なのだ。
たくて辞めた訳じゃない。夢がある、家族がある、現実がある││リアルを優先するこ
仕方がない事情、ヘロヘロや引退してしまった仲間の気持ちは痛いほどわかる。辞め
とが出来ずログアウトした。
G﹃ユグドラシル﹄を引退したヘロヘロは、疲労に体が悲鳴を上げ、眠気に打ち勝つこ
えた。リアルの激務についていくのが精いっぱいで、二年ほど前にこのDMMO│RP
先刻まで古き漆黒の粘体⋮⋮いわゆるスライムと談笑していたが、それも終わりを迎
い。
は、眼球が無い。皮も肉も無いため、その表情からは何の感情も推し量ることが出来な
に誰もいなくなった空席へと語りかける。剥き出しの骸骨に空いている二つの眼窩に
両肩に巨大な赤い宝玉が飾られている、禍々しい漆黒のガウンを身にまとう男は、既
まで残っていかれませんか││﹂
﹁今日がサービス終了の日ですし、お疲れなのは理解できますが、せっかくですから最後
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ヘロヘロのこの言葉が、社交辞令などではないことはわかっている。本心からユグド
ラシルIIやそれに比類するする新しい世界があれば、また、時間を見つけて一緒に遊
びましょう。決して短い付き合いではない、言外に秘められている想いや期待は感じ取
れる。
しかし││その直後に、短い罵声と共に円卓へ叩きつけられた拳は、骸骨の心象を余
﹂
すことなく物語っていた。
﹁ふざけるな
さんある。
41人が全員揃う時などほとんどなかったし、だからこそよかったと思える部分もたく
仕事や家庭、そういったリアルの事情がある者ばかりだったのだ。ギルドメンバーの
形種であること、そして社会人であること。
そう、誰も悪くない。このギルド││アインズ・ウール・ゴウンの加入条件は2つ。異
あたり。
であるはずがない。それはただ、あと一時間もせず崩れ落ちるこの世界への小さなやつ
罵声は、誰に向けたものでもない。先ほどまで骸骨と話していた、スライムへのもの
!
てられるはずがないよな﹂
﹁いや、違う⋮⋮皆、苦渋の選択だったんだよな。12年間も過ごした世界を、簡単に棄
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誰も裏切ってなどいない。見捨てていなどいない。
アインズ・ウール・ゴウン最後のメンバー││ギルド長モモンガは、座るコマンドを
解除して立ち上がる。そして背後のギルド武器、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴ
ウンを万感の思いで目に焼きつけ、意を決したように一度頷き手に取った。
完成以来誰の手にも握られたことのなかった最高位のスタッフは、まるで初めからモ
モンガが主君だと決まっていたかのように、厳かな黒く禍々しいオーラを放ちモモンガ
を歓迎した。
このギルドメンバーの努力と友情の結晶を、果たして一介の武器と同じ地に落として
もよいのだろうか。皆で作り上げた輝かしい栄光の証を、最後の日だからという理由
で、輝かしい時代の残骸とも呼べる自分が手にとってもよいのだろうか。
││これは、モモンガさんが持つべきです。私たちは、貴方が上に立ってくれたこ
そ、今こうして輝けているのだから。
かつて自分を救ってくれた恩人の言葉が頭によぎったのだ。その言葉に賛同し、それ
ぞれの思いの中笑ってくれる40人の面影を、思い出したのだ。
ここナザリック地下大墳墓の事実上の所有者であるモモンガですら息を呑むほどの、
を迎えるべく玉座の間へと足を運んだ。
執事のセバス・チャンと戦闘メイドプレアデスたちを従わせ、モモンガは栄光の最期
先ほどまで蝕んでいた寂しさよりも、温かな思い出の数々が、宿っていた。
スタッフを握る手に一層力が篭る。その横顔に寂寥の翳は無い。モモンガの心には
﹁⋮⋮行こうか。我がギルドの証よ。いや││我らがギルドの証よ﹂
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豪華絢爛を極めた装飾。ナザリック最奥に位置するこの部屋は、作ったはいいが基本的
にメンバーたちは先の円卓へと集まるため滅多に使うことが無かった。そもそも作っ
た理由というのも、アインズ・ウール・ゴウン最強の一角であるウルベルト・アレイン・
オードルが﹁││ここまで来たならば、その勇者さまたちを歓迎しようぜ。俺たちを悪
とか言う奴が多いけど、ならその親玉らしく俺たちは奥で堂々と待ち構えるべきだろ﹂
と駄々をこねたからである。一応多数決のもとに採用されたが。
玉座の間に割かれたリソースは勿論半端な物ではなかったが、この出来を見た慎重派
のみんなも大満足だった。
た自分へのご褒美。
ウンの封印を解いたのも、もとはと言えばこのためだ。サービス終了まで守り続けてき
最期くらいはギルド長らしく││モモンガがスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴ
れていた。
アイテムが一つ、拠点NPCレベルポイント増強を行う玉座が、天を衝くように据えら
には、十数段の階段。そしてその頂にはユグドラシルに200しか存在しないワールド
掲げられたメンバーたちの旗、金銀各種宝石がふんだんにあしらわれた玉座の間の奥
﹁懐かしいなぁ⋮⋮﹂
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41人全員が揃って迎えることが出来ればそれ以上の喜びはなかっただろうが、無い
ものねだりをしても仕方がない。皆が胸の中でユグドラシルの終わりを、ギルドの終わ
りを悼んでくれているのならそれでいい。
従者たちを伴って、モモンガは歩を進める。ギルドメンバーの紋章が刻まれた旗を感
慨深そうに眺めながら、結局41人が集うことのなかった﹃夢﹄を一歩一歩踏みしめる。
この場所に彼らはいない││だというのに。まるで、かつてのアインズ・ウール・ゴウ
ンがそこにあると錯覚させるほど、モモンガの歩みは確かなものだった。
部屋の半分を進んだ頃。上を向いて歩いていたモモンガの視界の片隅が、純白のドレ
スを纏った美しい女性の姿を捉えた。黒い髪は腰ほどまで長く、惹き込まれそうになる
ほどに輝く金色の瞳。浮世離れした絶世の美女だが、縦に割れた瞳孔と、山羊を思わせ
る太い両角。そして腰の辺りから広がる漆黒の天使の翼が、彼女が人間ではないという
事実を突きつける。
言い訳しておくと、ここ数年間ほぼ毎日ログインしていたとはいえ、モモンガがナザ
出来なかったが、彼女は別格だ。流石のモモンガも忘れることなどない。
先ほどはコンソールで確認しなければセバスやプレアデスの名前を思い出すことが
モモンガは立ち止まり、右手を顎へとあてがい考える素振りを見せる。
﹁えっと、確か││﹂
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リックにいた時間はほぼゼロに等しかった。モモンガ⋮⋮鈴木悟のPCは、いわゆるガ
チビルドを組んでいない。もちろんLv100帯では上の下ほどの強さを持っている
が、モモンガよりもキャラ的に、装備的に強いプレイヤーは多くいる。モモンガが最強
クラスと呼ばれた所以は、その膨大なプレイ時間から齎されるプレイヤースキル。
30兆にも及ぶ莫大なギルドの財産と、マーケットに出してもいいとメンバーより譲
り受けた装備に、モモンガは一切手をつけていない。多数決を重んじるこのギルドで、
い く ら ギ ル ド 長 と も い え ど も 独 断 で 行 動 す る こ と は モ モ ン ガ の 矜 持 が 許 さ な か っ た。
ではどうやってここナザリック地下大墳墓を維持していたかといえば、狩りをして金を
稼いでいた。
しかし先述の通り、モモンガ自身の戦闘力は低い。悪名のこともあり二人以上の仲間
連れに遭遇すれば、PK︵プレイヤーキル︶される危険性が高い。そのため、わざわざ
人気が無く効率の悪い狩場を選んで金策し、ナザリックの宝物殿に金を放り込んでログ
アウトする毎日だったのだ。
そんな彼が、辿り着かれれば事実上壊滅を意味する第九階層を守護するメイドたちの
名を覚えていないのは当然だった。
閑話休題。
美女の名は、アルベド。ナザリック地下大墳墓階層守護者統括を担う悪魔だ。設定上
ではギルドメンバーの次に偉く、唯一この玉座の間で待機することを許されているNP
Cである。
全身を再開し玉座へ続く階段の手前まで来たモモンガは、そんなアルベドが抱える杖
﹁うおっ、ワールドアイテムじゃないか﹂
を見て驚愕する。
ワールドアイテムとは、ユグドラシルに存在するアイテムの中で最上位に位置するレ
ベルの物を指す。﹃公式が病気﹄
﹃運営頭おかしい﹄と揶揄されるにふさわしい力を持ち、
一つ所持しているだけで飛躍的な名声の向上に貢献するという。能力の強さはピンキ
リだが、ゲームバランスを崩壊させるほど強大な効果を持つ物がほとんどである。
アインズ・ウール・ゴウンが所有するワールドアイテムは11種。一つはギルドメン
バー全員一致の意見でモモンガが携帯しており、他は宝物殿に厳重に保管されてある。
当然、取り出し運用するためには多数決が必須なのだが││
引退する際に、ナザリックの安全を案じて持たせてくれたのだ⋮⋮そう考えたモモン
だ。
考えもなく行動するメンバーは誰もいない。アルベドに渡した仲間の思いは汲むべき
本来であれば取り上げ、元あった場所に戻すべきだろう。しかし今日は最終日、何の
﹁仕方ないなぁ﹂
モモンガ様、痛恨のミス
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ガは、今はもういない仲間たちに思いを馳せながら階段へと足をかける。
メイドたちには待機を命じ、玉座へと腰を下ろす。ふと、横に立つアルベドに視線が
移った。
できるわけではない。
前に組み上げられたAIに沿って行動するだけだ。凝った設定を付けたところで差が
いやってアルベドの設定欄を下へスクロールしていく。設定とはいっても、NPCは事
自身の黒歴史を自ら掘り返しそうになったモモンガはかぶりを振り、記憶を彼方へ追
がしなくもない。
ふと宝物殿の守護者の姿が脳裏をよぎった。あれも、確か文字制限ギリギリだった気
る。
限界丁度で、どれだけの熱意を以てこのアルベドを創造したかが手に取るようにわか
アルベドの設定欄には、膨大な量の文字がびっしりと敷き詰められていた。文字数は
﹁長っ﹂
ソールを起動する。
の程度の設定しか知らない。ちょっとした好奇心で、アルベドの設定を覗くべくコン
ナザリック地下大墳墓の最上位NPC。特に触れ合う機会もなかったモモンガは、そ
﹁どんな設定だったっけ﹂
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﹁タブラ・スマラグディナさん⋮⋮そういや設定魔だっけ﹂
アルベドを創造したメンバーのことを忘れていた恥ずかしさからか、アルベドより向
けられる無機質な視線から顔を隠す。
速読などできるわけがないので飛ばし飛ばしに読んでいると、ようやくたどり着いた
設定の最後の一言に、モモンガの思考が一瞬止まった。
﹂
﹃ちなみにビッチである。﹄
﹁ひでぇ
ギャップ萌えを持たないモモンガには到底理解できない高みの嗜好だった。
う な も の だ し、そ ん な 存 在 が こ の よ う な 設 定 だ と ど こ か 救 わ れ な い 気 が し た の だ。
各メンバーが作り出したNPCは、いわばギルドの宝だ。モモンガからしても娘のよ
ンガは頭を抱えて俯いた。
女だ。﹄という言葉から、間違いはなさそうである。﹁ギャップ萌え⋮⋮﹂と呟き、モモ
こんな清楚で見た目麗しい女性がビッチとは。少し前の﹃外見だけであれば完璧な美
!
ギルド武器を手にし、この玉座に座る自分は名実ともにギルド長だ。上に立つものは
﹁変更するか﹂
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下のものの粗相を正さねばならない。あまりにも無茶苦茶で、適当かつ支離滅裂な理論
だったが、要はモモンガはアルベドのことを可哀想に思ったのだ。迷いも何もない。た
だ勝手に設定をいじるということには少し罪悪感を覚えたが、タブラも勝手にワールド
アイテムを持ち出していたのでモモンガ的にはノーカンである。
ちなみに、タブラはNTR属性持ちだったりもする。
本来ならば作成した本人のクリエイトツールがなければ不可能だが、モモンガはギル
ド長特権を行使してアルベドのコンソールへアクセスする。
ビッチ云々の文言は即座に削除された。
ソールのキーボードを叩いて入力する。
ピンと、モモンガひらめいた。自身のその考えを嘲笑しながらも、カタカタとコン
﹁⋮⋮﹂
いる。
群を読み込む気力は無いし時間も無い。残された道は、モモンガのひらめきにかかって
チガチに固められている設定に沿ったものがベストなのだろうが、その莫大な量の文字
ぽっかりと空いてしまった設定欄最後の行を見て、モモンガはごちる。本来ならばガ
﹁うーん、何か入れた方がいいよなぁ﹂
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﹃モモンガを愛している。﹄
モモンガは羞恥のあまり、片手は顔を覆ったまま、やけくそ気味に決定キーを押す。
ようとしていた思惑が台無しだった。
思わず杖を握っていた手を放し、両手で顔を覆う。あれだけ最後の時を格好良く迎え
す、そんな羞恥心がモモンガの全身を突き抜けた。
後の設定欄で件の少女の項目にそっと少しの期待を込めて添えたあの若い頃を思い出
と膨らむ想像力をフルに働かせ数十ページに及んだ物語を執筆︵笑︶した際に最後の最
る主人公︵自分︶がひそかに思いを寄せる女の子を見立てた少女を救い出すという悶々
まるで14歳の少年が文房具屋で買ってきた普通のノート︵黒︶へ秘密組織に所属す
﹁うおっほぅ﹂
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しかし思い出してほしい。モモンガは、このような私的なギルド長特権の行使は初め
てである。無論自身の創造したNPCの設定の手直しは自身の持つクリエイトツール
で行っていたし、メンバーの口頭以外で彼らが創造したNPCの設定を垣間見たのも初
めてだ。
つまるところ。いつも自分たちが使っているキーボードと、ギルド長特権で用いるN
PCコンソール用のキーボードの仕様が違っていても気づかない。
まして、このように自分の古傷を塩を塗りたくった指でほじくり返していればなおの
こと注意力が散漫になる││
追加した内容をすべてのNPCに適用する↑ピッ
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モモンガ様、痛恨のミス││っ
!
愛とは罪なのか
﹁いかがなさいましたか
私が何か失態でも⋮⋮
﹂
?
あたりが見れば卒倒しかねない光景だが、モモンガは不思議と扇情的なアルベドの姿を
ち、それに呼応した表情や反応を見せているのだ。AI関連の深い知識を持つヘロヘロ
ありえない。そうであれと創造され、そうであることしか出来ないNPCが心を持
れてしまったかもしれないという恐怖に潤んでいる。
が自然と動いている。吸い込まれそうになるほど美しい金色の瞳が、モモンガに失望さ
そんな女性、アルベドと、モモンガは今会話をしている。アルベドの声に合わせて口
﹁馬鹿な⋮⋮﹂
性。守護者統括という役割︵ロール︶を与えられた、ゲームの中の存在。
モモンガの手を握り、心の底から彼の身を案じていると容易に理解できる目の前の女
んなものはどこかに消え去った。
迎えることが出来なかったことに対しての憤怒や苛立ちに腹を立てていたが、いまやそ
ソールやシステム群、反応しないGMコールと運営。初めこそ栄光の最後を気持ちよく
モモンガは混乱していた。0時を迎えてもダウンしないサーバー、表示されないコン
?
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前にしても、感情の昂ぶりは何かに抑圧されているかのように平坦なものだった。
﹁GMコールが使えないようだ﹂
関してお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭す
﹁⋮⋮お許しを。無知な私ではモモンガ様の問いであられるじーえむこーるなるものに
る機会をいただけるのであれば、これに勝る喜びはございません。何卒なんなりとご命
令を﹂
つい先ほどまで物言わぬ人形だった女性の深い忠誠心に、内心辟易するモモンガ。悪
い気はしないが、やはり慣れないものには困ってしまう。
いや大丈夫だと諭すように口にし、いまだ放っておけば泣いてしまいそうな表情をし
ているアルベドの頭を優しく撫でる。あっとアルベドは驚いているような声を出した
が、すぐにとろんとした顔つきになり熱っぽい表情でモモンガを見上げる。
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁⋮⋮﹂
愛とは罪なのか
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何故か、モモンガは階段の下で跪いているはずのプレアデスたちから無言の抗議が送
られてきているような気がした。
プレアデスたちに視線を向けるが、彼女たちは慌てて顔を伏せる。気のせいか││そ
う内心で決め付けたモモンガは、アルベドの頭から手を離し下がるように合図を送っ
た。
なんの情報も無い今、必要なのは現状把握だ。ログアウトすら出来ないことから異常
が見えなくなると、残ったセバスとプレアデスたちに顔を向ける。
一礼すると、アルベドは背を向けて足早に玉座の間から去っていった。アルベドの姿
﹁はっ﹂
﹁よし、行け﹂
間後に六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えます﹂
﹁畏まりました、復唱いたします。六階層守護者二人を除き、各階層守護者に今より一時
時間は今から一時間後、アウラとマーレには私から伝えておこう﹂
﹁各階層の守護者に連絡を取れ。六階層のアンフィテアトルムまで来るように伝えよ。
やはり返事が返ってくる。一時的なバグなんかでは決してない。
﹁は﹂
﹁⋮⋮アルベド﹂
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事態なのは間違いない。
許されるのであれば声を出してわめきたい。クソ運営がと声を出して暴れまわりた
い。しかし││残ったこの七人を前にしてそんなことが出来るだろうか。そんな真似
できるはずがない。
メイドたちよ
﹂
彼らは、モモンガの命令を待っている。
﹄
﹁セバス
﹃はっ
!
!
﹁玉座の下へ﹂
待っていましたとばかりに、部屋全体に七人の声が響き渡る。
!
もう一つは、彼らがコンソールコマンド以外の命令を理解し、それを行動に移したと
すだけで、とてもではないが人間らしいと呼ぶには程遠いものだったはずだ。
には、彼女たちが命令に対し返答するというものは備わっていない。命令に対し礼を返
一つは、言葉を発するのがアルベドだけではないということ。ヘロヘロが組んだAI
今のやりとりで二つの確証を得ることが出来た。
と、一度深く礼をして片膝を付き、こうべを垂れた。
セバスとメイドは立ち上がり、背筋をピンと伸ばしたまま階段の手前まで歩み寄る
﹃畏まりました﹄
愛とは罪なのか
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いうことだ。アルベドであれば、その立場から特別製のAIを積んでいてもまだ解る。
しかし、この七人全員がそうであるという可能性は限りなく低い。特にプレアデスはメ
イドという特性上、高度なAIを積むメリットが一切無い。彼女たちのメイドという立
場は設定だけのもので、本来は九階層まで突破してきた侵入者の時間稼ぎ要員に過ぎな
いからだ。
││まずは、情報。
こういう不測の事態に陥った場合はどうすればいいか。アインズ・ウール・ゴウンの
諸葛孔明と呼ばれていた、ぷにっと萌えの言葉を思い出す。
間違いなくゼロだ。
一対一ならば負ける気は無い。しかし、彼らが集団でかかって来れば勝てる見込みは
のか。
く不明だが、自分で考え自分で行動できるようになった彼らの忠誠心は保持されている
ドメンバーたちに忠誠を誓う設定があるはずだ。しかし、なにが起こっているのかは全
命令しても大丈夫なのか。ナザリック地下大墳墓のNPCたちは、デフォルトでギル
ずなのに、その姿はまるで本当に生きているようだった。
名を呼ばれ頭を上げるセバスの表情は、真剣そのもの。ありえない││ありえないは
﹁⋮⋮セバス﹂
19
無 数 の 疑 問 と 不 安 が 脳 裏 を よ ぎ り 決 心 が つ か ず 逡 巡 す る。そ も そ も リ ア ル で は ブ
ラック企業のいち平社員に過ぎないモモンガに、急に何百もの部下を持つトップになれ
と言われても無茶な話だ。
モモンガは、セバスの目を見た。
深く、強く、それでいて優しさに満ち溢れた瞳だ。心より自分の主を信頼し、敬服し、
忠義を全うすることにこそ意味を見出そうとする、そんな決意が篭っている。そのすべ
てはモモンガのために⋮⋮
││嗚呼
モモンガは、セバスの忠誠を疑ったことに恥じ入った。目を見るだけで解るはずだと
﹂
いうのに、モモンガは自身の至らなさからあってはならない間違いを犯したのだ。
﹁セバス
!
うに﹂
にここまで連れて来るのだ。行動範囲は周囲一キロに限定し、戦闘行動は極力避けるよ
﹁大墳墓を出て、周辺地理を確認せよ。もし仮に知的生物がいた場合は交渉して友好的
を与えた。
思いを新たに、モモンガは可能な限り最大限の威厳を込めた声で、跪く忠臣へと命令
﹂
﹁ははっ
!
愛とは罪なのか
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﹁畏まりました、直ちに行動を開始します﹂
何でもありだな、とモモンガは心中で呟く。NPCは拠点を守るもの、本来NPCが
拠点外を出歩くことは不可能である。
先ほどもアルベドはGMコールを知らないと言っていた。NPCたちがユグドラシ
ルのシステムを知らないだけかもしれないが││いずれにせよ、それはセバスが本当に
ナザリック地下大墳墓から出られたか否かでわかることだ。
か⋮⋮持っている手札は早急に確認しなければならない。
い。ではそもそもモモンガは魔法を使えるのか、使えるとしてもドkどこまで使えるの
連絡が取れる残された可能性は、<伝言/メッセージ>などの普通の魔法を使うしかな
さて次は⋮⋮モモンガ自身のスペックの確認だ。GMコールが使用不可な今運営と
ない理由は無い。
これで一つは対処できた。もしモモンガと同じ状況にある人物がいれば、目下協力し
﹁勿体無きお言葉⋮⋮至高の御方の深いご慈悲に感謝いたします﹂
スももしもの時は逃げ帰るのだ﹂
前たちの安全より優先すべきものは無い。相手の言い分はほぼ飲んでも構わない、セバ
戦闘に入った場合は即座に撤収させ情報を持ち帰らせろ。わかってはいるだろうが、お
﹁プレアデスから一人⋮⋮そうだな、ユリ・アルファを連れて行け。もしセバス、お前が
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だからこそ、アルベドに第六階層へ守護者各員を集めるように命令したのだ。もし敵
対する者が現れるなら、叩き潰す力を確かめるために。
冷静に分析してみると、自分が想像以上に脳筋なことにモモンガは苦笑する││もち
ろん顔は髑髏のため表情に変化は無いが。落ち着いた判断に力任せなところがある具
合に、いよいよ自分が本当に人間ではなくアンデットになったんだなぁと実感した。
スタッフを手放す。支えを失ったスタッフは、先ほど試した時とはうって変わり、不
貞寝をするようにごろんと寝転がった。
そんな様子を気にすることなく、モモンガは声を張り上げた。
﹁プレアデスよ。セバスについていくユリともう一人⋮⋮ナーベラル・ガンマを除き、他
の者たちは九階層に上がり、八階層からの侵入者が来ないか警戒に当たれ。ナーベラ
ル・ガンマはこの場に残るのだ﹂
﹁畏まりました、モモンガ様﹂
メ イ ド た ち が 了 解 の 意 を 示 す。し か し │ │ 姉 妹 達 と は 異 な り 残 る よ う 命 令 さ れ た
ナーベラルだけは、声の抑揚が全く違っていた。
それは、恐怖。先ほどのモモンガの怒りもあり、もしや自分が何か粗相をしてしまっ
ていたのではないかという恐れ。
﹁行動を開始せよ﹂
愛とは罪なのか
22
﹁承知いたしました、我らが主よ
の言葉を待つ。
﹂
六人が退出した後。残されたナーベラルは身体を震わせながら、跪いたままモモンガ
い。
ラーとメイドたちだ。その悦びを確かに表しながらも、主には決して悟らせることはな
しかし彼女たちはナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガに仕えるカンペキなバト
ある者は絶対的な主を前に本能を抑えきれずカタカタと愛を示す音を鳴らす。
者は大好きな主と話が出来たことに心を弾ませ、ある者は主の甘美な声に体を震わせ、
くし、ある者は主の格好良さにテンションを抑えきれず僅かに肩を揺らしながら、ある
モモンガより直接言い渡された命令。ある者は主への忠誠を新たに、ある者は顔を紅
り歩き出す。
から与えられた命令を遂行すべく立ち上がり、愛する主に跪拝すると、一斉に立ち上が
セバスや他のプレアデスたちはそんなナーベラルの様子に気付くことなく、モモンガ
!
﹁はっモモンガ様﹂
イドへと声を掛ける。
玉座から身を乗り出してスタッフを拾いながら、モモンガは緊張で縮こまっているメ
﹁ナーベラルよ﹂
23
恐怖を押し殺し、絞り出すような声で応えるナーベラル。
﹁私の元まで来い﹂
次いでモモンガから発せられた言葉に、文字通りナーベラルは言葉を失った。
﹁え⋮⋮﹂
私の元まで来い││つまりそれは、ナーベラルの目の前の階段を上り、至高の御方の
すぐ傍まで近づくということ。モモンガの言葉を頭の中で反芻し、ようやく意味を理解
したナーベラルは、床に額を擦り付けるほどに深くこうべを垂れ悲鳴のような声を上げ
た。
﹁そっそんな 私なぞ一介のメイドが、至高の御方であられるモモンガ様のおっお近
は許されない。
謀を担う第七階層守護者であっても、この玉座の間においてはモモンガの隣に立つこと
の補助もしていたアルベドだけ。それが、守護者達を含んだ全NPCの共通認識だ。参
そう、玉座の周囲に立つことが許されているNPCは守護者統括であり至高の御方々
くに立つなんてっ﹂
!
しく包み込まれるような慈愛に満ちたものだった。
そう言ったモモンガの声は確かに威厳に満ち溢れたものだったが、同時に、全身が優
﹁よい、許す﹂
愛とは罪なのか
24
ナーベラルの口が渇く。あの、我々の頂点におわす至高の御方。考えるだけで熱い想
いで胸が張り裂けそうになる至高の御身が、私に││
跪拝も忘れ、ナーベラルはふらふらと立ち上がる。叫び出しそうになる口を必死に押
さえながら、震えて言うことを聞かない足に鞭打ち、右足を階段へとかけた。一歩ずつ
一歩ずつナーベラルはモモンガへと近づいていく。上りきった末、ナーベラルはいつの
間にかスカートの裾を掴んでいた両手に一層力を込め、主の沙汰を待つ。
モモンガがいる高さに立つことが出来た。ナーベラルは思う。この身に余る幸せ、こ
の幸せに包まれて死ねるならこれ以上の褒美は無い、と。
││ハァ、ハァ、ハァ、ハァ
この鼓動の高鳴りをどうかモモンガ様に聞いて欲しい。嗚呼、そう。畏れ多いながら
も私は。いや、私達は貴方を││
その言葉に、メイドは一瞬の迷い無くめくり上げるのだった。
﹁スカートをめくるにょだ﹂
25
愛とは罪なのか
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玉座へと至る道。その道中の隅のほうで、ここナザリック地下大墳墓の主たるモモン
ガは力なく壁へと手をついている。
理由は至極簡単。アンデットとなり内臓が綺麗さっぱり無くなったはずなのに││
無いはずの胃がキリキリと痛むからだ。
まるでリアルで上司から叱責されたときに感じる痛み。要するに、ストレスから来る
胃痛だった。
セバスからもたらされた情報⋮⋮周囲一キロが人工建造物の影も無い見知らぬ草原
だったということ。ナザリックがあった沼地ではなく未知の土地。大体予測はしてい
たが、ここがユグドラシルではなくリアルの類、しかも異世界であるということだ。
モモンガの精神が鈴木悟のものであれば、部下たちの前とはいえ卒倒していただろ
う。しかしアンデットとしての性質に引っ張られているのか、驚愕はあったがそのあと
思い至ったのはナザリックの安全について。
各階層守護者達には警戒レベルをワンランク引き上げさせ、七・九階層の封印を取っ
払うことで第八階層が最後の砦として機能することを確立させた。ロイヤルスイート
にPOPモブたちが立ち入ることに守護者達は難色を示していたが、事態は一刻を争
う。そもそもモモンガはたいして気にしていない。
そして││NPCたちの、モモンガへ対する評価。
そうであれと作られたからにはそれなりの忠誠心を持っていると思っていたが││
ナッタトキハ、我ヲ爺二⋮⋮﹂
ヤ、コノ世ノスベテガ御身ノマエニ跪クベキオ方カト。是非オ世継ギガオ生ウマレニ
﹁ダレヨリモ強ク、ダレヨリモ強大ナ絶対強者。マサニナザリック地下大墳墓ヲ││イ
愛しきわたしの所有者⋮⋮わたしのすべてを捧げる君です﹂
﹁美の結晶。この世界で最も美しいお方であります。そして至高の御方方の頂であり、
27
﹂
﹁慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。守護者に過ぎないあたしたちのことをいつも
考えていてくださって、凄く、凄くカッコイイお方です
なったときは、私も爺に⋮⋮﹂
も慈悲深く、深い愛を以って包み込んでくださるお方です。是非お世継ぎがお生まれに
﹁至高の御方々の総括に就任されていたお方。守護者の方々だけでなく我々下々の者に
べからざるという言葉は、御身のために存在しているお方かと﹂
ほどの智謀をお持ちになり、瞬時にそれらを実行なされる行動力も有された方。端倪す
﹁まさに究極にて完璧な存在。そうであれと生み出された私なぞでは足元にすら及ばぬ
﹁す、凄く優しくて⋮⋮一緒にいてくださると心がぽかぽかと温かくなります﹂
!
﹂﹂﹂﹂﹂﹂﹂
﹁至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そしてわたしの愛
しいお方です﹂
!
生物の深淵を垣間見た気がする。
面を上げ、彼らがモモンガへと向けた表情を思い出す。リアルでは見たことのない、
﹁﹁﹁﹁﹁﹁愛しいお方です
愛とは罪なのか
28
﹁え、な に あ の 高 評 価。俺 が 作 っ た N P C は い な い し、面 識 も ほ と ん ど な い ん だ け ど
⋮⋮﹂
確かに名目上アインズ・ウール・
謎は深まるばかり。愛、愛と今日だけで何度聞いたことか。そもそもNPCは自分を
創造したメンバーを一番に考えるのではないのか
ゴウンのトップに立つのは俺だけどさ⋮⋮
はともかく、命の保障などありはしない。
ることまで想定していた。もし中身が一般人だと知れたら││属性が善よりなセバス
もし階層守護者達に失望されたら││そう心配していた瞬間もあった。最悪殺され
必死に悩んでいるのだった。
た骸骨は、先ほど階層守護者達の前で見せていた威厳など見る影もなく、小さな背中で
言が漏れ出す。当然その呟きに答える者などいるはずもなく、豪奢な装備で全身を固め
モモンガの頭の中で考えはまとまらず、ぶつぶつと乾いた笑いと共に判別不能な独り
?
モモンガの双眸が怪しく光る。それは支配者が見せるそれではなく、これから死地へ
﹁あいつら⋮⋮マジだ﹂
29
愛とは罪なのか
30
と向かう一般兵卒のような悲しく疲れに満ち溢れているものだった。
ナーベラルの、黒色だったななどと現実を直視しないナザリック地下大墳墓の絶対支
配者。モモンガ様の明日はどっちだ。
感情の重み
額を地面へこすりつけ、なおも足りないと言い切れる重圧が掻き消えた。
しかしその存在感はいまだ残り続けている。心の底から愛している主人の圧倒的力
が、まるで残り香のようにその場に漂っているなどという錯覚に陥る。
いや⋮⋮彼らにとっては錯覚ではないのかもしれない。死ねと言われれば迷いなく
腹を掻っ切ることなど容易い、それほどの忠義を誓う至高の存在の後に焦がれないほう
がおかしいのだ。
いくばくかの時間が流れた。
張り詰めていた空気が弛緩し、誰かが安堵の息を吐いた頃、初めに立ち上がったのは
守護者統括であるアルベドだ。羽についた汚れを払いながら、先ほどまでモモンガが
立っていた場所をうっとりと眺めている。
マーレ・ベロ・フィオーレはゆっくりを頭を上げ、隣の姉であるアウラ・ベラ・フィ
﹁す、凄く怖かったね、お姉ちゃん﹂
31
オーラへ語りかけた。
怖かったとは言ったが、その顔に恐怖の影はない。むしろモモンガの絶対的な力を前
にして、その波動を一身に受け止めることが出来たという事実に対しての喜びからか、
マーレの顔は酷く緩みきったものだった。
アルベドやマーレに触発された面々も続いて立ち上がり、各々が感じたモモンガへの
感想を口にする。
﹁ホント、あたし押しつぶされるかと思った﹂
﹁流石はモモンガ様。私達守護者にもそのお力の効果を発揮なさるなんて⋮⋮﹂
セーブしていた。
流石に即死することはないうえに、無意識に漏れ出したとはいえモモンガも極限まで
インズ・ウール・ゴウンによって強化された結果である。
る守護者達にも意味を為さないはずなのだが、モモンガが持っていたスタッフ・オブ・ア
ではいわゆる死にスキルといわれていた物だ。当然モモンガと同じくLv100であ
本来はLv60以下の相手にしか効果が無い、大半がLv100だったユグドラシル
絶望のオーラ。それが、守護者達を押し付けていた力の正体だ。
ト思ッテイタガ、マサカコレホドトハ﹂
﹁ウム。カノ至高ノ御方デアルモモンガ様、我々ナドヨリモ遥カナ高ミニイラッシャル
感情の重み
32
しかし、そんな事情を知らない守護者達の深読みは加速する。
なったのでしょう﹂
﹁ナルホド⋮⋮ツマリハ我々ノ忠義ニ応エテ下サッタトイウコトカ﹂
!
例えアウラとマーレであっても、一撃を貰えば決して小さくはないダメージを負うこと
レベルプレイヤーならばパーティを組んで討伐しなければならない程度の強さはある。
かしたのだ。Lv差が10以上あるため苦戦はなかったが、それでも根源の火精霊は同
法の調子を確かめるために召喚した根源の火精霊を、アウラとマーレのコンビで打ち負
守護者達が闘技場に揃う前、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンと自身の魔
れる。
レも姉に触発されて、顔を真っ赤に火照らせながら頭に残った温もりに意識が引っ張ら
えへへと、だらしなく口角を下げたアウラは思い出すように自身の頭をさする。マー
を倒した時も褒めてくださったし⋮⋮﹂
優しかったんだよ、お水を飲ませてくださったし、プライマルファイアーエレメンタル
﹁あたしたちと一緒にいたときも全然オーラを放ってなかったしね
モモンガ様凄く
しまうことを危惧なされたうえで、私達が耐えうる最低限のレベルのお力をお見せに
一切発揮なされていませんでした。私達がその偉大なるお力によって押しつぶされて
﹁ですね。私達が守護者として名乗るまでは、モモンガ様はお持ちになっているお力を
33
になっただろう。それでも、双子は無傷で切り抜けて見せた。それは素直に評価される
べきものであり、モモンガも惜しみのない賞賛を送ったのだ。
しかし、アウラの発言で場の空気が一変した。実直なコキュートスやモモンガに盲目
的なアルベドはともかく、理性的で普段は守護者達の手綱を握る側のデミウルゴスとセ
バスでさえも、目に見えて気配が濃厚なものへと切り替わる。それは嫉妬だ。双子が褒
められたという事実に対しての、明確な妬み。
もちろんそこに憎しみなど無い。どちらかと言えば至らなかった自身に対しての怒
りであり、次は自分こそという決意の表れである。
だがそれも﹃心﹄を持つ守護者それぞれで程度の違いがある。特にアルベドはその鋭
い爪が手袋を引き裂き、手のひらさえも突き破りそうな力み具合で、顔を伏せプルプル
と震えていた。
﹂
﹁あ、あれがここナザリック地下大墳墓の支配者、モモンガ様のお力の一端なんだよね。
そんなお方に仕えられる僕たちって、本当に幸せ者だよね
ルベドは一度ピクリと身体を跳ねさせ、その剣呑な雰囲気を綺麗に仕舞った。
を発する。嘘偽りの無い、心から思った言葉だ。驚くほどに現実味が篭った内容に、ア
いち早くアルベドの様子を察知したマーレは、ビクビクと怯えながらもしっかりと声
!
﹁全くその通りです。モモンガ様は至高の御方々の頂点に立ち、今日これまで、そしてこ
感情の重み
34
れからもひ弱な我々を導いてくださる慈悲深き君⋮⋮至高なる四十一人の方々がお隠
れになった後も、我々を見捨てずお残りになられた愛しき絶対支配者なのです﹂
愛しき、という部分を強調して、アルベドは大仰に高らかに謳う。守護者達はその振
る舞いを怪訝に思うことはなく、アルベドの言葉に深く同調した。
当然だ。至高の四十一人の道具として創造された彼らにとっての最大の喜びとは、役
に立つこと。その身の全てを懸けて尽くすべき存在の力の一部を感じられたことが、ど
れほど名誉なことか。
自分たちは幸せ者だ││アルベドから改めて知らしめられた事実に、六人はその至福
を全身で感じ入る。なんと心地の良いことか。あの、自分たちが愛してやまない至高の
御身に、これからも命を懸けて仕えることができるのだ。
それに比べて││
そこから先は、ダレも思考しない。
守護者達も自分の役割を思い出す。モモンガより警戒の強化を言い渡された以上、暢
いち早く戻ってきたセバスは、一度咳払いを挟んで口を開いた。
デスたちにも指示を飛ばさねば﹂
﹁⋮⋮それでは私は先に戻ります。モモンガ様のお傍にいる必要がありますし、プレア
35
気にも愉悦に浸っている暇はない。事態が一刻を争うということも理解している。
ナザリックの名が轟いていたかの地ではいざ知らず、ここは未知の場所。蛮族たちが
いつ攻め入ってくるかもわからない。
特にセバス⋮⋮というよりもプレアデスはモモンガの護衛を務めるのが役目。この
よ う な 場 所 で 油 を 売 っ て い る 時 間 は な か っ た。そ れ に 反 応 し た ア ル ベ ド が な に や ら
言っているが、セバスはそれを柳の如く受け流し一礼し闘技場をあとにする。
守護者ではないとはいえ、セバスはアルベドとコキュートスと同格の強さ。真の力を
発揮すれば単体であれば時にマーレをも凌駕する。モモンガに対しての忠誠心も高く
なおかつ同姓ということで、守護者各員からの信頼も厚い。
デミウルゴスとは製作者のこともあり多少意見が合わないことがあるが⋮⋮それで
も、モモンガへの献身という最も重要な点に関しては絶大な信頼を置いている。故にセ
バスがモモンガの身辺警護にあたっていることに何の不満も嫉妬も無い。
﹂
?
声を掛けた。
ゴスは、いまだ跪いたまま動く気配の無かったシャルティア・ブラッドフォールンへと
かたわら、流石智将といった風に頭の中で今後の行動をシュミレートしているデミウル
アウラとマーレ、アルベド、コキュートスと各々モモンガへの想いを繰り広げている
﹁でだ、シャルティア。ずっとそのままだけど、どうかしたのかい
感情の重み
36
﹂
シャルティアは応えない。しかし聞こえてはいるのか、デミウルゴスの呼びかけにぶ
るっと一度震える。
﹁シャルティア⋮⋮具合ガ悪イノカ
死体愛好癖⋮⋮これでもかと創造主の性癖を詰め込まれたシャルティアは、性癖のサ
いる。
ルゴスたちは呆れはするがこのシャルティアに限っては仕方のないことだと理解して
かと大きなため息を吐く。マーレだけは何の話か理解していないようだったが、デミウ
いやんいやんと一人体をくねらせるシャルティアを見た守護者たちは、いつもの発作
の身を征服される快感││下着が結構まずいことになってありんすの﹂
﹁あれが、あれがっモモンガ様の凄み⋮⋮肢体を駆け巡る恐怖、そのあとにやって来るこ
いた。
らの体を抱くように交差し、まさに夢心地といった様子で先ほどの光景に想いを馳せて
病的に白い肌を紅潮させ、興奮しているのか濁った瞳は焦点が合っていない。腕は自
上げる。
んなコキュートスを無視することなど出来るはずもなく、シャルティアはようやく顔を
その内に篭った心からの心配の念は、その場にいるダレもが感じ取ることが出来た。そ
コキュートスの声は反響するためお世辞にも聞き取りやすいとはいえない。しかし
?
37
ラダボウルと呼べるだろう。彼女の嗜好の乗算にさらに彼女自身の愛が掛け合わされ
れば、必然とこのようなこととなる。
デミウルゴス自身、モモンガの先ほどの激励を聞いた時、感動のあまり声を上げて泣
き出してしまいそうだった。溢れる涙を押し留めるので精一杯だった。モモンガの一
言一言を噛み締め、脳に刻み込み、昇華する。その工程にデミウルゴスが悦びを感じる
ことと同じなのだ。
それは、他の守護者達も同じ。
シャルティアの様子を咎めることなく、彼らも再びモモンガの声を頭の中で再生す
る。
しかしその思考も、アルベドの言葉で阻まれることとなる。
﹁わかるわ﹂
﹁アルベド⋮⋮ぬしも同じでありんすか﹂
いまだ夢の中だったシャルティアは、近づいてきたアルベドを火照った表情のまま見
上げる。アルベドもまた、シャルティアと同じくその頬を淡く染めていた。
モモンガとマーレの会話に余計な茶々を入れた際、モモンガが発した怒気は確かなも
けた感覚だったわ。不敬だけれど、たまらなかったわね﹂
﹁あの、モモンガ様がお怒りになった時の威圧感⋮⋮頭頂からつま先まで稲妻が駆け抜
感情の重み
38
のだった。緊急事態に意見を汲み上げているというのに、それを邪魔した罪は小さくは
ない。モモンガとしては強く言いすぎたかと後悔していたが、どうやらアルベド的には
それも綱渡りではあるが刺激的なスパイスだったらしい。
もちろん意図してモモンガを怒らせる真似など、その身を引き裂かれてもしようとは
思わないが││なかなかどうして、予想外の感覚を味わうことが出来たようだ。
そのまま二人はしゃがみこみ、だらしなく緩みきった顔で互いにモモンガの素晴らし
さを語り始める。器用に腰を落としたまま、太ももの内側をもじもじと擦り合わせてい
﹂などと奇声を上げながらコクコクと頷いていた。
る。そこに剣呑な雰囲気はなく、シャルティアのいわゆる上級者向けな発言にもアルベ
ドは﹁くふー
﹁な、なに
﹂
﹁さて⋮⋮アウラ﹂
!
くりと反応した。
なんであたしもアレに混じらないといけないのよ
﹁君は混ざらなくてもいいのかい
﹁はぁ
﹂
!
﹂
る。アウラは微妙な表情で女性陣の様子を眺めていたが、デミウルゴスの呼びかけにび
眼鏡のブリッジを押し上げ、諦めの混じった声でデミウルゴスがアウラに語りかけ
?
予想外の言葉に、アウラは声を荒げる。
!?
?
39
アレという言葉が差すように、アウラは別にアルベドとシャルティアの仲間に入りた
くて観察していたわけではない。確かにちょっとは気になるけど││という気持ちは
無いわけではないが。まあ興味はあった。
アウラにはアウラのモモンガへの想いがあり、それは自身の内で蕾をつけている。そ
して、それに気付かないデミウルゴスではない。デミウルゴスはアウラが内に秘める想
友
となる存在だ。慣れ
いを理解したうえで、悪魔のものとは思えないほどの優しく穏やかな笑顔で、アウラを
諭すように言葉を紡ぐ。
ておくべきだと思うけどね﹂
﹁確かに彼女たちは少々行き過ぎてはいるが⋮⋮いずれ君の
"
だからこそ、アウラはしぶしぶだがデミウルゴスの言葉を大人しく聞き入れた。
ガへと捧げていることをアウラはよく理解している。
は出来ない。しかし彼が自分たちを大切に思っていること、何よりそのすべてをモモン
80年弱しか生きておらず策謀にも疎いアウラが、デミウルゴスの真意を見抜くこと
"
⋮⋮と小さくはないため息を吐き出しながら。
ぼとぼと女性陣の元へ向かう。会話に入れる気はしないけど、まあ聞いておくだけでも
なぜマーレには言わないのかということに疑問を感じながらではあるが、アウラはと
﹁わかったわよ⋮⋮﹂
感情の重み
40
そんなアウラの背中を、デミウルゴスは満足げにうんうんと頷きながら眺めている。
アウラがアルベドとシャルティアの近くに腰を下ろしたことを確認すると、何も言わず
﹂
立ったままのコキュートスと何時も通りオロオロしているマーレに向き直った。
﹁デミウルゴス、ドウイウ意味ダ
﹂
?
きたる
その時
に向けて、彼女たちにはもっと親交を深めてもらわないとね﹂
"
その果ての宝物の誕生を心待ちにする。自分には出来ないことだからこそ、彼女たちに
男の自分では、その大役を担うことが出来ない。それを残念に思いながらも││彼は
"
になられた。それだけで身に余る幸福だ。我々男ではどうしようもないが⋮⋮いずれ
﹁ああ。見捨てられた他の至高の方々とは違い、慈悲深いモモンガ様は最後までお残り
﹁お世継ぎ、ですか
﹁ム⋮⋮ソレハ⋮⋮﹂
﹁偉大なる御身、我々のすべてを捧ぐモモンガ様のお世継ぎについてさ﹂
くれた﹂とばかりに柔らかい笑みを零しながらデミウルゴスは口を開いた。
料としていただろうが、コキュートスの言葉に嫌な顔一つせず、むしろ﹁よくぞ聞いて
もしその問いかけがナザリック外の下等生物相手ならばその皮と肉を剥ぎ作品の材
へと問いかける。
やはり二人もデミウルゴスの考えを理解していなかったようで、改めてデミウルゴス
?
41
託すのだ。
アルベドとシャルティア、アウラだけではない。デミウルゴスのその宝石の瞳には、
ナザリックのすべてが写っている。同じ忠義を抱く者に貴賎はない。下等生物の場合
はどう考えるかはまだ謎だが、少なくとも彼はそう思っている。
﹂
﹁彼女たちも同じ考えだろうさ。まあ⋮⋮第一后については一悶着あるだろうけどね﹂
﹁ゴ子息カ⋮⋮嗚呼、爺、爺ハ
た。
マーレもその臆病な気配を引っ込め、その身を挺して守るべき二つの存在を幻視し
武で解決しようとする彼からは想像もつかない姿。
普段の勇姿の影もなく、ただただ未来を夢想するコキュートス。目の前の物事をその
!
レニ勝ル幸福ガアルダロウカ﹂
﹂
﹁オオオ⋮⋮ナント素晴ラシイ未来ダ。モモンガ様ト坊ッチャンニ仕エラレルナド、コ
思い至らなかったのかという自責の念さえも浮かぶほどだ。
技を教え、自分はその身をお守りするために剣を取る。今まで考えもしなかった。何故
コキュートスの脳裏に浮かぶのは、愛しき主君の子供と共に草原を走り回る光景。剣
!
﹁僕も、ご、ご子息様と一緒にいたいです
感情の重み
42
43
彼らの心に映るものは、ナザリック地下大墳墓に君臨する美しき死の超越者。
後にも先にも。彼らの全ては、愛しきモモンガ様のためにあるのだから。
デミウルゴスおまかせフルコース
モモンガの自室に隣接したドレスルーム。魔法職だというのに見た目が気に入った
等の適当な理由で買い溜めた鎧や剣が、子供部屋のおもちゃのように脚の踏み場も無い
ほど乱雑に置かれている。もちろん初めからこの状態だったわけではなく、元々はそれ
なりに片付けられていたが。モモンガはメイド一人を従え子の部屋に訪れ、あれでもな
いこれでもないと装備を引き出し続けていた。
来る、落とすことも出来る。しかし何を基準にしているかは不明だが、おおよそ攻撃と
先ほどは、極普通のクレイモアを振りぬくことが出来なかった。持ち上げることは出
き、まるで嵐かと錯覚させる爆風を生み出した。
いよく振り下ろす。純粋な筋力、身体能力のみを使用して放たれた斬撃は空気を切り裂
右手には、同じく魔法で創造されたグレートソード。柄に左手を沿え上段に構え、勢
ンド級まで創造できるが、あまり消費魔力の収支が合わない。
アーマーに包まれる。アイテムレベルはレリック⋮⋮モモンガはもう一つ上のレジェ
モモンガの紡いだ呪文が発動し、その全身を金と紫色が装飾されたフリューテッド
﹁︿上位道具創造/クリエイト・グレーター・アイテム﹀﹂
デミウルゴスおまかせフルコース
44
断じられるような行動は不可能だったのだ。Lv100の筋力を以ってしても、攻撃行
動に移った瞬間武器が手から落ちてしまう。
しかし魔法で創造した装備であれば問題はなさそうだった。何かと現実味が強く出
ている世界だが、こういう所はゲームに準拠しているためどうも要領を得ない。
このドレスルームに来るまでは、ナーベラルを含むプレアデスたちとも少し会話をし
でも渡せるよう胸に抱えて待機している。
イド││ナーベラル・ガンマがいた。モモンガが落としたクレイモアを拾い上げ、いつ
モモンガはちらりと窺うように背後へ視線を向ける。そこにはもちろん侍らせたメ
﹁⋮⋮とはいっても﹂
分の足で動くという性格は払拭出来そうになかった。
得できそうもない。部下たちを信用していないわけではないが、やはり営業職時代の自
グレートソードを消し、鎧を着たまま腕を組む。上がってくる情報だけではどうも納
﹁⋮⋮俺が直接出るべきだよなぁ﹂
か。外の状態がわからなければ判断できない。
えなくなる。ステータスが三分の一まで落とすか、転移やフライを使用不可してしまう
しかし、一方の︿完全なる戦士/パーフェクト・ウォリアー﹀では魔法そのものが使
﹁この状態││重装では使用できる魔法が5種類に限定しまうのが難点だな﹂
45
ていたのだが、やはり彼女たちもモモンガを心から慕っていると理解せざるを得なかっ
た。モモンガ自身異性の扱いは非常に疎く自信も無いが、アレほどまで露骨に表現され
ると認めなければならない。
にやける表情を隠しながら跪くユリ・アルファ、尻尾を振り回す姿を幻視してしまっ
たルプスレギナ・ベータ、顔を真っ赤にして煙を上げるシズ・デルタ、息が荒く身体の
一部がスライム化していたソリュシャン・イプシロン、求愛行動を隠し切れないエント
マ・ヴァシリッサ・ゼータ。
││つかれた。
自身に付き従うことが彼女たちの最大の喜びであることは、そのあり方を鑑みればモ
モンガでも理解できる。だからこそスカートの件の詫びのつもりでナーベラルをしば
らくの付き人としたのだが、そのときのほかの姉妹達の表情を忘れられない。
初めは辟易したが、すぐに慣れた。むしろ自慢できるぞと前向きに考えた。しかし、
らば意味が無い。
70程度のモンスターを何体か付けたところで、モモンガが倒されるほどの敵が相手な
だにもかかわらず、何処に行くにも付いてくる近衛兵。守護者達ならばともかく、Lv
モモンガの胃は擦り切れそうだった。一人だけならまあいいかとナーベラルを選ん
﹁なんか、無限ループな気がするぞ﹂
デミウルゴスおまかせフルコース
46
蓋を開けてみれば気になって仕方がない。プライベートというものが存在しないのだ。
あるが、それ以上に楽しい。同姓というだけでアレほどまでに安心するとは。話しかけ
デミウルゴスやコキュートスと話をすると、ボロが出そうになって肝を冷やすことも
チーノだということを思い出して不本意であるが納得した。
ているうえに理由もわかる。何故シャルティアまでと考えたが、創造主があのペロロン
視線がどうも怪しい。特にアルベドとシャルティア⋮⋮アルベドには罪悪感が先行し
まう。一挙一挙をNPCたちは脳に焼き付けようと見てくるし、女性陣から向けられる
リフレッシュが必要だ。このままではナザリックを本格的に運営する前に参ってし
が声になって表れた。
絞り出すような声だった。精神安定化は発動していたにもかかわらず、鈴木悟の悲鳴
﹁⋮⋮私は少し出る﹂
モモンガはいっそう無い胃がキリキリと締め上げられる痛みを感じる。
中、話しかけてもらえたという至上の悦びを隠しきれていない。
は、もちろんナーベラルの姿を確認することができない。しかし返ってきた応答の声の
モモンガの呼びかけに、ナーベラルはすっと頭を下げる。背を向けているモモンガに
﹁は、モモンガ様﹂
﹁ナーベラルよ﹂
47
ると彼らも喜ぶので一石二丁だ。マーレは見ているだけで癒される。
と、モモンガは口の中でなんとか留める。見るからに忠誠心が高そう
﹁承知したしました﹂
﹂
え、いいの
﹁え
だった。
﹂
バシュウッ
﹁は
さあ、参りましょう
﹂
!
わかりましたと、モモンガは力なく肩を落とすのだった。
﹁あー﹂
目をきらきらと輝かせ、今にもガッツポーズを決めそうな顔。
たナーベラルがいた。
どまで着ていた一般メイドと同じメイド服ではなく、いわゆる戦闘用メイド服に着替え
なにやら装備が換装される音がしたのでモモンガがナーベラルへと振り返ると、先ほ
!
当にただの散歩なのでぞろぞろと引き連れていてもかっこ悪いのでこの反応は僥倖
で近衛を連れて行けと必死に説得しそうなナーベラルがまさか何も言わないとは。本
?
?
?
﹁準備は出来ております、モモンガ様
デミウルゴスおまかせフルコース
48
ナザリック上空には、三つの影。二つはもちろんモモンガとナーベラルであり、もう
一つは中央霊廟で作業中にモモンガを見つけたデミウルゴスだ。転移門を使った移動
だったためばれた⋮⋮と、モモンガは思っている。
人も同じようで、ナーベラルは天を仰ぎ、デミウルゴスでさえもこの美しい光景に目を
キャンパスは、もうあるかも分からないモモンガの心を大きく揺らした。それは他の二
リ ア ル で は 見 る こ と が 叶 わ な か っ た 星 星 が 瞬 く 夜 空。き ら き ら と 光 り 輝 く 天 空 の
﹁世界征服なんて⋮⋮面白いかもしれないな﹂
49
デミウルゴスおまかせフルコース
50
奪われている。彼らはナザリックから出たことすらなかった。その事実が、モモンガの
魂に小さな小さな灯を宿す。
世 界 征 服。な る ほ ど、言 葉 に す る だ け な ら 簡 単 だ。外 の 情 報 が 何 一 つ 無 い 今、心 の
キャンパスに何を描こうとも許されるだろう。
しかし現実はそんなに甘くない。仮に世界を統一出来たとして、その後はどうなる
モモンガはデミウルゴスの姿に、ウルベルトの面影を見たのだ。見た目も性格も何も
││ね、ウルベルトさん。
中で考えればいい。││かつて、アインズ・ウール・ゴウンがそうだったように。
世界を与える。一つの目標に向かって突き進み、仲間たちで笑い合う。難しいことは道
ナザリックに残ったモモンガができること⋮⋮彼らに、新たな世界を見せる。新たな
世界しか知らず、至高の四十一人に忠義を尽くすことしか知らないのだ。
しかしだ。ナザリックのNPCたちにはなんの罪も無い。彼らはナザリックの中の
キリがない。
まりにも少ない。反乱の防止や治安維持を遂行する法の施行⋮⋮考えれば考えるほど
滅ぼすならばともかく、世界を統一し統治するとなると、労力に対するメリットがあ
?
かも違うが、その奥底に、確かにあの男がいる。
この立場は息が詰まるけれど、やるだけやってみよう。彼らの期待に応えたい。そ
う、モモンガは思った。
﹂
墓に残った。自分たちだけでは、あの過酷な世界で生き残ることが出来ない。そんな脆
かわらず、モモンガは友よりナザリックを選んだ。真の同胞たちと別れ、伽藍の堂の陵
りも、ギルドメンバーたちのほうがモモンガと長くともにいたはずなのに。それにもか
弱いのだ。もちろんモモンガがではなく、デミウルゴスたちNPCが。NPCたちよ
なぜ、モモンガだけがナザリックに残ったのか。考えてみれば単純な話だ。
らっしゃる。
くことなど出来ない。それでも⋮⋮それでも、この御方はその瞳ですべてを見据えてい
両拳に力が入り、モモンガを仰ぎ見た。デミウルゴスには、その深遠なる真意を見抜
奪われる。
デミウルゴスはモモンガの言葉に眼を大きく見開き、ナーベラルは尊大な背中に心を
﹁⋮⋮
!!
51
弱な赤子を見守るためだけに││
この御方だけ
が、
溢れる涙は留まるすべを知らない。視界は酷く滲んでいるが、それでもこの御方の輝
きが歪むことはない。やはり自分は間違っていなかった。やはり
全てを捧げるべき存在。
"
"
嗚咽を押し殺し、愛しい闇に魅せられたちっぽけな悪魔は呟いた。
﹁││モモンガ様がお望みとあれば、必ずや、この宝石箱を手に入れてみせましょう﹂
デミウルゴスおまかせフルコース
52