筆 硯 - 山形県医師会

山形県医師会会報 平成28年6月 第778号
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特別会計どうなった?
山形県医師会理事 齋 藤 聰
私は整形外科医ですが、外来でも施設でも毎日認知症患者に接しています。ここ数年、自分も外来で
の間違いや、忘れ物、物忘れがひどくなりました。「なんてばかなのだ!」と、自分を叱りつける毎日
で、家族、職員には「認知症だから。」と言い訳しています。今回は軽度認知障害(MCI)になりか
かっている男の目から見た世の中の話をしてみたいと思います。
厚生労働省の2015年の発表では、日本の認知症患者数は2012年時点で約460万人、65歳以上高齢者の
7人に1人、MCIと推計される約400万人を合わせると65歳以上高齢者の4人に1人が認知症あるい
はその予備軍と言われています。さらに2025年には認知症患者数は700万人になり、65歳以上高齢者の
5人に1人は認知症という予測がされています。
認知症患者がどんどん増加するのは、長生きする日本人が増えたからです。明治時代の平均寿命は、
男性44歳、女性48歳でした。今は男性81歳、女性に至ってはなんと86歳です。女性の平均寿命は世界
一です。私が小学生だった50年位前に、私の父が父の実家で「うちの家系は長生き家系だから、俺も80
歳までは生きる。」と親族と話していたのを思い出します。父はその言葉通り83歳まで生きました。結
局、レビー小体型認知症になり、約10年の経過でなくなりました。当時、80歳は長寿として認識されて
いたのです。今では80歳は平均以下です。百歳以上は、日本に6万人以上いる!
日本人が長生きするようになったのは、決して日本人が丈夫になったからではありません。私はその
理由は2つあると思っています。一つは歯科医が増加した事と、その技術の進歩によって日本人がいつ
までも自分の口で物を食べられるようになったためです。歯がなくなっても総入れ歯にして食べること
ができる。口からの経口摂取は、消化管のリンパ組織を活性化して免疫機能の衰えを防いでくれるので
健康でいられる確率が高くなります。昔は60歳で自分の歯がほとんどなくなる人がたくさんいました。
固いものが食べられなくなり、栄養状態が悪化して病気を併発し、死んでいったのです。
もう一つは、なんといっても医学の進歩です。以前は「死病」だった癌が、今では全癌を合わせた10
年生存率が50%を超えています。今や癌は「死病」ではなく、
「慢性病」になっているのです。日本人
が長生きになるわけです。医学が進歩すると、日本人が長寿になり、認知症患者が増える。当たり前の
ことです。小さなこと、頻度の少ないことをさも大きなこと、数が多いことのように報道するマスコミ
でも認知症に対する関心が高くなり、最近はよく認知症患者に対する介護の悲惨さをクローズアップし
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た番組が放送されているようです。
「認知症?それがどうした!」なんていうコマーシャル?も放送さ
れているようで、それを聞くと私も勇気が出ます。
昔、認知症は脳の「老い」とされていたと思います。私が医学部の学生だった時の講義には今の認知
症の考えはなかったなあ。医学が進歩して「老い」が「疾患」としてとらえられるようになってきまし
た。そうなると「年だから仕方がない。」では済まされない事になります。
「病気」だから「治さなけれ
ば!」。ということになります。それに介護する人、される人の悲惨さを増幅して伝える報道が加味さ
れ、治療の圧力が高まり、またまた医療費が増えるということになります。実際、認知症の新しい薬も
開発され、登場してきています。これがまた高い!
人が長寿になればなるほど医療費が増えるのは当たり前のことです。日本の医療費は、2001年に30兆
円を超え、2014年には40兆円を超えました。また、日本の医療費の対GDP比はOECD(経済協力開発機
構)加盟34か国中2005年には世界17位でしたが、2013年には8位になっています。医療費が世界17位
だった以前から国は日本の医療費は高すぎると様々な医療費抑制政策を打ち出してきました。私からす
るとその政策はことごとく失敗に終わっています。医療現場を混乱させ、現場で働く人間の仕事を無駄
に増やすことだけに終わっている。全然抑制になってないではないか。そもそも医療費は本当に高すぎ
るのか、抑制が必要なのか。
国の論理は、財源が限られているので抑制せざるを得ないというものです。そこには大きなからくり
があると私はうがった見方をしています。財源がないのではなく、これ以上増え続けると、官僚の甘い
汁の財源となっている特別会計に手を付けざるを得なくなるからです。資本主義国の中で、国民の審査
を受ける一般会計予算と、これは必要経費ですからと国民の審査を経ずして各省庁に流れていく特別会
計予算の二重立て予算をしているのは日本だけではないですか。現在14の特別会計があり、その今年
度予算総額は200兆円を超えています。ちなみに国会で審査を受ける今年度一般会計予算はその半分以
下の100兆円弱です。国の予算の2/
3が国民の審査を受けずに使われているのです。そこに各省庁のう
まみがあります。特別会計から抜いたお金で今でもせっせと天下り先を増殖させているのでしょう。
2000年代になってから特殊法人が天下り先になっているという批判を受けて、法律が作られ特殊法人
の数は激減しました。しかし、実は独立行政法人とか、民間への移行とか名前を変えて天下り先は存続
しています。役人はいい言い方をすれば、上から下までいつの時代もしたたかなのです。その財源となっ
ているのが特別会計から抜いたお金です。これに手を付けられるのだけは何としても避けたいというの
が、各省庁の高級官僚の一致した考えでしょう。だから国民の目を欺くために、医療費は高すぎる、医
者はもうけ過ぎだという風評を喧伝したり、日本の借金は1000兆円で破たんするから財政健全化のため
に増税が必要だなどと事あるごとに吹聴しているのです。こういう話は日本記者クラブを通じて流布さ
れます。日本記者クラブは国の御用記者クラブに成り下がっているという本を読んだことがあります。
日本人は新聞、テレビの話を盲目的に信じるので、正直な日本国民はみんな騙されてしまっている。ち
なみに国債の引き受け手の94%は日本の銀行などの日本人で、銀行のタンス貯金みたいなものです。国
は、日本の銀行のタンス貯金は踏み倒しても銀行が当座の生活には困らないはずなので、いよいよと
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なったら踏み倒せばいいと考えているのではないですか。または、日本銀行株の55%を保有している国
が、日本人の債権者に対しての返済金額分のお札を日本銀行に刷らせて返せばいい。ものすごいインフ
レと円安になりますが。そうでなければ、こうも平気に国家予算が毎年増えていくことを国会議員、官
僚が許すはずがない。
官僚機構が、医療費抑制政策と増税で既得権益である特別会計を必死に守ろうとしているのです。こ
うした意見のすり合わせは、各省庁間できちんと行われているのでしょう。毎週金曜日の閣議後に内閣
官房で各事務次官が出席する次官連絡会議というのがあります。
その役割は、
「内閣の基本方針を徹底し、
各府省間で情報共有する。
」というものです。その場で「官僚機構の基本方針を徹底し、各省庁間一体
となって特別会計を守る方針が情報共有されている。」のだろうと推測しています。
ですから、医療費が増大していく限りは今後も医療費抑制政策は変わらずにずっと続きます。医療費
の増大傾向がなくなり減少に転じた時にその政策は終わりを告げるのでしょう。それまで我々医師は、
我慢するしかありません。その間、我々医師がこれ以上医師本来の業務を妨げられることのないように
日本医師会が国と渡り合っていかなければなりませんし、我々も日本医師会を支えていかなければなら
ないのだと強く思います。
医療費抑制政策をなくす方法は、特別会計に手を付けることです。私は山形県医師連盟の役員をさせ
ていただいていますが、山形県医師連盟は現在自民党支持です。自民党が国会で憲法改正に必要な2/
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の議席を獲得し、憲法改正が可能となる勢力になった時には、憲法改正論議に加えて、国の予算のあり
方も変える検討をすべきだと思います。裏帳簿みたいな特別会計はやめるべきです。私の生きている間
にできるかはわかりません。なんせ、認知症患者の平均余命は約10年ですから。