NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE Title 九州の中山間地域における土砂災害被災地の復興と課題に関する調 査 Author(s) 秋吉, 大輔; 高橋, 和雄; 中村, 聖三 Citation 自然災害科学研究西部地区部会報, 33, pp.37-40; 2009 Issue Date 2009-02 URL http://hdl.handle.net/10069/36642 Right (c) 2009 自然災害研究協議会西部地区部会 This document is downloaded at: 2016-07-11T17:36:45Z http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp 自然災害研究協議会西部地区部会報・論文集一33号、2009年2月 九州の中山間地域における土砂災害被災地の復興と課題に関する捫査 秋吉大輔* 中村聖三* 高橋和雄* 1.はじめに 九州地方は風水害が起こりやすく,鹿児島市や長崎市のような都市部や出水市針原地区や水俣市宝 川内集地区のような中山問地域で洪水や土砂災害などの災害が多く発生している.高齢化や過疎化が 進み,地域が弱体化している中山間地域で災害が起きると,集落人口の減少や集落の活力の低下から 集落崩壊に至る恐れが高まっている.そういった事態を防ぐために地域復興や個人復興を考慮した効 果的な災害復興が求められている. 今回は,平成15年7月熊本県水俣市宝川内集地区土石流災害D及び平成9年7月鹿児島県出水市 針原土石流災害2)の2地区を対象として現地調査及び文献調査によって災害復興と現在の状況を調査 した.本研究では2地区の復興の取り組みや地域住民の復興状況などを比較して,山間地域集落にお ける復興の評価や今後の課題を明らかにする.なお,2 つの地区の被災後の住民の行動にっいては, 参考文献3),4)に詳しく調査を行っており,本研究は当時の関係者を対象に実施した 2,被災地と被害の概要 表一1 被災地と被害の概要D2) ①被災地の概要 両地区ともに,7月の梅雨末期 の集中雨により土石流災害を受 けた.両地区には集落の水源とし て小河川が流下している(表一1). 項目 水俣市 出水市 被災日 平成15年7月20日 平成9年7月10日 被災地区 宝川内集地区 針原地区 河川と流域面積 集川(1」4km2) 針原川(1.55km') また,河川脇に集落が形成されて きた.河川脇の家屋は浸水被害を 被害戸数 全壊13棟,半壊2棟全壊18棟,半壊1棟 被災者数 死者15人,負傷者6人死者21人,負傷者13人 受けたことがあり,雨時には避 難したことがあった.また,両地 家屋の被害額 約340,0Φ千円 約 600,000 千円 区とも士石流危険渓流に指定されていたが,住民は土石流が発生するとは全く考えていなかった L一 のため,前兆現象に気づいても避難しなかった 宝川内集地区は,土地が狭いために専業農家は少なく,サラリーマン世帯が多かった.一方,針原 地区は九州でも有数のみかんの産地として知られており,広大なみかん畑がよく手入れされていた. ⑦被害概要 宝川内集地区には約24世帯が生活していたが,半数以上の家屋が被害を受け13棟が全壊,2棟が 半壊した.針原地区は約73世帯が生活していたが,18棟が全壊,1棟が半壊した(表一1).また,士 石流災害が夜間に発生したために,両被災地ともに家屋にいた人が被災した.さらに,玉川内集地区 では,救助活動をしていた地域のりーダーであった消防団員3人が死亡したため,復興の中核となる 人材がいなくなった.さらに消防団 員の家族が分散し,地区には高齢者 が残された. 3.復興の取り組み ①水俣市宝川内集地区1) 宝川内集地区の災害復旧に当たっ 、長崎大学工学部社会開発工学科 表一2 復旧事業の事業主体D2) 事業主体 事業名 宝川内集地区 針原地区 災害復旧事業・災害関連事業 熊本県,水俣市 鹿児島県 農地の区画整理事業 熊本県 出水市 ては,主な原因となった士砂災害対策として砂防事業と治山事業が熊本県を事業主体として実施され た(表一2).両地区とも農業地域であったため,農地の整備は,宅地の整備も含めて農地災害関連区 画整備事業で実施された.水俣市の場合,被害が小さかった市道については水俣市によって復旧され A 地 2.釘 針原地区の復旧に当たっては,被災地域の上流部 に土石流堆積工を建設するとともに,被災地域外に 宅地を確保することで被災者の生活再建を図った 単なる復旧から被災者の生活再建と地域復興につな げるため,被災した宅地を出水市が購入し,購入し た宅地と原型復旧が困難な農地を農地区画整理型農 地 2.80 沈 、.乳鐙盗 ^ 綜憾里伸窯劃一 '呉 0糾鵠竺製窯劇製圧養 (2)出水市針原地区2) N 玉 き竺 ξ た.宅地は安全な市道の両側に集約された.そして 集川の拡幅に関わる部分のみが用地買収された 0'3 'X 0.10 路 0.01 道 0.09 市 0,07 H底讐 空^認^ 地復旧事業(土地改良事業)により農地として施工 旦一N.﹄ 市 嘔題傷即τ夕 した.出水市が購入した被災宅地などは砂防ダム下 流の土石流堆積工用地に集約された(図一1).被災 者の移転先は地区内に出水市が用地を確保し,被災 被災前面積 旧計画 図一1 針原地区の地区面積の変化 者が住宅と倉庫を再建した. (3)両地区の復興の比較 宝川内集地区の復旧は基本的に原型復旧であり,被災者の生活再建と地域復興が意識されていない. これに対して針原地区の復旧は当初から被災者の生活再建と地域復興が意識されていた.これは,当 時の鹿児島県の行政関係者に,雲仙普賢岳の災害復旧にっいてよく知っていた関係者がいたので災害 復興につながる災害復旧が行われたと推定される.逆に宝川内集地区の復旧には,被災者の生活再建 を意識した配慮は特になされなかった.また,財政的に厳しい状況になった時期とも重なって災害復 興が意識されない災害復旧となった.針原地区では農地が区画整理事業によって復興しており,住民 の生活再建もなされている.一方,宝川内集地区では被災者生活支援法や義援金による支援を除けば 住宅再建や地域復興は自助努力によってなされているが,地域復興の中核となる人材が被災して,高 齢者が残されたため,宅地には空き地が見受けられ,農業の再開を断念した世帯も見受けられた. 4.両地区の復興状況 宝川内集川の両脇に水田と畑力理警備されて水田 はすべて耕作されているが,畑については段差が あり,かん水施設がないため,十分に活用されて いない.宝川内集地区は,矧肯された宅地にまだ 住宅が建てられていない区画がかなり残されてい る(写真一1).緑についてはかなり回復している が,高木がまだ育っていない.針原地区は,緑豊 かな環境となっており,河川も災害により流下し てきた転石を有効活用して復旧した.砂防ダムの 周辺にも緑が増え,農地区画整理事業と濯がい施 虎 写真一1 集地区の住宅未再建の宅地 設の整備を行った結果,みかん農業も被災前同様に盛んに行われていた.両地区とも被災者の慰霊塔 や慰霊碑が整備されている. 5.災害復興の評価 出水市針原地区の復興については,住民ヘのヒアリングによっても特に問題はないことが判明した. 宝川内集地区については被災2年目(2005年12月)と5年目(2008年12月)にアンケート調査を行 つている.宝川内集地区の被災者のうち,住宅を再建した世帯を対象に行った.2 つの調査結果を比 較して検討する 表一3 災害復旧工事関連についての満足度(N・5) (1)災害復旧について 砂防えん堤,河川改修 防災施設道路・水道施設水田・畑 項 回答数 回答数 4 1 1 0 いては不十分という意見があった.生活環境に 0 1 表一4 住宅再建の問題点(N*5) ついては,周辺の樹木が減少したことにより風 項 力詞金くなったという意見があった. 目 "ワ_'、住宅の周囲の道路配置 、'、住毛の周囲の土砂流入防止や排水対策 や「住宅再建の資金の確保」についての意見が 1 2 宅の再建については,問題点があったとする回、 」'小"倉庫や納屋の配置が出来なかった 答が多く,問題点としては「宅地が狭くなった」 前回今回 3 宅地が狭くなった 住宅や生活の再建について聞いたところ,住 回答数 3000 (2)住宅の再建について 3 3 0 1 3 4 2 不十分である 3 普通 3 2 0 -3).しかし,水田・畑 の復旧と宅地の復旧につ 十分である 2 通」とする回答が多い(表 回答数 前回今回前回今回前回今回前回今回 2 は,「十分である」や「普 回答数 目 及び道路の復旧について 宅地 1 1 1 挙がった(表一4).また,「倉庫や納屋などの農 具を置く場所も被災後にはなくなった」という意見もあった. (3)被災による精神的なストレスついて 2 表一5 被災時をどの程度思い出すか(N.5) 被災時のことをどの程度思い出すかについて聞いてみ 回答数 項 目 たところ,「よく思い出す」という意見が3年前より増加 前回今回 している(表一5).このことから住民の心、にはまだ被災 4 よく思い出す 時の様子が強く残っていると思われる.宝川内集地区は 時々思い出す 地域の後継者・リーダーが減ったこと,子供の数が減っ めったに思い出さない 0 たこと,家族を失った悲しみが消えないこと及び災害に よる精神的ストレスを大多数が感じている. 表一6 家庭内での防災ヘの取り組み (N*5) (4)家庭内での防災ヘの取り組み 回答数 項 目 住宅再建が一段落した宝川内集地区で 3 0 5 5 4 2 4 3 3 の用意や貴重品をすぐに持ち出せるよう関心を持っている 準備をしている(表一6).さらに消火器消火器を用意している 4 方法の確契避難訓練などが地域で実施貴重即をすぐに持ち出せるように準備している されている.また,各世帯でも懐中電灯久害に関する新聞'テレビ'ラジオなどの情報に 5 らに被災後は,地域内の避難経路,避難懐中電灯を用意している 前回今回 5 は,自主防災組織が結成されている.さ の用意,避莫k所.避難経路の確認,災害避難所'避難経路を把握している に関する新聞・テレビ・ラジオの報道に関心を持つなど,災害に対する備えを万全にしている. (5)災害復旧・復興対策として必要なことについて 被災してこれからの災害復旧・復興対策としてどのようなことが必要か聞いてみたところ,「被災者 の精神的サポート体制」については,3年前は回答数が少なかったのに対し,今回の調査では全員の 回答を得た.これは被災から5年,復旧事業完了から3年経過しても災害当時の恐怖や記憶が頭から 離れず,前向きな精神になれないので必 表一フ 災害復旧・復興対策として必要なもの(N*5) 要なものとして意識されたのだと思われ る 項 回答数 目 また,「個人の住毛再建に当たっての公被災者の精神的サポート体制 前回今'回 1 5 的な支援の充実」も多い(表一フ)'被久個人の住{再建に当たての八的な支援の充実 4 3 、」地域内をまとめるりーダーの役目 23 2 2 2 ては無理な点がある.その問題を緩和す地区の復興計画の作成に当たっての住民参加 3 1 力が基本である.しかし,高齢者にとっ応急仮設住毛の広さ'住みやすさ る公的支援としての被災者生活再建支援行政との連携' 法が現在では成立しているが,まだ支援額は少ないために支援の充実を望む声が多い. 「地域内をまとめるりーダーの役目」についても前回よりも多くの回答を得た.宝川内集地区は地 区をまとめるりーダーの存在があったので現在までに農地や宅地の復旧・整備ができた.地域でもり ーダーの重要性や必要性を認識したためこのような結果になったと考えられる. (6)災害教訓として残したいことについて 宝川内集地区の住民に「災害を体験して災害教訓として残したいこと」について聞いたところ,災 害当時につぃては「土石流災害のひどさ,怖さ」を伝えたいという意見があった.住民は災害当時の 記憶力阿金く残っているため土石流災害の恐怖についての意見が多かった. 6.今後の課題 宝川内集地区は,犠牲者の中に集落の将来を担っていく人材が含まれていたため,現在では高齢者 が集落に残る結果となった.また,復興に対する意識も前向きでないため個人の復興もできていない 状態だった.このことから,被災者及び遺族の精神面をサポートしなければ地域集落の活力は低下す る.また,復旧事業が終了し,宅地や農地が復旧されたとしても住民の生活環境や精神面は簡単には 元に戻せない.行政や関係機関が,災害復旧事業を行う際にも今後の集落維持の方法や前向きに災害 復興ヘ踏み出せるような災害復興を意識した災害復旧が必要と考えられる したがって,中山間地域における災害復興には,被災地の早急な復興が行えるような復旧方針と住 民が復興に前向きに取り組めるような精神的な支援が必要である. 今後必要なことは,被災者個人が災害当時の記憶に縛られている状態を脱するための環境づくりが 必要だと考えられる.そのためには専門家によるメンタルケアの実施やコミュニティの回復を行うた めの地域のイベントなどの開催力哩まれる. フ.まとめ 本研究では近年の土石流災害で被災した2つの地区の復興状況を明らかにした.高齢化や過疎化の 進んでいる中山間地域では原型復旧だけでは地域は復興しないことは明白で,個々の生活再建や地域 復興を復旧時から考える必要があることが示された.生活再建にはメンタル面の復興も重要で,専門 家やボランティアの関与が望まれる 参考文献 D 熊本県水俣市:平成15年水俣土石流災害記録誌 災害の教訓を伝えるために ,全130頁,2008.3. 2)鹿児島県出水市:出水市針原地区土石流災害の記録,全135頁,1999.3 3)高橋和雄:平成9年7月出水市針原地区の土石流災害時の地域住民の行動に関する調査,自然災害科学, V01.18, NO.1, PP'43 54,1998 4)高橋和雄・河野祐次・中村聖二:2003年7月水俣市士石流災害時の地域住民の行動・判断に関する調査, 自然災害科学, V0124, NO.1, PP33 48,2005
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