所属 - Seesaa ブログ

道徳教育(他学部)
4月20日(金)5限
第一回 「徳は教えられるか①」
前回の感想から①
• 先生が「道徳とは」の問いに答えがないとおっしゃり、正直
驚きました。自分なりには「道徳とは」は「他人に尽くし自
分を律する」が答えに近いのではないかと思っていました。
この答えは私は「人はどう生きるべきか」を考える時期があ
り、そこから導き出したものです。しかし、先生の話を聞い
て「道徳とは」答えがあるということを疑ってみました。そ
して、まだはっきりわかりません。答えはあると思う自分も
いれば、ないと思う自分もいます。(園芸学部 園芸学科)
• この授業の方針を聞くと、道徳というより倫理に近いように
感じました。私は倫理の授業は色々な古人の話が参考になっ
たり、意味を深く考えたりすることで自らの見識が大きく
なって偏見がなくなったりして楽しみだったりしました。こ
の授業にもそのような希望が持てる気がしました。(理学部
数学・情報数理学科)
前回の感想から②
• 道徳について今まで小中高の道徳の授業を通して大まかに
思ったことはより自分と他人を知ることができるということ
です。ディスカッションや道徳の講義、クラス一人ひとり全
員に対する良いところと悪いところの暴露大会(?)・・・
他にも様々なことをやりました。年齢を重ねても人を知り尽
くすことはできないと思いますが、常に試行して発見と出会
えることは楽しいことであり、私の考える道徳(あくまでイ
メージですが)の魅力だと思います。(園芸学部 園芸学
科)
• 正直なところ、自分は道徳の授業というものが嫌いでした。
小学生の時の道徳の授業は生徒が教師に気に入られるような
ことばかりを言っていて、面白くないと感じていたからです。
そこで大学の道徳の授業とはどんなものなのか、少し興味が
あります。(理学部 化学科)
前回の感想から③
• 小学校の時に「ドッチボールをやる時に強い子がボールを横
取りしてしまい、楽しくなかった」と日誌に書いた子がいた
件で、一時間道徳の時間にみんなで意見を出し合ったのを覚
えています。「横取りするな」と言葉で言ってしまえば簡単
ですが、自分たちで考えるのはいい機会だったような気がし
ます。また、先生は「だからといって全然楽しくなかったと
いうその子もおかしいと思うよ」と諭してくれました。
• 中学校の免許を最初とろうとしなかったのは教師が第一志望
ではなかったということと、道徳の授業を受けたくなかった
という理由がありました。道徳というと薬にもならない美談
を読まされ、ある程度正解が見えた上で感想を書かされたと
いう記憶しかなく、道徳の授業がある意味もわかりませんで
した。この機会に逃げずに考えていきたいです。(文学部
史学科)
前回の感想から④
• 道徳の授業では今までも自分で考えさせるようなものばかり
だったので、大学でも自分の意見をしっかり持てるように
色々なことを考えていきたいと思います。(文学部 史学
科)
• 自分自身で深く考えることも大切であると思うけれど、他の
人の考えていることも知りたいと思いました。(園芸学部
緑地環境学科)
• 理系であるため、このような思想みたいなものはやったこと
がなく、少し不安です。(園芸学部 園芸学科)
• 道徳について私が興味あるのはフランクルの『夜と霧』です。
生きることから何を期待するかではなく、生きることが私た
ちから何を期待するかというフレーズは私の中に強く印象づ
けられており、私の人生に対する見方を大きく変えるもので
した。また、『こころ』の中で夏目漱石も同様なことを言っ
ており、こうした考え方は非常に重要なものだと最近さらに
考えを強くしました。(理学部 物理学科)
前回の感想から⑤
• 自分は道徳について強い関心を持っています。以前高校を辞め
てあらゆることが嫌になったことがありました。冷静な今だか
ら考えることができるのですが、自分を追い込んでいった原因
の一つに小中学校、家ですりこまれた「人はこうあるべき」と
いう理想像を崇拝していたことが挙げられると思います。それ
で自分は「完璧な人間以外は取るにたらない人間だ」と言うよ
うな考えに支配されていて、自己嫌悪になり、人を嫌いになっ
てしまったのです。そのような過去は道徳の授業に影響された
結果だとも考えているので、道徳の授業には否定的です。今は
「理想なんて子どもに押しつけるな」と考えています。(文学
部)
• 「お天道さまが見てるから」という言葉に何だか疑問を覚えて
いたことが幼いときありました。太陽信仰といえば天照なんか
に端を発しているのでしょうが、そんなことを学んだはずもな
い不思議さがずっと気になっていました。日本の子どもはお金
をすっていったりしない良い子どもが多いように思います。そ
の秘訣みたいなものに少しでも触れられればと思います。(文
学部)
グループワーク①
• 今日と来週は「徳は教えられるか?」という
テーマについて考えてみたいと思います。
• 始めに、近くの人と3~4人のグループを作り、
「徳は教えられるか?」ということについて、
自由に意見を交換してみて下さい。
プラトン『メノン』
• プラトンが師であるソクラテスと、メノンとの対話を書
き記した著作。
• ソクラテスとメノンの対話のテーマは「徳は教えられる
か?」
• 結局、「徳は教えられるか?」というテーマに答えは出
ない。大事なのは、その中で「徳とは何か?」、「学ぶ
とはどういうことか?」、「教えるとはどういうこと
か?」といったことについて、考えが交わされること。
ソクラテスという人物について①
• 紀元前470年~紀元前399年
• 古代ギリシアのアテネで活動した哲学者。
• 書物は一つも書き残していない。対話(人間と
人間の接触)による知識の探究を重視し、書物
に記された言葉を死んだ言葉として軽蔑してい
た。
• 従って、ソクラテスについては、彼の同時代人
や弟子の記録を通してしか知ることができない。
ソクラテスという人物について②
• ソクラテスの友人のカイレフォンがデルフォイ
の神殿で「ソクラテス以上の賢者があるか?」
と神に問うたところ、「ソクラテス以上の賢者
は一人もいない」という神託が告げられた。
• ソクラテスはこのことを確かめるために、賢者
と呼ばれる色んな人をたずね、その理由を「無
智の知」、つまり、自分が何も知らないという
ことを知っていることにあることを発見する。
ソクラテスという人物について③
• ソクラテスは「無智の知」を大事にし、人間の
悪を自分で知らないことを知っていると信じる
ことから生じると考えた。
• ソクラテスはアテネ市民と対話を交わす中で
「無智の知」を自覚させ、逆に智恵に向かう姿
勢(魂の世話をすること)を促そうとした。
• しかし、こうしたプロセスの中で既存の価値観
を疑うことを奨励したソクラテスは社会の秩序
を乱した罪で告発され、処刑されてしまう。
徳とは何か?
• メノンはソクラテスに対して、「徳は人に教え
られるか?」という問いを投げかける。
• それに対して、ソクラテスは自分はそもそも徳
というのがわからないと言い、逆にメノンに
「徳とは何であるか?」と問い返す。
• ここで使われている「徳」という言葉はギリシ
ア語のアレテー。そのものを優れたものとする
特質のこと。卓越性とも訳される。いわゆる道
徳的な徳性のみならず、知的な習熟をも含んだ
概念。
徳は一つか?たくさんあるのか?
①
• メノンは、ソクラテスの問いに、男には男の徳
があり、女には女の徳があり、子どもには子ど
もの徳がありetc、という形で、答える。つ
まり、徳はその担い手によって異なるというこ
と。
• また、徳には「正義」、「節制」、「知恵」、
「度量の大きさ」など、多くの種類があると答
える。
徳は一つか?たくさんあるのか?
②
• ソクラテスは徳がたくさんあると答えたメノン
に対して、「一から多を製造する」のは止めな
さいと反論する。
• 例えば、「形とは何か?」と聞かれたら「円」
や「三角形」とは答えないように、「徳とは何
か?」と聞かれたら、徳の種類ではなく、徳の
本質を答えなければいけない。
徳は一つか?たくさんあるのか?
③
• そこで、メノンは徳の本質を「よいものを欲求して
これを獲得する能力があること」と定義しようとす
る。
• しかし、それが悪いと知っていて悪いものを欲求す
る者はいないので、この定義の前半部は意味を成さ
ない。
• そこで、定義の後半部に移るが、よいもの(金、銀、
名声etc)を獲得するという場合に、ただ獲得す
るだけでは駄目で、正義や節度といった要素が必要
になってくる。(不正に金を獲得するのは徳ではな
い)
• 結局、徳の本質を定義の中に徳の種類が含まれてし
まうという矛盾に陥る。
知らないからこそ探求する
• メノンは、自分は今まで徳とは何かを知っていたつ
もりになっていたのに、ソクラテスと話す中でそれ
が何なのか、わからなくなってしまったと白状する。
• ソクラテスは、自分自身も徳が何であるかを知らな
いこと、知らないからこそ探究しなければならない
と言う。
• ここに教師としてのソクラテスの姿勢が表れている。
相手に何かを教えるのではなく、「無智の知」を自
覚させ、自分もともに探究する者となる。
• 一方、メノンは教師に正しい答えを教えてもらうこ
とに慣れていて、わからないことを探求することに
耐えられない。
メノンのパラドクス
• メノンはソクラテスに対して、知らないものを
探究することはできないと主張する。
• 知っているものを探究することはありえない。
なぜなら知っているので、探究する必要がない
から。
• 知らないことを探究することもありえない。な
ぜなら、その場合は、何を探究すべきかも知ら
ないから。
ソクラテスの想起説
• 魂は不死であり、何度も生まれ変わっている。
だから、あらゆるものを見てきて、全てのこと
を知っている。
• 人間が何かを「学ぶ」というのは、魂が知って
いることを「想い起こす」ことである。
• 普通、「教える」といわれている行為は、魂が
知っていることを「想い起こさせる」というこ
とがあるだけである。
• ここにソクラテスの教師としての別の側面(産
婆術)を見ることができる。
中間まとめ
• 「徳は教えることができるか?」を考えたいな
ら、まず「徳とは何であるかを?」を知らなけ
ればならない。
• ところが、「徳とは何であるか?」がわからな
い。
• では、それを探究したいのだが、そもそも知ら
ないことを探究することができるという前提自
体もあやしい。(ソクラテスは想起説を使って
できると主張するが・・・)
グループワーク②
• 3~4人のグループで話し合ってみて下さい。
• 「徳は一つなのか?たくさんあるのか?」と
いうことについて、あなたはどう思います
か?一つならそれは何ですか?たくさんある
ならそれは何ですか?
• あなたならメノンのパラドクスにどう答えま
すか?
• その他、上の二つに縛られずに今日の話の中
で気になったこと、質問してみたいことを自
由に話してあってください。
感想シート
• 今日の授業の中で考えたこと、疑問や質問、グループ
ワークの中で話し合ったこと、授業に対する要望、なん
でもかまいません。
• 必ず、名前、所属、学籍番号を書いて出してください。
(所属は空きスペースに分かるように書いてください)
• 授業中に伝えきれなかった質問、意見はメール、もしく
はブログを利用してください。
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