人間科学論Ⅲ ヒトの相対化 前回の内容 死をめぐる医療と,倫理的問題 安楽死と尊厳死 インフォームド・コンセント 自己決定権と患者の権利 緩和医療 死の準備教育 QOLの考え方 それぞれのポイントについて触れた。 ⇒全人的医療 「CareはCureを含む」 今回の流れ 大テーマ : 「人間」という存在の位置づけと,「人間」を取り囲む世界を 考える。 身体 言葉 社会 (環境) の3つの要素について。 養老孟司の人間科学論を軸に。 参考 「人間科学」(養老,2002 筑摩書房) 養老論の要点 細胞(システム)とゲノム情報(記号) 脳・社会(システム)と言葉(記号) という二つの「情報系」を軸にとらえる 養老論の要点 「万物は流転する」一方で,変化しないものが 「情報」である 例えば, からだをつくる細胞そのものは,代謝が行わ れるが,本人はひとりである。 学校の生徒は毎年変化するが,その学校の 存在は一貫する。 ひとをあらわす言葉 人間 人 ヒト 人類 human-being(s) human man mankind peple person Homosapiens ヒトのからだ 直立二足歩行 森林の樹上生活から,平地に降りる際に, 歩行が変化したといわれる。 では,なぜ変化したのか? 日照の減少 視界の確保 歩行のエネルギー経済性 上肢の自由の確保 ヒトのからだ 脳の発達 大脳の大きさ 直立歩行による首の安定 ⇔ 新皮質の総量 機能 上肢の自由さ ⇔ 手の機能配分 原因であるのか,結果であるのかは不明ながら, 環境の変化と,身体の変化は関連がある ヒトのからだ 脳機能のホムンクルス ヒトのからだ なぜ理性が生まれたのか? 理性:「概念的思考の総称」(広辞苑) <人類学的な考えかた> (理性を,本能の対比として位置づけると・・・) 本能の機能・・・安全確保・生殖など,生きること/種の存続に関 わること ↓ 人間は,理性によって安全が確保されている。 または, 安全が確保されたことで,理性が発達した。 ヒトのからだ 養老論 ○脳の情報はネットワークであり,それを説明するのも,脳であ る。ネットワークそのものの仕組みが問題ではなく,出入力 が一定していれば,それを結果的に記号として使えばいい つまり, 皮膚に衝撃を受けて,一定の反応が起きるとき,それを痛みと して処理するようになった。 光情報を受けて像が結ばれると,それを視覚として処理するよ うになった。 ヒトのからだ 養老論をふまえて 理性は,こうした情報処理のなかで,「確信」が喚起される情 報を増やしていった結果ではないか。 「確信」:論理的思考の結果得られる反応 *論理的思考が高級なものだというわけではない パラダイム論に代表されるように,「確信をもつ情報」は,普遍 ではなく,「理性的」であることそのものが価値を持つわけで はない 「科学」は,普遍的ではなく,多くのひとが納得できるものである こと(西條,2005) ヒトのからだ 理性は本能より優位か 本能的欲求を抑えることで,不和が生じることもある。 人間は,本能と意識を,相補的な「機能」として利用し て,社会構造を作り上げ,発展した動物である。 ex)アリ・ハチ 人間のいうところの「理性」,つまり読み書きや計算を 獲得せずに社会構造を発展させている。 身体と言語 「ヒトはことばを操る唯一の動物である」 ? 昆虫はフェロモンでコミュニケーションを取る オウムは,発音はできるが,字義どおりのコミュニケーション はとれない ⇒種々の動物に見られるコミュニケーションを 言葉によって行っている動物である。 記号の伝達過程として 言語が用いられたのは, 恣意的ではないか 身体と社会 日本人の歩き方の変化 深海の生物 眼がなくなる/眼が巨大化する ダーウィンの自然選択説 「進化」とは環境への適応であり,不要な器官が「退 化」することはつまり「進化」である ⇒一方向的な進化論の限界 「特化」 社会と言語 人間 ①ひとの住むところ。世の中。世間。 ②(社会的存在としての人格を中心に考えた) ひと ③人物 society (人間を全体としてとらえた)社会。 世間(の人々 社会と言語 構造主義 structuralism 研究対象の構造を研究する立場 Ferdinand de Saussure ⇒ Claud Levi-Strauss 社会と言語 ソシュール:言語は,表される形(シニフィアン)と 意味内容(シニフィエ)から構成される 例えば,uma という音形と 「馬」の心的概念が結びついている この結びつきには 必然性はなく,社会的に規定 されているものである。 ラング(言語) (記号の恣意性) シニフィアン (記号表現) シニフィエ (記号内容) ことば パロール(発話) 社会と言語 レヴィ・ストロース ソシュールが言語研究に おいて注目した 「形態」対「意味」の構図を, 「表象」対「構造」として とらえなおし,人類学に 応用。 表象 構造 社会と言語 構造主義のひろがり ・未開社会の複雑な親族組織の背景に,現代と同様 の構造が存在する 「遅れた社会だから面倒な儀式が存在するのだ」とい う主張は成り立たなくなる ・ブルバキ派の台頭 射影幾何学による,数学の構造化 ⇒近代的価値観の相対化 まとめ 「ひとは,独特の身体構造をもち,言語が発達して おり,社会を作り上げたことで繁栄している。」という のが,近代的な価値観である。 しかしながら,現代人の「人間の身体構造」「言語を 用いること」「社会の構築」は,適応的に選択された もので,その価値は相対化できる。 ひとが抱きやすい「人間は特別な動物である」という 価値観は,絶対的なものではないのである。
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