レジュメ

社会保障論講義
5章「社会保障制度の積立方式への
移行」年金編
学習院大学経済学部教授
鈴木 亘
1.ここまでのまとめ
• ①わが国の社会保障財政の仕組みは、現在
の高齢者を、現在の現役世代が支えるという
「賦課方式」であり、わが国のように少子高齢
化が急速かつ大規模に進む中では、現役の
負担が耐え切れないほど高くなり、世代間不
公平も深刻化する。
• ②しかも、わが国が直面している少子高齢化
は、現在はまだほんの序の口に過ぎない。今
後、数十年にわたり、現在とは比較にならない
ほどの高負担に耐えてゆかなければならなら
なくない。
• ③この少子高齢化の進行を少子化対策で解消
することはほぼ不可能。また、超少子高齢化社
会の到来はほぼ確実な未来像。したがって、
我々は、少子高齢化の進行を前提に、「少子高
齢化と共に生きる」道を探らなければならない。
• ④これに対して、現在までに行なわれてきた改
革は、いずれも、その場しのぎの対症療法であ
り、問題を先送りしているに過ぎない。しかも、
この対症療法は、医師不足や介護人材不足、
介護における「措置への先祖がえり」など、既
に副作用が深刻で、今後打てる政策手段も手
詰まりの状況に陥っている。
• ⑤しかも、現在行なわれている改革や改革論
議は、いずれも財政問題への本質的対処を
避けるものばかりで、改革の実効性が無い無
意味な改革か、問題を先送りするものばかり。
• このような状況下で、どのような抜本改革を行
なえば良いのか。「積立方式への移行」に尽
きる。
• 年金のみならず、医療保険、介護保険も全て
積立方式へ移行する。
• 積立方式は、「自分の世代の老後に必要な社
会保障費は、自分の世代の現役の時代に積
み立てておく」という前後の世代とは無関係な
財政方式ですから、少子高齢化がどれほど進
もうが全く影響を受けない。少子高齢化が急
速かつ大規模に進むわが国に、まさに「うって
つけの財政方式」。
• もし、わが国の社会保障制度が、初めから積
立方式で全て運営されていたのでしたら今現
在、社会保障問題でこれほど悲喜劇を繰り返
す必要はなかった。
2.積立方式への移行とその誤解
• 現実には全ての社会保障制度で「賦課方式」
が選択されてしまっている。残念ながら、現在
の我々には、「真っ白なキャンバスに今から
新しく絵を描くように」積立方式を選ぶことは
できず、現在の賦課方式の「清算」をしてから
しか積立方式に切り替えられない。まず、こ
の「清算」とは何か、どのようにして清算する
のかという問題から考える。
国の負債
③
高齢期
賦課方式
①
②
改革期の世代⇒
現役期
高齢期
積立方式
現役期
高齢期
現役期
高齢期
将来の世代にわたっ
て、少しずつの負担
• 「改革期の世代」は気の毒な世代。前の世代
と自分の世代のために、保険料を2重に負担
しなければならない。
• これを専門用語で、「2重の負担」と呼ぶ。
「年金、社会保障の専門家」といわれる人々
は、この2重の負担があるために積立方式移
行は現実的ではなく、一度、賦課方式を選択
した以上は積立方式に戻ることはできないと
主張しるが、それは本当か。
• 改革期の一つ前の世代の老後の費用を、国が負債
を背負って立て替えた場合、もはや、改革期の世代
の①の支払いは必要なく、改革期の世代は自分の
老後のための積立(②)のみを考えれば良い。
• この積立方式移行によって「得」をするのは、改革
期の世代だけではなく、積立方式移行後の全ての将
来世代。そのための「移行費用」、つまり2重の負担
を改革期の世代にだけ押し付けるのは虫が良すぎ
る。
• とりあえず国に負債を背負っておいて貰い、たくさ
んの世代で将来にわたって少しずつその負債を返
済してゆけば良い。
• 「ただでさえ苦しい財政状況の中で、国がどう
やって国債を新たに発行する余裕があるの
だ」という批判する「年金、社会保障の専門
家」もいるが、実際には国債発行の必要性も
ない。2007年現在、厚生年金と国民年金合
計で約140兆円の積立金がありますし、積立
方式移行によって積立金がこれからずっと積
み上がってゆきますので、その中でやり繰り
することが十分に可能。
• ただし、世代間不公平の大幅改善には、途中
で国債発行を行なうことも一案。
3.積立方式移行の実際
図表 5-2 厚生年金保険料率の推移
%
22.00
2004年改革(最終保険料率
18.3%)
21.00
20.00
現状(最終保険料率21.6%)
19.00
積立方式移行1(保険料率
20.2%固定)
18.00
17.00
積立方式移行2(保険料率
19.65%固定+スライド前倒
し)
16.00
注)OSU2007 モデルによる試算結果。
2098年
2093年
2088年
2083年
2078年
2073年
2068年
2063年
2058年
2053年
2048年
2043年
2038年
2033年
2028年
2023年
2018年
2013年
2008年
15.00
図表 5-3 厚生年金積立金の推移
兆円
800.0
700.0
600.0
500.0
積立方式移行
400.0
300.0
初めから積立
方式のケース
200.0
100.0
遠い将来で一致
21
15
21
05
20
95
20
85
20
75
20
65
20
55
20
45
20
35
20
25
20
15
20
05
0.0
注)OSU2007 モデルによる試算結果。2005 年時点での割引現在価値に直している。
• 仮に初めから積立方式のケース」の積立金ですが、
例えば2007年時点の金額は約670兆円であり、こ
れは2007年の厚生年金積立金の約130兆円をはる
かに越える金額。この差額の約540兆円が積立金
不足であり、専門用語で「年金純債務」と呼ぶ。この
年金純債務こそ、前節で説明した「2重の負担」分に
他ならない。厚生年金の場合、その規模が非常に大
きいため、2重の負担の金額も、わが国のGDPを超
えるほどの金額となる。
• この2重の負担を一気に1つの世代に負わせる必要
はない。いくつもの世代で負担を分け合えば良い。
そこで、遠い将来にわたって少しずつ幅広い世代で
毎年負担して行くことにする。
図表 5-4 厚生年金の世代別損得計算の比較
万円
4,000
3,000
現状(最終保険
料率21.6%)
2,000
積立方式移行1
(保険料率
20.2%固定)
1,000
0
積立方式移行2
(保険料率
19.65%固定+ス
ライド前倒し)
-1,000
-2,000
19
40
19
45
19
50
19
55
19
60
19
65
19
70
19
75
19
80
19
85
19
90
19
95
20
00
20
05
20
10
20
15
20
20
20
25
20
30
20
35
-3,000
注)OSU2007 モデルによる試算結果。
生年
図表 5-5 現状の保険料率の区分経理
1980年生
積立方式移行の保険料率
19.1%
①老後の年金受給に見合った保険料率
13.4%
②2重の負担分
5.7%
注)OSU2007 モデルによる試算結果。
2010年生
20.2%
13.2%
7.0%
「飲みやすい」年金改革案
• 「基礎年金財源の税方式化」と同じタイミング
で積立方式移行を図る。基礎年金の税源化
によって、厚生年金の基礎年金拠出金分の
保険料が不必要になるから、本来、厚生年金
の保険料率は大幅に下げることが可能。しか
しながら、それをそれほど下げずにおいて、
将来にわたって保険料率を固定する。見かけ
上、保険料率を引上げずに、実は保険料率
を一気に引上げたことと同じ効果が得られ、
積立方式へ移行することが可能。
• 2009年以降の保険料率を14.35%に固定す
ることにより、図表5-3と同様の積立金が確保
でき、積立方式に移行できる。2008年10月現
在の厚生年金保険料率は15.35%だから、
ちょうど保険料率を1%引下げることができる。
• この場合の世代別損得計算では、将来にわ
たる全ての世代で損失は300万円以内に収
まっている。これはもう、ほぼ損得なしの状態
まで回復できたといって良い。つまり、2重の
負担としてあった膨大な過去の純債務分の追
加負担は、基礎年金拠出金が無くなったこと
により打ち消された。
図表 5-12 厚生年金の世代別損得計算の比較
万円
4,000
3,000
現状(保険料率
再引上げ)
2,000
1,000
0
-1,000
積立方式移行3
(保険料率
14.35%固定+基
礎年金消費税)
-2,000
19
4
19 0
4
19 5
5
19 0
5
19 5
6
19 0
6
19 5
7
19 0
7
19 5
8
19 0
8
19 5
9
19 0
9
20 5
0
20 0
0
20 5
1
20 0
1
20 5
2
20 0
2
20 5
3
20 0
35
-3,000
注)OSU2007 モデルによる試算結果。
生年
• この無くなった2重の負担分は、国が肩代わり
している。
• もともとこの厚生年金の基礎年金拠出金分に
対応していた部分は、過去の大盤振る舞いの
せいで発生した負債に他ならないから、過去
にさかのぼって徴収する分があるべき。相続
資産の中から徴収する方法がある。
• また、少なくとも、基礎年金の中には1/3は国
庫負担があったのだから、この国庫負担分は
相続資産から取り返してもよい。既に、カナダ
で「クローバック制度」として実施されている。
• 基本は、消費税で少しずつ将来にわたって負
担するということになる。つまり、基礎年金財
源の消費目的税化を実施。
• 社会保障国民会議の試算によれば、これによ
る消費税引上げ幅は2009年で3.3%。
• ここで重要なのは、消費税引上げといっても、
国民年金加入者にとっては、保険料額引下げ
と相殺し合いので、差し引きの純ベースで負
担増ではない。
• 一方、厚生年金加入者にとっては、差し引き
できる保険料率の引下げがないので、純負担
増。大盤振る舞いの結果なので仕方ない。
• ただし、消費目的税の税率が国民年金と厚生年金
で同一であるというのは、厚生年金受給者にとって
負担が大きすぎ、不公平。そこで、厚生年金受給者
には、例えば過去からの相続税徴収分に応じて、税
の還付もしくは所得税の控除がなされるという制度
する。これならば、少なくとも初めの30年程度の間、
厚生年金受給者の実質的な消費税率(基礎年金目
的税から税還付・税控除を差し引いたもの)を低く抑
えることができる。
• これで不公平を緩和すると伴に、景気を悪化させる
効果も抑えることが出来ます。また、相続税徴収及
びクローバックへのプレッシャーも厳しいものになり、
取立てが進む。
• 相続税収がやクローバックが無くなったその
後はどうするかといえば、税還付・控除分を持
続させるために、国債発行による財源調達も
止むを得ない。
• この頃には、厚生年金の積立金もかなり積み
上がっていますので、積立金に国債を引き受
けてもらい、ずっと借りたり返したりを繰り返し
て将来に持ち越す(ロールオーバーする)こと
も可能と思われる。この方法では、2重の負担
の追加負担をさらに遠い将来の世代まで分散
することが出来る。