英日翻訳ウィキペディアン 養成セミナーについて 北村紗衣(利用者:さえぼー) 武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師 メールアドレス: [email protected] 2015/1/24 自己紹介 ・教養学士(BA) - 東京大学(The University of Tokyo)、2006 ・学術修士(MA) - 東京大学(The University of Tokyo)、2008 ・PhD – King’s College London, 2013 ・2014年4月から武蔵大学専任講師(Lecturer at Musashi University) ・東京大学及び慶應義塾大学で英語の非常勤講師を兼任 ※英日翻訳ウィキペディアン養成セミナーは本務校の武蔵大学では なく、非常勤先の東京大学で実施していましたが、4月から東大を辞 めて武蔵大学にクラスを移動する予定です。 ・専門分野…シェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評 ※情報系の研究者ではありませんが、司書・学芸員資格を 持っており、博士号は17-18世紀のシェイクスピア刊本に女 性のユーザが貼り付けた蔵書票やサインをトラッキングし、 ユーザの身元を割り出す研究で取りました。 タイムエージェントか探偵のようなお仕事です。 英日翻訳ウィキペディアン養成セミナーとは? 東京大学の1年生向け選択必修英語の授業として開始 ○学生の英語力・調べ物技術の向上と、日本語版ウィキペディアの発展を2 本の柱とするプロジェクトである。 ・ウィキペディアの英語記事を学生に翻訳してもらい、日本語記事として公開 する。原則としてはひとりで5000バイト以上のものを2本翻訳するが、15000 バイト以上のものであれば1本でもよい。 ・記事は基本的に教員指定のリストの中から選ぶこととするが、例外もある。 ・単に英語から日本語に翻訳するばかりではなく、出典が曖昧な箇所や改善 できそうな箇所については英語の文献を中心に調査を行って記事内容を改 善することを行う。 授業をすることになったきっかけ 当初、選択必修の英語の授業では論説文などを教えていたが、授業 ・ウィキペディア…「生きた英語」?! 評価アンケートで以下のような意見があった。 ウィキペディアくらいの文章が読み書きできないと、英語圏でビジネス ・「実用的な英語を教えてほしい」 や学問をするのは難しい。 ・ウェブを使った情報リテラシー教育と、古典的な訳読を組み合わせた授 →論説文やニュースは大変実用的な英語であるように思えるが、なぜ 業ができる。 か学生の間に「生きた英語」信仰のようなものがある。 ウィキペディアにはウソが書いてあることもあるので、出典を確認しな ・「文学的テキストなどもっとおもしろいものを読んでほしい」 がら読んだり訳したりする必要がある。 →上のリクエストとかなり方向性が違う。ある程度おもしろくないとやる ・社会貢献できるというモチベーション 気が続かない。 自分が翻訳したものが日本語を話すたくさんの人の役に立つというこ ○「実用的な生きた英語」信仰と「おもしろくないとやる気が続かない」問 とで、一種の専門技術を用いたボランティア活動であるため、やる気を 題を同時に解決するには? 保ちやすいのではないか? 授業のすすめ方 • 最初の2、3回ほどはWiki記法の解説と、データベースなど記事の出 典強化に使うためのレファレンスツールの解説で終わってしまう。こ の期間にウィキペディアのアカウント作成や翻訳記事の決定を行う。 • その後はひたすら学生が翻訳を実施し、教員が全ての下書きにコメ ントして学生による修正を経た後、完成した記事をウィキペディアに アップロードする。 • 最後の学期はセメスター科目で夏学期より授業回数が多かったため、 学生による記事の相互評価を実施した。 プロジェクトページと学生の成果 • ウィキペディア内に設置したプロジェクトページ • 3学期分の成果一覧 ※多数の記事がトップページ掲載用の新着記事に選ばれ、 「雪氷圏」 のように月間新記事賞を受賞した記事も。また、プロジェクト代表者と して利用者:さえぼーが2015年6月の月間感謝賞を受賞し、Wikipedia 15の記念サイトでも紹介(英語) →予想を超える反響があり、教員も学生も驚いている。 ※成果が公表されるため、学生のモチベーションが高い。 ウィキペディアコミュニティから手厚い支援を受けることができた。 結果 ○翻訳のほうが新規執筆よりもはるかに記事作成ハードルが低い ・既に英語版にある記事なので、特筆性で削除されることがまず無い →ただし、日本語版で孤立する可能性があるような記事もある。また、 元記事が著作権違反だった場合や、学生が履歴継承をせずアップし てしまった場合はこの限りではない。 ・スタブにならない →5000バイト以下の記事は基本的に作らないことにしているため、ス タブになることはまずない。やや短いものや全体がカバーできていな いものはあるが、削除対象となるほどではない。 ・需要のある記事、「面白い」記事を作ることができる ・日本関係の記事は基本的に作らない プロジェクトの課題(1)技術・英語指導の困難 • 技術的なことや著作権についての決まり、ウェブコミュニティにおけるマ ナーをよく理解しておらず、誤って削除対象になるような記事をアップしてし まったり、クラスメイトの会話ページにイタズラを仕掛けるなどの荒らしをし たりする学生が多数発生 →荒らしや無断で標準空間に記事をアップロードすること、著作権規定違反 などは減点すると伝えたため、二学期めにはほぼ解決。 ・最初に作った訳文がたいていめちゃくちゃなので、修正の指導に時間がか かる。 →日本語がおかしい、専門用語が訳せない、関係代名詞・関係副詞が訳せ ない、常識が働かない、など ・採点にかかる時間が異常に増えてしまう→TAの必要性 プロジェクトの課題(2)どんな記事を作るか? • 翻訳する記事の選び方 最初の学期は翻訳依頼が出ていればどの記事でもOKということにしたが、か なりの悪文だったり、元記事が著作権を侵害していたりする記事が発生 →基本的に教員が作ったリストから選んでもらうことに(他のウィキペディアンか ら推薦も受け付け) ・記事の内容 ○性的・暴力的な内容のものは注意が必要 →アフリカやアラブの春関係の記事翻訳を検討し、殺戮・性暴力・拷問などの 内容が残虐すぎるということで断念した学生も 性的内容…「オナイダ・コミュティ」くらいが限度か? 暴力的内容…「血の金曜日事件 (1972年)」くらいが限度か? ○教員に知識のない分野 数学・自然科学・スポーツなど→チェックができない 今後の課題 • 受講生の中からウィキペディアンが出るか? →現在のところアクティヴに活動している学生は見つかっていない。 ・調べ物技術の強化を行いたいが、記事をアップロードするだけで精 一杯で、出典強化までいかない場合のほうが多い →ただし、自分で元記事のおかしいところを発見した学生も複数名 ・女性史・ジェンダー関係の記事(ウィキペディアンの性別の偏り) ・できた記事のメンテナンスをどうするか? 今後の展開 ・東京大学にて、非常勤講師が学外からデータベースにするアクセス する権限が今年から切られたため、授業運営に支障が発生 ウィキメディア財団から支援を頂いたが、結局辞職してプロジェクトじ たいを本務校の武蔵大学に移すことに(経緯はブログに) 全員文系。ほぼ理系だった前のクラスと比べて情報スキルが不足気 味、一抹の不安が 作成記事を短くし、英語圏文化に関係あるもののみにする予定 →英語圏文化に関係する記事、とくにアフリカ・南アジア・カナダの英 語圏、オーストラリア、ニュージーランド文化に関係する記事推薦を受 付中
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