社会保障論講義 2章「本当に重要なことだけを必要最 小限にまとめた社会保障入門」2節 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘 2.積立方式と賦課方式 • 世代重複モデルとは • 人々の人生を「現役期」と「高齢期」の( ) だけで表したもの • 「世代」とは生まれ年が同じ人々という意味 • 支払う保険料の総額を灰色の楕円の大きさで 示し、高齢期の生活費必要額を点線の白い楕 円で示す。 • 年金の場合には、白い楕円は老後の生活費、 医療であれば老後の医療費、介護であれば 老後の介護費 図表 2-2 世代重複モデルによる「積立方式」の説明 創設期の 高齢者⇒ 高齢期 第1期世代⇒ 現役期 高齢期 第2期世代⇒ 現役期 高齢期 第3期世代⇒ 現役期 第1期 第2期 第3期 高齢期 第4期 • 第1期世代の下に右にずれて示されているの が第2期世代の人々。 • 第2期世代は、第1期世代が高齢期を迎えて いる時に、ちょうど現役時代を送っている人々 で、両者は1期間だけ縦に重なるように描かれ ている。 • 図表の1番下に両矢印付きで示されているの は「時代(期間)」であり、左から第1期、第2期 と段々将来に向かって時代が過ぎてゆく。 • 各世代が1期間ずれて互いに「重なり合う」よう に描かれているため、( )と呼ぶ。 • 積立方式とは • 1期世代以降の各世代とも、保険料は自分達 の老後のために積み立ているので、両世代 の人々は互いに助け合うことはない。 • 互いに全く干渉し合わないので、他の世代が たくさんいようと少なかろうと、自分の世代の 老後の生活費には全く影響がない。 • ( )の高齢者は、通常の積立方 式では年金を受け取ることは出来ない。 • 賦課方式とは • 一方、賦課方式の場合には、創設期の高齢 者も年金を受け取ることが可能。 • 第1期という時代を一緒に生きている現役の 人々が保険料を支払い、支えてくれる。 • 第1期世代は自分の老後のために保険料を 積み立てておくことが出来ないため、次の第2 期世代に助けてもらう。 • これが、賦課方式が、 ( ) とい われる所以。永遠に次の世代に負担をバトン タッチしてゆかなければこの年金制度は成立 しない。 図表 2-3 世代重複モデルによる「賦課方式」の説明 創設期の 高齢者⇒ 高齢期 第1期世代⇒ 現役期 高齢期 第2期世代⇒ 現役期 高齢期 第3期世代⇒ 現役期 第1期 第2期 第3期 高齢期 第4期 • はじめから賦課方式だったわけではない • 図表2-2の積立方式では、創設期の高齢者に年金受 給を認めていない。しかし、わが国の場合、この創設期 の世代というのは、戦争で大変な被害を受けた人々な ので、救済のため、保険料の積み立てをしていなくても 受給を認めた。これは予期できないリスクに対する 「( )」としての世代間所得移転なので、正 しい政策。 • 他の先進国も多かれ少なかれ同じような状況。 • 創設期の高齢者の年金受給を認めた途端、年金は賦 課方式で運営せざるを得ず、積立方式の年金制度を選 択することは不可能であったとする主張が、「年金、社 会保障の専門家」によって行なわれているが、これは完 全に間違い。 • 一つは「歴史的事実」として間違い。わが国を 始め、アメリカやヨーロッパの国々は、年金制 度を創設するに当たり、実は当初 「( )」で制度を設立。 • 2つ目は、単に積立方式の仕組み上を理解し ていないという間違い。実は、創設期の高齢 者の年金受給を認めても、積立方式の運営 にはなんら支障がない。 • 創設期の高齢者への年金受給支払いを、 「( )」と呼ぶ。しかし、その救済 を何もその時代の現役世代だけが、全て背負 わなければならない理屈はない。 図表 2-4 歴史的負債(Legacy debt)とその積立方式下での処理 国の負債 創設期の 高齢者⇒ 高齢期 第1期世代⇒ 現役期 高齢期 第2期世代⇒ 現役期 高齢期 第3期世代⇒ 現役期 第1期 第2期 第3期 高齢期 第4期 • 歴史的負債は、その救済を決めた国の政府 がまず国債などの形で「 ( )」と して背負い、その負債を、将来の世代が何世 代にもわたって少しずつ負担して返済してゆ けば良い。 • 創設期の高齢者への年金給付は、賦課方式 として第1期世代が負担するのではなく、国が 負債を負って支払う。この負債は、国が国債 などで使って、借りたり返したりを繰り返し、何 十年にもわたって( )することが できる。第1期世代だけではなく、第2期世代、 第3期世代・・・と将来にわたる様々な世代が、 少しずつ負担し返済してゆくことが可能。 • 図表2-5は、図表1-11の数値例に、この歴史 的負債の清算を加味したもの。例えば20年に わたって年金額を受給するとすれば、1人 2400万円(10万円×12ヶ月×20年=2400万 円)が負債。 • これを第2期世代から第100期世代までの遠 い将来にわたって、少しずつ各世代が返済す ると考えると、その追加負担額は、1人月当た り約800円。これを現役保険料に加えて、給 付負担倍率を計算すると0.98倍ですから、純 粋な積立方式の場合の1倍とほぼ変わらない。 図表 2-5 歴史的負債の清算をした場合の数値例 第1期 第2期 第3期 第4期 第5期 第6期 第7期以降 1:10 1:5 1:4 1:3 1:2 1:1 1:1 高齢者年金(月当たり) 10万円 10万円 10万円 10万円 10万円 10万円 10万円 現役保険料(月当たり) 5.1万円 5.1万円 5.1万円 5.1万円 5.1万円 5.1万円 5.1万円 給付負担倍率 0.98倍 0.98倍 0.98倍 0.98倍 0.98倍 0.98倍 0.98倍 高齢者・現役比率 • 国債発行の必要性も無い • 歴史的負債の資金調達のために、国が借 金を背負い、国債を発行するのは政治的に困 難なのではないかとの見方がある。 • 現実には、国債を発行する必要も全くない。な ぜならば、年金創設以降、各現役世代は保険 料を支払う一方で、年金財政には多額の積立 金が急速に積み上がってゆくため、その積立 金の中から資金調達をすれば良いから。 • 特に人口構成が若い時代は簡単にそれが可 能 • わが国の厚生年金は、まだ戦時中であった 1941年に設立された( )がス タート。その後、1944年に厚生年金制度とな る。 • そもそも戦時公債を積立金によって吸収させ ることが、年金設立の目的。戦費調達の国債 まで背負うことが出来るのだから、創設期の 高齢者の年金給付分などで、国がわざわざ 新たに国債を発行する必要はない。歴史的負 債は、積立金の中から調達できた。 • 積立方式と賦課方式の間 • 積立方式とはいっても、創設期の高齢者の 支払いを第1期世代の積立金で賄っているで、 それは賦課方式に限りなく近い。 • 実は、積立方式と賦課方式の差というのは、 模式図でみるほど明確なものではない。賦課 方式は積立方式に変えてゆくことが出来るし、 逆に、積立方式は賦課方式に変更することが 出来る。その途中にあるときには、積立方式 と賦課方式の間とでもいうべき制度。 • 賦課方式で決まる保険料率よりも、歴史的負 債の処理分だけわずかに保険料率を高く設 定しておけば、将来は必ず、積立金の過不足 の無い完全な積立方式の年金制度になる。 • 逆に、積立方式で制度が設立されたとしても、 歴史的負債に対する追加負担分の保険料引 上げを行なわなかったり、年金給付に見合わ ないほど低い保険料に設定したりすれば、い ずれ年金制度は完全な賦課方式となる。 図表 2-6 積立方式から賦課方式への移行 第1期世代⇒ 現役期 高齢期 第2期世代⇒ 現役期 高齢期 第3期世代⇒ 現役時代 第1期 第2期 第3期 高齢期 第4期 • 「修正積立方式」はまぎらわしい • 実は、わが国の年金財政の歴史は、このよう なプロセスで、積立方式から賦課方式に移行 していった。 • その理由は、まず第一に、歴史的負債に対す る追加負担分の保険料率引上げを怠ってき たこと、第二に経済成長をする中で保険料率 を低く据え置いてきたこと、第三に給付水準を 保険料に見合わないほど安易に引き上げて きたことが挙げられる。 • 特に第三の給付水準引上げは、既に少子高 齢化が徐々に進行しつつあった1970年代初 めからまさに「大盤振る舞い」と呼ぶべき状況。 • 時の首相は( )。1973年を ( )と位置づけ、社会保障の安 易なばら撒き政治が行なわれた。具体的には、 年金については、給付水準の大幅な引き上 げ、物価スライド・賃金スライドの導入など、医 療については、老人医療費無料制度の創設、 健康保険の被扶養者の給付率引上げ、高額 療養費制度の導入などが挙げられる。 • 何れも甘い経済見通しの下で、十分な保険料 負担を伴わないで実行されたため、積立方式 の年金はみるまに賦課方式へと変貌を遂げ た。 • 現在でもわが国の年金財政は、積立方式で あったときの名残で、厚生年金と国民年金を合 わせて、約140兆円の年金積立金を保有。しか し、これは本来、積立方式で運営され続けてい た場合に存在していたはずの積立金額のほん の一部。厚生年金の場合について計算すると、 2007年現在で本来あるべき積立金は約670兆 円。これに対して、実際に存在する積立金は約 130兆円なので、本来の2割に満たない水準。 • 現在の年金収支は、賦課方式であるが、厚生 労働省は、「 ( )」と呼称。この紛 らわしい名称が、国民に、年金があたかも積立 方式で運営されているかのような誤解を抱か せる原因。 • 賦課方式に移行する理由1:社会保険のパラドッ クス • 積立方式の年金制度が賦課方式に移行してし まったという状況は、わが国に限ったことではな い。アメリカを始め、他の先進国でも多かれ少な かれ同じようなプロセスを辿って、賦課方式と なって行った。その背景には、大きく分けて2つの 理由。 • その一つは、年金の創設期のように人口構成 が若く、人口成長率の高い時代においては、「賦 課方式の年金の収益率は、積立方式を上回る」 ということ。つまり、その時代に限っては、賦課方 式の方が積立方式よりも「全ての人々にとって 得」という状況。 • このため、政府が賦課方式に移行するのは、 ある意味で正当化され得る。この状況を 「( )」と呼ぶ。 • 図表2-7は、積立方式と賦課方式の収益率の 比較。現役期に1000万円の保険料の積み立 てを行った人が、10%の利子率で運用すれ ば、高齢期に受け取る年金額は1100万円。 • 一方、賦課方式の場合、10人の現役で100万 円ずつ保険料負担を行い、1000万円の年金 を高齢者に支払うことを政府が計画。予想外 に人口が増え、現役がもう1人増えて11人に なると、100万円×11人=1100万円。これは、 「人口増のボーナス」と言われる。 図表 2-7 社会保険のパラドックス 1000万円 1100万円 利子率 現役期 高齢期 人口成長率 1000万円 現役期 • 戦後すぐのわが国のように人口構成が若く、一家庭 で3人も4人も子供を産む社会では、人口の成長率は もっと高いので、賦課方式の年金よりも「得」というこ とになる。 • もし、この人口成長率よりも利子率が高い(人口成長 率>利子率)という状況が、その後の時代についても ずっと成り立ち続けるのであれば、全ての人々にとっ て得である「 ( )」を政府が採用すること は合理的。 • 人口の成長率が非常に高い時代には、政府は、積立 方式の年金を賦課方式に移行させる動機を持つ。 • 賦課方式に移行する理由2:宙に浮いた資金 • しかも、賦課方式に移行してしまえば、これま で積み上がっていた多額の積立金は、賦課方式 の年金の運営にとって特に必要なものではなく なるので、「 ( )」。これは、政治家 や官僚にとって大変な魅力。これが、政府が賦 課方式への移行を行ってしまう第2の理由。 • 時の政治家や官僚にとっては「打ち出の小槌」。 政治家はそれを元手に、人気取りのための大盤 振る舞いを始め、官僚達はこの積立金に寄生す る天下り特殊法人をたくさん作ったり、グリーン ピア、サンピアの建設を始めた。こうして、積立 金が浪費されていき、賦課方式となっていった。 • 例え「人口成長率>利子率」という状況下で、 賦課方式の採用が合理的であったとしても、 これまで積み立ててきた積立金を勝手に使っ てもよい理屈にはならない。 • 賦課方式への移行と、それまで積み立てて あった積立金を勝手に浪費するということとは 全く別の話、別次元の問題。 • 積立金は、税収とは異なり「国民に帰属する 財産」なので、官僚や政治家がこれを勝手に 使うのは犯罪。 • どの国でも人口成長率は下がっていく • それでも、「人口成長率>利子率」という状況が未来 永劫続くのであれば、積立金を勝手に浪費してしまっ たことはごまかし続けられる。問題は、時代を経るに 従って、人口成長率は低下し、「人口成長率<利子 率」という状況に変わってしまうこと。 • その理由は、①女性の高学歴化・社会進出、②子供 の教育費増などで、先進国共通の現象。 • 「人口成長率>利子率」が「人口成長率<利子率」と いう状況に逆転すると、まさにパラドックスと同じメカニ ズムによって、積立方式の方が、逆転以降の「全ての 人々にとって得」。政府は元の積立方式に年金制度を 戻さなければならなくなる。 • 賦課方式から抜け出せない政治経済学 • しかしながら、ここで困った問題は、積立方式 に戻そうにも既に積立金の大部分を使ってし まっているので、簡単には元に戻れないこと。 • そのため、今から積立方式に戻るためには、 政治家の大盤振る舞いや官僚の無駄遣いに よって失われた積立金を、もう一度、国民が 追加の負担をして元に戻さなければない。 • 当然、国民は怒り、責任の所在を明らかにす る必要がでてくる。その責任を問われる政治 家や官僚が、積立方式への移行に反対する のは当然。 • しかも、現在の賦課方式の年金制度によって 被害を受ける世代は、比較的若い世代なので、 今の政治家にとって大票田である現在の高 齢者は、全く被害を受けない。むしろ、積立方 式移行を行ってしまうと、高齢者たちにも追加 負担を迫るので、大票田に不人気な政策を決 断するはずがない。 • くわえて、若者は投票率が低く、高齢者は投 票率が高いということも、政治家が、現在の高 齢者達の既得権益保護や利益供与のために 行動する合理的な動機となる。 • 今後、団塊の世代が大量退職し、この得する 高齢者の利益集団が益々多くなってゆくので、 このメカニズムは強化される。 • さらに、政治家の大半はすでに高齢者なので、 賦課方式を続けることによる悲惨な未来を見 ないで済む。 • 厚生官僚にしても2-3年で部署が変わるという 人事ローテーションなので、わざわざ自分の 任期中に「火中の栗」を拾ってまで改革を行う 必要はない。政治家や官僚の「時間的視野」 は非常に短い。 • かくして、現在の若い世代や将来の世代が、 いかに悲惨な未来に直面することがわかろう とも、問題解決は先送りされ続けることになる。 • 政治家や官僚が情報を操作してまで国民に真 実を知らせないようにすることは、誠に自然な 成り行きである。 • また、改革として、本質的でないその場限りの 延命策が用いられ、抜本的改革がいつまでも 先送りになるのも、合理的な行動。 • この構造的な「政治経済学」的問題に対処す る必要がある。
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