介護・保育分野の規制改革によ る景気対策 学習院大学経済学部教授 鈴木 亘 景気対策の基本的な考え方 • 補正15兆円の追加景気対策→2次、 3次となるか。世界同時不況の影響 を考えれば、今後の対策も。 • 従来型(ケインズ型)の所得減税、 給付、公共工事型は経済効果(乗 数)が低い。理由は、①潜在成長率 の低下、②多額の財政赤字の存在 • 潜在成長率を高める「成長分野」へ の投資が注目されている。c.f.オバ マ政権のグリーン・ニューディール • しかし、成長分野は高度な訓練、技 術が必要な専門分野。失業や倒産 が生まれている分野の人材、資源 の移転は難しい。地域的にもミス マッチが起きる。教育訓練にも時間 がかかるので即効性は低い。 • 結局、単なるクラウディングアウトに 終わるという見方がある。c.f. Beckerなど。 • 日本には、①財政赤字を拡大せず、 ②クラウディングアウトも起こさず、 ③未熟練労働力の雇用吸収を行な え、④潜在成長率も高める一石四 鳥の対策がある。それが、介護、保 育分野の規制緩和による景気対策 介護・保育分野の潜在需要 • 介護については、施設介護分野で 特に潜在需要の抑制(待機者問題) が深刻。特養待機者は約40万人。 ①総量規制、②給付抑制、③在宅 化推進の影響で今後益々この問題 は深刻化する。群馬県渋川市の無 届老人施設問題の背景はこれ。 • 保育については、待機児童が4万人 を突破(2008年10月)。景気急落の 影響で、ますます、待機児童問題が 深刻に。 • ただし、この4万人は氷山の一角。 全国的には100万人の潜在的待機 者が存在すると政府は推計。 • 待機児童ゼロ作戦が機能しない背 景。 • 潜在需要が顕現化しない理由は2つ。 一つは、既存主体の既得権益化・圧 力団体化が深刻なこと。 • もうひとつは、高コストの既得権益 団体で供給増を図ることは、あまり に財政的に高くつくこと。 • 介護では、財政抑制のために、人材 不足問題が深刻化。保育も波及。 • 既得権益者、つまり認可保育所、特 養を初めとした3施設は、供給が限 られていた方が都合がよい。営業努 力を行なわなくて済み、人件費、役 員報酬、高コスト構造を守るレントが 発生するため。 • 圧力団体を作り、政治活動を始める ことによって、規制強化を図る。 • 参入規制は、経営面と人材面の2つ がある。 • 経営面は、参入規制。介護施設に ついては、法人種が限られている。 グループホーム、有料老人ホームに は総量規制。 • 保育については、2000年に参入規 制の緩和があったが形だけ。 • 具体的には、平成12年児発第299 号厚生省児童家庭局長通知によっ て、補助金の使途制限(配当不可、 新規展開不可、リース物件も一部不 可)。社会福祉会計基準。税制や補 助金のイコールフッティングがなされ ていないことなどから、参入が進ま ず、株式会社・有限会社参入は、わ ずか1.8%(H19.4)。 • 人材面の参入規制も強化されつつ ある。 • 介護福祉士の資格取得者以外が介 護職員になれない規制。2009年改 定による事業所加算。 • 介護保育士になるには、二年以上 の養成施設(専門学校・短大・大学) を出るか、三年以上の現場勤務を 経て、合格率五割程度という国家試 験に合格する必要がある。 • さらに、二〇一二年からは、養成施 設卒業者にも国家試験合格が課さ れ、現場勤務ルートも半年の養成施 設課程修了が受験要件となる。 • 2006年から500時間の「介護職員 基礎研修」の必須化。ヘルパー3級 の廃止など、高度化による締め付け 強化。 • 認可保育所については、まず、保育 士資格取得者以外は正規職員(保 育士)として勤務できない規制があ る。保育士資格の取得の難しさはむ しろ介護福祉士以上であり、二年以 上の養成施設を出るか、五年以上 もの現場勤務を経て、合格率一、二 割程度という難関の国家試験に合 格する必要がある。 • 政府は現在、失業した元派遣労働 者や非正規労働者を、人材不足が 深刻な介護・保育分野に移動させる ミスマッチ解消策を進めようとしてい るが、この極めて高い人的参入障 壁があることを考えると、政策の実 現性は乏しく、少なくとも即効性はま るで期待できない。 対策のあり方 • 既得権益団体による供給増は不可 能。高コスト体質。供給増のインセ ンティブがない。 • 株式会社やNPO等の新規参入主 体による供給増を実行。ただし、政 治的抵抗を最小限にするために、既 存の供給については、既得権を守る。 • 具体的には、総量規制でストップし ている有料老人ホーム、グループ ホーム、ケアハウスなどによって供 給増(総量規制の撤廃)。一方で、 施設の登録化と無届施設の規制強 化により、質の担保を図る。 • 保育については、東京都が実施して いる認証保育所を国が認証し、新規 供給増を図る。 • 認証保育所の質は、ほとんどが最 低基準を満たす。最低基準を満たさ ない保育所についても、補助金によ る誘導で質を高める。逆に、質の低 いベビーホテルなどは規制強化で 閉鎖もやむなし。 • 混合介護による価格自由化により、 財政負担増をなるべく避ける。 • 保育については、保育料価格は自 由化。直接契約方式。ただし、還付 方式(直接補助)による所得別の補 助金により、応能性、所得再分配機 能は維持され、低所得者の実質的 な負担は変わらない。ただし、これ まで高所得者までも著しく低かった 保育料は高まるので、運営費が低 いことと相まり、公費支出は少ない。 • また、人的参入規制も、少なくとも、 新規参入主体についてのみ緩和。 もともと、介護も保育も家族が行って きた分野なのであるから、常識的に 考えて、取得に数年を要する高度資 格が「全員」に必要だとは到底考え られない。実際、現場では、専門知 識が無くてもできる単純労働も意外 に多い。 無資格者でも、一定割合は、すぐに就 労できるように定員規制を緩和し、就業 を促進。無資格者は、現場で働き職場 内訓練(OJT)。 • 「日本版デュアルシステム」で補助をしな がら、一年程度、夜間に養成校に通って もらい、実務経験を加味して、国家試験 を受けずとも准保育士や准介護福祉士 の資格を与える。 • これら准資格は正規資格ほどではない が、定員や補助金対象とする。准看護 師制度がモデル。 • 規制緩和による景気対策の効果 待機者数 需要創出効果 公費負担 従事者雇用増 女性労働供給増 (万人) (億円) (億円) (常勤換算、万人) (万人) 介護 40 11,726 2,316 16.3 23.2 保育 100 13,807 4,322 30.3 72.3 合計 140 25,532 6,637 46.6 95.5 • 介護については、厚労省「介護給付 費実態調査」などを使って、40万人 の需要増(ただし、在宅介護で代替 していた需要は差し引く)分を計算。 従事者増は雇用創出効果から計算。 手法の詳細は、下記2論文参照。 • • 鈴木亘.「介護分野の規制改革―特別養護老人ホームへの株式会社参入全面解禁に伴う 市場拡大効果」, 単著,2004年8月, 八代尚宏編『新市場創造への総合戦略―規制改革で 産業活性化を』日本経済新聞社 鈴木亘「介護サービス需要増加の要因分析-介護サービス需要と介護マンパワーの長期 推計に向けて-」,単著,2002年5月,『日本労働研究雑誌』((独)労働政策研究・研修機構) No.502 ,pp.6-17 • 保育については、筆者による東京都 認証保育所調査、潜在的保育士調 査、家計データによるマイクロシミュ レーションを実施した詳細な推計。 • 現在、論文を執筆中であるが、手法 の詳細は、下記既出論文を参照。 • 鈴木亘「保育制度への市場原理導入に関する厚生分析」,単著,2008年、『季刊 社会保障研究』(国立社会保障・人口問題研究所)Vol.44 No.1, pp.41-58
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