エネルギー部門のR&Dを考慮した日本経済の ヴィンテージ資本モデル -2050年の国内CO2排出量を1990年比50%に削減するシナリオの分析- 畠瀬 和志 神戸大学 経済学研究科 研究員 研究の背景と方針 研究の背景 エネルギー部門における生産要素の代替には強い制約があると考えられ, それはCO2削減経路に影響する(Grubb, 1997) エネルギー資本の耐用年数は長く,一度エネルギー設備(e.g. 発電プラント)が 建設されると簡単には新規のエネルギー設備(e.g. CO2排出が少ない発電プラ ント)に変更出来ない 製油所や港湾などのエネルギーインフラと個々のエネルギー設備には複雑な相 互依存関係があり,化石エネルギーを前提としたエネルギーインフラの下で新エ ネルギー用の設備を建設するのは容易ではない 研究の方針 Putty-Clay仮説(ヴィンテージ資本仮説のひとつ)を用い,上記の要素を考 慮したエネルギー経済モデルを開発する 日本国内のCO2排出量を1990年比50%に削減するシナリオのシミュレー ションを行い,エネルギー部門における代替の制約がCO2削減経路にどの ような影響を及ぼすか分析する 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 1 Putty-Clay仮説(ヴィンテージ資本仮説のひとつ) (参考) Dixit and Stiglitz (1977) で用いられたヴィンテージ資本仮説 1 K t A ,t K ,t 1 d t T t Putty-Clay仮説(Johansen, 1959 を起源とする) Kt Kt 1 Kt 1 Kt : 資本の新ヴ ィ ン テージ : 資本減耗率 ※ 生産関数を新ヴィンテージの関数とすることにより,「既存の生産要素は部門間を 動かず, 新規の生産要素投入によってのみ部門間の調整が行われる」と仮定 Putty-Clay仮説を適用したエネルギー経済モデルには,代表的なものとして MERGEモデル(Manne et al., 1995)とDEMETERモデル(Gerlagh et al., 2004)があるが,「エネルギー部門における代替の制約」の問題を明示的に 扱ったシミュレーションは存在しない 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 2 モデル方程式:世界経済 目的関数 t 1 max Ut , t 0 1 : 純粋時間選好率 T C U t Lt log t Lt Lt : 労働投入 Ct : 消費 新ヴィンテージの計算 (Putty-Clay仮説) Yt Yt 1 Yt 1 It 1 Kt Kt 1 Kt 1 Lt Lt 1 Lt 1 E j ,t E j ,t 1 E j ,t 1 O Ej ,t O Ej ,t 1 O Ej ,t 1 j F, N j F, N : 資本減耗率 Yt : 総生産 Kt : 資本 EF ,t : 化石エネルギー投入 EN ,t : 新エネルギー投入 O j ,t : エネルギーのO&Mコ ス ト 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 3 モデル方程式:世界経済 (続き) 生産関数 (全て新ヴィンテージの関数とする) Q Q 1 Q 1 Q 1 K 1 K Q KL KL HE Q Q Yt Kt Lt 1 Qt Q KL KL : ス ケールパラ メ ータ : シェ アパラ メ ータ : 代替弾力性 HE t Q H H t QtHE : 合成財 HE 1 HE Et H t : 知識ス ト ッ ク HE 1 HE HE HE 1 H : シェ アパラ メ ータ E E 1 HE : 代替弾力性 E 1 E 1 Et EF ,t E EN ,t E Et : 総エネルギー投入 E : 化石エネルギー・ 新エネルギー間の代替弾力性 マクロ経済恒等式 At Ct It ItR I FE,t I NE,t OFE,t ONE,t At : Ar mi ngt on財 2009/10/15 It : 投資 ItR : エネルギーR&D投資 神戸大学 六甲フォーラム I jE,t : エネルギーjへの投資 4 モデル方程式:R&Dによるエネルギー効率改善 (Popp, 2004より) 知識ストック Ht は,1期前の知識ストックと新規R&D活動の水準より,以下の ように計算 H t f I tR1 1 H H t 1 f I tR1 : イ ノ ベーショ ン 可能性フ ロ ン ティ ア イノベーション可能性フロンティアは,以下の生産関数により計算 Ht f I R t RH : ス ケールパラ メ ータ I tR : R&D投資 H : 知識ス ト ッ ク 減耗率 RH I R t R Ht H R : R&D投資の分配率 H : 知識ス ト ッ ク の分配率 エネルギーR&D投資によるクラウディングアウト効果の考慮 Kt Kt 1 Kt 1 It 1 4* crowdout * ItR1 ※エネルギーR&D のリターンは,R&D 投資の4 倍に設定するが,これはR&D 投資1 ド ル分がエネルギー以外への投資を4ドル分クラウドアウトすることにつながる ※パラメータcrowdout(≦1)によってクラウディングアウトの度合いを調節(現実のクラウ ディングアウト効果は理論上のそれよりも小さいとする) 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 5 モデル方程式:エネルギー技術のLearning by Doing (Gerlagh et al., 2004より) エネルギーjの新ヴィンテージは1期前の投資と当該時点のO&Mコストに比例 すると仮定 E j ,t a j ,t I Ej ,t 1 b j ,t O jE,t I Ej,t : エネルギーjへの投資 j F, N Oj ,t : エネルギーjのO&Mコ ス ト aj,t,bj,t がLearning by Doingによって最終的に落ち着く値をaj,∞, bj,∞と定義し, エネルギーコスト低減による生産性上昇を以下のように表現 h j ,t a j ,t a j , , h j ,t b j ,t b j , j F, N hj,t :エネルギーコストを表わす変数(例えばhj,t=2は,時点tにおけるコストがLearning by Doingによって最終的に落ち着くコストの2倍であることを意味する) hj,t はLearning by Doingによるコスト変化を表わす関数 gj(.) の時点tからt+1 までの平均値として,以下のように計算 W j ,t 1 h j ,t g j x dx W j ,t 1 W j ,t W j ,t t 1 W j ,t E j , , g j W j c j 1 W j 1 0 j F, N W j ,t : エネルギーjの累積経験量 c j : エネルギーjの初期コ ス ト 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム : 経験指数 6 モデル方程式:国際貿易 国内供給Dt と輸入Mt は,CES関数によってArmington財At に統合されると 仮定 DM DM 1 DM 1 DM 1 DM D D At t t Dt DM 1 t M t DM tDM : ス ケ ールパラ メ ータ tD : シェ アパラ メ ータ DM : 代替弾力性 総生産Yt は,CET関数(限界変形率一定の関数)によって輸出Xt と国内供 給Dt に分配されると仮定 XD XD 1 XD 1 1 XD XD X X Yt t t X t XD 1 t Dt XD tXD : ス ケ ールパラ メ ータ tX : シェ アパラ メ ータ XD : 限界変形率 以下の関係式を用いて国際貿易モデルを閉じる At Dt M t Yt X t Dt ※時間に伴っ て日本の貿易黒字幅が減少する よ う tDM , tXD , tD , tX を カ リ ブレ ート 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 7 シミュレーションのシナリオ 2050年以降のCO2 排出量を1990年比50%に維持しつつ,効用の総和が最大になる CO2 削減経路を計算(CO2は化石エネルギーのみから排出されると仮定) シナリオ設定は,エネルギー部門における代替の制約を決定づける要素である -資本の耐用年数(資本減耗率 δ により調整) -化石エネルギー・新エネルギー間の代替弾力性δE がCO2 削減経路にどう影響するかを調べることを目的とする 各シナリオにおけるパラメータ設定 δ:資本減耗率 δE:エネルギー間の代替弾力性 (a) SCL + SE 10% 2.5 (b) SCL + LE 10% 4.0 (c) LCL + SE 5% 2.5 (d) LCL + LE 5% 4.0 シナリオ SCL: Short Capital Lifetime SE: Small Elasticity 2009/10/15 LCL: Long Capital Lifetime LE: Large Elasticity 神戸大学 六甲フォーラム 8 共通パラメータ 記号 説明 パラメータ値 ρ 純粋時間選好率 2%/年 Y0 2000年における国内総生産 500.31兆円 Lt 労働投入(生産性上昇を含む) 1%/年ずつ成長 E0 2000年における総エネルギー投入(炭素換算) 0.3702 GtC γK 資本の分配率 0.31 σQ 付加価値とエネルギー財の間の代替弾力性 0.4 X0 2000年における輸出 57.49兆円 M0 2000年における輸入(税込) 54.16兆円 tm0 2000年における輸入税率 7.62% σDM 国内財と輸入財の間の代替弾力性 2.3 ηXD 輸出財と国内財の間の限界変形率 4.0 β Learning by Doingの経験指数 0.3 cF,0 2000年における化石エネルギーのコスト 3.04万円 cN,0 2000年における新エネルギーのコスト 11.00万円 Emis0 2000年におけるCO2排出量 1.255 Gt-CO2 Emis50 2050年以降におけるCO2排出量(固定値) 0.5715 Gt-CO2 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 9 生産関数とR&Dモデルのカリブレーション 生産関数におけるφQ ,αKLの値は,モデル方程式を微分・整理した以下の 式を用いてカリブレート(Gerlagh et al., 2004 の方法に準じる) HE Z Q 0 0 0 0 Q 1 0 Y0 1 1 Q Q Q Q Q 1 0 Z 0 1 , KL Q 0 Z 0 0 Q 1 Q HE 0 1 Q 0 : Z0 K0 L01 の価格 0 : Q0 HEの価格 0 : Y0の価格 K R&DによるEnergy Savings(=R&Dのリターン)の正味現在価値が,R&D投 資の正味現在価値の4倍になるようαHを調整(Popp, 2004 の方法に準じる) T t 0 K EnergySavings t 1 r t T 4 t 0 I tR 1 r t Learning by DoingはOFFにする( R&Dモデル単独で調整するため) Energy Savingsは,R&Dなしの場合の[エネルギーコスト]×[エネルギー投入量] とR&Dありの場合のそれとの差として計算 知識ストック減耗率 δH,スケールパラメータφRH,R&D投資の分配率γR,知識 ストックの分配率γH には,Popp (2004) で用いられた値をそのまま適用 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 10 輸出入方程式のカリブレーション ptDを国内価格, ptW を世界価格,tmtを輸入税率として,輸入方程式の制約下 でptD Dt + ptW (1+tm)Mtを最小化する問題を解くと,αtDを求める式が得られる 1 PW (1 tm ) M 1 DM t t tD 1 1 t D Pt Dt 輸出方程式の制約下でptW Xt + ptD Dtを最小化する問題を解くと,αtXを求める 式が得られる tX XD 1 D Pt X t 1 W Pt Dt 1 φtDM ,φtXD の値は上で求められたαtD,αtX を用い,輸出入方程式より求める Armington財At,国内供給Dt,輸入Mt,輸出Xtについては,推定値QtREF ( Q = A, D, M, X) を以下のように見積もる L QtREF 1 grQ t QtREF 1 Lt 1 grA = grD = 0とするが,輸出入についてはgrM = 0.1%/年, grX = -0.1%/年に 設定し,日本の貿易収支の黒字幅が時間とともに減少するように設定 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 11 CO2排出量の時間変化 資本の耐用年数が長いほど(資本減耗率が小さいほど),またエネルギー間の代替弾 力性が小さいほど,より速やかなCO2排出削減が望ましくなる LCL + SEシナリオでは当初からコンスタントにCO2 排出を減らす経路になるが,SCL + LEシナリオでは一旦CO2 排出を増やしてその後に急激な削減を行う経路になる 上記以外のシナリオでは,上記2種類のシナリオの中間的な経路になる 1.6 CO2排出量(Gt-CO2) 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 SCL + SE 2009/10/15 SCL + LE LCL + SE 神戸大学 六甲フォーラム LCL + LE 12 新エネルギーのシェアの時間変化 エネルギー間の代替弾力性については,小さいほどより速やかに新エネルギーに転 換することが望ましくなる 資本の耐用年数については,長い方が2030年以降は新エネルギーのシェアが大きく なるが,21世紀初頭においては新エネルギー普及経路にさほど影響を及ぼさない 90% 新エネルギーのシェア 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% SCL + SE 2009/10/15 SCL + LE LCL + SE 神戸大学 六甲フォーラム LCL + LE 13 総エネルギー投入の時間変化 資本の耐用年数が長いほど,総エネルギー投入が小さくなる エネルギー間の代替弾力性は,総エネルギー投入には影響しない 資本の耐用年数が長くなれば,CO2排出量は減少するが,新エネルギー普及経路は さほど変わらない(前スライド)。これは,資本の耐用年数が長くなれば,エネルギー投 入を減らしてCO2排出削減を行うことを意味する(特に,2030年以前において)。 総 エネル ギー投入(GtC) 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 SCL + SE 2009/10/15 SCL + LE LCL + SE 神戸大学 六甲フォーラム LCL + LE 14 R&DとLearning by Doingの影響:CO2排出量の時間変化 R&Dなし・あり,Learning by Doingなし・ありを組み合わせた4種類のシナリオ(No R&D + No LbD,No R&D + LbD,R&D + No LbD,R&D + LbD)を設定して計算 資本減耗率とエネルギー間の代替弾力性は,δ = 7%,σE = 3.0に固定 CO2排出経路は,Learning by Doingのあり・なしに大きく影響され,R&Dのあり・なし には殆ど影響されない 1.6 CO2排出量(Gt-CO2) 1.4 1.2 1 0.8 0.6 0.4 No R&D+No LbD 2009/10/15 No R&D+LbD R&D+No LbD 神戸大学 六甲フォーラム R&D+LbD 15 R&DとLearning by Doingの影響:新エネルギーのシェアの時間変化 新エネルギー普及経路は,Learning by Doingのあり・なしに大きく影響され,R&Dのあ り・なしには殆ど影響されない Learning by Doingがあれば,新エネルギーコストの内生的な低減によって新エネル ギーのシェアが増える 新エネルギーが増えてより大きなCO2削減が可能になり, CO2排出が減る(前スライド) 90% 新エネルギーのシェア 80% 70% 60% 50% 40% 30% 20% 10% 0% No R&D+No LbD 2009/10/15 No R&D+LbD R&D+No LbD 神戸大学 六甲フォーラム R&D+LbD 16 R&DとLearning by Doingの影響:総エネルギー投入の時間変化 R&Dありでは,なしの場合に比べ総エネルギー投入が小さくなる。これは,R&D投資 がエネルギー効率改善を引き起こすようにモデル化されているためである。 Learning by Doingありでは,なしの場合に比べ総エネルギー投入が大きくなる。これ は,Learning by Doingがエネルギーの生産性を向上させると仮定しているためである。 総 エネル ギー投入(GtC) 0.8 0.7 0.6 0.5 0.4 0.3 No R&D+No LbD 2009/10/15 No R&D+LbD 神戸大学 六甲フォーラム R&D+No LbD R&D+LbD 17 結論 1. 本研究では,モデルの 「資本の耐用年数」と「エネルギー間の代替弾力 性」を変化させ,エネルギー部門における代替の制約がCO2削減経路 に及ぼす影響を分析した。 2. 結果として,資本の耐用年数が長いほど,またエネルギー間の代替弾 力性が小さいほど,より速やかなCO2排出削減が望ましくなることが分 かった。 3. しかし,資本の耐用年数の長短とエネルギー間の代替弾力性の大小は, 望ましいCO2排出削減の方法に異なった影響を及ぼす。 資本の耐用年数の増加によるCO2排出の低減は,新エネルギーへの転換 よりも,エネルギー投入そのものを減らして達成することが望ましい エネルギー間の代替弾力性の減少によるCO2排出の低減は,エネルギー 投入を減らさずに新エネルギーへの転換によって達成することが望ましい 4. エネルギーR&Dは総エネルギー投入を小さくするが,Learning by Doingは逆に総エネルギー投入を大きくする。 2009/10/15 神戸大学 六甲フォーラム 18
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