保育改革の経済学 学習院大学経済学部 規制改革会議福祉・保育・介護TF専門委員 鈴木 亘 現状の保育制度が抱える問題点 • 待機児童、潜在的待機児童の問題 • それに伴う、男女共同参画の遅れ、少子化の 進行 • 認可保育所と認可外保育所、あるいは、認可 保育所とそれ以外の子育て方法(家族保育、 幼稚園)との間の圧倒的な税投入の不公平の 存在 • 時代錯誤な「保育に欠ける」要件とそれにより、 排除されている保育ニーズの高い児童の存 在(ワーキングプア層、高度専門職など) • 認可保育所の保育料ダンピング・官業の民業 圧迫により、育たない認可外保育市場。認証 保育所の抱える競争上の不利。 • ベビーホテルのような劣悪な質の保育所の管 理問題 (財政面) • 硬直的かつ既得権益化する認可保育所(特に 公立保育所)⇒高すぎる人件費、手厚い配置、 0歳児保育や特別保育の実施率の低さ、利便 性の低さ • 低所得者、あるいは、擬似的な低所得者の多 さから、引上げが難しい保育料。利用者側の 既得権益化。 • 深刻化する保育料の滞納問題 • 認証や○○保育室などの充実による地方単 独負担 • 障害児対策、病中病後児対策、児童虐待対 策 • ⇒保育単価の不足と、自治体負担の上昇 保育問題の経済分析 • 何故、こんな問題が生じているのか。⇒ごく初 歩的な経済学(大学1年の最初の講義で習う ミクロ経済学)で「全て」説明が可能。 • 解決策も、初歩的な経済学の応用が可能で ある。 需給分析の基礎 例)有料老人ホーム市場 価格 需要曲線 D1 供給曲線 消費者余剰 E 均衡価格P 利用者数 利用者数 • 市場という概念は、実際にその場で取引(セリ など)をしているものでなくても適用可能。 • 保育料は、本来、市場の需給を調整する役割 をはたす価格であることが期待される。 • 市場では、そのサービスの価値を、均衡価格 よりも高く思っている人が全て取引できる。そ して、その高い価値(支払い意思額)-均衡 価格が彼の市場取引の利益となる。この合計 を消費者余剰と呼ぶ。 例)保育サービス市場 価格(保育料) 需要曲線 D1 供給曲線 消費者余剰 E 均衡価格(均衡保 育料)P 均衡保育所利用者数 保育所利用者数 規制による弊害 価格規制の効果 価格 需要曲線 供給曲線 E 均衡価格P 規制価格R Qs 利用者数 Qd 利用者数 • • • • • 超過需要=待機児童+潜在的待機児童 待機児童1.8万 認可外保育所18万 首都圏における潜在的待機児童24万 全国的には100万人程度(社保審少子化部 会) • 供給増があっても、待機児童が減らない理由 ⇒潜在的待機児童の顕現化。失業率と同様 の「逃げ水的効果」。 供給規制の効果 価格 供給曲線 需要曲線 均衡価格P E 本来の均衡価格 P 規制価格R Q 利用者数 利用者数 • 消費者余剰が減少。 • 新しい均衡価格と本来の均衡価格との差をレ ント(超過利潤)と呼ぶ。 • 保育所の場合には、実際に保育料が上がる ことはないが、このような供給の希少性ゆえ、 供給主体の力が強い状況が発生する。人件 費の高コスト、組合の強さ、人員配置の手厚 さ、特別保育・0歳児の実施率の低さ • 割当を行なう必要がある。この割当方法が 「保育に欠ける」要件。問題があっても変えら れない。 現実の姿 価格(保育料) S D2 D1 B D'2 E 均衡価格P F 規制価格R G D'1 O S' Q 保育所利用者数 • 日本の保育サービス市場は、価格規制と供 給規制の両者によって特徴付けられる。 • 財政負担の重さ • 保育に欠ける要件、市区町村裁量の割当の 仕組みから、需要を割り当てられている人々 の需要は必ずしも高くない。 • 非効率性が発生。 価格(保育料) S D2 D1 A 保育所運営 単価C B D'2 E 均衡価格P F 規制価格R G D'1 O S' Q 保育所利用者数 価格(保育料) S D2 D1 A 保育所運営 単価C B D'2 E 均衡価格P F 規制価格R G D'1 O S' Q 保育所利用者数 これまでの政策対応 • 1997年児童福祉法改正「利用者選択方式」 ⇒割当は変えられない。 • 児童福祉法改正「応益負担原則」⇒「家計に 与える影響を考慮して」という但し書き 。7階 層の保育料徴収基準 は11階層の基準とほ ぼ変わらない。東京都区部はさらに多い。 • 2000年には、設置主体制限が撤廃。 • 2001年には、公立保育所の運営委託に係る 運営主体の制限撤廃。 • 実際には、利益分配制限、財産処分制約と いった営利企業の行動原理を無視した規制 があり、実質的に参入動機が働きにくい仕組 み。 • 定員緩和、供給増も続いているが焼け石に水。 潜在的待機児童問題があるから。 何をすべきか • 一つは供給増による対応。 • 新待機児童ゼロ作戦による供給増100万人 計画。確かにここまで大きく供給増ができれ ば問題は解決。 • ただし、供給増の場合の基本である認可保 育所が高コストの中、それを賄う財源をどこ から捻出できるのか全く不透明。 • 莫大な金額が予想される。 • 厚労省試算では財源7000億円(保育所分の み)とされる。 • しかし、これは、保育所運営費を保育単価だ けで計算し、地方単独分やイニシャルコストな どは全く考慮していないという問題がある。そ れで、供給量増加は実際に図られるとは思え ない。厚労省試算は無責任。 • 東京の場合には、特に財源問題が深刻化す る見通し。 • もう一つは、価格引上げによる対応。 • 財政問題は大きく改善をする。 • また、低所得者によって割り出されていた生 産性の高い中高所得者が入所でき、非効率 性は改善(図よりさらに均衡保育料は上がる)。 税収も増加。 • ただし、保育に欠ける要件があるため、供給 量は増えない(代替需要によって認可外があ る程度増える可能性)。 • 低所得者等の弱者がはじき出されるという問 題。 価格(保育料) S D2 D1 A 保育所運営 単価C B D'2 E 均衡価格P G F 規制価格R D'1 O S' Q 保育所利用者数 • しかし、財政問題は保育料引上げで大きく改 善するので、これを用いて、①供給量の増加、 ②弱者対策、を行なうことを考えることが出来 る。 • 市場メカニズムの導入の戦略。 • 保育料を応益負担として自由化。均衡保育料 まで保育料を引き上げる(図よりさらに大き い)。 • さらに、認可保育所間、認可・認可外保育所 間の競争原理によって、コスト減をはかる。 • その財源で、供給増、弱者対策を行なう。 資料1 保育制度改革について ~規制改革で保育サービスの量的拡大と質の向上を図る~ 平成19年12月5日 規制改革会議 重点事項推進委員会 福祉・保育・介護分野 当会議の主張① 「保育に欠ける」要件の見直し 当会議の主張② ・ 直接契約方式等の導入 ・ 東京都の「認証保育所制度」の検証 会議の主張① 「保育に欠ける」要件の見直し 問題意識 児童福祉法(昭和22年制定)にうたわれている「保育に欠ける」という概念 標準的な家族の形 ⇒ 正 常 家族が保育 * 広辞苑・大辞林より できない 「欠ける」: 家庭⇒「欠ける」* 完全なものの一部がこわれる。 また、そうして不完全になる。 損じる。 かわいそうな子 保護者の就労状況・形態の多様化、 社会・地域・家庭の状況が大きく変化 しているにもかかわらず、見直しが されていない。 官が保育を 施す 共働き世帯数は、専業主婦世帯を上回り、 平成18年には53%に達している。 (男女共同参画社会白書平成19年度版より) 会議の提言 保育の対象を「保育に欠ける子」に限定している現行の要件を抜本的に見直し、 様々な保育支援を必要としてる 子ども・保護者に、多様な保育サービスを提供できる 制度へと転換すべき。 認可保育所の入所基準 「保育所」の入所 保育所は、児童福祉法第24条で規定する「保育に欠ける児童」を保護者に代わって 保育する児童福祉施設。 【児童福祉法第24条 (要約)】 「市町村は、児童の保育に欠ける場合、保護者から申込みがあったときは、 児童を保育所において保育しなければならない。」 「保育に欠ける児童」の要件 【児童福祉法施行令第27条(要約)】 保護者が次のいずれかに該当し、保育ができ ないと認められる場合 • 昼間の就労を常態としていること • 妊娠中または出産後間もないこと • 病気・けが、または心身の障害があること • 同居の親族を介護していること • 災害の復旧にあたっていること • その他、上記に類する状態にあること (参考)入所手続き ・入所申込書に必要な書類を添付し、役所の 保育課等又は第1希望の保育所に提出 ・申込書には第3希望まで書けるが、自治体ごと に対応(第6希望まで、無制限等) ・入所できなかった場合は、自治体により差異は あるが、概ね以下の対応 (1) 定員に余裕がないため入所できない利用者に 対しては、選考結果を文書で通知 (2) 入所申込書は申込みの日の年度中は有効で、 希望の保育所に受入枠が生じるごとに入所選考の 対象となる 保育・子育てをめぐる社会状況の変化 • 働く女性の増加(共働き世帯>片働き世帯) • 雇用形態の変化(パート、アルバイト、派遣、深夜)と保育 ニーズの多様化(一時・深夜保育、病児・病後児) • 子育て困難とすべての家庭への子育て支援の必要性(平成 18年度における児童虐待相談件数は全国で37,000件以上) • 保育サービスへの多様な事業者の参入の萌芽(社会福祉 法人のみならず民間企業、NPOも) • 子育て経験者等、地域の既存資源の潜在化 保育サービスの普遍化、量的拡大と多様化 質の向上につなげることが必要 会議の主張② 問題意識 利用者選択による直接契約方式等の導入 市区町村が、施設に対し入所児童を割り当て。 ⇒ 施設間で切磋琢磨し、利用者本位でサービスを向上させようという インセンティブが働きにくい構造になっている。 都市部を中心に、自治体独自の取組が行われている。直接契約を採用した先行事例 として、東京都「認証保育所制度」があり、待機児童の受け皿として一定の機能を 果たしている。 会議の提言 利用者が保育所を選択する直接契約方式等を導入する。 ⇒ 施設が選ばれるための創意工夫をし、多様な保育ニーズに応じたきめ細かい サービスの提供が行われるようになる。 ※ 低所得者層や虐待児等、配慮や緊急的対応を要するケースについては、直接契約・直接補助方式のもとでも十分に 対処可能であると考える。 都の「認証保育所制度」において、直接契約による利用者にとっての不都合や 問題が生じてないかを早急に検証すべき。 厚労省の意見 認定こども園の実施状況等を踏まえ、保育所において一体的に導入する ことの可否について長期的に検討 認可保育所を直接契約方式にすると 現在の仕組み 申込み 改正後のイメージ 入所決定 市区町村 利用者 保育料徴収 要保育度に 応じた補助 市区町村 利用者 委託費 申込み 事業者 認定 入所決定 入所 情 報 公 開 保育料徴収 保育所 保育所 【特徴】 【特徴】 待機児童のいる地域では、利用者が 保育所を選べない 利用者が保育所を選べる 保育所側に「効率的で良いサービス」を 提供する意識が起こりにくい 多様な主体が参入し、競争で保育 サービスの幅も広がる • 直接契約・直接補助方式によって、均衡保育 料を達成。保育に欠ける要件を撤廃して、供 給増を図る⇒待機児童問題の解消。 • 直接補助は保育バウチャー。例えば、15万円 の利用料のうち、5万円が保育料、10万円が 保育バウチャーというようにする。だいたい、3 割負担程度。15万円の価格は自由化して競 争。 • ただし、低所得者の保育バウチャーはもっと 手厚くして、例えば13万円とする。自由価格 は歪めないで、弱者対策が出来る。 • 保育に欠ける要件で外れていた短時間労働 掛け持つ母子家庭、ワーキングプアなどの対 策も容易に。 • 必要な規制は残しても良い。障害児対策など。 • 病児・病後時対策は、公共財なので補助金増。 • これによって、幅広く補助金が行き渡り、保育 所間の競争が起きる。 • 機関補助から直接補助にする効果は、利用 者の不公平解消に止まらず、保育所間の競 争のイコールフッティングも。供給増が期待で きる。 • 競争によって、運営コストの効率化が図られ る。 • 保育所のサービスも改善。創意工夫による技 術革新。 • 保育料未払い問題解消。 • ベビーホテルのような劣悪な質の保育所の管 理も容易に。 • 自治体のメリットは、財政負担減。 改革への批判 • 応益負担は、低所得者や障害児などの弱者 切捨て⇒直接補助で対応。むしろ、保育に欠 ける要件ではずれた弱者への保護が可能。 • 自治体責任が曖昧になり、障害児引き受けな い。⇒規制を全て撤廃するのではなく、必要な ものは残す。公立に機関補助をして義務化。 • 質が低下する。認可保育所か認可外保育所 の立場か。質にもいろいろある。競争の利益。 認可は競争後もプレミアム徴収することで質 を確保。 具体的な試算 • 2005年に企画したアンケート調査を用いて、 具体的な改革効果を試算。現在、最新の調 査を実施しているところ。 • 仮想市場法によって、支払意思額WTPを算 出。需要曲線を導出する。潜在的な待機児童 も計算が可能である。 • 就業2346、非就業1395サンプル。 • 結果を、全国規模に算出しなおして財政規模 などは計算する。 10 50 0 10 00 15 00 20 00 25 00 30 00 35 00 40 00 45 00 50 00 55 00 60 00 65 00 70 00 0 万円(月額) 20 認可保育所入所者 非入所者(就業、非就業を含む) 15 認可保育所 WTP 5 0 8.0 8.0 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 万円(月額) 需要曲線 供給曲線 2歳児 万円(月額) 需要曲線 供給曲線 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 0歳児 1歳児 万円(月額) 14.0 14.0 12.0 12.0 10.0 10.0 8.0 6.0 6.0 4.0 4.0 2.0 2.0 0.0 0.0 14.0 14.0 12.0 12.0 10.0 10.0 8.0 6.0 6.0 4.0 4.0 2.0 2.0 0.0 0.0 需要曲線 供給曲線 3歳児 万円(月額) 需要曲線 供給曲線 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 8.0 8.0 6.0 4.0 2.0 0.0 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 0 10 0 20 0 30 0 40 0 50 0 60 0 70 0 80 0 90 10 0 0 11 0 0 12 0 0 13 0 00 4歳児 5歳児 万円(月額) 万円(月額) 14.0 14.0 12.0 12.0 10.0 10.0 需要曲線 供給曲線 6歳児 万円(月額) 14.0 12.0 10.0 需要曲線 供給曲線 8.0 6.0 6.0 4.0 4.0 2.0 2.0 0.0 0.0 需要曲線 供給曲線 -万円(月額) 均衡保育料 0歳児 1歳児 2歳児 3歳児 4歳児 5歳児 6歳児 7.0 4.5 4.5 4.5 3.5 3.5 3.5 運営費用 認可保育所 28.5 16.9 16.9 8.2 6.9 6.9 6.9 新保育所 18.3 10.6 10.6 4.9 4.1 4.1 4.1 注)新保育所の運営費用は認証保育所と同じとした。認証保育所 の運営費用は内閣府(2003)、認可保育所の運営費用は福田 (2000)から引用した。認可保育所は公立と私立の単純平均を用 いている。 表 市場原理導入による改革効果のシミュレーション -億円,年ベース 現状 (a)運営費用 (b)保育料収入 (c)公費負担(a-b) 改革後 差額 25,934 16,044 9,890 5,633 9,980 4,347 20,302 6,064 14,237 注)筆者による試算。供給量を現状のままとしたケース。 表 市場原理導入による改革効果のシミュレーション -億円,年ベース 現状 改革1 改革2 (a)運営費用 25,934 16,044 27,549 (b)保育料収入 5,633 9,980 13,651 (c)公費負担(a-b) 20,302 ― 0.269 0.674 6,064 (14,237) 0.275 0.680 13,897 (6,404) 0.270 0.672 現状との差額 (d)ジニ係数(所得) (e)ジニ係数(資産) 注)筆者による試算。改革1は、供給量を現状のままとしたケー ス。改革2は、元利用者の為に供給量を増加させたケース。所得 は夫分。 残された課題 • このほかに税収増がある。 • 認可保育所、特に、公立保育所のコスト削減 のソフトランディングを図る必要がある。保育 士の退職促進、その活用方法。 • 保育料増加も段階化で、ソフトランディングを 目指す。 • そうなると、供給量増加で財政的にはトントン ぐらいの改革を目指すべきか。 • 更なる規制緩和、基準緩和、イコールフッティ ングが必要。
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