ネットワーク時代における 「個人主義」と「集団主義」

ネットワーク時代における
「個人主義」と「集団主義」
オープンソースの運動と
「情報共有」についての
科学論的分析
はじめに
• 本論の内容:ネットワーク時代のソフトウェ
ア開発、特にオープンソースの動きに注目
した科学論
• 中心の議論:「『集団主義』が『情報共有』
を促し、創造活動(特に研究・開発)にプラ
スに働く」というオープンソースの運動につ
いての先行研究に見られる論題を、定義、
評価、批判、修正する。
本論文の意義
• 科学論における「情報共有」を軽視する傾
向を「現実主義的」とする科学観に対する
見直しを提案できる。
• ネットワークを通じた多数の参加によるボト
ムアップ的な創造活動が注目されるのに対
し、伝統的には参加者の無責任がこうした
体制のネックになるという議論がある。論文
は、こうした無責任の問題を理論的に解析
先行研究との関係
論文の構成
• 第一章:ポパーのものを中心とした科学哲
学の理論をオープンソースについての研
究にひきつけてみてみる。→「集団主義」
評価の論題における「情報共有」の定義。
• 第二章:オープンソースについての研究お
よびその周辺を見る。「集団主義」評価の
論題を解説。
• 第三章:「個人主義」評価の研究から、第
二章の議論を批判
• 第四章:それまでの議論を総合して、新た
なモデルを考察。
第一章解説
• 第一節:本論文が依拠する科学論の議論
(特にポパーの「情報内容」の理論)を概観
する。
• 第二節:科学論に基づいたポパーの社会
論を、オープンソースの運動についての研
究の周辺、ネットワーク社会論や情報社会
論を意識して概観する。
• 全体として、「情報共有」というものの特性
を明らかにし、これに注目することの科学
論的意義を示す。
1.1 ポパーの科学論(1)
• 論文で注目する理論は、「科学=正しい言
明の集合」という考えを批判し、「潜在的反
証可能性」としての「情報内容」と「理論の
適用範囲」の増大に注目する。
• ポパーの理論は開かれた討論を重視する
ものであるが、こうした理論は非現実的な
ものと見なされがちである。
→オープンソースの動きを踏まえて捉えなお
す必要
1.1 ポパーの科学論(2)
反証可能性についての具体例
文1:木曜日はいつも雨が降っていた。
反証-> 反例1:雨の降っていない木曜日があった
文2:木曜日はいつも雨が降っていた。そし
て、金曜日もいつも雨が降っていた。
反証->
明らかに文2のほ
うが文1より述べて
いる内容が多い
反例1+反例2:雨の降っていない金曜日があった
全称言明の特性上、反証される
ケースがより多く仮定できればそれ
だけ、述べている内容が多くなる。
文1より文2のほうが反例2のぶ
んだけ、理屈の上では反証さ
れやすい
1.1 ポパーの科学論(3)
ポパーが批判する科学観
物理的世界
ポパーの批判する科学観:実際の世界に正しい命
題・言明が対応
理論・言語
対応
関係
新しい事例
対応する言明
科学的発展
新しい事例
科学的法則をあらわす全
称言明は、現実との対応
を検証できない。経験に
基づく正当化は不可能
対応する言明
それまでの理論が
通用しなくなるよう
な根本的な変化の
位置づけ
1.1 ポパーの科学論(4)
ポパーの科学観:潜在的反証可能性としての「情報内
容」と理論の適用範囲の拡大を重視 命題の追加ではなく、理論
理論・全称言明の体系
物理的世界
が移り代わり、「情報内容」
の増加と適用範囲の拡大が
科学の発展。
旧理論
新理論
旧理論反証
↓
新理論形成
科学的発展
適用範囲
新理論(旧
理論を特殊法則
として包括)
旧理論
科学法則(全称言明)は、物理
的世界における経験に基づい
て正当化はできないが、反証
(批判的吟味)は可能
全称言明の潜在的反証
可能性は、言明の述べ
ている内容の量と比例
1.1 ポパーの科学論(5)
本論で注目するポパー理論の特性
• 科学理論は全称言明(全ての~は~である)の形を
とる。
• 科学理論は、開かれた批判的討論により、「潜在
的反証可能性」が見出され、増加し、理論の適用
範囲が拡大することにより、発展する。
• 多角的に批判されればそれだけ多くの「潜在的
反証可能性」が見出されるため、より広い「情報
共有」がそれだけ有利。
• 極端なケースでは、議論の結果自分の基本的
見解に変化がなくても、相手の疑問に応えて自
説の「情報内容」を高めることも可。
1.1 ポパーの科学論(6)
科学論の流れの中で
• 従来的見解=ポパーの非現実性:開かれ
た討論のためには、「情報共有」は不可欠
だが、従来の科学論では、クーンの「通常
科学論」とのかかわりで、そうした姿勢は
「非現実的」とされた。
・冷戦期の軍事技術開発(特にコンピュータサイエ
ンス)の閉鎖的な状況が、現実的なものとして引
き合いにだされる。
・同時にMerton(1968)のような科学社会学の古典
でも、「情報共有」の価値を認めるものの、技術
的分野ではこれが難しくなることが指摘される。
→OSSの隆盛を受け、現実認識を改める必要
1.1 ポパーの科学論(7)
ポイントを整理
• 本論文で注目する理論の基礎は「科学的
発展」=「潜在的反証可能性増加」「理論
の適用範囲拡大」
• 上記理論に従うと、「情報共有」は科学的
発展の前提条件
• 「情報共有」を軽視する傾向を現実主義的
とする現代科学論に対して、「情報共有」を
重視するオープンソースの運動の隆盛は、
ポパー理論への評価の見直しの必要性を
示唆する
1.2 ポパーの社会論(1)
• ポパーの社会論は、科学に基づいた民主
的政治など、オープンソースの運動につい
ての研究の周辺、情報社会論の一部と共
通する論題を扱う。
• ポパーの社会論は、明確な科学論に基づ
いており、情報社会論の一部で展開される
議論を補いうる。
1.2 ポパーの社会論(2)
どのように情報社会論を補うか
正しい情報としての科学的
知識を仮定し、これを握った
ものによる支配を志向する
から
情報社会論の一部
(Bell (1999)など)
多角的に批判的討論を
行い、「情報内容」を増や
すことを志向するから。
1.科学に基づいた政治を志向
ポパーの社会論
2.民主主義を擁護
3.結果的に官僚主義擁護と
同じ議論
1と2については共通
内的矛盾を解消
3.専門家による支配は
徹底的に否定される。
内的矛盾
4.参加型民主主義を擁護
「責任」の概念
4.参加型民主主義を無
を踏み込んで
責任なものとして攻撃
述べる必要
1.2 ポパーの社会論(3)
ポイントを整理
• ポパーの社会論は、ネットワーク社会論や
情報社会論の一部と共通する論題を取り
扱っていると同時に、はっきりとした科学論
的根拠に基づいているところに利点がある。
• ポパーの社会論と情報社会論の一部を比
較すると、両者の違いとして直接民主主義
に対する考えが挙げられる。ポパーの理
論では、無責任というものの問題が挙げら
れるが、これを踏み込んで理論的に考察
する必要がある。
第二章の解説
• 第一節:比較的に抽象度の高い社会学的
分析をもとに、 「『集団主義』が『情報共有』
を促し、創造活動(特に研究・開発)にプラ
スに働く」という論題を解説する。
• 第二節:オープンソースの事例の中に、上
記の論題を見る。
• 「集団主義」評価の議論を解説すると同時
に、それが実際には「個人主義」が成立し
た状態を前提にすることを示唆する。
2.1 情報社会論・ネットワーク社会論の
一部における先行研究(1)
• 初期の情報社会論においては、中央集権的な官
僚主義が否定され、情報を有した市民の参加に
よる政治が注目される(Bell 1960)。
• 地域社会において自発的組織を形成し、中央政
府を批判していく、という図式が肯定される。
• 自発的組織を形成する「集団主義」が重視される
が、同時にこれは個人による批判を実質的に可
能にするために肯定される。
• 先行研究では、「集団主義」と呼ばれる場合が多い
が、いわば「コミュニティー的協調主義」を意味する
2.1 情報社会論・ネットワーク社会論の
一部における先行研究(2)
• 1990年代以降の現実のネットワーク化を受けた
研究では、それ以前の政治的な議論に加えて、
「集団主義」が創造活動に与える効果について
の議論が展開される(Fukuyama 1995;濱口1996)。
• ネットワーク的な組織で、「情報共有」がなされ、
ボトムアップ的な創造活動がなされることが期待
される。
• 「集団主義」の新たな重要な役割の一つは、お互
いの評判を気遣うような性向が、共有された情報
や権限を悪用した逸脱行為を抑制すること。
• 高度成長期の日本型組織が一つのモデルになる
2.1 情報社会論・ネットワーク社会論の
一部における先行研究(3)
ポイントを整理
• 「集団主義」の利点についての議論の先駆的研
究では、地域社会における政治的な批判の組織
化が主に注目される。
• 現実のネットワーク化の進展を受けた研究では、
以前のものに加えて、ネットワーク化の利点を生
かした創造活動を可能にするものとしての「集団
主義」が注目される。「集団主義」の具体的効果
は、逸脱行為の防止である。
• 現実のネットワーク化の進展を受けた研究では、
日本型の組織が一つのモデルとされる。
2.2 現実のソフトウェア開発に
おける「集団主義」と「情報共有」(1)
• 特にオープンソースの運動に注目した論を
展開する。
• オープンソースの運動についての研究で
は、第一節の「集団主義」擁護の性向が指
摘される(労働の動機としての評判など)。
• オープンソースの運動では、「情報共有」
が重視され、官僚的な体制が批判される。
• 実際にLessig (2004)などでは、オープン
ソースの運動は、ネット時代の市民活動の
ひとつのモデルとされる。
2.2 現実のソフトウェア開発に
おける「集団主義」と「情報共有」(2)
オープンソースの運動とは
• 意識的にネットワーク上で無料でソースコードを
提供する運動は、フリーソフトウェア運動に端を
発する。
• この運動は、それまで無料で配布されていた基
本ソフトUNIXが有料化・非公開になったことへ
の抵抗運動に由来(左翼的・政治的色彩があっ
た)。
• 1998年には、上記のような政治的色彩をなくし、
「情報共有」の技術的利点を強調した、狭義の意
味でのオープンソースの運動が発生する。
2.2 現実のソフトウェア開発に
おける「集団主義」と「情報共有」(3)
• オープンソースの運動は、ネットワーク化を利用
して、「情報共有」を実践した開発方式として注目
される。システムの大規模化・複雑化に対応した
ものとされる。
←極度に大きく複雑なシステムでは、少人数による
チェックで問題を解決することが実質的に不可能
であり、利用者が広く参加してチェックする必要
• オープンソースの運動においては、「集団主義」
は「評判」が労働の動機になるということに加え
て、開発や批判行為の大規模な組織化を可能に
する点でも注目される。
2.2 現実のソフトウェア開発に
おける「集団主義」と「情報共有」(4)
伽藍方式とバザール方式
• E. レイモンドを参考に、従来の開発形式(伽藍方
式)とオープンソース(バザール方式)を比較
従来(非オープン
ソース)
オープンソース
Raymond (1999a)
による比喩
伽藍方式
バザール方式
性質
閉鎖的
「情報共有」志向
有利になる規模
小規模
大規模
有利になる開発
顧客に合わせた開
発
共通する基幹技術
2.2 現実のソフトウェア開発に
おける「集団主義」と「情報共有」(5)
ポイントを整理
• オープンソースの運動の中には、閉鎖的で官僚
的な開発組織の限界を意識する側面がある。
• 「情報共有」に基づいたボトムアップ的な開発はと
くに、大規模で複雑なシステムが極端に進展する
と必要になる。
• オープンソースの事例の中では、「集団主義」に
よる逸脱行為の防止といった前節での議論を具
体化したものを見ることができる。
• オープンソースの事例の中でも、個人による批判
の組織化という論を見ることができる。
第三章解説
• 第二章の「集団主義」擁護の議論が実は、個人
による批判を前提にしていることを受け、「個人
主義」の利点に注目する。
• 第一節:「集団主義」擁護で日本的組織がモデル
にされることを受け、日本における「個人主義」の
不在を問題視する「世間分析」に目をむけ、意思
決定における責任という切り口に注目。
• 第二節:第一節で明らかになった「個人主義」の
特徴を、第一章の議論と照らし合わせ、研究・開
発に必要な「個人主義」の特性を明らかにする。
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(1)
第二章の議論
ネットワーク時代における、
「個人主義」の限界と「集団
主義」の必要を訴える議論
「集団主義」が擁護するもの
は、個人による批判
日本的組織が一
つのモデルに
議論をより洗練したものにするため、上
の議論の負の側面にも注目
3.1の議論
日本における「個人主義」の不在を問
題視する「世間分析」に注目する
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(2)
基本事項解説
• 特に阿部謹也などによる「世間分析」は、日本の
大学制度における「個人主義」不在を問題にする
ものなので、科学論である本論文と相性がよい。
• 「世間分析」では、「個人主義」は専ら、「自立した
自己」と「公共的なもの」の二元論で特徴付けられ
る。
• 「世間分析」によると、日本においては「個人主義」
が不在の代わりに、「世間」と呼ばれる「具体的人
間関係の環」もしくはその集団圧力の影響が強く
なるという。
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(2)
「世間分析」の特徴
• 一般論:「自立した自己」の意識、「個人」と「公共的な
もの」の二元論、「普遍的なもの」に対する敬虔な姿
勢の成立は、「プロテスタンティズム」の成立と同時期
(ルターの抗議活動=個人主義)で、これが近代のは
じまりであり、近代科学の前提とされる。
→比較的歴史が浅いので、近代意識は他文
化にも移植可能。
• 世間分析:中世の告解の制度などに、個人意識の成
立を見る。つまり、「個人主義」は一般に思われるより
も、長い伝統に根ざしていると考える。
→簡単に移植可能ではない
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(3)
阿部の「世間分析」
• 阿部の分析によると、西洋的学問は「個人主義」、
普遍的視座からの個人の良心による批判を前提
にしているが、「世間」は具体的な関係のみを重視。
→「世間」の影響が強い日本では、モラルハザード
• 阿部の分析の問題:モラルハザードは実際には
日本に限ったことではない。
→日本型組織を評価する先行研究を吟味する目
的からすると、日本で深刻であるという根拠があ
る程度ある事例を取り扱いたい。
→佐藤直樹の「世間分析」に注目。
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(4)
佐藤の「世間分析」
• 佐藤の「世間分析」は、刑法学・犯罪学をベース
にした研究。
• ドイツの刑法をそのまま日本に持ち込んだため
に生じた問題を取り扱っているので、日本で特に
深刻になる問題を扱っているといえる。
• 具体的な問題:西洋であれば個人が自分の意思
でなすような決定であっても、いわば「世間」の雰
囲気でなされてしまう。
→結果として、「個人」により意思決定がなされたと
いう前提に立つと、重要な問題であっても、意思
決定のなされた理由が分からなくなる。
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(5)
佐藤の「世間分析」からいえること
• 問題になる「個人主義」:重要性の高い意思決定
においては、整合的な(言語的に理解可能な)決
定の根拠が用意されている。これが用意できな
い場合には基本的に、行動にはおよばない
• 公共的なもの:告解の伝統に見られるように、意思
決定の理由を説明する相手は、神のような普遍的
存在。非言語的な理解が通用しない抽象的存在。
• 日本との比較:日本においては、上記のような説
明を行えない場合の社会的打撃が少ないのでは
ないか。(佐藤は実際の判例をとりあげる)
3.1 「世間分析」を中心とした
「個人主義」評価の研究(6)
ポイントを整理
• 「集団主義」評価の研究における日本評価を踏
まえると、日本で特に深刻な問題を洗い出すこと
には、これからの社会で深刻になる問題を考え
る上で意義がある
• 「個人主義」は、「自立した自己」と「公共的なも
の」の二元論で特徴付けられ,普遍的視座から
の良心に基づいた批判を可能にする
• 上のような特徴は実は、日本で特に欠けている
根拠が希薄なので、「意思決定における理由表
示」という「個人主義」の特徴を強調する
3.2 「通約不可能性」の規範的意義(1)
• 3.1で示したような「世間」に特徴的なある種の無責任な
意思決定が、研究・開発においてなされるケースを想定。
• 第一章の理論に従うと、より異なった知的枠組みに属す
るもの同士が討論することで、自分の枠組では想定され
なかった「潜在的反証可能性」が指摘され、理論は発展
するのだが、この図式に従うと、3.1のような意思決定が
著しく不都合であることを示す。
• 「通約不可能性」は、広い意味では、異なる枠組のものが
討論する際の困難さ・不可能さを示す。同時にポパーと
対立したクーンは、ポパーの理論を補う趣旨で、これを強
調する。
→本論文ではこれを受けて、「通約不可能性」を、意思決定
に伴う責任との関係で、解釈しなおす。
3.2 「通約不可能性」の規範的意義(2)
第一章の議論
ポパー理論を情報社会論に近づ
けてみた場合に浮かび上がる「責
任」が概念の重要性。
「無責任」が「情報共有」を
ベースにした政治や創造活
動を阻む
3.1の議論
日本で特に深刻になる、意思
決定の理由を隠蔽する類の
「無責任」の重要性
第一章の理論的枠組みに従った
科学的発展に、3.1で示したような
「無責任」な意思決定がどのように
影響するか
3.2 「通約不可能性」の規範的意義(3)
異なる枠組の衝突が発展につながる
• 第一章の理論では、知的な枠組(基礎理論)を変
える場合には、新しい枠組は、旧い枠組の範囲
を包括していなくてはならない。
• これに対して、「世間」に見られる無責任な意思
決定が為された場合には、新しい枠組のもとで、
旧い枠組がなぜもっともらしく見えたのかが、明
らかになることはない。
→理論的に、新しい枠組が包括的になることがで
きなくなり、科学の発展が阻害される(「個人主
義」の特徴が、原理的なレベルで科学的発展を
支える)。
3.2 「通約不可能性」の規範的意義(4)
「通約不可能性」はどのように生ずるか
• ここで、コペルニクス革命の際の天動説と地動説
のように、対立する枠組のどちらが正しいのかに
ついての決定的な根拠が出せない場合を想定。
• 今までうまくいかなかった旧い枠組を捨て、新し
い枠組に乗り換えたくても、「個人主義」の成立し
た状態では、意思決定の理由を公に示す社会的
責任が重視されるため、上記の状況では、今まで
旧い理論を採用していたものは、乗り換えできず。
• これに対して、それまで意見を表明していないものに
は、制約はかからない。
→新理論支持と旧理論支持の間で通約不可能な対立
3.2 「通約不可能性」の規範的意義(5)
• コペルニクス革命のようなケースで「通約不可能
性」が生じないような社会では、意思決定におけ
る責任が軽視されており、科学の発展が阻害さ
れるのではないか。
• ちょうど「通約不可能性」の典型的な事例が見出
されたコペルニクス革命の時期に、近代科学の
成立と自律的人格の成立が起こったことは、偶
然ではないのではないか。
3.2 「通約不可能性」の規範的意義(6)
ポイントを整理
• 異なる枠組みの間の衝突が起これば、そ
れだけ「情報内容」を増加させる
• 枠組みの移り変わりがあっても、「世間分
析」で見たような無責任な態度は、「情報
内容」「適用範囲」の増加を阻害する
• 「個人主義」の特徴である「意思決定に伴
う責任」が背景になって「通約不可能性」が
生ずると考えると、「通約不可能性」には規
範的な意義がある
第四章解説
• これまでの議論を振り返ると同時に、「集団主義」と
「個人主義」の双方の欠点に、極力公平に注目し、
単純な「集団主義」評価に代わるビジョンを探る
• 第一節:「集団主義」擁護の議論にある逸脱行為
防止機能の限界を指摘
• 第二節:行き過ぎた「個人主義」がかえって「全体
主義」を生み出すという議論に注目
• 最終的には、「個人主義」を形成する「公共的な
もの」への意識を、抽象的に捉えずに、「自分の
属する人間関係の環の外にいる人々に理解可
能な形で意思決定の理由を表示すること」の必
要性を指摘する。
4.1 「集団主義」による逸脱行為防
止の限界(1)
• 2.1の議論にある「集団主義」の利点として、
逸脱行為の防止機能がある。
• 3章の議論にあったような「集団主義」の意
思決定の欠点を踏まえて、この逸脱行為
防止が機能しうるのかを、吟味してみる。
• ネットワーク化が進むと、3.1にあったような
「集団主義」(「世間」)に特有の逸脱行為
が助長される可能性を示唆
4.1 「集団主義」による逸脱行為防
止の限界(2)
• 「集団主義」評価の研究の問題:「世間」に見られ
るような排他的な側面は、「集団主義」の利点で
ある「逸脱行為防止」を、ネットワーク社会で本当
に機能させうるのか(自分の作業の結果の影響
を受けるのは、多くの場合、関係の希薄な人々
であるから)。
→「個人主義」の特性である「公共的なもの」への
意識がある程度必要になるのではないか。
→何が「公共的なもの」への意識のある行為なの
かについてのガイドラインを示してみる必要
4.2 制度発達と科学的知識の成長に
不可欠な責任の概念とその問題(1)
• Fukuyama (1995)などで既に指摘されてい
るような「個人主義」の問題を、第三章など
の視点から整理する。
• 偏った「個人主義」がかえって「全体主義」
を生み出すという現象が、三章で見たよう
な「責任」概念の曖昧さに起因する側面に
注目。
4.2 制度発達と科学的知識の成長に
不可欠な責任の概念とその問題(2)
• 行き過ぎた「個人主義」が、組織化を阻害し、「全
体主義」を招いてしまうという議論。
←過度に個人の意思決定と責任を強調することで、相互無
関心をまねく。またリスクを恐れて、批判行為が停滞する
(例 自己責任論)
• 「罰を受ける」「リスクを背負う」などの非言語的な「責任」
の追及は逸脱行為を助長しない程度に強調すればよく、
「自分の属する人間関係の環の外に対して、意思決定の
理由を整合的に説明する」という形でとられる言語的なも
のとしての「責任」を強調していく必要をうったえる。
4.3 「公共的なもの」への意識を
どのように培うべきか(1)
• 実際に「公共的なもの」が実在するのかは
別として、これまでの議論で明らかになっ
た「個人主義」の枠組における「公共的なも
の」が有する機能に注目する必要がある。
• 主にこれまでの議論で明らかになった「個
人主義」の利点をひいた視点から明らかに
したい。
4.3 「公共的なもの」への意識を
どのように培うべきか(2)
• 「公共的なもの」がそもそも実在するのか、そして「個人
主義」が成立しているとされる西洋において「公共的な
もの」への意識がそれほどあるのか、「個人主義」の定
義によっては、日本にも「個人主義」が十分にあるよう
に見えるのではないか、という疑問。
→むしろ、どのような行為が、「公共的なもの」を
意識する個人主義的行為とされるのかを、ひ
いた視点から見る必要。
→第三章で見たような、意思決定の理由を、具体
的な人間関係の外の人々に言語的に示す責任
に注目する利点
第四章のポイントを整理
• 「集団主義」の利点である「逸脱行為の防止」は、
それだけでネットワーク時代に機能するかには
疑問が持たれ、「公共的なもの」への意識も培う
必要がある
• 「個人主義」の特徴として浮かび上がる「責任」は、
言語的な形でとられるものと非言語的な形でとら
れるものを区別する必要がある
• ネットワーク時代においては、言語的な形でとら
れる責任を、強調していく姿勢が必要になる
補遺:「集団主義」と「個人主義」は実
際、科学的討論にどう影響するか
• これまでの分析からは、「情報共有」をベー
スとする科学的発展には、「個人主義」や
ある種の「集団主義」が影響することが見
えてきた。
• アンケート調査に基づき、「情報共有」を従属
変数とし、「個人主義」や「集団主義」を独立変
数とする重回帰分析を試み、「意思決定にとも
なう責任」を重視する態度がプラスの効果を持
つことを類推させる結果を得た。
補遺:リサーチクエスチョン
• RQ1:独立変数である「個人主義」と「集団
主義」は,「意思決定の理由を示す」や「情
報内容を増加させる批判的討論」という切り
口で区分すると,どのような構成になってい
るか.
• RQ2:独立変数である「個人主義」と「集団
主義」は,従属変数「情報共有」にどのよう
に影響を与えているか.
補遺:変数の説明(表5)
• 従属変数:「情報共有」については、開発組織への評価
基準であるCMM(Capability Maturity Model)の基準が、
プロジェクトについての情報共有を志向するものであるこ
とから、それに依拠する。
• 独立変数1:集団主義評価の論題を標榜する濱口 (1996)
は、実際にアンケート調査を行っているので、ポジティブ
な「集団主義」(「間人主義」)と「個人主義」(「自立した自
己」および「利己主義」)に関しては、これを流用。
• 独立変数2:意思決定という切り口を踏まえた自作の質問
も用意。雰囲気による無責任な決定(世間)。逆にポパー
の指摘にあるような、相手の評判に気遣う礼儀を重視し
つつ、意思決定の理由を常に表示する態度(批判と礼
儀)。
補遺:仮説
• RQ1から導かれる仮説(基本的に,相関係数を
計測することで吟味される)
仮説1 濱口の「個人主義」のうち「利己主義」のみが,「集団
主義」の「間人主義」と対立する
仮説2 本論文で作成の「世間」は,「個人主義」のうち「自立
した自己」と対立する
仮説3 「世間」は,「間人主義」と対立する
仮説4 「批判と礼儀」は「世間」と対立する
• RQ2から導かれる仮説(重回帰分析によって吟味され
る)
仮説5 「自立した自己」は「情報共有」にプラスの影響を与える
仮説6 「世間」は「情報共有」にマイナスの影響を与える
仮説7 「批判と礼儀」は「情報共有」にプラスの影響を与える
補遺:調査概要
• 二回にわたるオンライン調査。両方とも、調査会
社のモニターをダミーの質問で絞込み、プログラ
マー、システムエンジニア、コンピュータエンジニ
アリングの研究者・学生を抽出。
• 調査1:2005年8月17日~19日、約72万人のモニ
ターから500人の協力者を得る。
• 調査2:2006年3月8日~10日、約294万人のモニ
ターから503人の協力者を得る。
補遺:尺度(表6~22)
• STEP1:各設問に対する回答の分布が、偏
りがない(SPSS計算による尖度と歪度の絶
対値が2.0未満)ことを確認。
• STEP2:独立変数に関しては、質問群ごと
に因子分析を行う
• STEP3:信頼性を計測し、α>0.5であること
を確認して、それぞれの質問の平均点を
算出する。
補遺:仮説1の吟味
• 仮説:濱口の「個人主義」のうち「利己主
義」のみが,「集団主義」の「間人主義」
(ネットワーク社会論で評価される類の集
団主義)と対立する
• 表23および表24より、「間人主義」と「利己
主義」は、弱い負の相関が確認された。そ
して、「間人主義」と「自立」の間には、弱い
正相関が確認された。
• 仮説は支持された
補遺:仮説2の吟味
• 仮説:本論文で作成の「世間」は,「個人主
義」のうち「自立した自己」と対立する
• 表23および表24より、「世間」と「自立」は相
関係数がマイナスで有意。
• 仮説は一定のレベルで支持されたといえ
る。
補遺:仮説3の吟味
• 「世間」は,「間人主義」と対立する(濱口の
主張では、「集団主義」は多層的であると
同時に、「世間」は「間人主義」とは違い、
「排他性」と「無責任」を特徴とするため)
• 表23と表24より、「世間」と「間人主義」は、
相関係数がマイナスで有意。
• 仮説はある程度支持されたといえる
補遺:仮説4の吟味
• 「批判と礼儀」は「世間」と対立する(双方と
も「集団主義」ではあるものの、「意思決
定」を切り口とした概念であり、前者が理由
を表示するもので、後者は隠蔽するもの)。
• 表23と表24より、「批判と礼儀」と「世間」の
間には、弱い負の相関が確認された。
• 仮説は支持された
補遺:仮説5の吟味
• 「自立した自己」は「情報共有」にプラスの
影響を与える
• 「自立」を構成する質問への回答を独立変
数、「情報共有理念」「情報共有実践」を従
属変数とした重回帰分析
• 図1~図3では、0.1%水準で有意
• 仮説は支持された
仮説6の吟味
• 「世間」は「情報共有」にマイナスの影響を
与える
• 「世間」を構成する質問への回答を独立変
数、「情報共有理念」「情報共有実践」を従
属変数とした重回帰分析
• 図4~図9より、排他性を示す「ヨソにしわ寄
せ」が常にマイナスの影響だが、「説明面
倒」や「適当に合わせる」といった意思決定
にまつわるものは、異なった仕方で影響
• ある程度支持されたが、もう少し深めて吟
味する必要あり。
仮説7の吟味
• 「批判と礼儀」は「情報共有」にプラスの影
響を与える
• 「批判と礼儀」を構成する質問への回答を
独立変数、「情報共有理念」「情報共有実
践」を従属変数とした重回帰分析
• 図9~図11のように、0.1%水準で有意だが、
実践に関しては、より直接的に意思決定の
表示を問う質問である「疑問には答える」
のみが影響(都合のよい結果)。
• 仮説はある程度、支持された。
意義と限界
• 調査では概ね、意思決定の理由を隠蔽す
る傾向のネガティブな影響と、意思決定の
理由を表示することのポジティブな影響を
類推できる結果が得られた。
• CMMはもともと、調査員が開発組織に出
向いて、仕事を観察することでなされるた
め、アンケート調査の結果をもとにした本
研究には妥当性に難。
→このため補遺にまわした