日本の電気通信産業の流れ 経済学部 四回生 西田 崇 戦後の通信網復旧① 第二次大戦により、電気通信網の半数が消失。 復興に全力を注ぐも、予算不足、資材不足、人 手不足、技術力低下のためはかどらず。1947 年段階で40%しか復旧できていなかった。 戦後の通信網復旧② 1948年から本格的な復興計画 「通信復興5ヵ年計画」を49年から実施 1949年に電気通信省が発足 -暫定的組織 -「最大限に民営の長所を採り入れた公共 企業体への移行」 を視野に 電電公社の誕生 1952年、電気通信省電気通信事業特別会計 から独立し、日本電信電話公社が誕生。 -電話網の全国的普及を目指す。 戦後30年かけて急速に普及し、1980年初め には全国ネットワークが完成。 公社民営化と事業自由化① 電気通信網の普及が一段落すると、独占に対 する批判が出始めた。 「自由競争が妨害され、サービスの質的向上、 多様化、料金の低下、経営の効率化 などを行 うことが困難」 →電電公社の民営化と電気通信事業の自由 化へ 公社民営化と事業自由化② 1984年「電気通信事業法」 -電電公社の民営化と事業自由化を定める 電電公社は民営化され、日本電信電話株式 会社(NTT)が誕生。 自由化されてどうなった? 電気通信事業法で事業者を2種類に区分。 第一種電気通信事業者・・・通信設備を自ら 所有する 第二種電気通信事業者・・・電気通信設備を 借りる →新規通信事業者(NCC)が続々と参入。 長距離通信市場 1985年に電気通信事業法が施行されると、 DDI、日本テレコム、テレウェイの3社が長距離 市場に参入。 NTTよりも安い料金を設定することで「クリーム スキミング」 競争によって料金値下げ 85年以前400円→90年280円(320km以上) 移動体通信市場 電気通信事業法以降、自由化。NCC各社は自 動車電話と携帯電話のサービスを開始。 NTTは1992年に移動体通信事業本部を分離 し、NTTドコモを設立。 1994年の端末売り切り制度開始以降、携帯電 話は爆発的に普及。 NTTの分割 NCCの数は増えたが、巨大なインフラ資本は依然 NTTが保有していた。 そこで電気通信市場の競争をより促進させるために、 1999年にNTTは4つの会社に分割された。 「NTT」・・・持ち株会社 「NTT東日本」 「NTT西日本」 「NTTコミュニケーションズ」・・・長距離国際 注目すべきはインターネット事業 消費者のニーズもインターネットサービスへと シフト 2001年にソフトバンクは激安な料金設定をした ヤフーBBを仕掛け、大幅にシェア獲得 その結果、日本のブロードバンド通信料金は世 界最低水準に 最近の話題・・・ソフトバンクによる日本テレコム 買収 電気通信事業者数の推移
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