卒業論文とともに生きる

卒業論文とともに生きる
「応用ミクロ経済分析」の論文を例として
――
藤田康範
の表現であり、慶應義塾での知的研鑽の成果を残さなけれ
ばなりませんが、それと同時に、卒業論文は学問的達成で
業界の紹介、随想とは異なるので、解説や感想に終始する
なければなりません。卒業論文は概説書や入門書、企業や
1
.はじめに
われわれが大学の卒業論文を書くときには、自分の一
もあるので、独創性が不可欠であり、学問の進展に貢献し
生の中で唯一残せるものはこの卒業論文だけだ、とい
決したり、あるいは伝統的課題への新しい解決方法を考案
のでは十分ではなく、先行研究と異なる課題を提示して解
大内力
う感じを非常に強く持っていたものです。
卒業するにあたり、専門課程での学問的訓練の総括として
このように卒業論文とは﹁卒業+論文﹂であり、大学を
したりして、付加価値を生み出すことが求められます。
論文を提出して卒業した翌日には軍隊に入って戦死するか
著す論文です。しかも時間の制約の中で、
﹁学習と研究﹂
﹁仕
社会運動を行えば逮捕されて獄死するかもしれないし、
もしれない。そのような戦時下の状況を前提とした経済学
事と図書館通い﹂
﹁生活と執筆﹂等、様々なバランスを保ち
ながら理知を結晶化させなければなりません。
者・大内力︵ 1918
∼ 2009
︶の言葉です。
この言葉に象徴されるように、卒業論文は﹁生きた証﹂
三色旗 2011.5(No.758)
︵
︶誤解なく読者に伝えるように記述すること
と分解し、それぞれについて、主として応用ミクロ経済分
傑作を残したい
析の卒業論文を念頭に置いて説明します。
これは多くの人々の望みではありま
―
すが、短期間で完成するものではありません。ワーグナー
2
.専門課程で学問的訓練をする
先立っていくらかの素養が必要です。
卒業論文は大学の最終段階であるからこそ、その執筆に
まず、無から有を生み出すことは困難であるので、知的
︶であるか
project
したがって、本稿を手にしたまさにこの瞬間からの数年
り ま せ ん。﹁ 卒 業 論 文 は プ ロ ジ ェ ク ト︵
創造の準備として相応の知識を身につけておかなければな
分で
らこそ、各科目︵ subject
︶を十分に理解しておくべきであ
る﹂と換言することもできます。
もできること﹂もあれば﹁五時間かけなければ成果がでな
︶﹂ や﹁ 職 場 内 訓 練
learning by doing
いこと﹂もあります。あるいは、計算に暗算と筆算がある
践 を 通 じ て の 学 習︵
︵ on the job training
︶﹂も可能ですし必要でもありますが、
慶應義塾への入学以前の状態で卒業論文に取り組むことは、
とが重要です。
本稿では、論文を﹁課題設定・解決+コミュニケーショ
1
︶自分で解き
︶先行研究との共通点 相・違点を明確化して独創性を示し
ングに一層真剣に取り組むことが近道です。
ちを今一度思い出し、レポート課題や科目試験、スクーリ
がって、まずは、慶應義塾で学ぶことを決意した時の気持
する努力を要することを覚悟しなければなりません。した
や﹁泳げないのに水球部に入ること﹂に等しく、想像を絶
﹁スケートができないのにアイスホッケー部に入ること﹂
行 う べ き も の ﹂ が あ る の で、
﹁選択と集中﹂を誤らないこ
もちろん、卒業論文を執筆しながら理論を学ぶという﹁実
べき時期もあれば収穫するべき時期もありますし、
﹁
間をいかに有意義に過ごすかが命運を分けます。種をまく
れた制限時間をはるかに超えています。
ス︵ Johannes Brahms, 1833
∼ 1897
︶の﹁交響曲第一番﹂も
また二十年をかけて作曲されており、ともに我々に与えら
し、
﹁ベートーベンの交響曲第十番﹂とも称されるブラーム
︵ Wilhelm Richard Wagner, 1813
∼ 1883
︶ の﹁ ニ ー ベ ル
ングの指輪﹂は完成までに二十六年の歳月を要しています
5
ように、思索にも﹁脳内で行うべきもの﹂と﹁文字化して
五
ン﹂と捉え、さらに、コミュニケーションの相手を先行研
︵
2
究および読者と考えて、卒業論文の執筆を、
︵
︶専門課程での学問的訓練を前提として
︵
3
︶自分で課題を設定して
︵
4
三色旗 2011.5(No.758)
応用ミクロ経済分析の卒業論文を執筆するのであれば、
ミクロ経済理論を十分に理解し、少なくとも以下の つの
める方法
︶最適値の連関の結果をより良い方向に導く政策を求
求める方法
・寡占市場において最適化をはかる企業の連関の結果を
関の結果を求める方法
・完全競争市場において最適化をはかる家計・企業の連
︶最適値の連関の結果を求める方法
・企業が利潤を最大化する方法
・家計が予算制約の下で効用を最大化する方法
︶各主体の行動の最適値を求める方法
方法に習熟していることが求められます。
︵
︵
︵
・課税や補助金によって社会的最適を達成する方法
その一方で、知的アンテナを高く張り、以下のように現
︵
︶六月には株主総会関連の記事、十二月には予算関連
の 記 事 に 関 心 を 持 ち、 ま た、 最 低 限 の 知 識 と し て
﹃経済財政白書﹄を毎年読む
進力となって創作意欲が高まってきたら次の段階に入りま
以上を通じて研究を意識した生活が日常化し、継続が推
す。すなわち、専門研究の課題や方法を体得して学術の作
法を知り、自らの精神を先人の精神に接近させる段階です。
︵
︶その分野を代表する専門書を読む
︵
︶その論文の参考文献の中から、興味を抱いたものを
択して熟読する
たものを、出来るだけ新しいものから最低一本を選
︶その専門書で紹介されている論文の中で興味を抱い
︵
読んでいく
このようにして研究分野の概要を把握してその分野を代
表する研究者を知り、三本くらいの論文が自分の脳裡に刻
みこまれたら、卒業論文への準備が整ったことになります。
気図を知る
ノートに文献や記事の概要を書き記したり、感想や意見を
文雑記﹂のようなノートをつくることも有意義です。その
業論文のタイトルや概要を知ることも有益ですし、
﹁卒業論
なお、この段階に入ったら、慶應義塾における歴代の卒
場︶、日経平均株価、長期金利を確認する
通 す と 同 時 に 、 為 替 レ ー ト︵ ド ル 相 場 と ユ ー ロ 相
実経済を幅広く把握することも望まれます。
1
︶日々の習慣として、新聞の一面の見出しに必ず目を
︵
3
2
三
︶定期的に、失業率、経済成長率、日銀短観、業界天
︵
1
3
1
2
3
2
三色旗 2011.5(No.758)
自分で解く
①
②
自分で解かない
③
④
その中から課題を選択していきます。
らに知りたいと思ったこと等を並べ、
に 関 わ る 映 画 や ド ラ マに 刺 激 さ れ て さ
し た い と 思 っ た こ と、 あ る い は 、 経 済
ス ク ー リ ン グに 触 発 さ れ て も っ と 探 究
り下げたいと思ったこと、科目試験や
ポ ー ト 課 題に 取 り 組 む う ちに さ らに 掘
は 仕 事 を 契 機 と し て 浮 か ん だ 疑 問、 レ
は、新聞やテレビのニュース、あるい
応用ミクロ経済分析の論文の場合で
設定しない
クロ経済学の権威者の
人であるハル・ヴァリアン︵
Hal
設定しなければなりません。また、ミ
決能力を考慮に入れて、堅実に課題を
と 解 く こ と が で き な い の で、 自 分 の 解
で、 あ ま り に も 大 き な 課 題 を 設 定 す る
持ちが必要ですが、しかし、その一方
のではなくて﹁新たな重箱を作る﹂気
こ の よ う に、
﹁重箱の隅をつつく﹂
設定する
留めたりすることを継続すると、堆積した情報がアイデア
へと発酵する瞬間を幾度となく経験することになるので、
卒業論文の完成まで動機を高く保つことが可能となります。
3
.自分で課題を設定する
かない﹂を軸として知的生産活動を分類すると以下の表の
﹁自分で課題を設定する↑↓しない﹂
﹁自分で解く↑↓解
ようになります。卒業論文は①に相当するものであり、科
目試験やレポート課題は②に、日常において浮かんでは消
えていく問題は③に相当します。
ることが求められ、その際にすべきことは﹁問い﹂の形で
卒業論文は②と③の融合であるので、まず課題を設定す
課題を提示することです。たとえば、
﹁現在の日本において
増税すべきであろうか﹂や﹁日本の低金利政策はいつまで
継続されるべきであろうか﹂という問いが浮かんだとする
自分で課題を
れが興味深いかどうかを立ち止まって考えるべきであ
自分のアイデアが正しいかどうかを判断する前に、そ
∼︶ が 以 下 の よ う に 述 べ て い る よ う に、 課 題
Varian, 1947
の興味深さも必要です。
一
と、これらの問いが課題の候補となります。
文としては迫力に欠けるので、課題を決めるには、それま
既存の論文を小幅に改良するのみでは慶應義塾の卒業論
でに読んだ専門文献から一度離れて無心にならなければな
りません。また、すぐ思いつく課題に対してはすぐ答えが
出るので、そのような課題もまた、卒業論文として不適切
です。
自分で課題を
三色旗 2011.5(No.758)
る。そのアイデアが興味深くなければ、誰も、それが
と ﹂ で あ り、
﹁ 書 物 か ら 読 み 取 っ た 他 人 の 思 想 は、 他 人 の
モデル分析です。モデルとは、現象を理解・説明するため
その際に役立ち、必然的に自らの頭を稼働させる手法が
落しているので、論文としては不十分です。
って、先行研究を読んでまとめるだけでは自分の考えが欠
食べ残し、他人の脱ぎ捨てた古着﹂にすぎません。したが
ハル・ヴァリアン
正しいかどうかなど気にしないのである。
題の要素として、
応用ミクロ経済分析の論文の場合であれば、興味深い課
す。その基本は、
﹁省略﹂と﹁誇張﹂によるデフォルメであ
︶現実問題として重要である
また、すぐに一般モデルを構築しようとするほとんどの学
の側面を大きく取り上げます。前掲のハル・ヴァリアンも
こ の 段 階 は 最 初 の 難 関 で、 思 い を 様 々 に 巡 ら せ な が ら
次の段階は、例を作ることである。しかも、二期間、
奨しています。
二財、二人の人間、線形効用等から構成される最も簡
生の姿勢を戒め、簡素な例をつくることを以下のように推
す。思考は行動によって触発されるので、歩きながら、友
日々を過ごすこととなりますが、ここで注意すべきことは
人と話しながら、あるいは書きながら考え、五感を駆使し
素な例を作ることである。ひとつの例を作ったら、別
の例を作り、そしてまた別の例を作り、それらの例に
∼
Max Weber, 1864
︶が﹃職
1920
ハル・ヴァリアン
共通するものを見出していくのである。
ショーペンハウアー︵ Arthur Schopenhauer, 1788
∼ 1860
︶
が指摘しているように﹁読書とは、他人に考えてもらうこ マックス・ウェーバー︵
4
.自分で解く
て良い課題との邂逅を待つことが重要です。
ロダン︵ François-Auguste-René Rodin, 1840
∼ 1917
︶の﹁考
える人﹂のような体勢のみでは好ましくないということで
等が挙げられます。
に脳内に描くイメージであり、モデル分析を行う際には、
り、分析課題の解決のために必要な側面のみに注目し、そ
︶これまでに多くの研究者が取り上げているがまだ論
︵
1
まず例を作り、具体的な問題を具体的に解くことが必要で
︵
︶直観では得られない結論が導かれる
2
争中である
︵
3
三色旗 2011.5(No.758)
業としての学問﹄︵ Wissenschaft als Beruf
︶において述べて
いるように、学問研究は後の研究に取って代わられる運命
にあり、あまり慎重になると身動きがとれなくなりますの
谷﹂を越えていくこととなります。
5
.先行研究との共通点 相
・ 違点を明らかにし て独創性を示す
論文は学問の進展に貢献すべきものであり、また、独創
がって、自分の研究が進展してきたら、先行研究を俯瞰し、
分の研究の位置づけを明確化することが不可欠です。した
一歩を踏み出すことが望まれます。
で、ハル・ヴァリアンの教え通り、まずは何かを作って第
する。それは他の仕事によって﹁打ち破られ﹂、時代
学問上の﹁達成﹂はつねに新しい﹁問題提出﹂を意味
自分と近接する研究や自分と対極の研究を認識します。そ
性は他者との関係において意味を持つものであるので、自
遅れとなることをみずから欲するのである。学問に生
自分の研究の独自性を浮き彫りにするよう努めることとな
して、先行研究の知見と自分の研究の発見とを比較検討し、
する現象のメカニズムが分かってくれば、それが論文の中
通じて、多数の例の間の共通性を発見し、そして、対象と
﹁例を作っては解く﹂という成功体験を積み重ねることを
分野について最も詳しいのは自分である﹂と秘かに満足でき
ら れ な い 通 過 点 で あ り、
﹁慶應義塾の学生の中でこの研究
文献を読むことが研究の中心となります。ここもまた避け
この段階は﹁研究上のラッシュアワー﹂であり、大量の
マックス・ウェーバー
きるものはこのことに甘んじなければならない。
核となります。また、この段階では、課題の大きさに対し
るまで文献や資料を読破していきます。
ります。
て自分の分析能力が著しく不足することもあります。ビジ
このようにして明らかになった自分の研究の位置づけは
ことも必要となります。ここに卒業論文指導の意味があり、
﹁引き際﹂と﹁行き際﹂についての助言を仰ぎつつ、
﹁死の
家計が労働移動の最適時期を決定する
︶その確率過程を所与として最適停止理論に基づいて
ルの仮定を緩めています︶
︶都市賃金が確率過程に従う︵ハリス=トダロ・モデ
論文の序論において記述します。たとえば、
ネスに喩えれば﹁死の谷﹂
︵ valley of death
︶への直面です。
解決困難な現実に希望を失うこともありますが、それは失
︵
1
ので、名誉ある撤退を決断し、改めて経済理論を学び直す
敗ではなく、意義ある課題に真剣に取り組んだ証拠である
︵
2
三色旗 2011.5(No.758)
=トダロ・モデルと最適停止理論の融合であるので、序論
と次のようになります。すなわち、同論文の目的はハリス
トダロ・モデルの再構築の試み﹂という論文を例に挙げる
という二点を特徴とする﹁最適停止理論に基づくハリス=
会雑誌﹄の作法を参考にすることが薦められます。
ければなりません。いくつかの作法がありますが﹃三田学
だけでは不十分であり、引用の際にはその箇所で注記しな
に区別する必要がありますが、参考文献を巻末に列記する
なお、論文においては、他人の意見と自分の意見を明確
都市賃金の不確実性に着目した先行研究について詳述する
6
.誤解なく読者に伝えるように記述する
では、ハリス=トダロ・モデルに関する先行研究、特に、
と同時に、最適停止理論を応用した先行研究についても詳
論文を執筆して学問の進展に貢献するためには、自分の
しく述べ、それらと自分の研究の共通点および相違点を明
らかにすることが不可欠となります。
︵実際の記述について
みが分かる記述では不十分であり、誤解を与えることなく
そのためには、日本語を﹁外国語﹂として扱って用語の
は﹃三田学会雑誌﹄一〇三巻四号における同論文を参照して
定義や分析の枠組みを明確化し、それと同時に、推論の過
明確に読者に伝えることが必要です。
先行研究を調べると、自分の提起した課題がすでにほと
程を丁寧に記述し、読者が論文の内容を再現できるように
下さい。︶
んど解決されていることが判明して愕然とすることもあれ
また、各部分が優れていても、組み立てが弱いと全体の
ば、関連研究が全く見つからずに絶望することもあります。
完成度が損なわれてしまうので、各部分の有機的な統合が
しなければなりません。特に、応用ミクロ経済分析の論文
ひとしおです。そもそも、
﹁適塾の柱に残る無数の刀傷﹂に
不可欠です。そのための設計図が目次ですが、この目次も
あるいは、図書館のどの本もすでに読まれていることを知
象徴されるように学問の道は険しいものであり、また、そ
また、すぐに定まるものではありません。まず仮の目次を
バランスに配慮することが求められます。
うであるからこそ、ここにも卒業論文指導の意義がありま
定め、論文を執筆しながら試行錯誤を繰り返し、より説得
においては、数式だけでも文章だけでも理解できるように
す。この段階での卒業論文指導においては、自分の論文の
って、研究の奥深さに驚嘆することもあります。この段階
研究上の位置を定めるべく、先行研究を紹介していただく
力のあるように目次を修正していくことが通例です。
も平坦ではありませんが、だからこそ達成した時の感激は
こととなります。
三色旗 2011.5(No.758)
まれます。
︵ Social Networking Service
︶や無料のインターネッ
ト通話等を活用し、仲間とともに乗り越えていくことも望
論文の型には﹁序破急﹂
﹁起承転結﹂等、いくつかのもの
序論では課題を提示し、その課題の現実的意義や学術的意
理解される
また、脳内にある無形の思いを有形の文章として脳の外
養を基礎として自分で課題をつくって自分で解く↓関連研
以上をまとめると、卒業論文の執筆の流れは﹁様々な素
7
.おわりに
ための貴重な要素となるにちがいありません。
れは振り返る際の重要な記念碑となり、人生を不朽にする
このような過程を経て卒業論文を書き上げたならば、そ
キルケゴール︵
Søren
Aabye Kierkegaard,
∼ 1855
︶
1813
人生は前進するためのものであるが、振り返ることで
がありますが、標準的な大枠は﹁序論↓本論↓結論﹂です。
述します。なお、先行研究については本論の中の一つの章
義を示し、さらに先行研究との関係や論文全体の構成を記
で述べることもあります。そして、本論ではまず一つの章
を分析の枠組みの説明にあて、続く諸章で分析を展開して
結果を導いていきます。通常の場合、本論の章は三つ以上
とし、各章をいくつかの節に分割します。各章および各節
を要約して課題を解決し、今後の展望を述べます。
にはそれぞれタイトルが必要です。最後に結論で分析結果
段階では、分析結果や集めた文献を潔く捨てることも必要
全てを盛り込むと骨格がゆるくなってしまうので、この
です。卒業論文においては、その決断力も問われていると
に表出すと、急速に劣化し、両者の違いの甚だしさに愕然
述する﹂となりますが、最後に強調したいことは、研究に
究を知って差異を浮き彫りにする↓読者に分かるように記
ということです。
は紆余曲折が不可避であり、直線的・連続的には進まない
とすることもしばしばありますが、読者の手に渡るものは
済学を知らない人﹂
﹁経済学の初心者﹂
﹁経済学の専門家﹂
、
それぞれとの会話を通じて分かりやすく伝える努力を繰り
返し、推敲を重ねて論文を仕上げていきます。その際には、
経 営 学 者・ ヘ ン リ ー・ ミ ン ツ バ ー グ︵ Henry Mintzberg,
∼︶は、
﹁全てを予測できるほど人間が賢明ではない﹂
1939
ればなりません。応用ミクロ経済分析の論文であれば、
﹁経
文章のみであるので、その隔たりを埋めるように努めなけ
考えるとよいでしょう。
S
N
S
三色旗 2011.5(No.758)
ことを前提とし、戦略を計画して実行する際に、
﹁全てを体
系的に計画してから実行する﹂というプランニング
︶ の み な ら ず、
﹁十分に準備をした上で次第に
planning
自己形成されるのを待つ﹂というクラフティング
︵
︵ crafting
︶を重要視しています。
卒業論文の執筆はこのクラフティングに近いと考えられ
ま す。 す な わ ち、 様 々 な ア イ デ ア が 浮 か ん で は 消 え る と
い う 初 期 段 階 を 経 て、 試 行 錯 誤 の 末 に よ う や く 展 望 が 開
け、 そ し て 卒 業 論 文 が 形 に な っ て い く 、 と い う 過 程 が 標
準的です。スティーブ・ジョブズ︵
︹ふじた
やすのり
慶 應 義 塾 大 学 経 済 学 部 教 授、 経 済 政 策・
応 用 経 済 理 論 専 攻。 東 京 大 学 大 学 院 工 学 系 研 究 科 博 士 課 程 修
∼︶の
Steve Jobs, 1955
Connecting the Dotsと共通するとも言えます。完成してし
まえば、全ての﹁点﹂が結び付きますが、論文を書く前か
了。 博 士︵ 工 学 ︶︵ 東 京 大 学 ︶
。主要業績
め、研究および自分が成長することを待望しつつ心身を没
頭する、という柔軟性が求められます。
本稿の冒頭において、卒業論文を﹁卒業+論文﹂と分解
しましたが、
﹁卒業﹂は﹁次の出会いの始まり﹂でもあり
ます。卒業論文が完成した暁に飛躍した自分と出会うこと
を楽しみとして、今後の数年間を有意義に過ごしていただ
けたらと願っています。
﹃経済戦略のためのモデル分析入門﹄慶應
4, pp. 345̶359, 2007.
義塾大学出版会、二〇一一年︺
International Journal of Agile Systems and Management, Vol. 2, No.
Analytical Framework of Agile Supply Chain Strategies ,
its Applications, Vol. 383, Issue 2, pp. 507 ̶512, 2007. A New
Based on Real Option Theory , Physica A: Statistical Mechanics and
Economics: An Attempt to Reformulate an International Trade Model
2846 ̶ 2850, 2008. Toward a New Modeling of International
Statistical Mechanics and its Applications , Vol. 387, Issue 12, pp.
Welfare for a Stochastically Fluctuating Market , Physica A:
― Competition and
ら将来像および経路を完全に描くことは不可能、というこ
‘
と で す。 し た が っ て、 未 来 の 広 が り を 未 知 の ま ま 受 け 止
’
三色旗 2011.5(No.758)