YMN003304

丑
二
"口
ロ
一
題
翻
(
亥U
し
ム﹁
西
四二
實
たり﹂と内顧あり、四五丁裏 まで後半の物語を掲げる。
全篇、 和
のみ改行二行書き。書写は類書地価と同じく元和、寛永期の書写
かかるものと見られる。
御伽草子が所収されており、ここに紹介する﹁夢物語﹂二席 は、そ
達磨大師の化現なる尼君の教訓を受けて禅道に赴いたとし、併せて
前篇は臨済宗の禅僧夢窓疎石の修学時代の行歴るの べたもので、
中に数点の
の後篇が、﹁業平夢物語﹂と仮題して孤本が紹介されている絵巻の
丁。見返し、本文共紙。前に遊紙 一丁。前後二億の 物伍川を併載する
く、表紙左肩に﹁夢物語﹂とうちつけ書き。料紙鳥の 子 。墨付四五
雲母で紋様を施した撫子包 表紙。縦一二粒、 横 九・五 糎 。 頼簸 はな
教化に結びつけ、壮年時畑塵をさけての修学遍歴を仮横 して、多数
はもとより違がないが、本物語は夢窓の右の伝承を借りて、達磨の
と改めたと伝えられる。往時の仏教典 に霊夢の不思議を録するもの
暦半身の画像を授かると見て参禅の志を決し、請を疎石、字を夢患
戒、顕密の教を学び、一日夢に大唐の疎山 ・石頭の二刹に遊び、達
題 に従って﹁夢物語﹂と仮題しておく。夢憲国師は一八方 にして受
が、前篇にば内題なく、二丁目より六行どり・一行 二 一ないし一五
の道歌の贈答と共につづり、あるいは鬼神より六道のありきまを教
綴 葉装 一帖。
字程度で本文を掲げる。前篇は一九丁裏にて物語をおえ、一九丁 裏
に ﹁とりのとし五月八日﹂とある。後篇は二十・百表第一
行に ﹁豪物
参考までに書誌を略述する。国籍類書、第二一四冊。
度重なる夢想を述べて、初心者の教導を意図した短篇。ここでも外
二セ 種を集輯したものであるが、
仏ぎ目に
まり、歴史・伝記・有職故実・芸道その他、兵法や医学 ま日・
@
文学にはじ
を紹介翻刻する。国籍類書は、中世より近世初期の古曲
天理大学附属天理図書館蔵の国籍類書に所収される短縞物語二席
物
異木であるところから、共に御伽草子として扱うべきであろう。
まで及ぶ広範な著作一
か
歌
に
夢
同絵巻は永森書店旧蔵の孤本が、はやく続お伽 草子︵ お波 文庫︶
の伝本とは考えられない移しい辞 句の異同をもつ。
認められないが、かかる夢窓の夢ものがたりが発想 きれた契機に
に翻刻きれ、世阿弥作 かと言われる謡曲﹁雲林院﹂に素材を仰いだ
化 きれたなどと説く。もとより作中の行歴は国師の閲歴とは関係が
は、国師の為人や著聞する仮名法語夢中問答集などの影 響 もなしと
ものであろうと指摘されている。きらにこの絵巻と類似の夢と恋を
夢憲 国師御詠草が残されてい るが、一席
80
松 五郎物語﹂︵仮睡︶があり、室町時代物語大成1 に 翻刻きれてい
描いたものに、慶応義塾図書館蔵の大永六年二月日奥書の写本﹁赤
しないであろう。
国師は和歌にも手練で、
中 十念苦の道歌はもとより同詠草中には見られないものである。 但
し、 ﹁め つらしくすみなす山の奥まても心とむれはも とのふるさ
心とむ れ は ぅ き せ とそなる﹂によるものであろう。また語末に掲げ
りし返事﹂という詞書で掲出きれる﹁ め つらしく圧な す山の庵にも
ける時、成人来て地圧 ゐのめつらしきに心とまるよしを歌 によみた
世阿弥自筆本 ﹁雲林院﹂の影響を ぅ けたという天正狂言 口木﹁昼光﹂
れる謡曲﹁雲林院﹂の ヮギ 昼光と重なることは舌ロ ぅ まで もないが、
うこの草子の内容にはそぐわない。この主人公は、
名の主人公が、勢語の二条后物語の秘伝を目のあたり に夢見るとい
ところで右の業平夢物語の呼称は旧蔵者の仮称によるもので、 佃,
あるかなき
と﹂という尼君の歌は、国師御詠草中に﹁絶 州の退耕 庵 にすみ給ひ
られた二百のうち、﹁てにむすふ水にやとれる月影の
の主人公でもあり、﹁雲林院﹂や﹁公党﹂における前場の 五光 る、
ざを乾肉
昔で(
巻ざび を)
絵ま偲琶題
め
といえるであろう。なお加えていえば、謡曲や狂舌口木
での主人公
覚 めてしまうと
物語の方で
四三
しろこの物語の原題として見らるべきであろう。
である。それらの意味でも、国籍類書本の内題﹁夢 物か たり﹂がむ
いう、純粋な夢語りである点が御伽草子的特徴をあらぬしているの
は 、二条 后 ・業平の密会を覗くのみで夢がはかなく
は、 夢の中で二条后や業平に直接交渉があるのに対し、
勢圧拍の秘事に 憧
かの世にもすむかな﹂は、指摘するまでもなく詔書に引かれる貫文
この草子では無名の男として、物語的趣向にかえて草子化したもの
後
の伝承歌である。
売
物
あ
り
老
屈
同 業
系 平
に
男
在
い
が 思
ね
家 」
。
歌 を
物ま
語
卸
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る
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に、と
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題 て
て二条
が通っ
仮
と
か
た
「夢
の
」と
半
詰 手
に 桜
零 凋
ね り
要 項
功 業
れる。既に岩波文庫本の注記は、行文中指示するところの該当元ゲ
何
が所在不詳で精査の手だてがないものの、脱文を含むものと推測き
ついで、国籍類書本夢物語を見るに、既掲の業平薄物託
柏は
、原本
0世に﹂の歌を残して遂にはかなくなったが、三年後に唐櫃よりそ
え、 ﹁むすはれぬはかなき夢の契
故﹂﹁露の身のあたにきえなは後
は、その後主人公が、后の夢の悌忘れがたく、何時とはなく病に衰
︵
両書 に和歌異同あり︶二首の和歌より後の部分はない。本物語で
四四
文 がないことにふれ、作者の錯覚かあるいは脱文かと想定している
右の国籍類書本の特異部分は、論ずるまでもなく、や や成立の早
の歌を見出したという。加えて、この夢物語は赤松・美と
作い,
っ人、
い既掲の赤松五郎物語を参看して、何れかの時点でこの業平夢物語
ひる床の夢を見てより恋となり、遂にむなしくなったためしを後の
とあって、直ちに業平が訪れて来る夜半の場面描写に続いているの
の原木に加筆きれたものであると推測きれる。赤松五郎怖
例証
山では、
ね、不審に思う條、﹁ コそれはいかにしてこⅠにはね はしますしと
は、まことに唐突で展開に飛躍が感じられる。
ⅩⅠ
国籍類書本では、その部分に、訪れるとのが業平であ るというい
五郎は仮麻の夢で荒野の御所に二条后と業平の逢瀬を見 るが、業平
が、物語中、主人公が琵琶をひく女性を尼君から二条后と 知らさ
わゆる二条后物語の内容が、勢語の五・六・一二段等の辞旬を引き
辞したあと二条后に恋慕し、尼の手引きで后と納会す る。夢見ての
物語にもと書き記したものだと述べ、巻末に和歌人音を添える。
つつ、尼君と主人公の対話で語られる。きらに、主人公の中将を見
ち病臥し、女房に夢の次第を語り他界する。尼になった女房の弔い
問へば、 司殿のほかよりいらせ給ふを待たせ給ふロと こたえけり﹂
たいという懇請を容れて尼君が主人公をしのばせる條、 その間二条
現見られで
る五
。郎は兜率天に生まれ、女房も極楽往生するという。巻末、五郎
の物語をたねとして狂言綺語の言葉をそえ、仏道に入る因縁をつく
后の姿をことこまかに見る條が、約千余手 にわたって
業平夢物語はこの部分を何らかの理由で脱していると考えてよいの
らんために記したと結ぶ。もとより一篇の主題が五郎の夢 の恋と生
物語では主人公が夢見めたのち、抑えがたい恋に陥ち る必然性は認
である。あるいは原本が絵巻であったこととも関わるのであろう
きて、きらに注意すべきは、業平夢物語は既述のように夢が覚め
められず、業平夢物語の如く、仮辣の夢覚めて、王朝の雅びに遊ん
天 にあり、勢語の秘事に興趣を求める本草子とは大きく隔たる。本
た後の主人公の不審で筆を摘いており、国籍類書本の ﹁きめて後う
だ不審を諾 6件で結ばれていたのが原態であると考えるれる。国籍
か。岩波文庫本の考勘は右の部分に相当する。
つⅠもわきてかはられは﹂﹁とてもかくきめてもうつⅠ
かはられは﹂
う。
類書本の結末は、巻末の和歌掲出を含めて伝承時のさかしら であろ
ふかくたえて、 烏 たにもか よ は ね この山の中におはしま
いかなるかくもんをもし、しゆつしんの望もなく、かやう に人かけ
やぅ 、そも御僧は、いまたとし三十はかりにならせ
読
刻
(
に
を
に
マ
し
補
あ
を
改
に
原
ある。
上
め、
の
文
遣 誤
け
手
清 推
脱が
濁 別
ま
た
村た
し。 眉は
に
、
、私
た
原文
文意
け
む き うに 申
んけんにして、人間のましりをす て Ⅰ、わしの山にこ もり給ひて
り。
ある時、いつくよりともしらす 、あま一人き在りて、
い
二
おり
箇所
のみ
は
和 字
れ 歌 体
ひと Ⅰ せ 都にむ さうこ くしとて、和尚一人おはしましき 。 たぅし
に
は
が通
のま
さ
等
の
る
名
て
討 つるみ山のおくもよもあらし
給 て候、あまにしめ
もとの心をつれてきたらは
-@,"
た とひそのなは 、 つちのなかにすむとも、
あ きこた へて申 。
し 給へとい
よつか ひに月いつる そ かし。 そ うのいは く、
里 まても人のお ほ きをかきにして
四五
さてあまこせんは、きとにすみ給ひてなんのゑ きかある 。その時 、
うのくもあっくしては、
ふつし ゃ りのみつ すみぬへし 。山のおくに 尋 いり ぬ とも 、こつしや
心 ひとつし っかならは、
かやうによみ給へは、あま御前かくそ申 ける。
くき きり人のとかを い はねは
しつかなる山のおくこそすみよけれ
ふ 。むき ぅこた へてかくなん、
ひて 、いかや う なることをかおかみ
まさきのとほぞになり。あまかさねて中儀、三とせか の出 にすみ 給
いはきこんのみなもとⅠ申供程に、このみとせ の あ ひた 、たし一人
ん 。むき ぅこた へていは く、ちゑ はけ ぅ まんのともし 大 なり 0 たぅ
し 快哉 ら
給ひ 候か、
注①天寵開山 夢偲 正覚必定 普済國師年譜。天寵開山 特 賜夢窓 正覚 心
完固 師塔銘井序 。本朝高僧伝二八。
②北川忠彦氏﹁﹁雲林院﹂と﹁公光 ﹂と﹁古流左上﹂と﹂ ﹂ ︵司丑百
能吏研究﹂ 口 、昭和㏄ 年皿月 ︶。
) ていた
、
示、
③岩波文庫﹁統お伽草子﹂︵島津久基 編 ・両舌貞次 校 訂︶ 一セO
通行
い、 。
設
行文
段落
た
頁。
き
亥
ⅡⅤ
底本
仮 中
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ァラ
適
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書 旬 翻
み
@乙
の
いきをと
ぅ此 よしきⅠ給ひて、これはいかに、かくこを み やふ りて、し ゃ
ぽ しめして、
れ申やう、そも御さ う は し やしん 0人にて
せ めてその
、六 そのことは にいは く、
て候。みつからはひくのかたちにて候に、た Ⅰ今の御
ゃ りしをはさん
そ
し 候へき。
給ふとも、いかにも心をとⅠめたまは
四ハ
めす して、 眼耳
b、叉もとのうき 世 なる へし。
た Ⅰ此 一大事の因縁を 、 一さいのものに執心をとⅠ
鼻音言意の六根のしわきと思ひて、けんもんかくちのけんるの そき
て、こんか ぅ の心を見給ふ へし。いてみつから心をう た によみ奉ら
@
Ⅰ]
めつ らしくすみなす山の奥まても
心とむれはもとのふるさと
かや う によみ給ひて、こんしゃぅ はいくほとならぬは、 叉木来の 縁
を こそたかひに 申へ けれとて、ゆき ほ なれ給ひぬ。
そのⅠ ち、あま御前のき やぅ くんにまかせて、風雲流水 のかくと
霊佛 霊社へまいり、たち
此一 事 をいのり
くはんし、金剛経のもんにおうむしよた うにしゃりこし ん のきをか
くして、日本目をめくり、
給ひけり。 御 とし三十三になり給ひける秋のなかはに、 あるⅢを わ
さきになか ろ Ⅰものを 御 らんすれは、とちと申ものち、
からうつけ
たり給ふ 時 、おりふしむる而 して、水にはかにいてける に 、みつの
すてヒ 見よ野にも山にもいつくにも
のあるを 見 給ひて 、 しはしこれにいてはやとがほしめして、さうあ
かや う にくち す さみ給て、又 ある所をとを り給ふに、お もしろ き山
身をす て Ⅰこそ うか ふとはき け
大水のさきになか ろ Ⅰと ちからは
てなかれけるに、すこしきとりをぅ るとおも ひて ・
そ 身をすつる
やう によみ給へは、あま御前かさねて申 。たと ひ 北出を すみすて
我 はいてⅠ そ 世をはの かる ㌧
みな人は山にいりて
ぅ此 よしをきⅠ給ひて、かの山を出給ふときかくなん、
露の身ひとつおきやかぬる と
まこた へていは く、
、にんけんをはなれて、いまあやまふし
お とろきて、さては、われらか身をはいかていにし
只ム﹁の何 れいは、十万佛菩薩にをくり候へし と申 。 そ
の身にあらすは、くや ぅ を ゑ されとこそ候へ。
ことなり。
[email protected]
す へて 思 ひ もよら
す候 。その う へまことにきにんにあらすは、れいをぅ けされ、
ふ る まひ 心
へはものにもあらす。しる へきちしきにもあらす。御身 はし やみ
さいの ろ まは小さいのそりのめしをいたしくと君侯。
たらせたまひける。それをいかにと申に
その時、あまこせ
のへかう をたき、さくをのへてこんしゃりをさんけしたまふ 。
かくのみちにいれんとしたまふ哉 らんとお
そ
う
ち
ちざ ね
う
に
得
う
ぬ
う
て
あ
むをむすひてかくなむ、
露の身をおくへき草の庵とて
むすふ も夢のたくひなりけり
か、おのへまいり給ひて 、夜もすからきねんしておはし ける。あま
ゑみ を ふくみ給ひ
りにねふ りしきりにして、まとろみ給ひけるに、枕のほとりに香色
0次きたる老僧、し の し ゃう にすかり大いきし、
て、 そ うをおしおとろかし給ひて、故よきかなよきかな 、すきにし
春 のころ、わしの山にてきやりくんし給ひしめま 御前 をは 、いかな
るものそと思ひ給ふ。それこそ大とう の霊就出 にき ぅけ いきんのた
るま 、 我朝 にわたりせんほうをひろめ給ふに、す へてき いまたかな
太 りこ く にて ゑん しやくし給ふ 也 。なん ちか ためにいま
いて、六道りんゑのさか ひをのかれ給へ。そも
らをは
ゆ へた
いへと
なるものとか おほ しめす。 我 ら過去にて ちし きといはれ 、あま
し の そ う をは こくみたるくとくは莫大なり。しかりと
ふんてしのいとまをわたくしにして、しよきいきせける
か Ⅰ る あさまし き すかた になり
な き す。きれはめっからをたのみしし の そ う のしよさい 身につ
て、 しゆんりのさはりとなり、
としひきしくわれこのこうをへて、人間とむまれん事 -八十こう
さいけの身にを
て のち、すこし
ひ ては申にを よ は す 、お ほかるへし 。 し
ふフ ほ う のけちゑんもあらは、人間をもうくへ
しひな
つねにまとうをうくるなり。あるひはたりありてちゑな きもあ
ちたぅ ある人も
ちひ ある人もちなし。あるひはれたうしんなり。わか
わ かたうしんなる人は
や うとうのし
いはく、
四セ
一しん
ぅ くる そ,レ、たい
にすみ給ふ へし 。われらもともにしやぅ かくをしや ぅせ
ひをおこし、ちへのもんをひらき、せんちやぅ の
に又 むり やうなり。されはうむのにんけんをや ふ りて、
しり、たかひにこのねんむり や うなることを
ある人をそねみ、あるひはうらみ、あるひはよろこ ひ、 あるひ
、ひ た ぅ の人をいやしみ、 たう な き 人は 、
6人は、むちの人をいやしみ、むちなる人は、ち ある 人 を そね
もしは、
たまちある人はむ たうしんなり。
拍
Ⅰ
ク
はすして、
うりんしにまいり給ひて、智 恵 をいのり
世 をこへ給ふ 也 。されはたりありといふとも・智志な
の力仙利 つきかたし。御身ほ
給へしとたしかにしめし給ひて、 かき けす やうにうせ
ゆめ うちさめて、すなはち下向して、ほう りんしにまい り 、一口
目 さんろ う申 きせい自給へは、セ ロかと中夜半はかり に、 あ なきお
にとあかきおにと二人きたりむかひたてまつり、六道のありさまを
ノ Ⅱ申 ける。六道といふは、地獄餓鬼修羅人天なり。人間の八
あら
苦、天上の五衰、いつれも勝劣なし。きれはきんはん し ゃぅ しのさ
とを
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かくのことくよみ給ひて、そのⅠち みやこへのほ り給 ひてける
んの
此返高 にいは
く、
世 わたり 衣身にはきたれと
あるそとよ心のうちにすみそめの
そう、
世にすめはの そみ ありとや 思 らん
おぽろ けなら てす くる 我 身を
あまりに山のおくをたつ
れて
四八
ろ ねの夢にみるや
とりのとし五月八日
豪物かたり
ちゃうち 四 ねん四月四日のひ
ぅ、一
ちゃうより
へめ そ ひありくほと
そのしち 、き しんかき けす やうにうせにけり。ゆめうちきめ て、わ
う へ、わるさ き め Ⅰあたりを、あなたこなた
山逼 もかすみわたり、
か ひ、すてに成就し ねとおぽ きによ ひこひ
に、ころは 弛 生 の末 っかたと覚えて、よもの
れこのあひたいのり申ぬ
てかへり、
いかほとある ましき春のな
きくらかきにあまりて、木末は
た Ⅰ心にまかせてしひしんにしたかひ、 一し やぅ 心によ
くしんなく、きんかくの春の花はけいこのはやしにひら き、 しんち
かやと㌧はし らす、 ちりのこりたる
立 よりて見れは、むかし雲林院
こりもあはれになかめやらるⅠ所に、た
0月はさせんのゆかにあきらか山 。
かり見えしか は、 めかしくおほえて
のあとⅠ おぽ しき所に、あれたる家 あり。花はかのうちにて そ百け
Ⅰ、
る 。ちり残る 梢 にいろふかき庭の桜いとしゆかしくて、見はやと思
きれは、まっしよしんの人は、一大事を心にかけんとお @ ょ@
に ふす
ね 。 ぅ へにのそむといふとも、にくしよくをせされ。
とも、お ひ をとかされ。くすりをやうなといふとも、
か しに の そむ
さ けを のまさ
の小柴増した る庭に花はありけり。かのつまとのうちにお ぽ しく
くつれより ぅ ちへ 入て見れは、すま ひほ みなみむきなるに、おもて
ふ程に、おも てのもんは さ Ⅰれてあり。 う しろへまは り てついちの
るへし 。かくたうの人は、ち しきをはなれ、 大 ひやりの
せんちしきをけ ふへし 。ひやりしやは、いしのほとりに いて ゑき あ
といふと﹂b、しゃ り を ぅ けきれ。せんの 御 きにまかせ てこれ をしる
て、ひわをと 物さひしくきこえしかは、かたりかしくてたちよ
-@.@
しひらきて、みすたかくあけてそのうちに、とし
[email protected]
[email protected]
ものはやされ たるかたち、きかりたてすきしきれともうつくしく
[email protected]
の程 廿 四五は かりのをんな、はなは ゑん の う へまてちりつもりて、
りて、つま戸 をを
す。けんもんの人もらす へからす。ある人の高にいは { 、
てに むすふ 水にやとれる月影の
あるかなきかの世にもすむかな
なかノ㍉に 又 さとちかく成にけり
わ きとも花にたと
へすこしひきい りて見えす。
ふへ きさまなり。きてめかしく思ひ づ ろ はちのわ
とは、 そ はなるきてうのかけにて、おく
こき Ⅰ ぬ のつま 、は
へいりて、 ゑ んにあかりて、なに
哉 らん 物 いひ て、 又も とのかた よ
り いつる。いかにしてかの人の事をとふへ きと思ひて 、 きのもとに
ほきなるえた花を、おりてもちたりけれは、 此あ
たちより、ちとお
ぅ のかけを見れは、いろ
いとⅠゆかしくてきて
ま見つけて、あなもったいなや、たれ大 なれは、ことⅠ はす 御ま へ
散 らんと 申 。 此 あまにとりよりて、 物 いひ か Ⅰ
かまのすそに ぅ づくしきかみのすそ、ゆらとか 卜り て見ゆるは
のはなをはおりとる
心地して、見てのみや人にかたらんといひ けれは、 あ まはもなき く
てめ そ くほ
とに、しはしありて、はしめありつる女、きてうの そ は へよりてな
@
マ,に哉 らん 物 いふけしきにて 、又もとの所へかりね。花の ゆふ は へ御
ち にて う ち ゑみつち、いゑ
つとならは、それよりもい
ろこ きはなを
もはやと思ひけるに、ゆめのうちにも、おもふやう にし すましたる
らんす へくや、しかもみる人もなしなとⅠいふけしき 聞て 、うれし
おり給へかしとて、一ゑたおりてさし出す。
た もなく、
くおもふ ほとに、几帳をしのけて、としの比 十六 セか と ね ほ のる を
んな、ひんをふかくそきたるか、たとへてもい ふへ きか
ろ は、いかなる 御 かたにてわたり快哉らんとち
しはしありて、 む さとならぬ やう に 、き きに ひわ のをと きこえ っ
-@.ひ それは 、あま中や
ぅ づくしき 事 限りなし。きぬのはかまをは几帳にかけ て、ね りぬき
ぅ、それこそ二条の后にてわたらせ給へと申 。二て ぅ 0局と申は 、
陽成院 をま ぅけ給 ひしたにも、
ら・んと、こ Ⅰ ろへ す思ひなから、なにとしてこれにおはしますらん
しよりおとろへさせ給ふ へきに、かはかりはなやかにおはします 哉
たにも、すてに五十四年なり。されはたと へおはします とも、 御と
廿 の御 としならせ給ひてより、いまⅠてのみかとあらたまり給ふ 事
と也 。 此 世の人にはおはしまさす。
そ う 大しゃ り大臣なからのおとちの 街 むすめ、もと っね 0脚いも う
にまほりかけて、ありつるおとなしきをんなの そ はに よりかしり
て、そのま㌧ひきの う へに そひ ふし っ Ⅰ、なに 哉 らん 物 かたりなと
ちとけなから、なをか ほ は さ たかにも 見
して、はなうちなかめたるありさま、見るにたとへんかたなし。 見
6人ありともおもは す、う
ぇす 。
-@,-
ひたるすかたも、ななたと へになりかたくそ
とト へは、とのⅠほかよりいらせ給ふを、まち奉らせ給 ふと いひけ
おくふかき きき 、ゆめのうちにも心とまりて、いんの春の雨をお
てか、かの人のかほをよく先んとおもひけるに、としセ 八十はかり
れは、二て ぅ の后と 申は、せいはの め んの 仰 くら め の と き、后にて
ね ほえ ける 0 なにとし
のあまきたりて、小柴垣のはつれに、わきとのありける より、うち
四九
へきかとⅠへは、あま 中や ぅ、
る しやうしの やふ れよりのそきて見れは、御まへに御と のあふ
ゆくほとに、うれしくおも ひ てあとにつ、さてゆく。かの とのお
五O
にあらすと 申 。きてとのとはたれを申 へき。もしみかと のう せ
しませ は 、みかとのわたらせ給ふ
て のち、あらぬ 抑 ふるま ひ おはしける 我 と L へは、あま うち ゑ
め
ちか きにし
御 ひね
仰 くしのま よ ふすち
ひて、 な るぅ づくしき御すかた、いはんかたもなし。
いりて、あかちりける程に、かくれなく見えけり。
給 ふと いひ
せ、ともし火をそむけてんしゆのかたに、
、なりひらの中将の 、た Ⅰ今おはせんするをまたせ
は、そのときあんしいたしける。かの中将 ぬすみ奉りて いても
か Ⅰりて、 う ち かた ふき給へるに、
きや,ヲ
|一
ハント
@@
そ はなるせ ぅ しのうち よ J
へむかたなし。 ひわ をはをしのけて、
な かめ
せ給ふけしき、まことにい ふはかりなく見え給ふ。な る う しろ
き 心地して、たと
ちかきはなのひかりにかⅠやき あひて、 月かけよりもな を見所
らう そくに う つして、つまとの 外 へいて L、何 ら ぅ のは しにお
はかりのをんな、あかきあこめきたるか一人いて㌧、御 まへの
ともおほえす。しはしありて、
もたせて、なと哉らんものおもひたる仰 けしき、まこ とに 此世
にをしかⅠ り給ふ。しろくうつくしき御 かいなのうへに 、何 か
なとも別給はす、 はんしきて う にすこしひきてさして、
何 かほはさたかにも見えす。
を、 御せうとたちのとり返し申されし事は、み もとへま いり 給
此事そ かしとい へ は、あ
セなとⅠ見え給ひしも、ことはりにおもひあ は
よりも ききの事、そのときかまことにわかくはなやかにおはし
そ 。きれは十六
、けふ はなやきそとよみ給ひけるは、
ふしきにおも ひて 、それは 五 てうの 后 とこそⅠ
ほ つきて、我かよひらのせきもりとよみ給ひしも此 おり そ かし
へは、 かへす
な 二て
此 ことを中て 候 。 そ
こ Ⅰろへ給ひ 候 。いつれもみ
物 かたりにも吉ム﹁にも、五て ぅ わたりにすむ人とこそ かきたる
い へは、それみな人あしく
き さきの事にて 侯 。 よ つき物かたりにも、
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ほいまた御覧せられすやといへは、とうこ きんいせ物か たりな
も、 いせつらゆきにはおよは
。 其侍御頭ははれと 見奉りけり。これはけにもや みのうつ
打何 はせ給ひて 、御 とのあふらちかく召寄て 障害の う たなと 御
くや がほしけん、わかの そくかたをくなれは、入荷とも忠君 き
もくれ、みかりしなとまいるほとに、あまかへらんとす るそて
りも、なをさたかなる夢をそ見る へかりける。あき ゆ ふみや っ
、そらことをかきを くへ しや、いかにきいかくあると しよりな
か へて、いかにしてかの中将のまいり給ふを見はやといへ ょ
@
+ 、,
女 たちも、かはかりものちかに見たてまつる へ し ゃ 。 そ らね そ
す。
Ⅰなき事なりとも、くるしからぬ事なれは見せ奉 らんと て、つ
ろ しなからもうれしく、
-@,さためてのちいかになりゆくへきわ かみ
るらんと、心のはてもしりかたく、又にたる人もあら し とかな
い かにせん
せ けるに そ、 夜も更にけり とおもふ
く、御 おもかけもいつわすれもやせんとおき所なく、
お る ひて時のうつるもしらぬ。
何 とのあふ らさいきⅠ
に、 御ま
ら うそくの
ころに、おもてのかたに車の音きこの 。中将とおもふ 所
のともし 火、 そと る をけちて、みすををらしけれは、
あ り つるつい
ほの Ⅱ
ノと見ゆるはかりなり。さてくるまのおもてのす きけれは
あらぬ人にやときく程に 、 車をしまはすをとして、
ことに う ちもねられすとよみ給ひし 、 きてこの
めくつれとがほしき所に車をとⅠ め、そこより人のいる な として
ゆ れは、 よひ
いちのく
あまりのふしきに、いかほとまとろみたるそ やとい ひけ
くほともなしといふ。すこしの間におほくの事を見つる
き Ⅰもおよは す 。久我かよ ひちと
あんして見れとも、二てぅきさ き、ひわひき給ひける事 もき
又 雲林院にすみ給ふとも、
りといひしに、 此 あま 二てぅきさ きとかたりしも、
-@,か きと
ゆ めきめ
給ひしは、立てうの きさ きとこそ、古今いせ物かたり にもか
こそ ね も ひ出ぬれ。かたふしきなる事ともなれ。
くなれ。
さめて後うつⅠもわきてかはら ね は
ぬるよの夢もはかなくはなし
とてもかくきめてもうつⅠかはら れ は
お とろかしもの うた Ⅰねの夢
に う ちなかめて、はかなき夢 わす
日にそへてかなしく、見し面影いとⅠ身にそ ふ 心地 して
とはかり、なにとなきやう
く、
見てのみや 又 きめやらぬ面影の
か
かたの事 そかしといひつることのはにあ はせて、今もつ
ね
ききのあまきみのいひつる、ことはり なりと思ひ
れより人結ふ。せきもり すへ けんも、昔を忘れ給はぬに こそと
しくおほえて、
はせてふしきなり。
あたなる夢のかこつかたなき
さても、かや う にあたなるゆめのおもかけ、わすれかた くや
め ゆめ 放 とは思ひもよらす。いかにい つとな
ん 。 れゐ ならす、そのことしなくいたはりてくるしくな
人はつやノⅠか
み給ふらんとはかりにて退行程に、いとⅠ衰 ゆく。さす ,
カこ
@
け
さて、いつかたのえんよりあかり給ふともおほえ ぬ に 、 はやっ
見奉らんとしつまりて まつ 所に 、わ
と のまへに人のさし人見ゆれは、これそ中将にておはしますらん
と くして う ちへ人給へかし、
さの にけり。
れ
り
小
やかたのおもてに、とのはらあまたあつまりて、物かたりしてど
と わら ふ こゑにおとろきて、ゆめ
五一
あ
な
や
く
く
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そ
を
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な
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と
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へ
ひ
ち
間
御
つ
か
あ
ま
、
か
つ
て、
むす はれぬはかなき夢の契故
きめるや恋のかきりなるらん
露の身のあたにぎ え なは後の世に
はかなくやみん恋のかきり を
。きても、
のはかなき夢の恋 放 とはたれもしら す、 歎はかり 也 。 む なしく 成
かやつにとかく書置て 、いっとなく終はかなく 成 給ひぬ
と
は、北見れは 此 ことくかきつけてを
果て、なかためしなく不思議なる事なれは、後の
かきつうし侍る。
あつまちのきよの中山みそめす は
ノⅠものはおもはさらま
なか
みそめてもか よ ひそめすは中ノⅡ
物のかほとにおもはさらまし
玉 かつらくる人あれは我もゆく
し
に
物語にもと
なりつⅠ 、 人しれ す涙 かちなるつもりに、つねによしなきさまに
まことや、この夢は赤松美作といふ人 、ひるねの夢に 見て後は恋
ひムロ
て、はかな く あはれも
き給ひぬ。これと 見 いたし
、そのときこそゆめの恋 の へとはおも
しは なり。
-@.@
のち三年と申 時 、をめっからよ るひ からひつの中にあり ける を み
か
て
れ
て
一
と
成
て
う つの 山逼 のつたのした み ち
としをへてるひ 見ぬ 恋をするかなる
ふしのたか れ を な きてめかしな
あはさらん時こそあらめあ ふてたに
お,
bへはやすき惟中を
なにの恋しに 袖 ぬらすらん
つくと
心となけく我見なりけり
五一
鏑醸紋
天理図書水
館
翻刻第四九
高︶
コ