肺がんの診断と治療

肺がんの診断と治療
呼吸器外科学部門 教授 遠藤 俊輔
(肺がんの発生状況)
肺は吸った空気(約1分間に5L)の中から酸素を 1 分間に5L 流れる血液に取り込む臓器である。この
吸った空気中に混入した粉塵や病原体により肺は何十年にわたって徐々に傷つきやがて肺がんが発生す
る。肺がんは通常は 65 歳以上の高齢者で、肺気腫や肺線維症といった肺に持病を有する人に発症しやす
い。
わが国において、肺がんは年間 10 万人以上の人に発生し、7 万人以上の人が肺がんで亡くなられてお
り、がんの死亡原因の1位となっている。
(肺がんの種類)
肺がんには喫煙と密接に関係する小細胞肺がんとそれ以外の非小細胞肺がんがある。小細胞肺がんは
少し大きくなっただけでもすぐに肺の豊富な血流に乗って脳や骨などの全身に転移してしまうことが多
い。一方、非小細胞肺がんには、がん細胞の形態から分泌腺に似た腺がんや皮膚などの扁平上皮細胞に似
た扁平上皮がんそしてその両方を併せ持つ腺扁平上皮がんなど様々な形態を示す。抗がん薬が効くがん
細胞と効かないがん細胞を持つことが多く、薬だけでは肺がんを完全に治すことができない。前述のよう
に肺がんを発症した人の 4 人のうち 3 人が最終的に肺癌で亡くなってしまうのは、がんの多様性と肺が
んを発症する人が比較的高齢であるためである。
(肺がんの発見動機)
肺には知覚神経がなく、肺がんが気管支や胸壁に進展して初めて咳や胸痛が出現する。この段階では、
すでに肺がんが進行し外科的切除で容易に治すことはできない。肺がんと診断され治療し助かる人の多
くは、症状が出る前に検診や別の病気で偶然に肺がんが見つかって治療できた人である。肺がんを完全に
治すためには、がんが大きくなり全身へ転移し症状が出る前に、治療してしまうことが重要である。日ご
ろ病院へ受診したときに通常の X 線検査だけでなく、CT 検査も行って小さな肺腫瘍がないかチェックし
てもらうべきである。検診などで行われる X 線検査では、進行した肺がんしか発見することができず、治
癒できる肺がんを見つけることは難しいのが現状で、65歳以上を過ぎたら 1 年に 1 回は胸部 CT 検査を
受けることを勧める。
(肺がんの治療)
1.早期の肺がん
偶然に CT などで見つかった小型肺腫瘍は、CT の再検査や PET 検査(増殖能を有するがんはブドウ糖を
吸収しやすい特徴を利用し、空腹時に放射線で標識したブドウ糖を注射し、ブドウ糖の体内分布を調べる
方法により肺がんや乳がんなどを発見する検査)によりその腫瘍が肺がんかどうか検討する。気管支鏡検
査(口から気管支の中に内視鏡を挿入し病巣を一部採取する検査)で診断できることもあるが、小さな肺
がんの診断率は低い。手術を受ける体力がある場合には、全身麻酔をかけて胸壁から直接内視鏡を挿入
し、肺腫瘍を採取し手術中に肺がんかどうか診断し、肺がんであれば内視鏡手術(肋骨の隙間から行う胸
腔鏡手術)により追加で肺を切除し、リンパ節を郭清する。2cm 以下の肺がんでも、胡桃のような硬い肺
がんではすでにリンパ節に転移している人がいる。この場合には手術後に抗がん薬治療を追加してがん
の再発を予防する。空気を含有する綿飴のような柔らかな肺がんでは、リンパ節に転移することはなく外
科的切除を行うだけでほぼ 100%完治できる。手術を受ける体力がない人は、肺がんに放射線を集中的に
照射し、がんを消滅させる治療(標的放射線治療)を行う場合もあるが、治療効果は定かではない。
2.進展肺がん
胸痛や血痰・咳などの症状で発見された肺がんは、進行していることが多く、手術や放射線とともに抗
がん薬(無限に増殖しようとするがんの DNA 合成や細胞分裂を阻害することにより癌細胞を死滅させる作
用をもつ薬剤)を併用しながら治療を行う。特に小細胞肺がんは、放射線と抗がん薬の併用療法が効果的
なことが多い。
3.進行肺がん
不幸にも治療しても完全に肺がんを治癒し得ない状態であっても非小細胞肺がんでは、がんの遺伝子
(EGFR や ALK)パターンによって分子標的薬(がん細胞と正常細胞の遺伝子の違いを狙った治療薬)が良
く効く人もいるし、免疫療法薬や緩和治療によって、がんとともに安らかな生活を送れるようになってき
ている。したがって、むやみに完治できない肺がんに対し、手術や抗がん薬や放射線など障害を与える治
療を行うべきでない。
(肺がん治療を行うに当たって)
肺がんに罹患する人の多くは比較的高齢で、複数の病気を有する人が多く医学的な面や医療的な面そ
して社会的な面について、担当の呼吸器専門医と十分に相談の上で、治療方針を決定することが重要であ
る。また肺がん治療にあたっては、治療担当医のみでなく、緩和治療医・在宅医・看護師・在宅ケアにか
かわる多職種の介入が必要となる。
≪講師略歴≫
氏
名
学歴及び職歴
遠藤 俊輔(えんどう しゅんすけ)
1959 年 9 月 1 日生まれ
1984 年
筑波大学医学専門学群卒業
同病院外科レジデント
1989 年
カナダ マギール大学実験医学研究部門研究員
1992 年
自治医科大学胸部外科助手
2000 年
自治医科大学呼吸器外科講師
2004 年
自治医科大学呼吸器外科助教授
2005 年
自治医科大学附属さいたま医療センター呼吸器外科助教授
2008 年 4 月
自治医科大学附属さいたま医療センター呼吸器外科教授
2008 年 10 月
自治医科大学外科学講座呼吸器外科部門
兼 附属さいたま医療センター呼吸器外科 教授
2015 年 5 月
自治医科大学外科学講座主任教授
2016 年 4 月
自治医科大学附属病院副院長 兼
呼吸器センター長
所属学会 評議員 日本外科学会 代議員 将来計画委員 邦文誌編集委員
日本胸部外科学会評議員 学術部会委員
日本呼吸器外科学会 評議員 理事
日本呼吸器内視鏡学会 評議員
日本呼吸器学会 代議員 専門医試験委員
日本肺癌学会 評議員 手術記載部会委員
日本内視鏡外科学会評議員 学術委員
National Clinical Database Japan 運営委員
Annals of Cardivascular Surgeon 編集委員
Clinics in Onchology 編集委員