不振が続くロシア乗用車市場

みずほインサイト
欧 州
2016 年 6 月 22 日
不振が続くロシア乗用車市場
欧米調査部主任エコノミスト
政府による支援策も市場の反転には至らず
03-3591-1317
金野雄五
[email protected]
○ 2015年のロシアの新車販売台数は、前年比36%もの大幅減となった。背景には、ルーブル下落によ
る乗用車価格の高騰や、銀行の貸出態度の厳格化による自動車ローン利用率の低下がある
○ ロシア政府は、自動車市場へのテコ入れを目的に、自動車ローンの金利補助、スクラップ・インセ
ンティブ、リース料金の値引き補助、という3つの支援策を15年4月頃から導入している
○ 16年の自動車市場の行方については、ロシア政府による一連の支援策の実施にも関わらず、年内に
回復に向かう可能性は低いとする悲観的な見方が多い
1.急激に縮小したロシアの乗用車市場
2015年のロシアにおける乗用新車の販売台数(小型商用車を含まない)は、前年比では36%の減少、
過去最高を記録した12年比では46%もの減少となる149万台に留まった(図表1)1。
ロシアの新車市場は、純国産ブランド車、国産の外国ブランド車、輸入車という3つのカテゴリー
に大別される。この分類に基づいて、15年の生産・輸入台数の前年比変化率をみると、純国産ブラン
ド車および外国ブランド車の生産台数は、それぞれ17%および30%の減少、輸入台数は50%の減少と
図表1
ロシアの乗用新車販売と生産・輸入台数
(百万台)
3.5
3.0
2.5
輸入
2.0
外国ブランド車生産
1.5
純国産ブランド車生産
1.0
販売台数
0.5
0.0
2008
09
10
11
12
13
14
15
(年)
(注)1. 棒グラフは生産・輸入台数。生産・輸入台数の合計と販売台数の差は、在庫変動および輸出による。
2. LCV(小型商用車)は含まれない。
3. 2015年の輸入には、中古車輸入が含まれる。
(出所)Avtostatより、みずほ総合研究所作成
1
なっている。ロシアから外国への乗用車輸出はほとんど行われていないことから、15年の新車販売台
数は、生産・輸入台数と同様に、輸入車、国産の外国ブランド車、純国産ブランド車の順番で前年比
の落ち込み幅が大きかったものと推察される。
ロシアの新車市場が15年に急激に縮小した要因としては、以下の2つが大きかったと考えられる。
第1に、14年末にかけて生じたルーブルの大幅下落により、15年初から乗用車価格が高騰したこと
である2。15年のロシアにおける乗用新車の平均価格は前年比+20.0%となり、平均賃金の増加率(同
+4.6%)を大きく上回った(図表2)。同年の乗用新車の価格上昇率を、外国車(輸入車および国産
の外国ブランド車の合計)と純国産ブランド車に分けてみると、外国車は前年比+22.1%、純国産ブ
ランド車は同+16.9%であり、いずれの価格上昇率も高い。通貨の下落によって、輸入車の自国通貨
建ての価格が上昇することは容易に予想されるが、ロシアの場合、国産車でも価格が上昇している。
この原因としては、ルーブルの下落が輸入部品の価格高騰を通じて、完成車価格を押し上げたことが
考えられる。ロシアでは外国ブランド車だけでなく純国産ブランド車でも、製造工程の一部で輸入部
品が用いられているためである3。
第2に、銀行の貸出態度の厳格化により、自動車ローンの利用が困難になったことも影響したとみ
られる。ロシアの銀行の貸出態度(個人向け)は、欧米諸国による制裁の発動(14年8月)や、ロシ
ア中銀による急激な利上げ(14年12月:9.5%→17.0%)等を受けて、14年末にかけて急激に厳格化し
た(次頁図表3)4。これに伴い、13年に年平均で40%を超えていた自動車ローンの利用率(ローン組
成件数/新車販売台数)は、14年には同35%に低下し、さらに、15年1-3月期には17%にまで低下した。
その後、15年4月からロシア政府が自動車ローンの金利補助(後述)を導入したのに伴い、銀行の貸出
態度は緩和に向かい、自動車ローンの利用率も上昇したものの、15年の自動車ローン利用率は年平均
33%と、14年を下回った。ロシア政府が支援策を講じていなければ、15年の新車市場の縮小度合いは、
図表2
乗用車価格と平均賃金の推移
(1,000ルーブル)
(1,000ルーブル)
1,750
70
1,500
60
1,250
50
月間平均賃金(右軸)
1,000
40
外国車価格
750
30
新車平均価格
500
20
純国産ブランド車価格
250
10
0
2008 09
10
11
12
13
14
15
0
16 (年)
(注)1. 価格はいずれも、ブランド別の販売価格と販売台数を考慮した加重平均価格。
2. 外国車価格は、輸入車および国産の外国ブランド車の平均価格。
3. 16年の値は、月間平均賃金は1-3月期平均、その他は1-4月期平均。
(出所)Avtostat、Rosstat、CBRより、みずほ総合研究所作成
2
より深刻なものになっていたと考えられる。
2.ロシア政府による自動車市場への支援策
新車販売台数の急激な落ち込みを受け、ロシア政府は自動車市場のテコ入れに向けて、①自動車ロ
ーンの金利補助、②スクラップ・インセンティブ、③リース料金の値引きに対する国家補助、という
3つの支援策を講じている。
(1)自動車ローンの金利補助
自動車ローンの金利補助とは、消費者(個人)がローンで新車の乗用車またはLCV(小型商用車)を
購入する際に、ローン金利のうち、ロシア中銀の政策金利(本稿執筆時点で10.5%)の3分の2に相
当する分(同7.0%)を政府が補助するという措置である。同様の措置は、09-11年および13年後半に
も導入されて相応の効果があったことから、15年初からの新車市場の極度の不振を受けて、同年4月
から再び導入されることになった(次頁図表4)5。金利補助の対象となるローンの条件としては、①
購入車両が15年に製造されたものであること、②車両価格が100万ルーブル(64ルーブル/ドルの場合、
約1.6万ドル)以下で、かつ重量が3.5トン以下であること、③期間3年以下のルーブル建てローンで、
金利がロシア中銀の政策金利プラス10%ポイント以下であること、等が定められている6。この措置の
実施のために、15年連邦予算から15億ルーブルが支出された。ロシア産業商業省によれば、15年末ま
でにこの措置の適用を受ける乗用車・LCVの販売台数は、20万台と見込まれていたが、同省の15年12
月2日付プレスリリースにより、同年11月末の時点ですでに同販売台数が20万台を超えたと発表されて
いる。
自動車ローンの金利補助は、当初、15年末で打ち切られる予定であったが、新車市場の低迷を受け
て、ロシア政府は同措置を16年末まで延長することを決定した7。16年においては、同年製造の車両に
加えて、15年製造の車両も引き続き支援対象に含まれる。また、対象車両の価格の上限も、100万ルー
図表3
銀行貸出態度と自動車ローン利用率の推移
(%)
(%Pt)
50
▲ 150
40
▲ 100
30
▲ 50
20
0
10
0
14
自動車ローン利用率
50
厳格化
2013
銀行貸出態度(右軸)
100
16 (年)
15
(注)1. 銀行貸出態度は、個人向けの貸出態度判断DIの累積値(起点は2013年1-3月期)。
2. 自動車ローン利用率は、自動車ローン組成件数/新車販売台数。
(出所)CBR、NBKI、Avtostatより、みずほ総合研究所作成
3
ブルから115万ルーブルに引き上げられている。16年中に同措置の適用を受ける乗用車・LCVの販売台
数は27万台と見込まれており、そのファイナンスに16年連邦予算から113億ルーブルが支出される予定
である8。
(2)スクラップ・インセンティブ
スクラップ・インセンティブとは、消費者が所有している古い車を廃車にして新車(ただし国産車
に限る)に買い替える際に、購入する新車の価格から一定額が値引きされ、その値引き分を政府が負
担するという措置である。14年4月以降の新車市場の不振を受けて、同年9月から、他の2つの支援
策に先駆けて導入された(図表4)。同様の措置は、10-11年にも導入されていたが、今回のスクラッ
プ・インセンティブは、①古い車を廃車にする場合のみならず、ディーラーに下取りに出して新車に
買い替える場合でも値引き補助が行われる、②個人の消費者だけでなく法人も対象になる、③乗用車
だけでなく商用車も対象になる、という3点において、前回の措置よりも適用対象が拡大されている。
値引き補助の金額は、車のタイプによって、また、廃車か下取りかによっても異なり、乗用車につい
ては、廃車の場合は5万ルーブル(約800ドル)、下取りの場合は4万ルーブル(約600ドル)となっ
ている9。
当初、スクラップ・インセンティブは14年9-12月の4カ月間のみ実施される予定だったが、新車市
場の急激な縮小と低迷を受けて、ロシア政府は同措置を15年、さらには16年にも継続実施することを
決定した。この措置の適用を受けた自動車販売台数は、14年9-12月だけで19万台近く(うち、60%が
乗用車、40%が商用車とされる)、15年には30万台を超え、そのファイナンスにそれぞれ129億ルーブ
ル、225億ルーブルが連邦予算から支出された。16年については、この措置を利用して32万台が販売さ
れるとの見込みに基づき、16年連邦予算から15年と同額の225億ルーブルが支出される予定である10。
図表4
乗用新車販売台数と支援策の導入時期
(万台)
スクラップ・インセンティブ
35
30
自動車ローン金利補助
25
リース料金補助
20
15
10
5
0
2014
15
16
(出所)Avtostatより、みずほ総合研究所作成
4
(年)
(3)リース料金の値引き補助
リース料金の値引き補助とは、ロシア国内のリース会社が、利用者(法人および個人)に対して自
動車をリースする際に、頭金の値引きを行い、その値引き分を政府が補助金によって補てんするとい
う措置であり、15年5月から導入された。自動車リースの活発化を通じて、リース会社による自動車
購入を促進させる狙いがあるとみられる。補助金の支給対象となる値引き額は、リース会社による自
動車購入価格の10%まで(ただし、1台につき50万ルーブル以下)とされ、リース期間は1年以上、
対象車両は製造年が15年の乗用車もしくは商用車であること、等が条件とされている11。
当初、15年中にこの措置の適用を受ける車両の台数は、16,000台(乗用車:10,000台、トラック:
5,400台、バス:600台)程度と見込まれ、15年連邦予算から25億ルーブルの支出が予定されていた。
しかし、本措置に対する実際のニーズは予想を大きく上回り、当初予定していた予算が早くも9月に
底をついたことから、15年11月に10億ルーブル、さらに同年12月に15億ルーブルの追加支出が決定さ
れた12。
ロシア政府は、前述の2つの支援策と同様、この措置も16年に継続実施することを決定している13。
16年中にこの措置の適用を受ける車両台数は32,000台と見込まれており、そのファイナンスに16年連
邦予算から50億ルーブルが支出される予定である。
3.今後の自動車市場の見通し
以上の3つの支援措置の適用を受ける形で、15年中に合計約60万台の自動車が販売され、その大半
が乗用車であったとみられている。こうしたロシア政府による強力な支援措置にも関わらず、15年の
乗用新車の販売台数が前年比30%を超える大幅減となったことは、ロシアの自動車市場の状況悪化が
いかに深刻であったかを示している。
16年の自動車市場の行方については、専門家の間で悲観的な見方が多い。例えば、ロシアの自動車
市場調査会社のAvtostat(アフトスタト)によれば、ロシアの自動車市場は、ロシア経済の好不調を
左右する原油価格との連動性がきわめて高く、16年の新車販売台数が前年比増加に転じるには、原油
価格(年平均、ブレント)が前年の54ドル/バレルから60-70ドル/バレルにまで上昇することが条件に
なるという。しかし実際には、16年の原油価格は前年を下回る50ドル/バレル以下で推移する可能性が
高いことから、市場のもう一段の縮小が避けられず、乗用新車の販売台数は前年比10%減の135万台に
なるというのが同社のメインシナリオだ14。また、AEB(欧州ビジネス連盟)も、ロシア政府の支援策
に大幅な変更が加えられないとの前提に基づき、16年の乗用新車(LCVを含む)の販売台数が前年比5%
減の153万台に留まると予測している15。
ロシア政府による支援策の継続実施にも関わらず、原油価格の急上昇によって景気が好転しない限
り、16年中にロシアの自動車市場が回復に向かう可能性は、きわめて低いと言えそうだ。
【参考文献】
<ウェブサイト情報>
AEB(欧州ビジネス連盟)[http://www.aebrus.ru/en/].
Avtostat(アフトスタト)[https://www.autostat.ru/].
5
CBR (ロシア中央銀行) [http://www.cbr.ru].
NBKI(National Bureau of Credit History)[http://www.nbki.ru/].
Rosstat (ロシア国家統計庁) [http://www.gks.ru].
ロシア産業商業省 [http://minpromtorg.gov.ru/].
<レポート類>
金野雄五(2014)「制裁長期化により景気後退リスクが高まるロシア経済」『みずほインサイト』
みずほ総合研究所,9月22日 [http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/
insight/eu140922.pdf].
金野雄五(2015)「厳しい状況が続くロシアの乗用車市場:政府による支援策も力不足」『みずほリ
サーチ』8月号,みずほ総合研究所[http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/
pdf/research/r150801russia.pdf].
坂口泉(2016)「2015年ロシア乗用車市場の総括」『ロシアNIS調査月報』4月号,ロシアNIS貿易
会,pp. 56-88.
Berezinskaya, Olga and Alexey Vedev (2015) "Proizvodstvennaia zavisimost' rossiiskoi
promyshlennosti ot importa i mekhanizm strategicheskogo importozameshcheniia,"
Voprosy Ekonomiki, No. 1, pp. 103-115.
1
15 年5月頃までのロシア乗用車市場の概況については、金野(2015)参照。
15 年のルーブルの対ドル・レート(年平均)は 60.7 ルーブル/ドルであり、14 年の同 38.0 ルーブル/ドルからの変
化率は▲37.4%となった(CBR)。
3 ロシアの輸送機器生産の輸入部品への依存度は、06 年:11.9%→13 年:42.4%と、2000 年代後半を中心に急上昇し
てきたとの分析がある(Berezinskaya and Vedev, 2015, p. 110)。
4 例えば、自動車ローン(期間 1-3 年、ルーブル建て)の平均貸出金利は、14 年7月:14.03%、14 年 10 月:14.68%、
15 年1月:20.7%と引き上げられた(CBR)。なお、2014 年8月に欧米諸国がロシアに対して発動した制裁の内容につ
いては、金野(2014)参照。
5 15 年 1-3 月期の乗用新車販売台数は、前年比▲36.3%となる 36.4 万台に留まった。
6 15 年4月からの自動車ローン金利補助の導入は、15 年4月 16 日付政府決定 No.364 による。なお、同措置の対象と
なる車両には、国産車(純国産ブランド車および外国ブランド車)だけでなく、輸入車も含まれる。
7 自動車ローン金利補助の延長の決定は、16 年4月 23 日付政府決定 No.344 による。
8 16 年連邦予算からの支出予定額(113 億ルーブル)には、15 年中に生じた補助金の未払い分が含まれるとみられる。
9 スクラップ・インセンティブの内容は、坂口(2016)および Avtostat 等による。
10 14 年の連邦予算からの支出額は Avtostat による報道(同年 12 月 23 日付)
、15 年の連邦予算からの支出額は、同年
中に公布された4つの政府決定(3月 18 日付 No.244、7月2日付 No.669、
11 月 12 日付 No.1226、
12 月 12 日付 No.1357)
による。16 年の連邦予算からの支出予定額は、16 年4月 25 日付政府決定 No.351 による。スクラップ・インセンティ
ブによる販売台数は、坂口(2016)および 16 年1月 23 日付政府指令 No.71-r による。
11 リース料金の値引き補助は、15 年5月8日付政府決定 No.451 による。なお、同措置の対象となる車両には、国産車
だけでなく輸入車も含まれる。
12 10 億ルーブルの追加支出は 15 年 11 月 12 日付政府決定 No.1226、15 億ルーブルの追加支出は 15 年 12 月 12 日付政
府決定 No.1357 による。
13 リース料金の値引き補助の延長の決定は、自動車ローン金利補助の延長の決定と同じく 16 年4月 23 日付政府決定
No.344 による。なお、16 年のリース料金の値引き補助についても、製造年が 16 年もしくは 15 年の車両が支援対象と
なる。
14 Avtostat による 16 年5月時点の予測。同予測において、原油価格が 30-40 ドル/の場合は、乗用新車の販売台数が
前年比 26%減の 110 万台にまで落ち込むとされている。
15 AEB による 16 年1月時点の予測。
2
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