最先端のがん治療:重粒子線治療について 中央放射線部 教授 若月 優 はじめに 1895 年にヴィルヘルム・レントゲンが X 線を発見してから、120 年が経過し、放射線は医療の分野で 多くの活用がなされてきております。がん治療に関しては、X 線発見の数年後にはすでに皮膚がんの治 療に用いられたことが記録として残っており、がん治療としての放射線治療はすでに 100 年を超える歴 史があります。特に近年はコンピューターの進歩や物理学の進歩などと相まって、急速に発展し、がん 治療の中で欠かせない存在となってきております。一方で本年 4 月に日本初の最先端の放射線治療であ る炭素イオン線治療(重粒子線治療)が保険適応になり、新たな局面をむかえつつあります。本日はこ の最先端の放射線治療である重粒子線治療に関してお話ししたいと思います。 重粒子線治療とは 千葉県にある放射線医学総合研究所に、世界初の重粒子線医療専用加速器 HIMAC(Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba)が建設され 1995 年から炭素イオン線による重粒子線治療を行われてきました。 重粒子線の一種である炭素イオン線は高い線量集中性(ピンポイント治療)と強い細胞致死作用(威力 が強い)という二つの大きな特徴を有しております。線量の集中性は重粒子線の物理学的な特徴として、 いわゆる Bragg peak(ブラッグピーク)と呼ばれる特徴を持っております。一般の X 線やガンマ線とい った放射線は体内に入ると浅いところで線量(放射線の与える影響)が最大となり(Build-up) 、その後 深さとともに線量は徐々に減少していきます。一方で重粒子線の線量は体内に入ったのちに、体表近く は線量が少なく、ある一定の深さで粒子が停止する際に一気にエネルギーを放出し最大線量(Bragg peak) となり、それよりも奥にはほとんど照射されない特徴を持っています。また、重粒子は直進性にも優れ ているため側方への散乱も少なくなっております。このような特性をうまく利用することによって、近 くに重要な正常臓器がある場合でも、 「がん」に限局して大線量をピンポイントで照射することが可能と なっております。次にもう一つの重粒子線の特徴である強い細胞致死作用(威力が強い)とは、癌細胞 の DNA に対して、直接的・致命的な損傷を与えることが出来ることによります。従来の X 線やガンマ 線の治療に抵抗性の腫瘍に対しても強い威力を持っており、高い効果をもたらすことができます。した がって炭素イオン線では、通常の放射線に比べてピンポイントに高い威力を発揮することにより、通常 の放射線治療では難治性の「がん」においても高い効果が期待できます。 保険診療としての重粒子線治療 放射線医学総合研究所における重粒子線治療は標準治療で根治困難な疾患を中心に、1995 年から臨床試 験として治療が開始されています。対象となる疾患は、切除不能の骨肉腫や脊索種などの骨軟部腫瘍、 頭頚部の悪性黒色腫や腺様嚢胞癌などの通常の放射線治療(X 線)に抵抗性と言われている疾患、直腸 がん術後再発や膵臓がん、巨大な局所進行子宮頸癌などの通常の放射線治療や手術で制御困難な疾患、 肺癌や肝臓癌、前立腺癌などに対する通常の放射線治療よりも短期間の治療など多岐にわたっておりま す。2003 年 10 月からは先進医療として治療がされてきました。本年 4 月の保険診療の改定において、 初めて骨肉腫や脊索種などの切除不能骨軟部腫瘍に対する重粒子線治療の保険収載されることとなりま した。骨肉腫や脊索種などの骨軟部腫瘍の多くは通常の放射線(X 線)に抵抗性の腫瘍が多く、一般に 外科的切除が可能であれば手術が第一選択となっております。しかしながら、切除が困難な症例では通 常の放射線治療が選択されることが多くありましたが、これらの腫瘍の放射線抵抗性のために十分な効 果が得られておりませんでした。一方で重粒子線治療では、原則として切除困難な症例のみを対象とし ていたが、切除可能症例における外科的切除の成績と遜色のない成績を示しております。保険に認めら れたことにより、今までよりも多くのこれらの疾患の患者に対して治療を提供することが可能になり、 さらなる発展・有効利用が期待されております。現在は切除不能骨軟部腫瘍に対する重粒子線治療のみ が保険治療として認められているが、今後は頭頚部の非扁平上皮癌や肝細胞癌、膵癌など複数の疾患で の保険収載が期待されております。 最後に 重粒子線治療はまだまだ進化の途中の医療でありますが、日本初の日本が世界をリードする医療です。 さらなる発展により、多くのがん患者に貢献できることを期待しております。 ≪講師略歴≫ 氏 名 若月 優(わかつき まさる) 学 歴 1996 年 4 月 群馬大学医学部医学科入学 2002 年 3 月 同 卒業 2004 年 4 月 群馬大学医学系研究科大学院入学 2007 年 12 月 同 職 歴 卒業 医学博士取得 2002 年 群馬大学卒業と同時に群馬大学医学部放射線腫瘍学教室に所属。 2002 年 群馬大学医学部付属病院 2003 年 国立高崎病院 2004 年 放射線医学総合研究所 2005 年 虎の門病院 2006 年 群馬大学医学部付属病院 2007 年 伊勢崎市民病院 2008 年 群馬大学医学部付属病院 助教 2009 年 ハーバード大学/マサチューセッツ総合病院に研究留学 2011 年 放射線医学総合研究所 重粒子医科学センター病院 2013 年 同治療課医長 2016 年 自治医科大学 放射線科/中央放射線部 教授
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