中国経済 2016 年 6 月 21 日 全8頁 L 字型をたどる中国経済、縦棒はまだ続く 絶好調だった住宅販売もピークアウトか 経済調査部 主席研究員 齋藤 尚登 [要約] 中国共産党・政府は、今後の中国経済は L 字型をたどるとしている。L 字とは縦棒(下 向き)と横棒(水平)の組み合わせであるが、少なくとも中期的に縦棒がまだ続くと認 識されている。 当然、長期的なダウントレンドのなかにも短期循環的な景気底打ちや成長率の加速はあ り得る。住宅販売好調が牽引した不動産開発投資の底打ち・反転、さらには、高水準の 伸びを維持してきたインフラ投資の一段の加速などで、その期待が高まった。 しかし、その一方で、大都市を中心とした住宅価格高騰や、固定資産投資における「国 進民退」(政策の恩恵が国有部門に集中し、民間部門は蚊帳の外に置かれる)の鮮明化 などの問題が生じている。なかでも「国進民退」を資金面で支えたのが銀行貸出と、2014 年~2015 年は抑制されていたシャドーバンキングの急増であった。緩和に振れすぎて しまった金融政策を本来の「中立」に戻す動きが始まり、既に金融統計にそれが表れて いる。 絶好調だった住宅販売には、ピークアウトの兆しが見え始めている。住宅販売⇒住宅価 格⇒不動産開発投資への波及の時間差を勘案すると、当面は不動産開発投資の増加が期 待されるが、その天井は低いと認識しておくべきであろう。 消費はやや減速している。豚肉を中心に食品価格の上昇ピッチが速まったことが、実質 小売売上減速の大きな要因の一つである。今後、豚肉価格上昇率がピークアウトしてい くと想定されるのはプラス材料であるが、原油価格等の上昇によって輸入物価が上昇に 転じるのはマイナス材料である。総じていえば、消費は底堅い推移は期待できるが、景 気を底入れ・反転させていくには力不足であろう。 投資にせよ、消費にせよ、明確な牽引役が不足しており、当面、中国の景気は緩やかな 減速が続くことになろう。 株式会社大和総研 丸の内オフィス 〒100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号 グラントウキョウ ノースタワー このレポートは投資勧誘を意図して提供するものではありません。このレポートの掲載情報は信頼できると考えられる情報源から作成しておりますが、その正確性、完全性を保証する ものではありません。また、記載された意見や予測等は作成時点のものであり今後予告なく変更されることがあります。㈱大和総研の親会社である㈱大和総研ホールディングスと大和 証券㈱は、㈱大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です。内容に関する一切の権利は㈱大和総研にあります。無断での複製・転載・転送等はご遠慮ください。 2/8 L 字型をたどる中国経済、縦棒はまだ続く 5 月 9 日付けの人民日報は「スタートの第 1 四半期に大勢を問う―権威筋が語る当面の中国経 済」と題する長文のインタビュー記事を掲載した。権威筋とは習近平総書記のブレーンである 劉鶴・中央財経指導小組弁公室主任(国家発展改革委員会副主任)らと目され、このなかでは、 「我が国経済の U 字回復はなく、V 字回復はなおさらなく、L 字をたどるとみられる。強調した いのは、この L 字は一つの段階であり、1 年、2 年では終わらない」との表現があった。L 字と は縦棒(下向き)と横棒(水平)の組み合わせであるが、少なくとも中期的に縦棒がまだ続く と認識されている。 当然、長期的なダウントレンドのなかにも短期循環的な景気底打ちや成長率の加速はあり得 る。昨年春先以降の住宅市場テコ入れによる住宅販売好調が牽引した不動産開発投資の底打 ち・反転、さらには、高水準の伸びを維持してきたインフラ投資の一段の加速などで、その期 待が高まった。しかし、その一方で、大都市を中心とする住宅価格高騰や、固定資産投資にお ける「国進民退」 (政策の恩恵が国有部門に集中し、民間部門は蚊帳の外に置かれる)の鮮明化 などの問題が生じている。2016 年 1 月~5 月の固定資産投資は、全体の 3 割強を占める国有部 門が前年同期比 23.3%増(2015 年は前年比 10.9%増)の大幅増加だったのに対して、全体の 6 割強を占める民間部門は同 3.9%増(2015 年は同 10.1%増)と急減速した。伝統産業を中心と する国有部門の投資が急増する一方で、例えば、イノベーションの担い手として期待される民 間部門の投資急減速は、中国経済の非効率性を助長する面がある。 なかでも「国進民退」を資金面で支えたのが銀行貸出と、2015 年までは抑制されていたシャ ドーバンキングの急増であった。権威筋へのインタビューは「急いで経済の下振れ圧力を克服 しようとすれば、レバレッジ比率は一段と高まる。ハイレバレッジは必然的にハイリスクをも たらす。レバレッジを高めることにより、無理に経済成長を図ることはできず、その必要もな 固定資産投資全体、民間部門、国有部門の伸び率の推移(1 月からの累計の前年同期比) (単位:%) 30 全 体 25 国 有 民 間 20 15 10 5 0 14/1 15/1 (出所)国家統計局より大和総研作成 16/1 3/8 い」などとして行き過ぎた金融緩和にくぎを刺した。緩和に振れすぎてしまった金融政策を本 来の「中立」に戻す動きが始まり、既に金融統計にそれが表れている。 社会資金調達額の推移(1 月からの累計の前年同期比)(単位:%) 100 社会資金調達金額 80 うち人民元貸出増加額 60 うち人民元貸出増加額以外 40 20 0 -20 -40 -60 -80 14/1 15/1 16/1 (出所)中国人民銀行より大和総研作成 固定資産投資は再び減速 2016 年 1 月~5 月の固定資産投資は前年同期比 9.6%増と、2015 年の前年比 10.0%増から減 速した。1 月~3 月には同 10.7%増へ回復しており、そこからは 1.1%ポイントの低下である。 インフラ投資は同 20.4%増と好調を持続した一方で、鉄鋼などの過剰生産能力削減が推進さ れている製造業向けは、2015 年の同 8.1%増から 2016 年 1 月~5 月は同 4.6%増と一段の減速 となった。2015 年に同 1.0%増に落ち込んだ不動産開発投資は、2016 年 1 月~5 月は同 7.0%増 へ回復したが、1 月~4 月の同 7.2%増からは若干低下している。 先月の中国経済見通しでは、 「中国の景気には、大都市の住宅販売好調や不動産開発投資の回 復、それにインフラ投資に多くを依存せざるを得ないという脆弱さがある」旨を指摘したが、 住宅販売については、ピークアウトの兆しが見え始めている。2016 年 1 月~5 月の商品住宅販 売金額は前年同期比 53.4%増(5 月単月は前年同月比 32.9%増)と高水準ながらも 1 月~4 月 の同 61.4%増からは伸びが鈍化した。2016 年 5 月の全国 70 都市の平均住宅価格(前年同月比) は同+6.9%と一段の上昇となったが、前月比は 4 月の+1.0%から 5 月は+0.8%へと上昇幅が 縮小している。 住宅販売⇒住宅価格⇒不動産開発投資への波及の時間差を勘案すると、当面は不動産開発投 資の増加が期待されようが、その天井は低いと認識しておくべきであろう。中国の住宅市場は 二極化が鮮明化しており、不動産開発投資を牽引するのは、実需も投資・投機需要も旺盛なテ ィア 1 都市と呼ばれる大都市と一部のティア 2 都市である。一方で、2008 年 11 月に発動された 4/8 4 兆元の景気対策の一環で需要を大幅に上回る住宅供給をしたティア 3~ティア 5 都市と呼ばれ る地方都市では、深刻な過剰在庫を中長期的に消化するのに精一杯という状況が続いている。 固定資産投資(1 月からの累積の前年同期比、%) 60 不動産開発投資 固定資産投資 50 製造業 インフラ 40 鉱業 30 20 10 0 -10 -20 -30 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (出所)国家統計局より大和総研作成 中国の商品住宅販売金額と 70 都市新築住宅価格の推移(前年累計比、前年同月比)(単位:%) 商品住宅販売金額:前年累計比(左目盛) 70都市新築住宅価格上昇率:前年同月比(右目盛) 100 20 80 16 60 12 40 8 20 4 0 0 -4 -20 -8 -40 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 (注)販売金額の1-2月は平均値 (出所)国家統計局、ロイター社より大和総研作成 実質小売売上は減速 消費はやや減速している。2016 年 1 月~5 月の実質小売売上は前年同期比 9.6%増と、2015 年の前年比 10.6%増から伸びが低下している。1 月~5 月の消費者物価上昇率は同 2.1%(2015 年は同 1.4%)と、豚肉を中心に食品価格の上昇ピッチが速まったことが、実質小売売上減速の 大きな要因の一つである。 5/8 豚肉の消費者物価構成ウエイトは 2.3%程度であるが、価格変動が極めて大きく、物価全体へ の影響は軽視できない。2016 年 5 月の豚肉価格は前年同月比 33.6%上昇し、同 2.0%の上昇と なった消費者物価を 0.8%ポイント押し上げている。 繁殖用母豚の飼育頭数は 2015 年前半の急減局面を経て、ここもとは下げ止まりの兆しを見せ ているが、繁殖用母豚の補充から交配・出産・肥育には 12 ヵ月程度が必要とされるため、少な くとも今後 1 年は豚肉の供給増加は期待し難いことになる。 ただし、豚肉価格の上昇率はそろそろピークを迎えてもおかしくはない。下図のように、繁 殖用母豚の飼育頭数(前年同月比)を 12 ヵ月先行させたものと豚肉価格(同)は反比例する。 前者の減少率は 2015 年前半が最大であり(12 ヵ月先行させたグラフでは 2016 年前半)、その後、 減少率は縮小している。豚肉価格上昇率がピークアウトしていけば、物価上昇圧力が低減し、 実質消費には追い風となろう。 その一方で、先行きの消費者物価には懸念材料もある。原油価格等の上昇によって輸入物価 が上昇に転じるリスクである。輸入物価は 2015 年 8 月の前年同期比▲15.0%を直近のボトムに、 2016 年 4 月には同▲3.9%までマイナス幅が縮小している。資源価格の上昇等が最終製品に転嫁 されるようになれば、当然、消費者物価の上振れ要因となる。今からその心配をするのは尚早 かもしれないが、豚肉価格ピークアウトのプラスの効果を相殺してしまう可能性には注意が必 要であろう。 総じていえば、消費は底堅い推移は期待できるが、景気を底入れ・反転させていくには力不 足であろう。中国では、投資にせよ、消費にせよ、明確な牽引役が不足している。当面、景気 は緩やかな減速が続くことになろう。 繁殖用母豚飼育頭数(12 ヵ月先行)と豚肉価格上昇率の推移(前年同月比) (単位:%) 70 10 繁殖用母豚飼育頭数(前年同月比) (12ヵ月先行、右目盛) 60 5 50 40 0 30 -5 20 10 -10 0 -10 -15 豚肉価格上昇率(前年同月比) (左目盛) -20 -20 -30 11 12 13 (出所)国家統計局より大和総研作成 14 15 16 17 6/8 消費者物価上昇率と輸入物価の推移(単位:%) 20 15 輸入物価 消費者物価 10 5 0 -5 -10 -15 -20 11 12 13 14 15 16 (出所)中国通関統計、中国国家統計局より大和総研作成 主要経済指標一覧 2015年12月 2016年1月 2月 - - 3月 5月 - - 6.8 鉱工業生産(前年同月比、%) 5.9 5.4 6.8 6.0 6.0 電力消費量(前年累計比、%) 0.5 2.0 3.2 2.9 2.7 -9.0 -7.9 鉄道貨物輸送量(前年累計比、%) 固定資産投資(前年累計比、%) -11.9 -10.0 6.7 4月 実質GDP成長率(四半期、前年同期比、%) -10.3 10.0 10.2 10.7 10.5 9.6 不動産開発投資(前年累計比、%) 1.0 3.0 6.2 7.2 7.0 小売総額 名目(前年同月比、%) 11.1 10.2 10.5 10.1 10.0 小売総額 実質(前年同月比、%) 10.7 9.6 9.7 9.3 9.7 消費者物価指数 全体(前年同月比、%) 1.6 1.8 2.3 2.3 2.3 2.0 消費者物価指数 食品(前年同月比、%) 2.7 4.1 7.3 7.6 7.4 5.9 消費者物価指数 非食品(前年同月比、%) 1.1 1.2 1.0 1.0 1.1 1.1 工業製品出荷価格指数(前年同月比、%) -5.9 -5.3 -4.9 -4.3 -3.4 -2.8 工業生産者購入価格指数(前年同月比、%) 新規融資額(億元) -6.8 -6.3 -5.8 -5.2 -4.4 -3.8 5,978 25,100 7,266 13,700 5,556 9,855 M2伸び率(%) 13.3 14.0 13.3 13.4 12.8 11.8 輸出(前年同月比、%) -1.9 -11.4 -25.4 11.4 -1.8 -4.1 輸入(前年同月比、%) -7.8 -19.2 -13.8 -7.5 -10.9 -0.4 593.9 632.9 325.9 298.6 455.6 499.8 新築商品住宅価格指数 北京(前年同月比、%) 10.4 11.3 14.2 17.6 20.2 21.4 新築商品住宅価格指数 上海(前年同月比、%) 18.2 21.4 25.1 30.5 34.2 33.8 貿易収支(億米ドル) 商用不動産 着工面積(前年累計比、%) -14.0 13.7 19.2 21.4 18.3 商用不動産 完工面積(前年累計比、%) -6.9 28.9 17.7 20.1 20.4 不動産販売 面積(前年累計比、%) 6.5 28.2 33.1 36.5 33.2 不動産販売 金額(前年累計比、%) 14.4 43.6 54.1 55.9 50.7 (出所)国家統計局、中国人民銀行、通関統計、中国国家エネルギー局、中国鉄道省、CEIC より大和総研作成 7/8 主要経済指標一覧(続き) 電力消費量(前年累計比、%) 鉱工業生産(前年同月比、%) 18 15 16 12 14 12 9 10 6 8 6 3 6.0 4 2.7 0 2 -3 0 11 12 13 14 15 11 16 新規融資額とM2 20 M2伸び率(%、右) 14 15 16 10 18 (直近は2016年5月) 25,000 13 鉄道貨物輸送量(前年累計比、%) 30,000 新規融資額(億元、左) 12 (注)1~2月の伸び率は2ヵ月の平均値、直近は2016年1-5月 (注)1~2月は2ヵ月の平均値、直近は2016年5月 16 5 14 20,000 11.8 12 0 10 15,000 9,855 10,000 8 -5 -7.9 6 4 5,000 -10 2 0 0 11 12 13 14 15 (直近は2016年1-4月) -15 11 16 12 13 14 15 16 消費者物価指数(前年同月比、%) 小売総額(前年同月比、%) 20 16 実質 9.7 名目 10.0 (直近は2016年5月) 15 CPI全体 14 食品 非食品 12 (直近は2016年5月) 10 8 10 6 5.9 4 5 11 12 13 14 15 16 (注1)旧正月の時期による影響を避けるため1~2月は平均値 (注2)実質は、2011年9月以降は当局の発表による。 それ以前は、名目伸び率から消費者物価上昇率を引いたもの 2.0 2 1.1 0 11 12 13 14 15 (出所)国家統計局、中国人民銀行、通関統計、中国国家エネルギー局、中国鉄道省、CEIC より大和総研作成 16 8/8 主要経済指標一覧(続き) 工業製品出荷価格指数(前年同月比、%)と交易条件 貿 易 15 工業製品出荷価格指数(左) 60 1.04 45 1,000 -2.8 工業生産者購入価格指数(左) -3.8 交易条件(右) 10 1.06 5 1.02 1.010 750 499.8 30 15 0 1.00 -5 0.98 -10 0.96 250 -0.4 0 -250 (直近は2016年5月) -30 -500 11 (直近は2016年5月) 12 0.94 11 12 13 14 15 0 -4.1 -15 -15 500 13 14 貿易収支 (億米ドル、右) 16 固定資産投資(前年累計比、%) 15 16 輸出 (前年同月比%、左) 輸入 (前年同月比%、左) 新築商品住宅価格指数(前年同月比、%) 40 40 北京 固定資産投資 35 上海 33.8 不動産開発投資 30 30 25 21.4 20 20 10 15 10 9.6 0 7.0 5 (直近は2016年1-5月) (直近は2016年5月) -10 0 11 12 13 14 15 11 16 12 商用不動産着工・完工面積(前年累計比、%) 13 14 15 16 不動産販売(前年累計比、%) 100 50 新規着工面積 40 完工面積 18.3 販売面積 販売金額 80 20.4 30 60 50.7 20 40 33.2 10 20 0 0 -10 -20 -20 (直近は2016年1-5月) (直近は2016年1-5月) -40 -30 11 12 13 14 15 16 11 12 13 14 15 (出所)国家統計局、中国人民銀行、通関統計、中国国家エネルギー局、中国鉄道省、CEIC より大和総研作成 16
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