国立大学法人熊本大学 平成28年6月21日 報道機関 各位 熊本大学 コケ植物の葉緑体に「壁」を発見 (概要説明) ・ 緑 色 植 物 の 光 合 成 の 場 で あ る 葉 緑 体 は 二 重 の 包 膜 *1 の み で 囲 ま れ て い る と 、ど の 教 科 書 に も 書 い て あ り ま す が 、今 回 、我 々 は コ ケ 植 物 を 用 い て 高 感 度 な ペ プ チ ド グ リ カ ン * 2 検 出 シ ス テ ム を 使 い 、今 ま で 電 子 顕 微 鏡 で も 観 察 で き な か っ た 、葉 緑 体 を 覆 う ペ プ チ ド グ リ カ ン「 壁 」を 可 視 化 す る こ と に 成 功 し ま し た 。コ ケ 植 物 に お け る 葉 緑 体 の「 壁 」は 、葉 緑 体 の 形 態・分 裂 機 構 や 光 合 成 物 質 の 輸 送 に 関 係 す る だ け で な く 、植 物 の 進 化 に も 大 き く 関 わ っ て い る 可 能 性 が あ り ま す 。今 回 の 発 見 は 、教 科 書 に 載 っ て い る 今 ま で の 一 般 的 な 葉緑体構造の記述について、その変更を迫るものです。 (研究の背景と内容の説明) 熊本大学大学院先端科学研究部・パルスパワー科学研究所併任の高野博嘉 教授、同研究部武智克彰准教授らの研究グループは、同研究部石川勇人准教 授や九州大学の大島・河原林教授(当時)等との共同研究として、世界で初 めて緑色植物の葉緑体に存在するペプチドグリカンの可視化に成功し、コケ 植物の葉緑体がペプチドグリカン「壁」で覆われていることを明らかにしま した。 葉 緑 体 は 植 物 の 細 胞 の 中 で 光 合 成 を 行 う 細 胞 小 器 官 *3 で 、 原 始 真 核 細 胞 に 細胞内共生したシアノバクテリア(藍藻)から進化したことが現在ではほぼ 認 め ら れ て い ま す 。 祖 先 が バ ク テ リ ア (細 菌 )で あ っ た こ と か ら 、 葉 緑 体 は 細 胞内でも分裂によってのみ、増殖することができます。藍藻は細胞壁の構成 要素としてペプチドグリカン層を持ちますが、その子孫である緑色植物の葉 緑体ではペプチドグリカン層が観察できないことから、ペプチドグリカンは 進化の過程で消失し、現在の葉緑体は二重の包膜のみで覆われていると考え ら れ て き ま し た (図 1)。 今回、我々は高感度なペプチドグリカン検出システムを用いることで、今 まで電子顕微鏡でも観察できなかったコケ植物の葉緑体を覆うペプチドグリ カ ン 層 を 可 視 化 し ま し た 。こ の 実 験 に は 、ペ プ チ ド グ リ カ ン で D体 の ア ミ ノ 酸 *4 を 含 む D-ア ラ ニ ル -D-ア ラ ニ ン * 5 が 特 異 的 に 使 用 さ れ て い る こ と を 利 用 し ました。 ま ず 、こ の D-ア ラ ニ ル -D-ア ラ ニ ン を 合 成 す る 酵 素 の 遺 伝 子 を コ ケ 植 物 セ ン 類 の ヒ メ ツ リ ガ ネ ゴ ケ か ら 見 出 し 、こ の 遺 伝 子 配 列 を 決 定 し ま し た 。つ い で 、 この遺伝子が機能できなくなった遺伝子組み換え植物を実験室内で作製した ところ、この変異植物では葉緑体の分裂ができなくなっており、巨大な葉緑 体 が 出 現 す る こ と を 見 出 し ま し た 。こ の 変 異 植 物 体 を D-ア ラ ニ ル -D-ア ラ ニ ン を 加 え て 生 育 さ せ る と 、巨 大 葉 緑 体 が 分 裂 を 開 始 す る こ と か ら 、コ ケ 植 物 は D 体 の ア ミ ノ 酸 を 葉 緑 体 分 裂 に 使 用 し て い る こ と が 明 ら か と な り ま し た 。更 に 、 D-ア ラ ニ ル -D-ア ラ ニ ン の 巨 大 葉 緑 体 形 質 を 抑 え る 処 理 を し た の ち に 、ク リ ッ ク 反 応 *6 と 呼 ば れ る 反 応 で 蛍 光 物 質 を 結 合 さ せ 、 蛍 光 顕 微 鏡 下 で 観 察 す る こ と に よ り 、 葉 緑 体 の ペ プ チ ド グ リ カ ン 「 壁 」 の 可 視 化 に 成 功 し ま し た (図 2)。 葉緑体の「壁」構造は、葉緑体分裂や葉緑体形態に関係するだけでなく、 光合成物質の輸送にも関わるものと思われます。この「壁」構造は、被子植 物では消失していると考えられますが、今回の発見は、教科書に載っている 今までの一般的な葉緑体構造の記述について、その変更を迫るものです。 用語解説 *1 包 膜 :葉 緑 体 は 2重 の 膜 (脂 質 二 重 層 )で 囲 ま れ て お り 、こ れ を 包 膜 と 呼 ん でいる。 *2 ペプチドグリカン:細 菌 の 細 胞 壁 を 構 成 す る 高 分 子 物 質 。多 糖 (グ リ カ ン )鎖 が 、ア ミ ノ 酸 が 4-5個 重 合 し た ペ プ チ ド 側 鎖 間 の 結 合 に よ り 架 橋 し た 網 目状構造を持つ。 *3 細 胞 小 器 官 :細 胞 の 中 で 特 に 分 化 し た 形 態 や 機 能 を 持 つ 構 造 体 の 総 称 。 葉緑体の他に、核やミトコンドリア、ゴルジ体、リソソームなど。 *4 D体 のアミノ酸 :ペ プ チ ド や タ ン パ ク 質 を 構 成 す る 要 素 で あ る ア ミ ノ 酸 に は 一 般 的 に L体 と D体 の 構 造 異 性 体 ( 同 じ 数 、 種 類 の 原 子 を 持 つ が 立 体 的 構 造 が 異 な る も の )が 存 在 し て い る が 、生 物 は 基 本 的 に L体 の ア ミ ノ 酸のみを使用している。 *5 D-アラニル-D-アラニン:D体 の ア ミ ノ 酸 で あ る D-ア ラ ニ ン が 2個 結 合 し た 物質 *6 クリック反 応 :特 定 の 物 質 を 結 び つ け る 手 法 の 一 つ 。 代 表 的 な も の と し て は、アルキンとアジド化合物が付加環化反応を起こし、この二つの分 子が環状構造を作って結合する化学反応がある。近年、生物学分野で も広く使われ始めている。 核 物 被子植 実際のPG消失時期 核 物 コケ植 従来のPG の進化的 消失時期 ペプチドグリカン (PG) 原始真核細胞と藍藻との 共 進化 生 シアノバクテリア (藍藻) 核 図 1 共 生 進 化 により葉 緑 体 が誕 生 した際 、早 い時 期 にペプチドグリカン(PG)は失 われた と考 えられてきたが、実 際 はコケ植 物 にも現 存 していた。 ペプチドグリカン + ペプチドグリカン クロロフィル ( 葉緑体 ) クロロフィル ( 葉緑体 ) 図 2 コケが胞 子 から発 芽 した原 糸 体 の細 胞 (写 真 では先 端 の細 胞 が右 上 にあり、3 つの細 胞 が写 っている)の写 真 。一 番 左 がクリック反 応 でペプチドグリカンを可 視 化 したもの、真 中 がクロロフィルの自 家 蛍 光 を捉 えたもので、葉 緑 体 の場 所 を示 している。一 番 右 は、左 と真 中 の図 を重 ねたもの。ペプチドグリカンが葉 緑 体 を取 り囲 んでいることがわかる。(写 真 は The Plant Cell に掲 載 予 定 の論 文 より) 本 研 究 は 、文 部 科 学 省 科 学 研 究 費 補 助 金 の 支 援 を 受 け て 行 わ れ ま し た 。本 研 究 成 果 は 、 Breakthrough Reports と し て 、 科 学 雑 誌 「 The Plant Cell」 オ ン ラ イ ン 版 で 、 6 月 20 日 (月 )に 公 開 さ れ ま し た 。 論文名 Moss Chloroplasts are Surrounded by a Peptidoglycan Wall Containing D-Amino Acids (コ ケ の 葉 緑 体 は 、 D-ア ミ ノ 酸 を 含 む ペ プ チ ド グ リ カ ン 層 に 覆 わ れ て い る ) 論文著者・所属 Takayuki Hirano a , Koji Tanidokoro a , Yasuhiro Shimizu b , 1 , Yutaka Kawarabayasi b , c , Toshihisa Ohshima d , Momo Sato a , Shinji Tadano a , Hayato Ishikawa a , Susumu Takio a , e , Katsuaki Takechi a , and Hiroyoshi Takano a , f , * a Graduate School of Science and Technology, Kumamoto University, Kumamoto 860-8555, Japan. b Faculty of Agriculture, Kyushu University, Fukuoka 812-8581, Japan. c National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Amagasaki, Hyogo 661-0974, Japan. d Faculty of Engineering, Osaka Institute of Technology, Asahi-ku, Osaka 535-8585, Japan. e Center for Marine Environment Studies, Kumamoto University, Kumamoto 860-8555, Japan. f Institute of Pulsed Power Science, Kumamoto University, Kumamoto 860-8555, Japan 1 Present addresses: Institute for Protein Research, Osaka University, Yamadaoka, Suita-shi, Osaka 565-0871, Japan. 【お問い合わせ先】 熊本大学大学院先端科学研究部 パルスパワー科学研究所併任 担当:教授 高野博嘉 電 話 : 096-342-3432 e-mail: [email protected]
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