生活習慣病とがん

生活習慣病とがん
自治医科大学 学長 永井 良三
はじめに
がんは現在、日本人の死亡原因の 1/3 を占めます。人類を脅かす病気は、長い間、結核や肺炎などの感
染症でした。しかし第二次大戦後、抗生物質の発見により感染症が減少し、がん、脳卒中、心臓病による
死亡が大幅に増加しました。がんのなかでも、最近は胃がんが減りつつあり、大腸癌や肺がんが大きく増
えています。がんと心臓病や脳卒中は別の病気のように見えますが、実は密接な関係があります。これら
の病気は、すべてではありませんが、生活習慣による場合が多いという点で共通しています。実際、心臓
病や脳卒中、糖尿病の患者さんは、がんになりやすいことも知られています。
講演ではがんを予防するにはどのような生活習慣に気をつけたらよいかをお話しします。
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がんになりやすい生活習慣
がんの背景を調べたハーバード大学のデータがあります。これによると、米国人の場合、たばこと食事
が最も大きな要因であることがわかります。たばこには発がん物質が含まれていますから、肺や喉頭が
ん、食道癌だけでなく、さまざまな癌の原因になります。また、血管を傷害して動脈硬化を促進するため、
心臓病や脳卒中を起こします。かつて喫煙していても、中止するとこれらの病気のリスクを減らすことが
できます。
食べ過ぎと運動不足によるメタボ症候群や糖尿病もたばこと並んで重要ながんの原因です。食べ過ぎ
による余ったカロリーは内臓の脂肪として蓄積されます。さらに肝臓に脂肪が蓄積され、脂肪肝という状
態になります。こうした状態では、脂肪組織だけでなく肝臓の中でも慢性の炎症が起こり、体に有害な物
質が増えてきます。最近は腸の中の細菌の種類が変化し、有害物質が産生され、腸や肝臓の炎症を悪化さ
せるとも言われています。腸に炎症が起これば、細菌の作る有害物質も体の中に侵入しやすくなります。
メタボや糖尿病の患者さんに大腸癌や膵臓癌が多いのはこうした理由によると考えられます。認知症も
メタボや糖尿病の患者さんに多く発症するのも、こうした仕組みと関係があります。
酒も飲みすぎは禁物です。酒とたばこの両方を嗜む方は、口腔がん、喉頭がん、食道がんなどの危険性
が高くなります。たばこ、過剰な飲酒、食べ過ぎ、運動不足のいずれも体の中の慢性炎症を引き起こすこ
とが、がんの発症の原因になるようです。とくに脂肪分の多い食事、そのなかでも室温で固まる動物性の
脂肪は炎症を悪化させます。これに対し魚や植物性の油は逆に炎症を抑えるといわれています。
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がんの予防に重要なこと
がんはウイルスや細菌の感染(肝臓がん、子宮がん、胃がんなど)、紫外線へのばく露(皮膚がん)、
大気汚染(肺がん)、遺伝子の異常、などでも起こります。ウイルスや細菌の感染を診断するには医療機
関の受診が必要です。感染していても問題ない人もいますが、肝炎ウイルスは肝臓がん、パピローマウィ
ルスは子宮頸がん、ピロリ菌は胃がんのリスクを高めます。紫外線防止は皮膚がんの予防に重要です。最
近はネットで遺伝子診断を受けられますが、重要な遺伝子の変異と意味のない変異がありますので、不確
実な情報に惑わされないように、よく専門家と相談してください。
がん予防は第一歩は禁煙です。日本人では、男性のがんの 40%、女性のがんの 5%が喫煙によるといわ
れています。とくに肺がんの死亡については、男性で 70%、女性で 20%が喫煙と関係します。ウイルス
や細菌によるといわれる肝臓がん、子宮がん、胃がんも、実は喫煙とも関係します。また受動喫煙も肺が
んの確率を 20%程度上げるとされており、喫煙される方は周囲への配慮が求められます。
日本の国立がん研究センターは、禁煙、節酒、食生活、身体活動、適正体重の維持の 5 つの健康習慣を
実施する人は、これらを0または一つ実施する人に比べ、男性で 43%、女性で 37%ほどがんになるリス
クを減らすことができると推測しています。
がんを完全に予防することはできませんが、これらに気をつけるだけでかなり効果があります。同時
にそれは糖尿病、心臓病、脳卒中、認知症などの防止にもつながります。少子高齢化が進む中、医療費
や社会保障費は増加の一途をたどっています。コストの多くは若い世代が借金として担い、返済しなけ
ればなりません。ご自身の健康を守るだけでなく、ご家族の健康を守り、さらに若い世代にも医療が行
き届くよう生活習慣の改善をぜひ心がけて下さい。
≪講師略歴≫
氏
名
学歴及び職歴
永井 良三(ながい りょうぞう)
昭和 24 年 6 月 12 日生
昭和 49 年 9 月
東京大学医学部医学科卒業
昭和 58 年 7 月−62 年 12 月
米国バーモント大学留学
平成 5 年 3 月−7 年 3 月
東京大学医学部第三内科助教授
平成 7 年 4 月−11 年 10 月
群馬大学医学部第二内科教授
平成 11 年 5 月-24 年 3 月
東京大学大学院医学系研究科内科学専攻
循環器内科教授
受
賞
歴
主 な 著 書
平成 15 年 4 月−19 年 3 月
東京大学医学部附属病院長
平成 24 年 4 月-現在
自治医科大学学長
平成 21 年 5 月
紫綬褒章
平成 24 年 8 月
ヨーロッパ心臓病学会 金賞
医の未来、岩波新書、2011
医学生とその時代、中央公論新社、2015