2016 年 6 月 22 日 BTMU Economic Brief, London 経済調査室 ロンドン駐在情報 The Bank of Tokyo-Mitsubishi UFJ, Ltd Economic Research Office (London) Shin Takayama |髙山 真 ([email protected]) 英国の EU 離脱問題:経済か、自主か?~移民問題を橋頭堡に攻勢強める EU 離脱派 【要旨】 英国の欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票が 6 月 23 日に迫るなか、 世論調査では接戦が続いている。ただし、6 月に入ってからの動きに限ると、勢い を増しているのは離脱派のようだ。 離脱派は、移民流入問題を主要争点とすることで攻勢を強めている。英国は、移民 の受入自体には長い歴史を有しているが、特に 2000 年代以降、EU 域内からの移民 が増加傾向にある。 EU の基本理念の一つである「人の移動の自由」に基づき、他の EU 加盟国からの 移民は、原則無条件で英国での就労が可能である。そのため、EU 離脱派は、EU か らの移民流入が英国人労働者の失業増加や賃金押し下げに繋がっていると主張して いる。 離脱派はスローガンとして「コントロールを取り戻せ(Take back control)」を前 面に打ち出してきている。コントロールとは、移民の制限を始め、行政全般の自主 性であり、ひいては国家主権を EU から取り戻す意味が込められている。一方、残 留派は、EU 離脱が英国経済に与える悪影響や、米オバマ大統領を始めとする海外 首脳からの警告などを材料に、有権者の説得を図っている。 国民投票の結果は、英国時間の 6 月 24 日午前 4 時(日本時間では同日正午)頃に は大勢が判明すると予想されている。投票結果が英国内外の経済、金融市場、政治 等に与える影響を注視する必要があろう。 1.世論調査では接戦が継続 英国の欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う国民投票が 6 月 23 日に迫るなか、世論は 残留・離脱の間で揺れ動いている。世論調査の推移をみると、5 月には残留支持が僅差なが ら優勢に立った一方、6 月に入ってからは離脱支持が逆転した(第 1 表)。こうしたなか、6 1 月 16 日、英労働党の下院議員で、残留派として活動していたジョー・コックス氏が、極右思 想に影響されたとみられる人物に殺害される事件が発生した。同事件が EU 離脱をめぐる議 論に与える影響は判断が難しいが、少なくとも世論調査のうち、同事件の発生以降に調査が 終了したものでは、残留支持が再び優勢となった。もっとも、残留支持のリードはごくわず かであり、5 月時点と比べて離脱支持が勢いを増している点では変化はない。 第1表:英国のEU離脱の是非に関する世論調査結果(調査会社別) (%) 5月 調査会社 6月16日以前 6月17日以降 EU残留 EU離脱 EU残留 EU離脱 EU残留 EU離脱 YouGov 42 40 41 44 43 44 Ipsos Mori 48 35 39 40 - - Survation 44 38 42 45 45 43 BMG 44 45 41 51 - - Opinium 44 40 44 42 44 44 ICM 41 40 42 46 - - ComRes 52 41 46 45 - - ORB 53 41 49 46 46 44 TNS 40 47 40 47 - - 平均 45 41 43 45 45 44 (注)1. 日付は調査終了日。 2. 1つの調査会社で複数の調査結果がある場合は、それらの平均。 (資料)各社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 離脱派が攻勢の中心に置いているのが移民流入問題だ。EU は基本理念の一つとして「人の 移動の自由」を掲げており、EU 加盟国は、原則として他の加盟国からの移民を制限すること ができない。EU の加盟国が拡大するにつれて、多くの移民が流入するようになった英国では、 受入を制限できないことについての根強い不満がある。離脱派は、今後一段と移民が増加す る可能性があることや、移民のコントロールは主権国家として本来有すべき権利と訴え、態 度未定層の取り込みに一定の成果を挙げている模様だ。 移民流入をめぐる議論において、残留派は守勢に立たされることが多く、EU 離脱による経 済損失について主要な論陣を張ることで支持の獲得を図っている。実際、世論調査でも、残 留に投票すると回答した有権者は経済への影響を重視し、離脱に投票すると回答した有権者 は移民流入や主権を重視する傾向がみられる(第 2 表)。以下では、離脱派が争点としてい る英国への移民流入問題について状況を確認する。 2 第2表:英国のEU離脱の是非を考える上での最重視事項に関する世論調査結果 (%) 国家主権 社会保障 への 影響 英国の 国際的 影響力 安全保障 スコット ランドの 独立 いずれ でも ない わからない 投票予定 経済への 影響 残留 47 5 2 10 11 5 3 11 6 離脱 6 42 34 9 1 3 1 2 2 棄権 12 12 0 6 1 6 2 28 33 未定 23 20 10 13 1 2 2 2 28 平均 26 23 17 9 5 4 2 7 7 移民流入 (資料)YouGov社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 2.2000 年代に入って以降、EU 域内からの移民の流入が増加 (1)近年の移民流入は中東欧諸国からが中心 英国は、移民の受入自体には長い歴史を有している。例えば、第 2 次世界大戦後の 1948 年 に制定された英国国籍法では、労働力不足を補うため、西インド諸島やインドといった英連 邦の市民に対して、英国における居住・労働の権利が与えられた。こうした旧植民地からの 移民受入は、1960 年代以降次第に制限された一方、1990 年代初めからは、EU 発足に伴い EU 域内での人の行き来が自由化された。 2014 年時点の英国の総人口 6,369 万人のうち、海外生まれの人口は 828 万人と全体の 13% を占めている(第 1 図)。近年の傾向として、2000 年代以降に EU に加盟した中東欧諸国を 中心に、EU 域内からの移民流入が増加しており、昨年の純流入数は 18 万人と 2 年連続で過 去最高を更新した(第 2 図)。 第1図:英国の出生地別人口構成(2014年) 第2図:英国の移民流出入の推移 40 (万人) 純流入 海外(EU内) 303万人(5%) 海外(EU外) 525万人(8%) 英国内 5,541万人 (87%) 総人口 6,369万人 海外合計 828万人 (13%) 30 非EU加盟国民 EU加盟国民 英国民 20 10 0 -10 純流出 -20 (資料)英国立統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2010 (資料)英国立統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 3 2015 (年) 海外生まれの英国人口のうち、EU 域内出身者は 303 万人(2014 年)と過去 10 年で約 2 倍 に増加しており、同期間中の非 EU 域内出身者の増加率(約 1.5 倍)を大きく上回っている。 出身国別の内訳では、ポーランド出身者が大幅に増加しているほか、その他の EU 加盟国で はルーマニアやリトアニアの出身者も伸びが大きい(第 3 表)。 第3表:英国における出身国別人口 (万人) インド ポーランド 2014年(①) 79.3 79.0 52.3 38.3 30.1 21.2 20.1 19.6 2004年(②) 50.2 9.5 28.1 45.2 27.5 22.5 17.8 6.4 ①-② 29.1 69.5 24.2 -6.9 2.6 -1.3 2.3 13.2 米国 パキスタン アイルランド ナイジェリア ルーマニア ドイツ バングラディッシュ 南アフリカ 中国 イタリア フランス スリランカ リトアニア ジャマイカ 2014年(①) 18.7 17.8 17.0 15.0 14.7 13.9 13.7 13.6 2004年(②) 14.5 9.1 1.4 11.4 9.5 7.1 2.2 13.6 ①-② 4.2 8.7 15.6 3.6 5.2 6.8 11.5 0.0 (資料)英国立統計局統計より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (2)離脱派は EU からの移民増加がもたらすリスクを主張 英国は、非 EU 加盟国からの移民労働者については、一定以上の収入や職業技能を有する ことを就労の要件としている。一方、EU 加盟国からの移民労働者は、原則無条件で就労が可 能であるため、相対的に低スキル・非熟練労働者の比率が高い。この点から、EU 離脱派は、 EU からの移民増加が英国の単純労働者の失業や賃金押し下げに繋がっていると主張している。 3 月に EU がトルコと結んだ難民対策に関する合意も EU 離脱派の攻撃材料となっている。 当該合意には、トルコが欧州への難民流入抑制に協力する見返りとして、トルコの EU 加盟 交渉の加速が盛り込まれたためだ。トルコの人口は約 8,000 万人と多く、また 2030 年代には 9,000 万人を上回るとみられている。離脱派は、仮にトルコが EU に加盟した場合、トルコか ら英国への移民の大量流入は避けられないとして、そうなる前に移民を制限する権限を取り 戻す必要があると訴えている。 3.EU 離脱派は「コントロールを取り戻せ」のスローガンを強調 離脱派は彼らのスローガンである「コントロールを取り戻せ(Take back control)」を前面 に打ち出してきている。コントロールとは、移民の制限を始め、予算、外交、労働法制等、 行政全般に関する自主性であり、ひいては国家主権を EU から取り戻す意味が込められてい る。このスローガンの持つ簡潔かつ前向きな響きに加え、英国人の自尊心に訴える効果は、 離脱派の支持拡大に一定の成果を挙げた模様だ。 一方、残留派は、このような簡潔明瞭なスローガンを欠いている。キャンペーン団体の名 4 称でもある「欧州の中でより強くなる英国(Britain stronger in Europe)」などもあるが、「コ ントロールを取り戻せ」ほどの訴求力を持つには到っていない。残留派の説得材料は、英財 務省や IMF、OECD 等の試算で示された EU 離脱が英国経済に与える悪影響や、米オバマ大 統領を始めとする海外首脳からの警告などだ。 全体的な印象として、離脱派の方が前向き・積極的なイメージの喚起に成功している模様 であり、世論調査でも、残留派より離脱派のキャンペーンにポジティブな印象を受けるとの 回答が多くなっている(第 3 図)。一方、金融市場の軟化にみられるように、英国の EU 離 脱懸念による景気下振れリスクは、すでに一部が顕在化し始めている。 第3図:国民投票キャンペーンに対する印象に関する世論調査結果 ポジティブな印象 離脱派のキャンペーン について 残留派のキャンペーン について ネガティブな印象 24 どちらでもない 49 17 27 54 0 20 40 (資料)YouGov社資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 29 60 80 100 (%) 国民投票の結果は、英国時間の 6 月 24 日午前 4 時(日本時間では同日正午)頃には大勢が 判明すると予想されている。投票結果が英国内外の経済、金融市場、政治等に与える影響を 注視する必要があろう。 以 (2016 年 6 月 22 日 髙山 真 [email protected]) 当資料は情報提供のみを目的として作成されたものであり、金融商品の販売や投資など何らかの行動を勧誘するも のではありません。ご利用に関しては、すべてお客様御自身でご判断下さいますよう、宜しくお願い申し上げま す。当資料は信頼できると思われる情報に基づいて作成されていますが、当室はその正確性を保証するものではあ りません。内容は予告なしに変更することがありますので、予めご了承下さい。また、当資料は著作物であり、著 作権法により保護されております。全文または一部を転載する場合は出所を明記してください。また、当資料全文 は、弊行ホームページでもご覧いただけます。 5 上
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