IFRS第16号

PwC’s
View
特集 :
Vol.
サイバーリスクへの対応
3
July 2016
www.pwc.com/jp
会計/監査
IFRS第16号「リース」の概要
PwC あらた監査法人
財務報告アドバイザリー部 マネージャー 田野
雄一
はじめに
国際会計基準審議会(IASB)は、米国財務会計基準審議
1
IFRS第16号の主な特徴
会(FASB)
とともに、現行のリースの会計基準(IAS第 17号
(IASB)
および Topic840(FASB)
)
の財務報告上の問題点の
IFRS第 16 号は、いくつかの例外はあるものの、リースの
改善を図るため、これまで共同プロジェクトに取り組んでき
定義(下記「3. リースの定義」を参照)を満たす全ての契約
ました。両審議会の共同の審議は、2015年までに完了して
に適用されます。
おり、IASBは、2016年 1月に国際財務報告基準(IFRS)第 16
号「リース」
を公表しています。
IFRS第16 号における借り手の会計処理は、資産を使用す
る権利である使用権資産を資産計上し、リース料の支払全
このリースプロジェクトは、主として借り手のオペレーティ
義務を負債計上する、使用権モデルの考え方に基づいてい
ングリース取引がオフバランスであるという問題点への対処
ます。借り手の会計処理については、現行の IAS第 17 号に
のために開始されました。IFRS第16号では、借り手のほとん
おけるリースの分類がなくなり、単一の会計処理モデルが
ど全てのリースがオンバランスされることになる点に特徴が
導入されています。借り手は、
「2. 借り手における認識の免
あります。一方、貸し手の会計処理については、コストベネ
除」で後述する短期リースおよび少額資産のリースを除く全
フィットの観点から、現行の IAS第 17号における貸し手の会
てのリースについて使用権資産およびリース負債を認識す
計処理が、ほぼ維持されています。本稿では、IFRS第 16号
ることとなる点に特徴があります(図表1 参照)。
「リース」の主要な論点の概要について紹介します(誌面の
なお、米国会計基準の Topic842 における借り手の会計
都合上、表示、開示および経過措置などの説明を省略して
処理は、2 本立ての会計処理モデルとなり、IFRS第 16 号と
いる点についてはご容赦ください)。なお、文中の意見にわ
Topic842の間には、借り手の会計処理モデルの違いを含
たる部分は、筆者の私見であることにご留意ください。
めて、依然として、いくつかの差異が残ります。
貸し手については、現行の IAS第 17 号における貸し手の
会計処理がほぼ維持されています。IFRS 第 16 号において
は、引き続き、ファイナンスリースとオペレーティングリース
の 2つの分類に基づき、それぞれの要求事項に従って会計
処理がなされます。ただし、IFRS第 16 号においては、開示
に関する要求事項の拡充がなされており、特に残価リスクに
対する貸し手のエクスポージャーに関する開示の改善が図
られている点が、特徴の一つです。
IFRS第 16 号の適用時期は、原則として、2019 年 1月1日
以後開始する事業年度からとされています。ただし、IFRS
第 15 号「顧客との契約から生じる収益」を適用している場合
に限り、IFRS第16 号を早期適用することが認められます。
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会計/監査
が判断した旨の記述が見られます。
借り手における認識の免除
2
IFRS第 16 号では、借り手の IFRS第 16 号適用時のコスト
3
ソリューション
リースの定義
面の救済のために、借り手は、少額資産のリースおよび短期
リースについて、認識および測定に関する要求事項(下記
IFRS第 16 号では、企業は、契約の開始時に、契約がリー
「6. 借り手の会計処理」参照)を適用しないことを選択できま
スであるか、または、リースを含んだものであるかどうかを
す。なお、当該選択は、短期リースについては原資産の種
判定することを求められます。特定された資産の使用を支
類ごとに、少額資産のリースについては個別の契約ごとに、
配する権利を一定期間にわたり対価と交換に移転する場
実施されます。
合、契約(またはその一部)はリースとされます。IFRS第 16
短期リースとは、リース開始日においてリース期間(下記
「5. リース期間」参照)が 12カ月以下のリースをいいます。
短期リースについて、認識の免除を行うことができるのは借
り手のみとされています。購入オプションを含む場合、リー
号上、
「一定期間」は、特定された資産の使用量が一定に達
するまでの期間を含むことや、契約期間の一部だけがリー
スに該当する場合があることも明示されています。
顧客が、
「特定された資産の使用による経済的便益のほと
んど全てを得る権利」
と「特定された資産の使用を指図する
スは、短期リースではない、とされています。
少額資産とは、リース開始日における資産の経過年数に
かかわらず、新品のときの価値が絶対額ベースで少額であ
るなどの要件を満たす資産をいいます。なお、少額であるか
権利」の両方を有している場合、契約はリースと判定されま
す。
このようなリースの定義に沿って、契約がリースであるか
どうかを判断するための数値基準は、規定されていません。
どうか、または、リースを含むかどうかの評価を支援するた
IFRS第 16 号の結論の根拠(BC100 項)によると、IASBは、
め、IFRS第 16 号には、図表 2のようなフローチャートが含ま
議論していた当時、新品時に 5,000 米ドル(当時の為替レー
れています。
トで換算すると約 60 万円)以下の規模の資産を少額資産と
IFRS第 16 号では、短期リースおよび少額資産のリースを
することを念頭に置いていたようです。IFRS第 16 号上、少
除き、借り手は、使用権資産とリース負債を認識するオンバ
額資産のリースと重要性の考え方の関係を明示的に示す規
ランス処理を行うことを要求されます。そのため、IFRS第 16
定は、置かれていないものの、結論の根拠(BC85 項)には、
号適用後は、契約がリースに該当するかどうかが重要な論
概念フレームワークおよび IAS第 1 号「財務諸表の表示」に
点となると考えられます。契約がリースに該当するかの判定
おける重要性の考え方に依拠することが適切であると IASB
における主なポイントは次のとおりです。
図表1:IFRS第16号における借り手の会計処理
IFRS第16号: ほとんど全てのリースがオンバランスされる
費用の認識パターン
(イメージ図)
リース
IFRS16における費用合計(①+②)
使用権資産
金額
リース負債
IAS17における
オペレーティングリースの費用
IFRS16における減価償却費
(①)
使用権資産の減価償却費
IFRS16における利息費用
(②)
利息費用
経過年数
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図表2:契約がリースであるか、または、リースを含むかどうかの評価のためのフローチャート
(IFRS第16号 B31項)
特定された資産に該当するか(B13~B20項参照)
No
Yes
顧客が、使用期間にわたる資産の使用により、
ほとんど全ての経済的便益を得る権利を有しているか(B21~B23項参照)
No
Yes
顧客
供給者
誰が、使用期間にわたり、資産の使用方法および
使用目的を指図する権利を有しているか(B25~B30項参照)
どちらでもなく、
あらかじめ決定されている
Yes
顧客が、使用期間にわたり、資産を稼働する権利
(または自らが決定する方法で資産を稼働するよう他者に指図する権利)
を有しており、
供給者には当該稼働指示を変更する権利がないか(B24項(b)(ⅰ)参照)
No
顧客が、当該資産(または当該資産の特定の要素)
を、
使用期間にわたる資産の使用方法および使用目的について
事前に決定する方法で、設計しているか(B24項(b)(ⅱ)参照)
Yes
契約はリースを含む
( 1 )特定された資産
リースの原資産は、明示的または黙示的に、特定された
No
契約はリースを含まない
顧客は、供給者による入替えの権利が実質的でないと推定
しなければならない、という規定も設けられています。
資産でなければならない、とされています。資産が特定され
資産の稼働能力の一部については、物理的に区分できる
ているかどうかを判定するためには、以下の点について留
場合(例:建物の各フロア)、特定された資産に該当するが、
意が必要です。
物理的に区分できない場合(例:光ファイバーケーブルの容
供給者が契約履行のために特定された資産を入れ替える
量の 20%)、特定された資産に該当しない、とされます。た
実質的な権利を有していない場合、
「特定された資産」が存
だし、資産の一部分であっても、資産全体の稼働能力のほ
在する、とされます。供給者が実質的な入替えの権利を有
とんど全てに該当し、資産全体の使用による経済的便益の
するのは、次の2つの要件を満たす場合です。
ほとんど全てを得る権利を顧客に提供する場合、特定され
● 供給者が使用期間にわたり資産を入れ替える実際上の能
た資産に該当する、とされます。
力を有している
● 供給者が資産を入れ替える権利の行使によって経済的に便
益を得る
例えば、新しいテクノロジーの導入など、将来の事象のう
( 2 )特定された資産の使用により経済的便益を得る権利
顧客は、特定された資産の「使用」を支配するためには、
使用期間にわたり資産の「使用」による経済的便益(主要な
ち、開始時において発生する可能性が高いとは考えられな
アウトプットや副産物など)のほとんど全てを得る権利を有
い事象による資産の入替えについては、除外して検討を行
している必要があります。ここでいう経済的便益には、資産
います。また、修理およびメンテナンスのための資産の入替
の「所有」の結果、生じる税務ベネフィットなどは含まれない
えは、基本的には、供給者による実質的な入替えの権利の
点に留意が必要です。
行使による資産の入替えではないと考えられます。
この権利を有するかどうかの評価の際には、資産を使用
なお、供給者が実質的に資産を入れ替える権利を有して
する顧客の権利の定められた範囲内(例えば、資産の使用
いるのかどうかについて、顧客が容易に決定できない場合、
場所や使用量の上限などの制限があれば、その制限を考慮
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する)で評価を行います。
( 3 )特定された資産の使用を指図する権利
①特定された資産の使用を指図する権利を有するための要件
用に関する決定を行う権利のみを考慮して、顧客が、資産
の使用を指図する権利を有しているのかどうかを評価しな
ければなりません。例えば、顧客が、使用期間前に数量や
内容などの資産のアウトプットを指定することしかできない
顧客が使用期間にわたり特定された資産の使用を指図す
場合、それ単独では、顧客が特定された資産の使用を指図
る権利を有するのは、次のいずれかの場合のみである、とさ
する権利を有していることにはなりません。資産の使用に関
れています(ここでは、仮に状況 A、状況 Bと呼ぶこととしま
する他の意思決定権がなければ、財またはサービスを購入
す)。
する他の顧客と同様の権利を与えるに過ぎないためです。
状況A
顧客が使用期間にわたり資産の使用方法および使用目的を指
図する権利を有している場合
状況B
資産の使用方法および使用目的に関する関連性のある決定が
事前に決定されており、次のいずれかである場合
状況B1
状況B2
4
リース構成部分と
非リース構成部分の区分
契約の中にリース構成部分と非リース構成部分(サービ
顧客が、使用期間にわたり資産を稼働する権利(ま
たは自らが決定する方法で資産を稼働するよう他者
に指図する権利)を有しており、供給者には、当該稼
働指示を変更する権利がない
ス)が含まれている場合、両者をどのように区分するかにつ
顧客が、当該資産(または当該資産の特定の要素)
を、使用期間にわたる資産の使用方法および使用目
的について事前に決定する方法で、設計している
リース構成部分に対価を配分しなければならない、とされて
いては、借り手と貸し手で取り扱いが異なります。
借り手は、独立価格の割合に基づきリース構成部分と非
います。観察可能な独立価格が容易に利用可能ではない場
合、借り手は、観察可能な情報を最大限に使用して独立価
格を見積もることとされます。なお、借り手は、実務上の便
②資産の使用方法および使用目的
状況 A:状況 Aに該当するのは、顧客が契約で定められた
使用権の範囲内で、使用期間にわたり資産の使用方法およ
法として、両者を分けずに全体を単一のリースとして会計処
理することができます。なお、この実務上の便法は、原資産
の種類ごとの会計方針の選択となります。
び使用目的を変更できる場合です。この評価を行う際に、企
貸し手は、IFRS第 15 号「顧客との契約から生じる収益」
と
業は、資産の使用方法および使用目的を変更することに最
同様に、別個の履行義務に取引価格を配分する方法を用い
も関連性のある意思決定権を考慮することを要求されます。
る、とされます。
そのような意思決定権は、次のように例示されています。
資産が産出するアウ
トプットの種類を変
更する権利
・ 運送用コンテナを物品の輸送または貯蔵のどち
らの目的で使用するかの決定
・ 小売店舗で販売される製品の組み合わせの決定
アウトプットをいつ
産出するのかを変更
する権利
・ 機械または発電所をいつ使用するのかの決定
アウトプットの産出
場所を変更する権利
・ トラックまたは船舶の目的地の決定
・ 設備の使用場所の決定
アウトプットを産出
するかどうかおよび
アウトプットの量を
変更する権利
・ 発電所からエネルギーを産出するのかどうかの
決定
・ 発電所からどのくらいのエネルギーを産出する
のかの決定
5
リース期間
リース期間とは、リースの解約不能期間に次の両方を加
えた期間をいいます。
(1)借り手が延長オプションを行使することが合理的に確実
である場合、延長オプションの対象期間
(2)借り手が解約オプションを行使しないことが合理的に確
実である場合、解約オプションの対象期間
リース開始日から見て、借り手が将来、延長オプションを
行使すること、または、解約オプションを行使しないことが、
状況B:状況Aとは逆に、顧客が資産の使用方法および使
「合理的に確実」
( reasonably certain)かどうかを評価する
用目的を変更する権利がない場合であっても、資産の使用
ことが必要です。なお、現行の IAS 第 17 号では、延長オプ
方法および使用目的についての関連性のある決定が事前に
ションについて、その行使が合理的に確実である場合に延
決定されている場合、資産を稼働する権利は、資産の使用
長オプションの対象期間をリース期間に含めることとされて
を指図する権利を顧客に与える場合がある、とされていま
おり、IAS第 17 号における「合理的に確実」の考え方が IFRS
す。この場合、前述の状況 B2のように顧客が資産をあらか
第16 号においても実質的に維持されています。
じめ設計した場合を除き、企業は、使用期間中の資産の使
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会計/監査
6
借り手の会計処理
ためにリース負債の帳簿価額を増額するとともに、借り手が
リース料を支払った場合、その金額をリース負債の帳簿価
額から減額します。損益計算書に認識される利息の金額は、
IFRS第 16 号では、短期リースおよび少額資産のリースを
除き、借り手の全てのリースがオンバランスされることが
IFRS第 16 号の特徴の 1つです(図表 1 参照)。借り手の会計
リース負債の当初認識時に決定された割引率(割引率の見
直しがない場合)を用いて算定されます。
使用権資産を原価モデルで測定する場合、IAS 第 16 号
処理上、現行の IAS 第 17 号「リース」のようなファイナンス
「有形固定資産」における減価償却の要求事項を適用して、
リースとオペレーティングリースの分類は存在しません。現
リース開始日から、使用権資産の耐用年数の終了時または
行の IAS第 17 号および IFRS第 16 号における借り手の費用
リース期間の終了時のいずれか早い方まで、使用権資産の
の認識パターンは、図表 1のとおりです。IFRS第 16 号では、
償却を行います。多くの場合、定額法での減価償却を行うこ
リース期間の前半で費用がより多く計上され、リース期間の
とになると考えられます。ただし、借り手が購入オプション
後半で費用がより少なく計上されます。
を行使することが合理的に確実であるために、使用権資産
の取得原価が購入オプションの行使を反映している場合、
(1)当初認識および測定
契約が、リースの定義に該当し、IFRS第 16 号の適用範囲
使用権資産を原資産の耐用年数の終了時まで減価償却しま
す。
に含まれる場合、借り手は、リース開始日において、使用権
また、一定の場合には、使用権資産を IAS 第 40 号「投資
資産とリース負債を認識します。なお、リースが短期リース
不動産」の公正価値モデルや IAS第 16 号「有形固定資産」の
または少額資産のリースに該当する場合、借り手は、使用
再評価モデルで測定することも可能とされています。
権資産およびリース負債を、オンバランスせずに、リース料
をリース期間にわたって純損益に認識する処理を会計方針
として選択することができます。
借り手のリース負債の当初計上額は、リース料総額の現
在価値などで構成されます。
借り手の使用権資産の当初計上額は、リース負債の金額
と同額として算定し、リース開始日以前に支払ったリース
料、原状回復費用など、借り手の当初直接コストがある場
合、これらを加算します。
田野 雄一 (たの ゆういち)
PwCあらた監査法人
財務報告アドバイザリー部 マネージャー 公認会計士
2006 年にあらた監査法人へ入所。2012 年 7月より3 年間、企業会計基
準委員会に専門研究員として出向。帰任後、日本基準および IFRSに関す
る相談業務や会計アドバイザリー業務に従事。著書(共著)に「実務入門 (2)事後測定
リース開始日より後において、借り手は、利息を反映する
IFRSの新リース会計」
(中央経済社)。
メールアドレス:[email protected]
実務入門 IFRSの新リース会計
PwC あらた監査法人では、わが国において、借り手および貸し手の立場にかかわらず、リースを利用している企業にとって重要な IFRS のリース会計
の全体像と、IFRSのリース会計の新基準である IFRS第 16 号「 リース 」の導入の影響を明らかにすることを目的として本書を刊行することとしました。
●本書においては、単なる会計基準の説明のみではなく、IFRS 第 16 号を実務において実際に適用する場面で
想定される論点や、実務における影響についても解説しています。さらに、日本のリース基準からIFRSのリー
ス会計の新基準への移行による影響についても幅広く解説しています。
●設例や図表を多く取り入れることにより、経理・財務担当者のみならず、リースを利用している部門の関係
者にとって容易に理解できる内容としています。
●米国会計基準におけるリース会計の新基準( Topic 842 )についての概要を紹介する他、IFRS第 16 号との主
要な差異についても解説しています。
本書の構成
第Ⅰ部 リース会計基準の概要
第Ⅱ部 IFRSの新リース会計基準
第Ⅲ部 IFRSの新リース会計基準の実務への適用
第Ⅳ部 開示
第Ⅴ部 移行
第Ⅵ部 米国会計基準との差異
出版社:中央経済社
編者:PwCあらた監査法人
定価:3,000円(税抜き)
発行日:2016年4月27日
仕様:A5判/ソフトカバー/264ページ
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