Page 1 池田大作の人物論 池田大作の人物論 、はじめに 、池田大作の

池 田大作の人物論
池田大作 の人物論
開
1.は
じめ に
2.池
田大 作 の メ ツセ ー ジ
3.取
り上 げ られ る 人 物
4,取
り上 げ 方 の 特 徴
5,な
ぜ そ の よ うな特 徴 が で る のか
6.人
物論 の効 果
1.は
沼
正
じめ に
創 価 大 学 の創 立者 で あ る池 田大 作 は 、毎 年1月26日
のrSGIの
日記 念 提 言 」を は じめ とし て 、
これ ま で に 何 度 も先 駆 的 な提 言 を発 表 して い る。 日中 国 交 正 常化 提 言(1968年9月)は
、あま
りに も有名 で あ る。 そ れ ら提 言 の根 底 にあ る思想 に 「世 界 の 一流 」 と呼 ば れ る多 くの人 物 が感
銘 し、 池 田 と会 い 、 あ るい は書 簡 を交 わ しな が ら、 対 話 を 重 ね て き て い る。 そ うした池 田 の 行
動 は、 そ の 強 い 信 念 は も ち ろ ん の こ と として 、 古 今 東 西 の 古 典 を は じめ とす る幅広 い教 養 と人
間 に対 す る深 い 洞 察 力 が な けれ ば 到 底 な し得 る こ とで は な い 。
そ の 教 養 と洞 察 力 が 随 所 に散 りば め られ て い るの が 、 人 物 観 や 人 間 学 と題 す る池 田の 多 くの
著 書 で あ る。 そ れ ば か りで な く池 田 のス ピー チ にお い て も、 あ り とあ らゆ る人 物 が 折 に ふ れ て
取 り上 げ られ る。 彼 らの 活 躍 した 分 野 は も ち ろ ん 、時 代 ・地 域 も実 に さま ざま で あ る。
『私 の人 物 観(1)』 には18人 の 人 物 が取 り上 げ られ てい る。そ の 「
ま えが き」に も あ る通 り、
「
芸 術 家 あ り、哲 学 者 あ り、科 学者 、政 治 家 に まで わた 」 る幅 の 広 さで 、 池 田 自 ら 「無原 則 」
か も しれ な い と謙 遜 して い る。
それ らの 人物 が生 き た社 会 背景 、生 活 環 境 、 そ して 業 績 や 思 想 な どの歴 史 的 事 実 にっ い て 調
べ る こ とは 、資 料 が残 って い る範 囲 に お い て 、手 間 のか か る作 業 とはい え 、 それ ほ ど困 難 では
な い。 しか した とえ あ る人 物 にっ い て 同 じ材 料 が与 え られ た と して も 、 そ の人 物 を ど う評 価 す
るの か にっ い て は 、 それ こそ 人 に よ って 千 差 万別 で あ る。
池 田は一 体 どの よ うな 人 物 を取 り上 げ る の か。 ま た どの よ うな点 を ど う評 価 す る のか 。 これ
は池 田 を師 と仰 ぐ人 間 に と って は非 常 に気 に な る点 で あ る。 人物 評 価 に は 、評 価 す る人 間 の思
想 ・考 え 方 が 色 濃 く反 映 され るか らだ 。本 稿 で は 、こ う した点 にっ い て 明 らか に して い きた い。
2.池
田大 作 の メ ッセー ジ
通 常 、 「人 物 論 」 とい え ば 、 そ の人 物 の生 い 立 ちか ら死 ぬ ま で を編 年 形 式 で 順 に紹 介 してい
くも のが 多 い 。 そ こで は 史 料 批判 をは じめ とす る歴 史 学 的 考 察 が 不 可欠 に な っ て くる。 しか し
KainumaTadashi(創
価 大 学 通 信 教 育 部 助 教 授 ・セ ン タ ー 員)
一24一
創価教育研究第4号
『私 の 人 物観 』 に よれ ば 、池 田の 意 図 は そ れ ぞ れ の 人 物 の 「業績 を うん ぬ ん す る こ とに あ るの
で は な い 」(3ペ ー ジ)と の こ とで あ る。人 物 が か か わ っ た 個 々 の歴 史 的事 実 は そ れ ほ ど重 要 で
は な い とい う こ とで あ る。 した が っ て 小 説 の よ うに架 空 の 人 物 を 取 り上 げ て 、 そ の 人 物 にメ ッ
セ ー ジ を託 す とい うこ とも時 々 あ る。
そ れ で は池 田は 人 物 論 にお い て 、 どの よ うな メ ッセ ー ジ を伝 え よ うと して い る の だ ろ うか 。
こ こで 池 田 の著 書 『波 瀾 万 丈 の ナ ポ レオ ン(2)』 をみ て み よ う。 同書 の 内容 は ナ ポ レオ ン にっ
い て の 対談 で あ る。 池 田 との対 話 者 は 、 フ ィ リ ップ ・モ ワ ン ヌ(ヴ
ィク トル ・ユ ゴ ー文 学 記念
館 館長)、 バ トリス ・モ ー ラ(歴 史 学 者)、 そ して 高村 忠成(創 価 大 学 教 授 ・創 価 教 育 研 究 セ ン
ター顧 問)の3氏
で あ る。
周 知 の とお りナ ポ レオ ン は 軍人 で あ り、 ま た政 治 家 だ が 、太 平 の時 代 を無 難 に勤 め た政 治家
で は な い。 ブ ル ボ ン 家 に よ る絶 対 主義 王 政 が倒 れ 、 人 々 の価 値 観 が大 き く変 わ る激 流 の 中 で 、
時代 の 求 め る価 値 を実 現 した 人 物 で あ る。 フ ラン ス 国 内 は も ち ろ ん 国外 に も 多大 な影 響 を 与 え
た 人 物 だ け に 、 単 な る政 治 家 に 留 ま らな い さま ざま な面 を も っ て い る。 ナ ポ レオ ン に 関す る著
作 は今 ま で25万 点 ほ ど出 版 され て い る(3)そ
うだ が 、 人 物 論 は 必 然 的 に 多 方 面 か ら の分 析 が必
要 に な る。
どの 人物 で も多方 面 か らの分 析 が必 要 な の は言 うま で も な い こ とだ が 、 ナ ポ レオ ン の よ うな
人 物 の場 合 に は 特 に そ うで あ る。 あ らゆ る 角 度 か らの人 物 論 が可 能 で あ る。 した が って ナ ポ レ
オ ン は 、 人物 論 一 般 に託 す 池 田 の メ ッセ ー ジ を概 観 す る上 で は 「
便 利 な」 人 物 とい え る。 まず
は 『波 瀾 万丈 の ナ ポ レオ ン』 の 目次 を見 て み よ う。
第1章
新 た な世 紀 へ の人 間 学
第2章
呼 和 の た め の人材 城 」 を築 け
第3章
青 春 の練 磨 が 培 った 「将 軍 学 」
第4章
「
人 間 の幸 福 」 とい う凱 旋 門 へ
第5章
戦 い に勝 っ リー ダー の要 件
第6章
ピ ラ ミ ッ ドの ご と く隆 々 た る人 生 の建 設
第7章
「
大 い な る世 紀 」 を創 る リー ダ ー シ ップ
第8章
「
剣 のカ 」 は修 く 「
精神 の力 」 は 強い
第9章
賢 明 な民 衆 パ ワー が 時 代 を創 る
第10章
屈 せ ず 動 ぜ ず 堂 々 とわ が道 を
第11章
不 死 鳥 の よ うに 「間 断 な き飛 翔 」 を
第12章
現 代 に蘇 るナ ポ レオ ンの メ ッセ ー ジ
同書 はナ ポ レオ ン にっ い て の対 談 に も か か わ らず 、章 の タイ トル に 「ナ ポ レオ ン」 とい う言
葉 が使 われ て い る の は最 後 の章 だ け で あ る。 っ ま り同書 にお け る池 田の メ ッセ ー ジは 、 ナ ポ レ
オ ン とい う人 物 を題 材 と して使 い な が ら も、人 材(後 継 者)の 育 成 と豊 か な 人 生 を歩 む た めの
知 恵 に 関す る ものが 大 半 を 占 めて い る。
こ れ は ナ ポ レオ ン に 限 らず 、 どの 人 物 を取 り上 げ る 場 合 で もか な り重 要 な ポ イ ン トで あ る。
しか もそれ が庶 民 の立 場 、非 暴 力 とい う観 点 か ら語 られ る。 一 人 の 人 問 と して どの よ うに生 き
る こ とが真 の意 味 で の幸 せ な の か。 責 任 の あ る立 場 に な った とき に どの よ うに振 舞 うこ とが 皆
の幸 せ につ な が る の か。 こ う した 問 い に対 す る池 田 の考 えが 、人 物 論 とい うか た ちで結 実 して
一25一
池 田大作 の人物論
い る。
歴 史 上 の 人 物 を題 材 と して い るの は 、具 体 的 な事 例 を 示 す た めで あ る。 「
事 実 は 小説 よ りも
奇 な り」 と言 われ る通 り、 実 在 の人 物 が 実 際 に行 な った こ と を紹介 した ほ うが 、 は るか に説 得
力 が あ る。 っ ま り歴 史 上 の 「
有 名 人 」 を取 り上 げ る こ とは 本 来 の 目的 で は な い 。 目立 た な い け
れ ども真 摯 に生 きて い る多 く の人 々 を讃 えた い とい うの が 池 田の 目的 で あ り、そ の た め に は よ
く知 られ て い る人 物 を取 り上 げ るほ うが分 か りや す い。
誰 で も抽 象 的 な言 い 方 で ア ドバ イ ス を受 け る よ りは 、実 際 に あ った 事 柄 を例 に だ して 説 明 さ
れ た ほ うが理 解 しや す い し、説 得 力 が あ る だ ろ う。 したが って 人 物 論 にお け る池 田 の意 図 は 、
偉 人伝 を書 くこ とでは な く、 人 生 の壁 を越 え よ う と悩 む 人 々 を激励 す る こ とで あ る。
3.取
り上 げ ら れ る 人 物
池 田 は どの よ うな 人 物 を取 り上 げ る の だ ろ う。 『私 の 人 物観 』 で は 、 「"何か"を 志 して 、 生
涯 戦 い っ づ けた 」(4ペ ー ジ)人 物 を 取 り上 げ た と して い る。 そ の 「
何 か1に つ い て 『私 の 人 物
観 』 と 『新 ・私 の 人 物観 』 を 参 考 に しな が ら、 下記 の① か ら⑤ まで に分 類 して み た。 人 物 の 職
業 や 活 躍 した 分 野 とは 関係 の な い分 類 で あ る。
言 うま で もな い こ とだ が 、 人 物 の 一 人 ひ と りが彼 らの一 生 の 中 で多 岐 に わ た る活 動 を して い
る。 そ う した 多 面 性 を もっ 人 物 をひ とつ の カ テ ゴ リー に分 類 す る こ とは 困難 で あ る。 そ れ を十
分 承 知 した うえ で 、一 般 的 なイ メ ー ジ も加 味 して 、 あ えて分 類 を試 み た。
① 時 代 を変 え るた め の何 か を した 人。
② 権 力(現 状 維 持 勢 力)に 立 ち 向 か っ た人 。
③ 使 命(自 分 が 生 ま れ た 意義)に 徹 した人 。
④ 強 力 な リー ダー シ ップ で 民 衆 の た め に尽 く した人 。
⑤ 後 継 者 の育 成 にカ を注 い だ 人 。
【人 物 の 分類 と具 体 的 人 物 】
ガ ン ジ ー 、 トル ス トイ 、 ユ ゴ ー 、 魯 迅 、 ダ ン テ 、 マ ー チ ン ・ル ー サ ー ・キ ン グ 、 シ モ ン ・
ボ リバ ル
ベ ー トー ベ ン 、 ノ ー ベ ル 、 ゲ ー テ 、 ダ ・ヴ ィ ン チ 、 ア イ ン シ ュ タ イ ン 、 ホ イ ッ トマ ン 、 デ
カ ル ト、 ベ ル ク ソ ン 、 ミ ケ ラ ン ジ ェ ロ 、 諸 葛 孔 明 、 コペ ル ニ ク ス 、 マ ル コ ・ポ ー ロ 、 鳩 摩
羅 什 、 キ ュ リ ー 、 ス ピ ノ ザ 、 シ ュ リ ー マ ン 、 エ レ ノ ア ・ル ー ズ ヴ ェ ル ト
※ 『私 の人 物 観 』 『
新 ・私 の人 物 観 』 に 取 り上 げ られ て い る35人 を分 類 した。
① と② お よび ④ は 、分 か りや す くい えば 「
庶 民 を苦 しめ る悪 に 立 ち 向か っ た 人 」 とい え る。
① と② を分 け る明 確 な 基 準 は ない が 、 ① は どち らか と言 えば権 力 側 の人 間 が 自 ら改 革 に乗 り出
す 場 合 が挙 げ られ る。 また ① に分 類 され る人 物 にっ い て は 、権 力 に 立 ち 向 か った か ど うか は 、
特 に重 要 な要 素 で は ない ともい え る。 ただ 後 者 に 当 ては ま る事 例 に っ い て は 、 上 記2柵 の 中 に
は 見 出せ な か っ た。
一26一
創価教 育研究第4号
② は庶 民 の 立 場 か らの ニ ュア ンス が 強 い 。 ま た ② は 常 識 を打 ち破 った 人 な ども分 類 され よ う。
常識 も一 種 の 権 力 あ るい は 権威 で あ る。 常 識 は九 分 九 厘 の 場 合 、 正 しい の か も しれ な い 。 しか
し常 識 が 人 々 の 生 活 に とっ て 樫 楷 とな っ て い る揚 合 も多 い 。 ま た 「常識 の 正 し さ」 を 錦 の 御 旗
に して 偉 ぶ っ た り迫 害 を加 え る 人 問 も多 い 。 こ うした場 合 に常識 を 打 ち破 っ た 人 は 、 権 力 に立
ち 向 か っ た 入 とい うこ とに な る。
④ は近 現代 の 政 治 家 が分 類 され る こ とが 多 か っ た。 活 動 した分 野 で分 類 した わ け で は な い と
は言 い な が ら も、 「リー ダー シ ップ 」 とい う要 素 を入 れ れ ば政 治 家 が 多 くな る の は 自然 だ ろ う。
③ は 、 どの 人 物 に も当 て は ま る 条件 で は あ る が 、 そ の 中 で も① や② に は 当 て は ま らな い 人 物
を③ に分 類 した。 さ らに③ に は様 々 な 障 害 を乗 り越 え て何 事 か を成 し遂 げ た 人 物 が分 類 され る
場 合 が 多 い。 何 か ひ とつ の こ とにっ い て 、 そ れ を 自分 の使 命 と して捉 え た人 物 の こ とだ か ら、
当然 とい え ば 当然 で あ る。
⑤ は文 字 通 りの こ とで あ る。 思 想 家 や 教 育 者 が 多 か っ た。 表 で は3人 だ けだ が 、① か ら④ に
分 類 した人 物 で も⑤ に入 れ て もい い と思 うよ うな 人物 もい た。
① か ら⑤ に共 通 す る こ とは 、結 果 と して 人 類 全 体 へ の何 らか の貢 献 を した人 物 とい うこ とで
あ る。 つ ま り池 田 は 、 人類 に対 す る普 遍 的 価 値 を生 み 出 し た人 、 あ るい はそ れ を体 現 した 人 を
取 り上 げ てい る とい え る。
4,取
第1に
り上 げ方 の 特 徴
日本 人 が取 り上 げ られ る こ とは少 ない とい うこ とで あ る。「は じめ に」で も述 べ た よ う
に、 池 田が 取 り上 げ る人 物 の職 業 や 活 躍 した 分 野 にっ い て は傾 向 や 偏 りは 見 られ な い 。 あ り と
あ ら ゆ る分 野 の人 物 に言 及 して い る。 架 空 の人 物 にっ い て ま で 、 人 物評 価 をす る こ とが あ る く
らい で あ る。
た だ 、 目本 人 に つ い て は 、管 見 の 限 りあ ま り多 く は ない 。『私 の 人 間 学(4)』 に は 何 人 か 取 り
上 げ られ て い る も のの 、 あ る程 度 の分 量 を も ち、 人 物 の 全 体 像 を述 べ る よ うな 人 物論 は 「武 田
信玄」 と 「
吉 田松 陰」(両 者 と も下巻 所 収)し
か な い。 ま た前 記 の表 で見 た通 り 『私 の人 物観 』
『新 ・私 の人 物 観 』 で は 、 日本 人 は一 人 も取 り上 げ られ て い な い。
第2に 人 物 の評 価 の 仕 方 で あ る。 どの よ うな 点 を評 価す る の か に つ い て は 、 そ の 人 物 が 活 躍
した 分 野 に よ って 、 多 少 の 傾 向 は あ る。 た と えば 政 治 家 で あ れ ば リー ダ ー シ ップ や 民 衆 が よ り
幸 福 にな るた めの 直 接 的 な 行 動 にっ い て 目が 向 け られ る し、 芸術 家 で あ れ ば 目標 に 向 か って努
力 す る こ との 大 切 さや 決 して諦 め な い 姿 勢 、 あ るい は 常識 に と らわ れ な い考 え 方 を紹 介 す る こ
とが 多 い 。 ま た権 力 に立 ち 向 か った 人 物 に っ い て は 、 そ の 勇 気 が讃 え られ 、 教 育者 は他 者 に対
す る 愛 情 の 深 さが 評 価 され る。 い ず れ に して も理 想 を 口に して い る だ け で な く、 実際 に 行 動 を
起 こ した 人 物 が 取 り上 げ られ る。
ど の分 野 の 人 物 で も共 通 して い る こ とは 、 「下積 み 時 代 」 の重 要 性 が強 調 され て い る こ とで
あ る 。貧 困 や 病 気 、 そ の他 い か な る境遇 に あ っ て も読 書 を し、徹 底 して勉 学 に励 ん だ人 物 に っ
い て は 必ず そ の こ とに 触 れ て い る。 「
鉄 は熱 い うち に打 て 」な どの よ うに若 い時 の苦 労 が大 切 で
あ る 旨は 、 池 田が 常 日頃か ら強 調 す る点 で もあ る。
第3に 取 り上 げ た 人 物 の悪 い 点 に は ほ とん ど言 及 しな い とい うこ とで あ る。 少 々非 常識 な と
ころ が あ っ た と して も、 そ の 点 を と りた て て あ げ つ ら うこ とは しな い。 取 り上 げ る人 物 は 、世
問 的 に 見 れ ば 必 ず し も幸福 な人 生 を 送 っ た 入 ば か りで は な い。 人 の最 後 の数 年 で人 生 の勝 ち負
け が決 ま る と よ く言 わ れ る。 そ うで あれ ば池 田 は 人生 の敗 者 で あ っ て も 、 な るべ く悪 い面 は取
一27一
池 田大作 の人物論
り上 げ ない とい うこ とにな る。
歴 史 学 者 に よ る 人物 論 で は 、そ の人 物 の生 涯 を余 す とこ ろ な く描 きた い とい う欲 求 が あ る し、
悪 い点 に言 及 しな い の は 中立 的 で は ない とい う考 え も あ る。あ るい は悪 い 点 に言及 しな い の は 、
そ の事 実 を見 落 と して い る と思 われ る こ とを恐 れ る。 した が っ て通 常 の人 物 論 で あれ ば判 明 す
る 限 りの事 実 を羅 列 しよ う とす る。 池 田の 人 物論 は それ とは対 照的 で あ る。
もち ろ ん池 田は 、取 り上 げ た人 物 が全 て にお い て理 想 的 な 人物 で あ る な ど とは思 っ て い な い 。
た とえ ばペ ス タ ロ ッチ は だ ら しな い服 装 で 「
分 析 的 知識 へ の無 関心 、数 学 の極 端 な無 知(中 略)
経 営 や 政 治 的 手 腕 な ど微 塵 も持 ち合 わせ(5)」 な い 人 物 だ し、 べ 一 トー ベ ン は 喰 事 も忘 れ 、
眠 りもせ ず 、 二 十 四 時 間 ぶ っ通 しで捻 っ た り叫 ん だ り、 足 を踏 み 鳴 ら して 作 曲 した(6)]そ
う
で あ る。
一 般 社 会 の常識 か ら見 れ ば ペ ス タ ロ ッチ は 落 伍者 に 近 い し、 事 実 そ の よ うな 見 られ 方 も され
た 。 べ 一 トー ベ ン もか な り変 わ った 人 で あ る。 変 人 で あ る ばか りで な く、 あ るい はそ れ 故 に反
社 会 的 な言 動 も 目立 った 。俗 な 言葉 で い え ぱ 「
嫌 われ 者 」「鼻つ ま み者 」で あ る。彼 の親 、兄 弟 、
友 人 、近 所 の人 た ちか ら見 れ ば 、 か な り迷 惑 な存 在 だ った こ とだ ろ う。
芸 術 家で あれ ば 「
変 わ った 人 」 で 済 む か も しれ ない 。 しか し政 治 家 の場 合 は、 そ れ で は 済 ま
な い ほ ど民衆 の生 活 に大 き な影 響 を も っ てい る。 それ で も人 物 の ウ ラの 面 を書 き立 て る よ うな
手 法 は と らな い。 政 治 家 で あれ ば権 謀 術 策 とは無 縁 で は な いだ ろ う。 た とえ ばナ ポ レ オ ン は負
の一 面 と して 「
侵 略者 」 とか 「
殺人者」「
征 服 者 」な どの レッテ ル を貼 られ る。ナ ポ レオ ン か ら
侵 略 を 受 け た 国 々 で は 、特 にそ うした イ メ ー ジ が強 い。
そ れ に も か か わ らず 、 池 田 に は そ う した一 面 を あ え て 強 調 しな い とい う姿 勢 が感 じ られ る。
仏 法者 とい う池 田の 立場 か ら考 え る と、 も っ と厳 しい 目を 向 け る の で は と思 っ て い た だ け に意
外 な感 もあ る。
5.な
ぜ そ の よ うな特 徴 が で る の か
ま ず 何 の た め の人 物 論 な の か に っ い て 確 認 して お く。 「
池 田大 作 の メ ッセ ー ジ」 で も述 べ た
こ とだ が 、 池 田 の人 物 論 の 目的 は 人 々 を激励 す る こ とで あ る。 そ して社 会 を よ りよい 方 向 に変
革 して い け る人 材 を育 成 す る こ とで あ る。歴 史 学 的 考 察 を通 して 、 あ る人 物 に 関係 す る事 実 を
明 らか にす る こ とが 目的 なの で は ない 。 この こ とが 通 常 の 人 物 論 とは趣 向 を異 にす る 理 由 で あ
る。
次 に第1の 特 徴 につ い てで あ る。 な ぜ 取 り上 げ られ る 日本 人 が 少 な い の か 。 池 田は 常 に 「日
本 は嫉 妬 の 国 」 と述 べ てい る よ うに 、人 物 論 で 取 り上 げ る価 値 のあ る人 物 が 日本 の歴 史 にお い
て存 在 しな い と考 えて い るか らだ ろ うか。 私 は そ うで は な い と思 う。
日本 の歴 史 上 の 人物 は 、 日本 人 に とって は あ る程 度 な じみ が深 い 。 専 門 的 な知 識 を も っ て い
な くて も、名 前 と簡単 な事 績 く らい は誰 で も知 っ て い る。 た とえ ば織 田信 長 とい えば 桶 狭 間 、
徳川 家 康 とい えば 江 戸幕 府 とい う言 葉 と同時 に 、 肖像 画 な どに よ っ て彼 らの人 物 像 ま で想 像 で
き る 人 は 多 い だ ろ う。 っ ま り 日本 史 上 に登 場 す る 人物 につ い て は 、 自分 な りのイ メー ジ を もっ
て い る場 合 が 多 く、 さ らに好 き嫌 い とい う感 情 を しば しば 伴 っ てい る とい うこ とで あ る。
池 田が 人 物 論 で 日本 史 上 の 人 物 を取 り上 げ た場 合 、 お そ ら くそ う した一 般 的 な イ メ ー ジ と異
な る点 が 取 り上 げ られ る こ と も多 い と思 わ れ る。 人 間 は 多 面 性 を もっ て い る の だ か ら、視 点 を
変 え る こ と に よ って 見 え方 が違 っ て くるの は 当 然 で あ る。
と こ ろが 人 間 に は以 下 の よ うな 特 性 が あ る。 っ ま り自分 の イ メ ー ジ と異 な る 話 を聞 い た場 合
一28一
創価教育研究第4号
は 、 イ メ ー ジ 通 りの話 を聞 い た 場 合 よ り話 の 内容 が理 解 しに くい とい う特 性 が あ る。 た とえ ば
織 田信 長 は 、 マ イ ナ ス のイ メー ジ と して 気 性 の激 しい残 虐 な 人物 で あ っ た とい うイ メ ー ジ が 定
着 して い る 。 そ のイ メー ジ とは 異 な り、 女 性 や 社 会 的 弱 者 に対 して は細 や か な配 慮 が で き る 人
物 で あ っ た とい う話 や 比叡 山 を全 滅 させ る よ うな焼 き討 ち は なか っ た とい う話 を題 材 に して何
か の メ ヅセ ー ジ を伝 え よ うと して も、 そ の メ ッセ ー ジ を受 け る側 は ピ ン と来 ない 。 要 す る に 聞
き なれ た話 の ほ うが頭 に ス ッ と入 る ので あ る。
あ る 人物 に言 及 す る池 田の 目的 は 、 そ の 人 物 の全貌 を紹 介 す る こ とで もな け れ ば 、 一 般 的 に
目新 しい歴 史 的 事 実 を知 らせ る こ とで もな い 。 あ くま で も人 々 を激 励 す る こ とで あ る。 ス ピー
チ にせ よ書 籍 にせ よ、 限 られ た 時 間や 文 字 数 の 中で の こ とで あ る。 しか も激 励 され る側 の 納 得
や 同感 が得 られ な けれ ば真 の激 励 に は な らな い。 それ な らば あ え て理 解 され に くい か も しれ な
い 人 物(イ
メ ー ジ の 固 定 した人 物 、好 き嫌 い の評 価 の分 か れ る人 物)を わ ざわ ざ取 り上 げ る よ
りも、 日本 人 の あ ま り知 らない(っ
ま り先 入 観 の な い)別 の 人 物 を 取 り上 げ た方 が効 果 的 だ か
らだ ろ う。
架 空 の人 物 にっ い て取 り上 げ る の は、 ス トー り一 や 人 物 設 定 が しっ か りして い る小 説 の場 合
で あ る。 た とえ ば ア レクサ ン ドル ・デ ュマ の 『モ ンテ ・ク リス ト伯 』 や ホー ル ・ケ イ ン の 『永
遠 の都 』な どは 代 表 的 で あ る。 「人 は い か に 生 き るべ き か 」 とい う人 類 に普 遍 的 な テ ー マ に真 正
面 か ら取 り組 んで い る作 品 が 多 い こ とが分 か る。
池 田 に と って は、 実 在 の 人 物 だ ろ うが 架 空 の 人 物 だ ろ うが 、人 々 の 励 み に な れ ば そ れ で い い
とい うこ とで あ ろ う。 これ は 池 田の 師 ・戸 田城 聖 の も とで 、 さま ざま な 文 学 作 品 を教材 と して
薫 陶 を受 け た こ とに原 点 を 見 出せ る。
第2の 点 に も池 田の メ ッセ ー ジ が 強 く反 映 され る。 池 田が 人 物 を評 価す る場 合 、 民衆 へ の 奉
仕 ・リー ダ ー シ ップ ・不 屈 の精 神 ・勇 気 ・入 類 愛 とい う言葉 が ポ イ ン トに な る。 こ う した 条 件
を 兼 ね備 え た 人 間 に なれ 、 とい うのが 人 物 論 に託 した池 田の メ ッセ ー ジで あ る。
池 田 は 「全 体 人 間 」 とい う言 葉 を しば しば 口にす る が 、 そ の 意 味す る とこ ろ は 、 これ らの 条
件 を全 て兼 ね 備 えた 人 間 とい うこ とで あ ろ う。 努力 して 簡 単 に な れ る もの で は な い し、過 去 に
全 体 人 間 が存 在 した と も思 え な い。 しか し無 限 の 向 上 心 を もっ て 少 しで も それ に近 づ く生 き方
は重 要 で あ ろ う。 た とえ 現在 の 立場 が 日の 当 た らな い もの で あ っ た と して も 、 日常 生 活 で は 目
標 に 向 か っ て 努 力 を 怠 らず 、 さ らに は 常識 人 と して生 き る こ とが結 局 は幸 福 な人 生 で あ る こ と
を 強 く訴 え る もの で あ る。
第3の 特 徴 と して は 、 人物 の悪 い点 に は あ ま り言 及 しない と述 べ た 。 こ の点 も池 田の 人 物 論
の 目的 と深 く関係 して い る。 まず 悪 い 点 ば か りの人 物 論 は読 ん で い て も面 白 く ない し、 何 の価
値 もない 。 池 田本 人 が他 人 か ら謂 れ の な い 中傷 を しば しば受 け て きた こ と と も無 縁 で は ない だ
ろ う。 つ ま り人 の評 価(特
にマ イ ナ ス の)ほ
ど当て に な ら な い も の は ない とい うこ と を身 を も
っ て知 っ てい る の で あ る。
人 間 は誰 で も大 な り小 な り 「
欠 点 」 を も って い る。他 人 の 欠 点 や悪 行 ば か り を聞 か され て い
た と して も 、そ の うち 自分 に 当 て は ま る も の が い くつ か 出 て くる。 「自分 に も同 じ面 が あ る」 と
思 え ぱ気 持 ち が暗 く な る。
そ れ な らば そ の逆 をす れ ば い い 。 人 間 に は 必 ず い い 点 もあ るの だ か ら、 それ ぞ れ の人 物 が も
っ多面性の 中か ら 「
い い 点 」 を取 り上 げ る。 そ うした こ と を繰 り返せ ぱ誰 で も どれ かひ とっや
ふ た っ は 当て は ま る も のが あ るだ ろ う。 そ れ が 見 つ かれ ば 人 は 勇気 づ け られ る し、 自信 が もて
る。 「
桜 梅 桃 李 」 溺実 感 で き るの で あ る。
一29一
池 田大作 の入物論
ゲ ー テ が 「偉 大 な も の に は何 で も反 対 す る クセ 」 と指 摘 す る よ うに、社 会 に対 して何 らか の
貢献 を した 入 物 に対 して嫉 妬 心 か ら悪 口を言 う こ との愚 か さを 、池 田は人 物 の取 り上 げ 方 で も
示 して い る と言 え よ う。 一 方 、不 完 全 な人 問 を例 と して取 り上 げ な が ら も、理 想 とす る生 き方
を提 示 す る 。 っ ま る と ころ 人物 論 は池 田の方 便 で あ る。 人 物 の い い 点 ば か りが取 り上 げ られ る
の は必 然 で あ ろ う。
総 じて 言 え ば 、池 田の 人物 論 は リー ダー と して の視 点 か ら書 かれ てい る とい え よ う。 人 間集
団 の 中 に は さま ざま な人 が い る。 大 き な集 団 の リー ダー と して 、一 人 ひ と りの人 を活 か そ う と
す れ ば 、個 人 的 な好 き嫌 い を表 に 出す こ とは で き な い。 個 人 的 に は嫌 い だ と思 う人 物 で あ っ て
も、 そ の 人 の長 所 を見 出 し、集 団 の た め に貢 献 で き る能 力 を積 極 的 に褒 め 、活 用 す る。 これ が
リー ダ ー の 責任 で あ り リー ダー の人 物 評 価 で あ る 、 とい う こ とだ ろ う。 こ う した リー ダー を も
てれ ば 、個 人 に とっ て も集 団 に と って も これ ほ ど幸 福 な こ とは な い。
6.人
物論の効果
池 田 が社 会 的 に尊 敬 を集 め る人 物 だ け に、 そ の発 言 は 影 響 力 が 大 き い。 人 物 評 価 にっ い て も
同 じで あ る。 人 物 を通 した池 田 の激 励 に よっ て勇 気 づ け られ た人 は数 え切 れ ない だ ろ う。 池 田
が 意 図 した 効果 につ い て は改 め て言 及 す る必 要 も ない ので 、 こ こで は別 の効 果 につ い て 言 及 し
た い。 残 念 なが らあ ま りい い 効 果 で は な い。
それ は池 田の 人物 論 を読 ん だ とき に 、多 くの 人 は池 田が 取 り上 げ た 人 物 が ま るで 聖 人 君 子 で
あ る か の よ うに勘 違 い を して しま う、 とい うこ とで あ る。 「正 の 業績 」 だ け で な く 「
負 の業 績 」
も よ く知 られ て い る 人物(た
とえ ばナ ポ レオ ン な ど)に つ い て は 、池 田 もそ れ につ い て 言 及 は
す る。 あ る い は 人物 の家 族(特
に母 親)の エ ピソー ドを紹 介 す る こ とに よ って 、 そ の人 物 の 人
間 味 を演 出す る とい う配 慮 も して い る の で 、 さす が にそ う した勘 違 い も少 な い。
しか し 日本 人 が あ ま り知 らな い 人 物 につ い て は 、 そ の勘 違 い も甚 だ し くな る。 「池 田先 生 が
取 り上 げ た の だ か ら、 そ の人 物 は全 人 格 にお い て 素 晴 ら しい 」 とい う勘 違 い で あ る。 極 端 な場
合 に は そ の 人 物 を 「人 間 」と して見 る の で は な く、「
超 人 」と して 崇 拝 して しま うこ とす らあ る 。
さ らに は そ の 人 物 の迷 惑 な点 、非 常 識 な性 格 す ら、優 れ た 業 績 や 後 世 の高 い 評 価 に よ って 帳 消
しに な る とい う よ うな勘 違 い も 多い 。 「大 人物 は変 人 で あ る 」 とか 「
偉 人 は非 常識 で あ る」な ど
とい う本 末 転 倒 の思 い 込 み も生 ま れ る。
た だ これ は池 田の人 物 論 を読 む 側 の責 任 だ ろ う。池 田 は 「どん な偉 人 で も一 人 の人 間 で あ る 」
旨を 、折 に触 れ て強 調 してい る。 この 一 点 を忘 れ て の 人 物 論 は 何 の 意 味 もな い し、 む しろ 有 害
で あ る。池 田 の人 物 論 は 、それ が そ のま ま 歴 史 で は ない とい うこ とを認 識 しな けれ ば な らな い 。
人 を激 励 す る た め の人 物 論 と歴 史 的 な 事 実 を重 視 す る人 物 論 とを立 て 分 け る こ とに 留 意 した い 。
(注)
(1)池
田 大 作 著 、 第 三 文 明 社 レ グ ル ス 文 庫 、2001年
。 新 書 版 で 全216ペ
量 は そ れ ほ ど 多 く な い 。 続 編 と し て 『新 ・私 の 人 物 観 』(2001年
(2)潮
(3)『
(4)上
出 版 社 、1997年
。
波 瀾 万 丈 の ナ ポ レオ ン 』285ペ
・下2巻
ージ。
、 読 売 新 聞 社 、1988年
(5)『
私 の 人 物 観 』206ペ
(6)『
私 の 人 物 観 』51ペ
。
ー ジ。
ージ。
一30一
ー ジな ので 、 人 物 一 人 あ た りの分
、 全272ペ
ー ジ)が
あ る。