1 特集 安倍総理が世界に呼びかけ 「質の高いインフラ投資」 における財務省の取組み 2015 年 5 月に開催された国際交流会議「アジアの未来」 において、安倍総理が公表した「質の高いインフラパー トナシップ」 。財務省ではどのような取組みを行って いるのかをリポートする。 取材・文:西村 有樹 質の高いインフラとは ● 経済性 (ライフサイクル・コストの低減等) ● 安全性 ● 自然災害への強靭性 ● 環境・社会への配慮 ● 現地の社会・経済への貢献 (技術移転、人材育成) 質の高いインフラパートナーシップを支える 4 本の柱 2 ファイナンス 2016.6 1 JICA の支援量の拡大・迅速化 2 ADB との連携 3 JBIC 等によるリスクマネーの供給拡大 4 質の高いインフラ投資の国際的スタンダード化・ グローバルな展開 1 「質の高いインフラ投資」における財務省の取組み 特集 安倍総理が世界に呼びかけ 4 本の柱で質の高いインフラを整備 各国・国際機関と協働しつつ、 民間の資金とノウハウを呼び込み、 質・量ともに十分なインフラ投資を実現 拡大続けるインフラ需要に 高品質のサポートを提言 近年、アジア地域におけるインフラ整備需要は 膨大になっています。年間約 7,500 億ドルとも言 われるアジア全体のインフラ需要に対応するた め、安倍総理は 2015 年 5 月に国際交流会議「ア 金・ノウハウも活用して、 「質の高いインフラ投 資」をグローバルに展開することとしています。 民間資金とノウハウを動員 4 本柱で実現を目指す 質の高いインフラパートナーシップは、具体的 ジアの未来」において「質の高いインフラパート な施策は以下の 4 本の柱から構成されます。 ナーシップ」を公表しました。 第 1 の柱 「国際協力機構(JICA)の支援量の その内容は、安全で、自然災害に対しても強靭 拡大・迅速化」 で、長期的に見れば経済性に優れた「質の高いイ 第 2 の柱 「アジア開発銀行(ADB)との連携」 ンフラ」を、自然環境や現地社会にも配慮しつつ 第 3 の柱 「国際協力銀行(JBIC)等による 整備し、技術移転や人材育成の観点からも貢献し ていく、 「質の高いインフラ投資」を推進するこ とを通じて、持続的な成長と包摂的な途上国開発 を実現することを目的としています。 こうした膨大なインフラ需要に対する投資を、 リスクマネーの供給拡大」 第 4 の柱 「質の高いインフラ投資の国際的 スタンダード化・グローバルな展開」 上記の 4 本の柱のうち、第 1 の柱から第 3 の柱 について、2015 年 11 月に安倍総理よりマレーシ 質と量、双方を追求し実現することは公的資金だ アで開催された「ASEAN ビジネス投資サミット」 けでは限界があります。そこで公的資金に加えて、 において、その更なる具体策が公表されました。 民間資金がアジアのインフラ投資に流れ込む仕組 このうち、財務省が関連する「JICA と ADB の連 みをつくることで可能性を大きく拡大させます。 携策」及び「JBIC の機能強化」について、その 日本は、各国・国際機関と協働しつつ、民間の資 取り組みを以下で紹介します。 JICA とは 平成 20 年、旧国際協力事業団に旧 OECF(海外経済協力基金)が統合されると ともに、外務省の無償資金協力部門の業務が一部移管され独立行政法人国際協力機 構が発足。独立行政法人国際協力機構法に基づき設立された独立行政法人で開発途上地域等の経済及び社会 の開発等に寄与。国際協力の促進と、我が国と国際経済社会の健全な発展を目指す。主な業務内容としては 開発途上国に対する技術協力・無償資金協力のほか、有償資金協力があり、低金利・長期の円借款、海外投 融資を柱とする。 JBIC とは 平成 24 年発足。株式会社国際協力銀行法に基づいて設立。一般の金融機関が行う 金融の補完を前提に、日本に重要な資源の海外における開発および取得の促進、 日本の産業の国際競争力の維持、向上を目的とし、日本企業の輸出・海外展開支援のための出融資を行う。 3 ファイナンス 2016.6 財務省の取組み/第 2 の柱 JICA と ADB の新たな連携パッケージで インフラ向け投融資を促進 ます。 JICA と ADB が協働し JICA の有償資金協力においては「円借款」が 民間、公共のインフラ整備を支援 大部分を占めており、これは途上国政府を対象と 「質の高いインフラパートナーシップ」の第 2 した長期・低金利の融資が主となります。一方 の柱である「アジア開発銀行(ADB)との連携」 「海外投融資」は JICA が開発目的を有する民間 について。この連携パッケージは以下の 3 点で構 の事業体に対し、融資及び出資を行うものです。 成されています。各連携策の具体的な中身を解説 ADB に も 民 間 投 融 資 を 行 う PSOD(Private します。 Sector Operation Department)という部門があ りますが、今回合意したパッケージは JICA の海 外投融資が PSOD のノウハウを活用し、JICA 単 PPP 等民間インフラ案件に 独では組成の難しい PPP(官民連携)等の民間イ 対する投融資のための 信託基金を ADB 内に新設 ンフラ案件に対して投融資を行うものです。 そこで JICA の「海外投融資」の枠組みを用い 1 点目は「PPP 等民間インフラ案件支援」です。 て、ADB に新設される信託基金に出資を行い、 JICA が出資を行い、2016 年 3 月に ADB 内に信 当該信託基金を通じて今後 5 年間で最大 15 億ド 託基金を新設することで、ADB と協調して質の ルを目標に投融資します。この信託基金経由で 高 い PPP 等 民 間 イ ン フ ラ 案 件 に 投 融 資 を 行 い JICA が行う投融資と協調して、ADB 本体及び民 ◆ ADB との連携 ❶(PPP 等民間インフラ案件支援) 案件形成・ 実施支援 技術協力 投融資 協調投融資 投融資 ADB 信託基金 メリット: 4 ファイナンス 2016.6 JICA 本体勘定 JICA からの 質の高い PPP 等民間 インフラ案件 出資 譲許的財源の活用 メリット: ADB の知見の活用、 JICA の能力強化 1 「質の高いインフラ投資」における財務省の取組み 特集 安倍総理が世界に呼びかけ 間の資金を合わせて合計 60 億ドルの投融資が実 をしていきます。 現することを想定しています。 また、JICA と ADB が協働して支援する相手国 過去に ADB が融資した民間インフラの既往案 の長期支援計画には、複数のプロジェクトを盛り 件では、九州電力・伊藤忠商事が参画したインド 込み、協働で複数年度・複数案件の支援も行いま ネシアのサルーラ地熱発電プロジェクトがあり、 す。セクター内の複数案件に対して、事前に相手 このような日本の強みを生かした民間電力セク 国と同意した上で個別の融資契約を締結するフ ター案件に対する今後の信託基金からの投融資が レームワークとして、JICA には Sector Project 期待されます。また、ADB との協力を通じて、 L o a n(S P L) 、A D B JICA における PPP 等民間インフラ案件の形成能 Financing Facility(MFF)が存在し、長期支援 力強化も目指しています。 計画の中でも両者を活用することで、迅速な支援 に は Multi Tranche 提供を目指します。 5 年間で 100 億ドルを目標に 公共インフラ整備を促進 インフラ投資の円滑な実施に向け 計画初期段階から連携を密に 第 2 の柱「ADB との連携パッケージ」の 2 点目 は「 公 共 イ ン フ ラ 整 備 の 促 進 」 で す。 こ れ は 3 点目は「ハイレベル政策対話」です。1 点目 JICA(円借款)と ADB(政府向け融資)の協調 「PPP 等民間インフラ案件支援」、2 点目「公共イ 融資により、公共インフラ(政府が開発金融機関 ンフラ整備促進」をより円滑に実施するため、日 の融資を受けて整備するインフラ)の整備を促進 本政府・JICA と ADB の間でハイレベル政策対話 するものです。 の開催を行うものです。定期的に開催される対話 JICA と ADB による協調融資はこれまでも実績 を通じて、長期戦略等についても密に協力すると がありましたが、さらに協力関係を一歩進め、 ともに、案件の初期段階から両者が協働していく 個々の融資案件の準備・実施過程でそれぞれの強 ことを目指しています。 みを活かした技術支援を提供しつつ、今後 5 年間 で JICA・ADB 合わせて 100 億ドルを目標に融資 ◆ ADB との連携 ❷(公共インフラ整備促進) ADB 日本基金 長期支援計画 技術協力 案件形成・ 実施支援 技術協力 JICA 本体勘定 融資 協調融資 円借款 質の高い 公共インフラ 案件 5 ファイナンス 2016.6 財務省の取組み/第 3 の柱 JBIC 法の改正等で日本企業の 海外インフラ事業展開を後押しへ JBIC 法の改正等により機能強化し 日本企業の海外展開を後押し 実であると認められる場合にしか投融資できない という JBIC の法律上のルール「償還確実性」要 件を免除、することで、リスクマネーを積極的に 第 3 の柱「国際協力銀行(JBIC)等によるリ 供給するものです。なお、JBIC の会社全体の収 スクマネーの供給拡大」は、インフラ需要に対し 入が支出を償うように金利等の条件設定をすると て資金面で貢献しつつ、日本の優れた技術を諸外 いう法律上のルール「収支相償原則」は維持され 国 に 提 供 す る た め に、JBIC 法 の 改 正 等 に よ り ます。 JBIC の機能強化を目指すものです。具体的には 以下の 3 点で構成されています。 1 点目は「JBIC による更なるリスク・テイク」 です。投融資の期待収益は十分にあるものの、収 益が下振れするリスクがある海外インフラ事業向 現地金融機関からの長期借入を解禁 支援手法も多様化し支援枠を拡大 2 点目は「現地通貨建て融資の拡大」です。こ けの投融資を行うため、JBIC に「特別業務」を れは JBIC の現地通貨調達方法として現地金融機 新たに追加します(従来の「一般業務勘定」とは 関からの長期借入(1 年以上)を解禁するものです。 現状では JBIC の資金調達方法は金融機関から 区別して経理) 。 「特別業務」は、貸し付けた資金の償還等が確 の短期借入、政府からの借入、社債発行に限定さ ◆ JBIC による現地通貨建て融資の拡大 〈JBIC による現地金融機関からの長期借入のイメージ〉 ② タイバーツ建ての 長期融資 タイの インフラ事業者 JBIC 収入・支出ともに タイバーツ建てが主 ➡ タイバーツ建ての 資金需要大 ⑤ タイバーツ建ての 融資返済 ① タイバーツ建ての 長期借入 ⑥ タイバーツ建ての 借入返済 (※今回の見直しで可能に) ③支 出 (資材の購入等) タイの 現地金融機関 6 ファイナンス 2016.6 タイの 現地企業等 ④収 入 (料金) タイの 利用者 1 「質の高いインフラ投資」における財務省の取組み 特集 安倍総理が世界に呼びかけ れています。JBIC からの出融資通貨は円、米ド ルが主でしたが、途上国等のインフラ事業におい ては、利用者から現地通貨で収入を得るため、事 業者の借入においても現地通貨での需要が高まっ ています。 こうした需要に対し、これまで認められていな かった現地金融機関からの長期借入を解禁し、 JBIC による現地通貨建ての融資を提供すること で、より一層途上国等でのインフラ投資を促進し ます。 3 点目は「JBIC による支援手法の多様化」で 「質の高いインフラ投資の推進のための G7 伊勢志摩原則」について G7 伊勢志摩サミットにおいて、「質の高い インフラ投資」の基本的要素について認識を共 有し、 「質の高いインフラ投資の推進のための G7 伊勢志摩原則」に G7 として合意しました。 今後、同原則に沿って各国・国際開発金融機関 がインフラ投資を行い、Value for Money や 「質」の要素を考慮した調達制度の導入を慫慂し ていきます。 す。海外インフラ事業等への支援手法を多様化、 追加します。具体的には海外インフラ事業に係る 指します。近年、インフラ事業の資金調達手段と 銀行向けツー・ステップ・ローン、プロジェク しても発行が増加しており、今後はこうした社債 ト・ボンド等の債権の取得による支援等の追加と も取得可能とすることで、資金需要に応えます。 なります。 以上、「質の高いインフラパートナーシップ」 JBIC が銀行を経由して融資を行うツー・ステッ において、財務省が関係している施策から一部を プ・ローンは、海外向け M&A 支援、中小企業の 解説しました。アジアを中心とした新興国の経済 海外展開支援に資金使途が限定されています。今 成長に伴い必要となるインフラに対し、日本の強 後は海外インフラ事業に対して銀行が融資を行う みである「質」の観点からその整備を支援してい 際にも活用可能とし、インフラ事業者による外貨 くことは、国際社会から期待される、日本の重要 建て長期資金の安定調達を支援していきます。 な役割であるといえます。今後も各国、国際機関 プロジェクト・ボンドとは利子の支払い、元本 の償還原資を当該事業の収益等に限定した社債を と協働し質の高いインフラ投資をグローバルに推 進していきます。 ◆ JBIC による支援手法の多様化の例 〈インフラ事業に係る銀行向けツー・ステップ・ローン〉 〈インフラ事業に係る社債(プロジェクト・ボンド)等の取得〉 外貨建て長期資金の 安定調達支援 JBIC 民間銀行 プロジェクト・ボンドの 取得 貸付 貸付 JBIC プロジェクトの収益から 利払い・元本償還 インフラ 事業 プロジェクト・ボンドの 取得 インフラ 事業 ―般投資家 プロジェクトの収益から 利払い・元本償還 日本企業 出資・輸出 日本企業 出資・輸出 7 ファイナンス 2016.6 質の高いインフラ投資 事例 ❶ サルーラ地熱発電所建設計画 (インドネシア、円借款) 【事業概要】 イ ン ド ネ シ ア 北 ス マ ト ラ 州 で 世 界 最 大 級 の 地 熱 発 電 所( 出 力 320MW)を建設・所有・操業し、30 年にわたり、インドネシア電力公社(PLN)にに売電する プロジェクト(事業総額:約 16 億米ドル)。 【本邦企業の関与等】 ❶ 日本製の地熱発電用蒸気タービン・発電機を採用(東芝が受注) 。また、地熱発電開発・運営に 豊富な実績を有する本邦電力会社が一貫して事業に参画(伊藤忠、九州電力がそれぞれ 25% 出資) 。 ❷ JBIC に加え、ADB、民間金融機関(3 メガ バンク等)との国際協調融資。 ❸経 済成長に伴い増大するインドネシアの電力 需要の安定供給に貢献。再生可能工ネルギー の導入に重点を置くインドネシアの電源開発 計画にも合致し、地球環境の保全にも寄与。 ❹建 設工事では 2,000 名程度の現地労働者を 雇用、発電所運営でも現地労働者への長期教 育を実施予定。インドネシアにおける雇用創 出と人材育成に貢献。 【プロジェクトスキーム】 九州電力 (25 伊藤忠商事 (25 メドコ地熱 %) %) (37.25%) オーマット テクノロジーズ (12.75%) メドコパワー インドネシア (51%) 西日本技術開発 国際石油開発帝石(49%) 技術コンサル契約 出資 共同事業体 売電契約(30 年) インドネシア国有 電力公社(PLN) 融資 JBIC ADB 民間金融機関 (3 メガバンク) 8 ファイナンス 2016.6 建設契約 現代建設 (韓国大手建設会社) 坑井掘削契約 ハリバートン (米国大手掘削会社) 出所:九州電力のホームページを参考に作成 1 「質の高いインフラ投資」における財務省の取組み 特集 安倍総理が世界に呼びかけ 質の高いインフラ投資 事例 ❷ デリー高速輸送システム建設計画 (インド、円借款) 【背景・概要等】 写真提供:久野真一/JICA 背 景 インドのデリーでは激化する交通渋滞の緩和および自動車公害対策のために、1997 年以降日本の 協力のもと、市中心部から放射線状に伸びる高速鉄道路線網の整備を進めている。しかし、乗客数 は毎年増え続け、2013 年 8 月には 1 日 260 万人に達しており、環状線などのさらなる整備が求め られている。 事業概要 高速輸送システムの建設(土木工事、電気・通信・信号工事等)と車両調達。フェーズ 1(65km) が 98 年 10 月から 06 年 11 月、フェーズ 2(125km)が 06 年 4 月から 11 年 8 月、フェーズ 3 (116km)が 11 年 6 月から 16 年 4 月。 成 果 1 日当たり平均約 250 万人(ロンドン地下鉄約 300 万人)が利用し、渋滞緩和に貢献→デリー市 内で、12 万台の車両削減に貢献。 【「質の高いインフラ」案件としての特徴】 包摂性 利便性・快適性 現地の社会・経済への貢献 安全運行や車両維持管理に関する能力を向上させるため、東京メトロを運行する東京地下鉄 (株)、メトロ車両(株)の協力のもと , デリー地下鉄公社への技術支援を実施。 ● ● 日本企業との協働により、毎朝決められた時間に集合することを徹底し、定められた工期を守る という「納期」の重要性を浸透。 ● 整列乗車のライン、駅員による乗客整理など、「並ぶ」という習慣の導入。 ● 女性専用車両を導入し , 女性が安心して公共交通機関を利用できる環境を整備。 環境・社会配慮ガイドライン等の質の高いスタンダードの適用 ライフサイクル・コストの低減等の経済性 ● 持続可能性 本邦企業の省エネ技術「電力回生ブレーキ」により、2,200 万トンの CO2 削減に貢献(2002 年から 2032 年までの削減量の合計)、鉄道事業 では世界初の CDM 事業として国連に登録。 安全性・強靱性 ● ● 工事区域をフェンスで囲み、ヘルメットや安全 靴の着用を義務付け、工事現場内の整理整頓な ど「安全」の概念を定着させた。 神戸大学が開発した「On Site Visualization (OSV) 」 (地盤や構造物に変位が生じた際に光 の色で崩落の危険を示すもの)を導入し安全対 策を強化。 写真提供:久野真一/JICA 9 ファイナンス 2016.6
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