論文要旨・審査の要旨 - 国立大学法人 東京医科歯科大学

学位論文の内容の要旨
論文提出者氏名
論文審査担当者
山田 美紀
主
査 稲澤 譲治
副 査 田中 真二、北川 昌伸
Association of the Chromodomain Helicase DNA-Binding Protein 4
論
文
題
目
(CHD4) Missense Variation p.D140E with Cancer: Potential Interaction
with Smoking
(論文内容の要旨)
<要旨>
Chromodomain helicase DNA-binding protein 4 (CHD4)は、クロマチンリモデリングに重要な役割
を担っており、その異常は癌の発生に関係があるとされている。本研究は、CHD4 遺伝子多型と
ヒト癌との関連を検討することを目的とした。CHD4 の 9 つのミスセンス一塩基多型について、
日本人高齢者連続剖検例 2343 検体で、Exome-chip を用いて genotyping を行った。各癌の有無
は病理学的に評価した。担癌患者は 1446 例(61.7%)で、非担癌患者は 897 例(38.3%)であった。2
つ の 非 同 義 一 塩 基 多 型 で あ る p.D140E (rs74790047) と p.E139D (rs1639122) に つ い て は
Exome-chip によってタイピングされた genotype をダイレクトシーケンス法によりさらに検証し
た。p.D140E は担癌に対して統計学的に有意差を認めた(OR = 2.17, 95%CI = 1.37-3.44, P =
0.001)が、p.E139D は関連を認めなかった。さらに、喫煙歴を有する場合、この遺伝的効果が増
大した(OR = 4.66, 95%CI = 1.82-11.9, P = 0.001)。各種癌別に関連を検討した結果、p.D140E は
肺癌(OR = 3.99, 95%CI = 2.07-7.67, P < 0.001)、悪性リンパ腫 (OR = 3.24, 95%CI = 1.43-7.33, P
= 0.005)、直腸癌 (OR = 6.23, 95%CI = 2.31-16.8, P < 0.001)に対して有意差を認めた。以上より、
CHD4 非同義一塩基多型 p.D140E はヒト癌と関連しており、喫煙との遺伝子-環境因子交互作用
があると考えられた。
<諸言>
癌は治療法の進歩が目覚ましい昨今においても世界中で主な死因を占めている。癌の危険因子
は喫煙、飲酒、ウイルス感染、環境汚染など様々であるが、いずれも DNA 損傷が発癌の契機の
ひとつとなっている。これらの環境要因の曝露によって DNA に蓄積する変異やエピジェネティ
ック制御の変化は癌発生の主要な要因である。DNA の損傷および修復の破綻により癌が発生す
ることから、DNA 損傷修復経路にある遺伝子が発癌に関与していることが考えられる。
Chromodomain helicase DNA-binding protein 4 (CHD4)は、クロマチンリモデリングの主軸を担い、
細胞周期を調節し、DNA 損傷反応に関わる酵素の一つである。また CHD4 は癌との関連も以下
のように複数報告されている。1) マイクロサテライト不安定性を示す胃癌と大腸癌において、
CHD4 発現が減少している。2) CHD4 は細胞周期を調整しその破綻により癌細胞が増殖する。3)
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CHD4 の体細胞変異が漿液性粘膜癌のエキソームシークエンスで同定されている。本研究では、
CHD4 遺伝子の生殖細胞系列の変異が癌と関連すると仮定し、CHD4 非同義一塩基多型を検索し、
日本人高齢者連続剖検例において病理学的に診断された癌との関連を検討した。
<方法>
東京都健康長寿医療センター研究所バイオリソースセンターに登録されている日本人高齢者連
続剖検例 2343 検体を対象とした。CHD4 の非同義一塩基多型については Infinium Human
Exome BeadChip (Illumina 社)を用いた genotyping データから探索し、担癌の有無及び各種癌
の有無との関連を検討した。解析は SPSS (version 22)を用いてロジスティック回帰分析を行っ
た。
<結果>
担癌例は 1446 例 (61.7%)、非担癌例は 897 例(38.3%) であった。CHD4 に認められる 9 個の
非同義一塩基多型のうち 7 個について多型は検出されなかった。非同義一塩基多型の p.E139D
と p.D140E について検証を行った。p.E139D と p.D140E のマイナーアレル頻度はそれぞれ
41.5%と 2.2%で p.D140E ではマイナーホモ接合は認めなかった。p.E139D と p.D140E は3塩
基しか離れておらず genotyping 上の問題とビーズチップの解析での干渉が疑われた。そのため、
p.D140E の全へテロ接合に対してダイレクトシーケンス法を用いて再検し確認同定した。
Dominant model を適応すると p.D140E の頻度は担癌例において統計学的に有意に高かった
(OR = 2.17, 95% CI = 1.37-3.44, P = 0.001)。また男性のみを対象としても有意差を認めた (OR =
3.77, 95% CI = 1.59-8.92, P = 0.003)が、女性では認めなかった。さらに喫煙歴との関連を検討す
ると、喫煙例では有意な関連を認めた(OR = 4.66, 95% CI = 1.82-11.9, P = 0.001)が、非喫煙例で
は関連を認めなかった。一方、p.E139D の頻度は担癌例と非担癌例の間で有意差を認めなかった。
各種癌に対しては、p.D140E と肺癌 (OR = 3.99, 95% CI = 2.07-7.67, P < 0.001)、直腸癌 (OR
=6.23, 95% CI = 2.31-16.8, P < 0.001)、悪性リンパ腫 (OR = 3.24, 95% CI = 1.43-7.33, P =
0.005)との関連を認めた。
<考察>
CHD4 遺伝子は DNA 修復および細胞周期調節に重要な役割を持つタンパク質をコードしてお
り、癌の発生に関与すると報告されている。複数の遺伝子変異の集積によって癌が発生すること
はよく知られている。CHD4 と癌との関連は、直接的ではなく DNA 修復経路に間接的に影響す
ると考えられる。癌表現形の発現は複数遺伝子の相互作用の結果であり、一つの遺伝子の変化が
表現形に対して様々な浸透性や発現性を示している。
ヒト CHD4 タンパク質は 1912 アミノ酸から成り、2 つの plant homeodomain (PHD) zinc
finger ドメイン、2 つのクロモドメインと 1 つのヘリカーゼドメインからなる。我々が検討した
2 つの遺伝子多型によるアミノ酸変化は、これらのドメインの N 端側に位置し酸性アミノ酸(グル
タミン酸:E 及びアスパラギン酸:D)ストレッチ内でお互いに隣接して存在する。これらが含ま
れる 134 番から 144 番のアミノ酸配列は、133-EEEEE(E/D)(D/E)DDDD-145 で括弧内が
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p.E139D と p.D140E である。このうち最も頻度が高い配列は 133-EEEEEEDDDDD-145 で、
p.D140E はポリグルタミン酸とポリアスパラギン酸の境に位置する。p.D140E のアミノ酸変化に
よりポリグルタミン酸が 6 つから 7 つに伸長される。本研究の結果より、この構造的な差異が癌
のリスクを増加させることと関連している可能性が推測された。
一般に細胞周期を調節する遺伝子や DNA 修復過程にある遺伝子の調節機能異常は癌の発生に
寄与し得る。CHD4 は DNA 損傷反応を調整するクロマチンリモデリング因子としての機能に加
え、TP53 の脱アセチル化による G1/S 細胞周期を調節する役割を担うことも示唆されている。従
って、CHD4 p.D140E は、癌関連遺伝子の変異を含む多段階過程を通じて癌の発生を加速させて
いる可能性が考えられ、今後詳細な機能解析が必要である。しかしながら、今回癌との関連が明
らかになった多型の部位は、DNA 修復活性を標的とする ATPase/helicase ドメインあるいは未
修飾 H3K4 やメチル化 H3K9 のヒストン H3 結合部位である PHD フィンガーのどちらでもない。
Seeling らによると、このポリグルタミン酸−ポリアスパラギン酸のストレッチは、CHD4 の 3 つ
の核内ターゲット配列に隣接したクロマチン結合部位である。同様のポリグルタミン酸−ポリアス
パラギン酸ストレッチは他のいくつかの遺伝子産物でも認められているが、このような領域の機
能や相互作用するタンパク質などに関しては不明な点が多い。
DNA 損傷や癌化に影響する可能性のある要因のうち、最も重要な発癌物質は喫煙である。タ
バコは 60 種類以上の DNA 変異を惹起する化学物質を含む。DNA の未修復または不完全な修復
は、細胞周期調節の異常やアポトーシス誘導調節の破綻を導く。今回の結果により DNA 修復酵
素である CHD4 多型において、喫煙習慣が癌のリスクを増加させたことは、癌の発生における遺
伝子−環境交互作用の可能性を示唆する。例えば、The Cancer Genome Atlas における CHD4 の
体細胞変異の頻度を CHD4 と関連していた肺癌で見てみると、肺腺癌で 2.6%、肺扁平上皮癌で
は 6.2%であった。今回肺癌、悪性リンパ腫、直腸癌と CHD4 の関連が認められたが、他の環境
要因は依然として明らかでない。
本研究では、対象が剖検例であるため臨床情報取得に限界があった。またサンプルサイズが十
分でないために検出力が不足していた可能性や、対象集団が生存バイアスに偏っている可能性が
考えられる。多くの環境要因や潜在的に解析に影響するバイアスによる機能的な影響を十分評価
できていない。
<結論>
CHD4 遺伝子非同義一塩基変異 p.D140E (rs74790047) はヒトの担癌との関連を認めた。さら
に喫煙がこの遺伝子リスクに影響に寄与している可能性が考えられる。
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論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号
乙 第
論文審査担当者
2337
号
山田 美紀
主
査 稲澤 譲治
副
査 田中 真二、北川
昌伸
【論文審査の要旨】
1.論文内容
CHD4 一塩基多型がヒト癌発症と関連し喫煙と交互作用する可能性を見出した。
2.論文審査
1)研究目的の先駆性・独創性
日本人高齢者連続剖検例を対象に、クロマチンリモデリングや細胞周期、DNA 損傷応答に関
与する酵素遺伝子の Chromodomain helicase DNA-binding protein 4 (CHD4)の非同義一塩基
多型と癌との関連解析を行った点において独創的である。
2)社会的意義
CHD4 遺伝子多型の各種癌おける高齢者での罹病性が解明されることで発がんリスク診断や
環境要因の排除による癌予防の可能性が示唆された。
3)研究方法・倫理観
日本人高齢者連続剖検例 2343 検体を対象に、
CHD4 の非同義一塩基多型を Infinium Human
Exome BeadChip (Illumina 社)を用いて解析し、取得した genotyping データをもとに各種癌
の有無との関連を検討した。とした。研究計画は東京医科歯科大学難治疾患研究所倫理委員会
の承認を得て実施された。
4)考察・今後の発展性
剖検例を対象としたことで臨床情報の不足やサンプルサイズの限界による検出力不足が懸念
され今後の研究を発展させるにはこれらを考慮した取り組みが望まれる。
3.審査結果
田中真二教授、北川昌伸教授と協議のうえ合格とした。
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