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第 6 章 可変粘弾性を利用した瞬発力
の発生と粘弾性制御
6.1
本章の概要
第 5 章では,1 自由度可変粘弾性関節マニピュレータによる位置制御と振動抑制をおこなった.
そして,人工筋肉と MR ブレーキが競合しないための制御をおこなった.一方で,MR ブレーキ
を可変トルクブレーキとして用いることで人工筋肉の収縮動作を拘束することもできる.このと
き,人工筋肉は生体筋と同様に等尺性収縮をおこない高収縮力を発揮する.このような「力を溜
める動作」はモータや油圧シリンダのような従来のアクチュエータにはない特性である.そこで,
著者らはこの特性を利用し,本マニピュレータによるダイナミックな運動の実現を目指す.これ
は,第 1 章で述べたように,ロボットの行動範囲やパフォーマンスの向上につながると考える.
このような目的を持った研究は複数件報告されており,腕としてではなく跳躍を目的とした研
究も多い(1)-(10).しかし,アプローチの仕方はそれぞれ異なっており,瞬間的な出力を発揮する
ための構造を模索したもの(1),(4),(5),(7)や,生物の構造を模倣することで同様の運動能力を得ようと
するもの(6),(8)-(10)などがある.しかしながら本研究ではこれまでと同じ可変粘弾性関節を用い,そ
の特性を利用することで瞬間的な出力を得る.このため,他の研究に比べ出力面では劣ることが
予想されるが,本関節の汎用性を損なわずに研究を遂行することを重視している.
そこで,本章では人工筋肉と MR ブレーキで構成された可変粘弾性関節の特性を利用した瞬
間的な出力発生手法について提案し,実験とシミュレーションによって出力の向上を示す.さら
に,本手法で発生した力により駆動するアームの位置制御,剛性制御,振動抑制をおこなう.こ
こで,位置制御と剛性制御については人工筋肉の空気圧制御を提案し,実験とシミュレーション
によって有効であることを示す.そして,振動抑制については MR ブレーキを可変粘性ダンパ
として制御する手法を提案し,同様に有効であることを明らかにする.このとき,シミュレーシ
ョンには第 4 章で構築したマニピュレータの動特性モデルを用いる.以上のように,本章では人
工筋肉の可変弾性特性,MR ブレーキの可変トルクブレーキ特性,そして,本ブレーキを制御に
より粘性ダンパとしても扱えることを利用しており,本可変粘弾性関節の特性を総合的に利用す
る研究である.
6.2
可変粘弾性関節の有する機能
本マニピュレータは空気圧ゴム人工筋肉と MR ブレーキで構成され,それによる可変弾性,
可変トルクブレーキ特性,そして 4 章でおこなったように制御による可変粘性特性を関節に有し
ている.そのため,本マニピュレータは以下のタスクを遂行することができる.
93
(1)
拮抗するそれぞれの人工筋肉の弾性を制御することにより,関節剛性をアーム角度と
独立して制御することができる.
(2)
MR ブレーキを可変トルクブレーキとして用いることで本人工筋肉の収縮を拘束する
ことができる.このとき空気圧を印加することで,変形できない人工筋肉内に圧縮された
空気を蓄積する.そして,拘束を急速に開放することで,蓄積した圧縮空気のエネルギを
運動エネルギに変換することができる.これを外部から見ると,人工筋肉というデバイス
にポテンシャルエネルギを蓄積していると見なせると考える.
(3)
本マニピュレータは拮抗筋による関節剛性の上昇によっても本人工筋肉のポテンシャ
ルエネルギを蓄積できる.そして,拮抗筋により保っている関節トルクの平衡状態を急速
に変化させることで運動エネルギを発生させることができる.
(4)
MR ブレーキの見かけの粘性を速度に応じて制御することで,本ブレーキを可変粘性ダ
ンパとして用いることができる.これにより,アームに生じた振動を抑制することができ
る.
本章では,6.3 節で(2)のタスクについて述べ,6.4 節で(1)の機能を利用したタスクについて述べ
る.さらに 6.5 節において(4)のタスクについて述べる.
6.3
瞬発力発生手法
本節では,6.2 節の(2)で述べた方法を用いて,人工筋肉のポテンシャルエネルギを利用した運
動を提案する.本論文では本手法を,MR ブレーキを用いていることから MR 方式と呼ぶ.また,
本手法の提案に際し,蓄積できるポテンシャルエネルギは MR ブレーキの出力に依存するため,
Fig.6.1 のように MR ブレーキの出力をギアで増幅する.ここで,歯車の仕様を Table6.1 に示す.
Table6.1 に示すように,本章では MR ブレーキの出力を 4 倍に増幅した.しかしながら,これに
よるマニピュレータの基本的な機能は損なわれず,動特性モデルへの大きな変更は生じない.ま
た,MR ブレーキのドライバとして TITech Driver PC-0121-2 を使用している.これは第 3 章で使
用した JW-143-2 と同様の機能を有しており,扱いも JW-143-2 に準じる.
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Gear
Encoder
MR brake
Artificial
muscle
Arm
Load cell
Load
Side
Front
Fig. 6.1 1-DOF variable viscoelasticity joint manipulator with a pair of gears
Table 6.1 Specification of gears
Gear 1
1.5
1.5
number of teeth
16
64
13.39
85.97
permissible transmission power [Nm]
6.3.1
Gear 2
module
瞬発力発生手順
本項では,本マニピュレータを用いて人工筋肉にポテンシャルエネルギを蓄積,開放する手順
を説明する.ここで,Fig.6.2 に手順を図示する.図中においてマニピュレータ左側の人工筋肉
は使用しておらず,実際にはワイヤのたるみがあるため,関節に対して力を及ぼさない.
1)まず,MR ブレーキを可変トルクブレーキとして利用し,関節の回転を拘束する.
2)次に,片側の人工筋肉に空気圧を印加し,弾性エネルギを蓄積する.
3)そして,MR ブレーキの拘束を急速に開放することで,蓄積した弾性エネルギを運動エネルギ
に変換する.
95
Fig. 6.2 Generation of instantaneous force using the MR method
6.3.2
人工筋肉への初期圧力決定手法
提案した MR 方式では初期圧力の印加後に電磁弁を閉じるため,マニピュレータの運動や定
常状態は初期圧力に依存する.さらに,本人工筋肉は収縮することで体積が変化するため,内部
の圧力も伸縮に応じて変化する.そこで,本項では印加した初期圧力と定常状態の関係を実験的
に求める.
本実験では,マニピュレータに拮抗配置した人工筋肉のうち,片側にのみ初期圧力を印加する.
そして,アームに外力を与えることで人工筋肉を伸縮させ,この時の人工筋肉の体積と内部の圧
力の関係を初期圧力ごとに記録した.ここで,本実験結果を Fig.6.3 に示す.また,人工筋肉の
体積は第 4 章の式 4.45 から求める.本実験結果より,人工筋肉内部の圧力変化は初期圧力によ
らず同様の傾向を示した.そこで,本実験結果を用いて以下の近似式を導出した.ここで P は
現在の圧力,V は現在の体積,P0 は印加した初期圧力,V0 は初期体積である.
P0 = P + 0 .0014 (V − V0 )
(6.1)
式 6.1 を用いることで,目標とする定常状態の圧力と体積から印加する初期圧力を決定できる.
また,定常状態での圧力は,人工筋肉の力学的平衡モデルにより目標角度と負荷トルクから求め
られ,定常状態における体積と初期状態における体積は,それぞれアームの目標位置と初期位置
から式 4.45 で求める.
96
P₀ = 0.15 [Mpa]
P₀ = 0.20 [MPa]
P₀ = 0.25 [MPa]
0.3
Pressure [MPa]
0.25
y = -0.0014x + 0.2691
0.2
0.15
y = -0.0014x + 0.2392
0.1
y = -0.0013x + 0.1735
0.05
0
0
20
40
60
Volume [cm3]
80
100
Fig. 6.3 Relationship between pressure and volume of artificial muscle
6.3.3
瞬発力発生実験
本節では MR 方式による瞬発力発生実験について述べる.はじめに,本手法を用いる場合の
制御ブロックを Fig.6.4 に示す.本実験ではアームの目標角度を 60deg,アーム先の重りを 0.85 kg
として式 6.1 により初期圧力を決定した.そして,従来手法による実験結果と,MR 方式による
実験結果とシミュレーション結果を Fig.6.5 に示す.ここで,従来手法での制御ブロックを Fig.6.6
に示す.従来手法では目標角度を同じく 60deg,アーム先の重りを 0.85 kg とし,第 4 章 4.2 節
4.2.2 項の制御部で目標圧力を決定している.そしてステップ入力を与え,負荷トルクフィード
バック(11)を併用している.一方,MR 方式では MR ブレーキによる拘束解放の瞬間を運動の開始
時刻とし,従来手法のステップ入力時刻と揃えた.また,Table 6.2 では各結果のむだ時間と立
ち上がり時間を示す.さらに,実験結果における駆動トルクと角速度から仕事率を計算し Fig.6.7
に示す.
本実験結果の Fig.6.5 より,MR 方式による実験結果は動特性モデルによるシミュレーション
結果と同様の傾向を示した.さらに,アームの定常偏差は小さく抑えられており,式 6.1 は適切
な初期圧力を算出していると考える.また Table 6.2 において,MR 方式は従来方式に比べ,む
だ時間が 68%減少し,立ち上がり時間が 12%減少した.そして,Fig.6.7 において MR 方式によ
る仕事率は従来手法の 3.5 倍を得ている.
本結果においてむだ時間が減少した要因は MR ブレーキの応答の速さによるものと考える.
従来手法ではステップ入力後,電磁弁からの空気が管路と人工筋肉内を目標圧力にしなければな
らない.しかし,MR 方式では人工筋肉内の圧力は既に十分な空気が印加されており,MR ブレ
ーキの開放と同時に運動を始めることができる.そのため,むだ時間にこのような差が表れてい
ると考える.
97
また,立ち上がり時間と仕事率の差については,本人工筋肉の等尺性収縮が要因であると考え
る.等尺性収縮は筋肉の全長を変化させずに行う収縮であり,生体筋においても行うことができ
る.MR 方式で行うように,関節の回転を拘束した状態で人工筋肉に空気圧を印加すると,本人
工筋肉は等尺性収縮を行うことになる.ここで,本人工筋肉の等尺性収縮時の出力を Fig.6.8 に
示す.人工筋肉の耐圧性や試験装置の限界によって 1600 N までの測定となっているが,理論上
は空気圧の増加によってさらに出力が増大すると予想できる.このように本人工筋肉は等尺性収
縮を行うことで非常に大きな出力を得ることができ,その結果立ち上がり時間と仕事率に差が生
じたものと考える.
このように MR 方式を用いることで,従来とは異なる原理から高出力を得ることができた.
そこで,本研究においてこの出力を便宜上「瞬発力」と呼ぶ.瞬発力という表現は他研究にも用
いられているが,いずれの研究も瞬発力について十分な定義をしておらず,発生手法も様々であ
る.そのため,この呼称はあくまで便宜上のものである.
Braking/Release
MR brake
Desirable
angle
Load torque
at desirable angle
Mechanical
Equilibrium
Model
Dsirable
pressure
Calculation of
initial pressure
(Subsection
6.3.2)
Pressure
Artificial
Arm angle
Muscle
Manipulator
Fig. 6.4 Block diagram of MR method
90
80
Angle [deg]
70
60
50
40
Desired angle
Conventional method
MR method (experiment)
MR method (Simulation)
30
20
10
0
0
0.5
1
1.5
Time [s]
2
Fig. 6.5 Experimental and simulation results
98
2.5
3
Arm angle
Desirable
angle
Mechanical
Equilibrium
Model
Pressure
Artificial
Muscle
Manipulator
Load torque
Fig. 6.6 Block diagram of conventional method
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
-10
Power [W]
Step response
MR method
0
1
Time [s]
2
Fig. 6.7 Experimental result (power)
Table 6.2 Dead and rise time
Value
Dead time (s) Rise time (s)
Step response
0.081
0.176
MR method
0.026
0.156
(Experiment)
MR method
0.001
0.131
(Simulation)
Term
99
3