全学共通教育科目『地域の理解』改善についての検討

県立広島大学 総合教育センター紀要 第1号
全学共通教育科目『地域の理解』改善についての検討
五 條 小枝子
はじめに
本科目は、平成17年度の県立広島大学開学時から、全学共通教育科目「複合科目群」に「県立3
大学統合を象徴する科目として設定された」(注)ものである。平成24年8月の中教審答申「新たな
未来を築くための大学教育の質的転換に向けて〜生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学
へ〜」を受け、
平成25年度、
主体的で能動的な学修を引き出すための教育手法の一つであるアクティ
ブラーニングを導入する試みとして、フィールドワークを柱とした授業設計に変更した。
平成27年度から、全学共通教育科目のカリキュラム改革が本格導入、実施された。平成25年度の
授業改善後は、受講生数は激減し、過去2年間は、3キャンパスを合わせても60名弱であったが、
再び、履修登録者は総計250名余りに至っている。フィールドワークを実のあるものにするにはど
うすればよいのか、学生の深い理解を促す方策として何があるのか、多人数での実施における新た
な問題を抱えることが予想されるが、それは今後の課題として、この時点で、一旦、本科目の授業
改善の概要を紹介し、総括しておきたい。
検証 ― 本科目の意義と課題 ―
本科目は、3大学が統合したからこそプログラム構成できたともいえるものであり、3キャンパ
スの教員がそれぞれの専門を活かして、広島という地域について学生の理解を促すことを目的とし
て設定された。基礎的な地域への知識がなければ、そもそも地域に関心を持つことはできない。1
年次(保健福祉学部においては2年次)に、地域への関心を持たせるためのベースとして知識を提
供することが必要であるとの認識のもと、日々地域の問題と向き合っている方に講師をお願いし、
様々な視点での情報を提供することができていた。
「
『広島』という『地域』をキーワードに、学生
自らが、生活する地域に目を向け、現状を理解し、課題を考察することにより、地域に対する関心
や理解を深化させる契機を提供できる」といった意義は、いまだに失われてはいない。
このことを尊重しつつ、本科目の学修効果を高めるためには、どのようなことが必要となってき
たのか―。このたびの授業改善にあたり、
科目担当者・関係者間で情報共有と意見交換の場を設け、
議論を重ねた。さらに、
「学生による授業評価」によって学生の意見も参照した。その結果、浮か
び上がってきた課題は、次のようなものであった。
1)遠隔講義システムの限界。3キャンパス間がそれぞれ80km程度離れているという学修環境
としては不利な条件を解消するために導入された遠隔講義システムであるが、
受信側の学生は、
画面を通して受講することになり、参加意識を持たせるのが難しい。学生からも、現物に触れ
ることができない、実演があっても受信キャンパスでは臨場感が味わえないなど、もっと対面
授業を増やして欲しいという要望が出ている。
2)任意の場所に、
自由に出かけてレポートを作成することにしていたが、
自主計画によるフィー
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ルドワークでは、事前学修を経ていないために、目的意識を明確にできないまま、現地に赴く
ことになり、学生自身の力をつけるための効果を見込みにくい。つまり、せっかく設けた学外
実習の機会を十分に活かしきることができない状況となっている。
3)オムニバス方式で15回の講義を開いているが、一つ一つの講義のテーマが拡散してしまい、
学生の理解が深まっていかないきらいがある。結果として、体系らしきものが見えないものに
なっている。
如上の本科目の意義と課題の整理をふまえ、継承すべき点と改善すべき点とを確認した上で、プ
ログラムの改訂に着手した。次項では、その概要について述べたい。
改訂の趣旨と概要
改訂の趣旨は、次の2点に集約される。第1には、本科目を、本学の掲げる教育目標「主体的に
考え、行動し、地域社会で活躍できる実践的力のある人材を育成する」の実現のための基盤教育科
目の一つと位置づけ、地域社会の実態を肌で感じ取る機会を与えることで、学生自身による地域の
問題の把握や課題の発見を促すことである。第2には、それによって、専門科目においても基盤と
なる「物事に主体的に向き合う姿勢」を培うことを目ざすことである。
改訂の趣旨に則り、具体的には次に掲げるような観点で、フィールドワークを取り入れた授業形
態への変更を行った。
前年度から継承した点は、次の4点である。
1)座学と学外実習という大まかな構成
2)感想カード(兼出席カード)の提出
3)キャンパス担当者(教員)の配置
4)授業公開
また、変更点は次のとおりである。
1)フィールドワークを柱とした授業構成に変更する。
予め講義内容と連動したフィールドワーク先及びフィールドワーク先での解説・案内役
を設定し、その中から必ず1ヶ所を選択し、参加することを義務づけることとする。学生
は、初回講義で配付される「講義・フィールドワーク概要」を参照し、フィールドワーク
に参加する地域を選択する。
日程及び参加者決定調整用に、
「フィールドワーク希望調査票」
(41ページ掲載:図1)を提出する。
そのため、15コマ別々の授業内容・担当者であったものを、フィールドワークを見すえ
た内容に変更し、一人の講師の担当コマも、1回ないし2回と充実を図る。
2)感想カードの記入時間(10分)を新設する。
講義中、学生の注意が、ともすると感想カードの記入に逸れてしまいがちであったとい
う指摘を受け、学生が傾注できるよう講義の最後に、記入時間を設けることとする。同じ
地域の講義で2回開講されるものは、
初回と2回目の質問項目を変え、
思考の深化を図る。
[第1回]この講義を聞いて、どのような問題が気になったか、あるいは、どのような
点についてもっと調べてみたいと思ったか書いてください。
[第2回]前回と今回の講義を聞いて、どのような点が当該地域の課題であると考えた
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か具体的に書いてください。
3)レポート回数の変更
前年度までは、15コマを3分割し、計3回、それに学外見学レポートを加えて、計4回
のレポート提出を課していたが、フィールドワークを重視する目的で、フィールドワーク
先に関するレポートと講義内容に関するレポート(前半・後半の2回)とし、計3回提出
させる。講義内容に関するレポートのテーマは、地域毎に担当講師が提示し、フィールド
ワーク先に関するレポートには、
「フィールドワーク先に関する先行研究の整理と検討(文
献研究)をふまえ、フィールドワークで得られた地域の情報・課題等を整理(実践研究)
すること」を求める。
4)合同発表会の開催と相互評価
学生が身をもって感じ得た地域の情報や課題の検証を行うしかけとして、レポートの他
に、合同発表会を開催する。学生は、フィールドワークに関する事前学修とグループワー
クによる振り返りを基に、その成果を発表する。合同発表会では、教員による評価の他、
学生による相互評価を導入する。相互評価シート(図2)を予め示し、発表ではどのよう
なことに留意すべきかを意識させるようにした。
5)評価に係る配点を、レポート15%×2回+20%(50%)
、合同発表会での教員評価・相互
評価(40%)
、講義、フィールドワークや合同発表会への取組姿勢(10%)と変更した。
図1
図2
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講義内容の概要と実績
このたびの総括の対象である平成25年度と同26年度について、以下、それぞれの年度の講義内容
と、実績として、フィールドワークの内容と参加学生数、
「学生による授業評価」の結果を示して
おくことにする。
[平成25年度]
講義内容は、図3に示した。このうち、
「たたら製鉄業」
、
「地域とつながるNPO」のうち、
[庄原]・
[三原]地区については、希望者がいなかったため、フィールドワークは実施しなかった。地域別
の参加人数と合同発表会のためのグループ数は、表1(43ページ掲載)に示すとおりであった。
図3
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表1:フィールドワーク先別参加学生数及びグループ数
「学生による授業評価」の結果を、広島キャンパス・庄原キャンパス分を集約し、前年度結果と
比較したものが、図4である。
図4
(
内の数値)
もともと本科目の評価ポイントは低くはないが、すべての項目で、肯定的評価の数値が上昇して
いる。その中でも、受講生の主体的学修姿勢を問う設問の肯定的回答が、77.1%から83.6%に、目
標達成度が93.0%から98.0%に上昇していることが注目される。総合的な満足度も、93.4%から
97.7%へとあがっている。自由記述でも、
「オムニバスの講義なので様々な視点から地域を見られ
てよかった」、「意外と知らない地元のことを知ることができてよかった。この授業をとってよかっ
た」、「地域について考えたことはあったつもりでも、今回『地域の理解』を受講し、新たに得たこ
とは大きかった」等の意見が寄せられた。合同発表会や毎時間提出させた感想カードでも、
「地域
について考えること、仲間を集めて何かすること、今まで考えたことのなかったことを考えること
ができた。今後、自分の足で歩いて行動していきたい」
、
「もっと地域について真剣に考え、興味を
持つためにも、まずは庄原の町を歩き、何かを発見し、何かを感じ、行動に移す必要があることを
知った。地域の人との関わりも大切で、
地域の人とふれ合うことで活性化にもつながると考える」等、
学生が自分なりに地域の問題を捉え、そのことについて考えている様子がうかがえた。
[平成26年度]
前年度実践の結果を検証し、次のとおり改善した。
1)プログラムに、地域のバランスを考慮して、広島・庄原・三原各キャンパスからの発信を組
み入れたが、結果的に、保健福祉学部からの受講生はいなかった。
2)「フィールドワーク希望調査票」の提出を、
平成25年度は、
初回の授業終了時に提出させたが、
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翌週の提出とすることで、学生が、フィールドワーク先について検討できる時間を取った。
3)遠隔講義システムを利用して、授業時間内に2回にわたって実施した合同発表会を、定期試
験終了後の土曜日に設定し、受講生が一堂に会して実施した(於:広島キャンパス)
。相互討
論の時間を確保するためでもある。
講義内容は、図5に示したとおりである。フィールドワークは、
「人と地域をつなぐNPO」に希
望者がいなかったため、実施しなかった。地域別参加人数と、合同発表会のためのグループ数は、
表2(45ページ掲載)に示した。
「学生による授業評価」の結果は、表3(45ページ掲載)に示すとおりであった。数値は、ほと
んどの項目で前年度を下回っている。しかし、全体として数値が下がっていても、内訳として、
「そ
う思う」と回答する学生よりも、
「強くそう思う」と回答する学生の比率があがっている項目もあり、
数値だけでは判断できない要素もある。学修効果の検証には、単純な数値の比較だけでは不十分で
あり、感想カードやレポートの内容を分析しつつ、しばらく経過を観察する必要もあろう。
図5
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表2:フィールドワーク先別参加学生数及びグループ数
表3:平成26年度学生による授業評価 肯定的回答(%)
わたしはこの授業に真摯に取り組んだ。
93.3
わたしはこの授業に関連する授業外学修を行った。
94.8
この授業の目標とする力(知識や技術など)が身につく。
93.1
この授業の教材(教科書・プリントなど)・教具(黒板,視聴覚・情報機器など)は適切だ。
93.1
この授業の内容に関してさらに学びたくなる。
91.2
この授業での学修活動(発言や提出物など)に対して必要な支援を得た。
93.0
総合的に判断して,この授業に満足している。
92.9
自由記述では、
「フィールドワークという他の授業では体験できない貴重な体験ができ、とても
良かった」、「実際に足を運んでみることができて良かった。もっと詳しく地域振興について学びた
くなった」、「地域のさまざまな現状を認識し、解決策を考えることができた」等の意見があった。
また、フィールドワーク担当者から、フィールドワーク先で、他の学生との協働作業を積極的に
行うことができない学生もいるとの指摘を受けた。プログラムに前向きに取り組めない学生への働
きかけが、課題として浮上した。そのため、平成27年度は、講義の初回に、フィールドワークの基
礎(基本的な考え方、準備、利点・限界等)について理解を深める内容を置き、学生の意識付けを
図ることとした。
おわりに ― 今後の課題と展望 ―
「1年次生として、広島県について学ぶことは必要であるとの前提に立ち、座学で得た知識を現
地の空気に触れることで、身近な問題として捉え直す」という本科目のねらいは、学生の地域への
理解を促し、一部ではあっても、学生自身の地域の問題に対する思考の深化という形で実を結んで
いると捉えることも許されよう。
しかし、まだ十分な成果を挙げているとは言えない。学生の理解の深化を図るには、今後も検証
と実践を繰り返し、手探りで進めるしかないが、先述のとおり、平成27年度は、受講生数の激増と
いう新たな課題を抱えることになった。多人数でのフィールドワークを実施する際に、単なる団体
見学ではなく、地域の実態を肌で感じることから何を得るのか、大学生として、どのような調査・
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研究を踏まえて参画すべきかを徹底していくことが急務である。
学生が自ら課題を発見し、それに向き合う経験を糧に、主体的に物事に取り組むことの喜び、あ
るいは独自の発見を得る喜びを知ることを誘うことができれば、学生の学修意欲を向上させること
ができ、彼らに有用な成果も得られることになるであろう。
フィールドワークやグループワークによる合同発表会への参画によって、履修態度にさえ影響を
与えるような深い理解を得るように仕向けるには様々なしかけが必要である。ただし、目ざすべき
学生の履修態度、ひいては、生涯を貫く物事に対する取り組み姿勢は、一つの科目だけで達成でき
るものではなく、本学での4年間のカリキュラムの中で、学生が自ら気づき、獲得してゆくもので
ある。本科目は、その端緒にすぎない。大学全体で様々な立場の教員や部署が、引き続き、検証を
積み重ね、そのための手立てを構築してゆくことが重要であり、今後の授業内容の拡充のための課
題でもある。
<注>
友定賢治他「全学共通教育科目『地域の理解』の総括 ― 開講初年度の成果と課題 ― 」
(県立広島
大学総合教育センター年報第1号、平成18年4月)
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