抄録原稿

医療人のやりがい作り~コーチング流コミュニケーション~
和歌山県立医科大学名誉教授
畑埜クロスマネジメント
代表
臨床コーチング研究会 名誉会長
畑埜義雄
医療は「治療」と「ケア」から成っている。病気を「治療」の面からみると限界がある。しか
し、「ケア」の面からみると、
「治らないが、ほかに何ができるか?」の考え方がある。このよう
な観点から「緩和ケア」が生まれた。
医療の3原則は「安全」
「安心」そして「満足」である。治療中心の状況・文化の中で、
「安全」
「安心」
「満足」は果たせているか?医療は、それに必要な技術を除くと全てがコミュニケーショ
ンの総合である。
「安全」は主として医療者間の、「安心」は患者・家族と医療者と、そして「満
足」はそれら全ての統合されたコミュニケーションの結果としてみることが出来る。
医療は多くの専門職の集合体である。一人のあるいは一つの病気に対してそれぞれの専門性を
生かして多くの職種が集まって対応する、すなわちチーム医療が必須である。そのチーム医療を
円滑に動かすのがコミュニケーションである。コミュニケーションは、立場、考え方、そして個
性をうまく癒合させる手段である。では、どのようなコミュニケーションがあるか?医師が常に
チームリーダーになって一方向性の指示では機能しない。双方向性コミュニケーションによって
相互に考え、考えさせることが必要である。そうすることでチームに自主性と責任感が生まれる。
チーム間で聴く、質問する、そして認める(承認)が必要である。これはコーチングの基本であ
る。
医療事故と病院組織における人間関係とコミュニケーション
コミュニケーションエラーとは
コミュニケーションエラーという言葉がある。多くの事故やミスの原因がこれによって引き起
こされる。だからコミュニケーションを改善しましょう、となるが、そういう場合のコミュニケ
ーションとは何を指すのだろうか。 実は、情報伝達エラーなのである。コミュニケーションエラ
ーはヒヤリハットの原因分析で抽出され、データ化が可能である。逆に言えば、データ化できる
狭義のコミュニケーションがコミュニケーションエラーの原因としてカウントされているのであ
る。ではデータ化できるコミュニケーションとは何だろうか。これは「報告はしたか」
「連絡はし
たか」
「相談はしたか」という、YES、NOで回答できるコミュニケーションに限られる。いわ
ばインフォメーショントランスミッションのエラーなのである。私はこれらを「情報伝達エラー」
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と呼ぶべきものと考える。そして医療者相互において、情報伝達に支障をきたす状況を生み出し
ている要因が、広義のコミュニケーションなのだと考えている。
情報伝達を阻害するもの
情報伝達を阻害する要因としてあげられるのが
1) 思い込み
2) 情報のあいまいさ
3) 注意や指摘がしにくい雰囲気
4) 立場や職種の違いや医療者間の壁
である。
人間関係がギスギス
情報伝達以外のデータ化できない要因
それは「医療人としてのやりがい」である。実は、医療人としてのやりがい感、チーム意識、
モチベーション(自己実現)が乏しくなってくることが、事故の隠れた要因となっている。これ
らが乏しくなってくると、症状としてまず職場がギスギスしてくる。ここで、あなたの職場のギ
スギス度を測るスケールを紹介しよう。
1)愚痴や不平不満が多い
2)挨拶が少ない
3)コミュニケーションがメールに偏っている
4) 言いたいことが言えない
5) 表面的な会話が多い
6) 陰口が横行している
思い当たる項目が多くあれば要注意である。医療訴訟の95%は、
医療技術そのものではなく、
医療者同士や医療者と患者間の人間関係に起因しているといわれている。これがいわゆるノンテ
クニカルスキルである。
医療人のやりがいとは
医療人が感じる『やりがい』を、私は下の3つに集約している。
1) 自分でなければ出来ない仕事だと感じることができる
2) 自分が世の中の役に立っていると実感できる
3) 自分と他者がその仕事に価値を認めている
そしてこれらは、仕事が誰かによって支配されたり、従属したりして得るものではなく、主体
性を持って自らが感じてはじめてモチベーションにつながるのである。したがって、すべての医
療職種は組織内において、何者かに支配されるのではなく、パートナーとして横並びに存在する
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ものでなければならない。命令・指示によって動く仕事は作業である。そこに本人の意志や思い
が入り込むことによって仕事になる。リーダーはこのことを意識しなくてはならない。
特に病院においては、職種の間に立ちはだかる壁が、スムースな情報伝達を阻害することが多
い。
「医師を院内研修に引き込むのに苦労する」と言われている。この壁によってなされているの
ではないだろうか。病院内の資格のヒエラルキーでは、医師が最上段に君臨するであろう。そし
て、院内研修を企画し運営している担当のリスクマネジャーは看護師や薬剤師が多い。彼らにと
って、医師は医師というだけで無条件に上席者であるため、物が言いにくい。強制もできない。
お願いして本人が渋ったら、それ以上の対応はしにくい。そういうところが現実なのではないだ
ろうか。しかし、それでは、院内研修への参加要請どころか、それこそいつどんな情報伝達エラ
ーが起こり、大きな事故やトラブルが引き起こされるかわからない。読者の病院が、もし職種間
に壁がそびえていて、院内研修に医師を参画させるのに苦労している、という状況だとするなら
ば、これは残念ながら、大事故が発生する要因をしっかりと内包している状況だといわざるをえ
ない。早速に院長に報告し、
「院長がテレビの前で頭を下げるのをみたくないので」と環境改善を
訴えるべきであろう。病院側から言えば、
なんせメディアは基幹病院が医療事故を起こすのを日々
狙っているのですから。
医療人のコミュニケーションを改善するコーチング
コーチングスキルには「傾聴する」
「質問する」そして「承認する」の3つのスキルがある。中
でも、承認は人にエネルギーを与えるのにもっとも重要である。傾聴は、話す人の頭が整理され
る。普通、人が考えている時、1分間に600言語が錯綜するといわれている。言語が羅列され
るだけで、概念はまとまっていない。これが話すことになると、話し手のあたまが整理されて2
00言語になるといわれている。この話すことを自らの耳で聞いていることでさらに言語が整理
され概念の輪郭ができる。これが聴くことのコーチング効果である。最後に承認である。「挨拶
をする」「声をかける」「良く頑張っているね」など、声をかけることが承認であり、「
「誘われ
る」、「話を聞いてくれる」、「相談をもちかけられる」、「助けてくれる」、「変化に気づい
てくれる」、「成長を指摘してくれる」などがあり、「君の存在をみとめているよ!」のメッセ
ージを送ることである。承認には3つの承認がある。一つ目は結果・成果の承認である。「よく
やったね!」、次にプロセスの承認で、「頑張っているね」、そして最後に存在の承認である。
「君・貴方がいてくれて助かっているよ」である。これら承認言語は、エネルギーを与えること
になる。本人が少し不安になったときに効果があると思われる。職場がギスギスしている状況で
は重要である。自信を持たせることにつながる。最高の承認が「君に任せるよ」である。任せっ
きりにしないで、「気にかけているよ」のメッセージは必要である。
環境つくり
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医療安全部門のリーダーとすれば、情報伝達エラーを防止するにはどうすればよいのか。まず
はリーダーとして、情報伝達エラーを起こさせないために、どのようにして環境改善を仕掛けて
いくかを考えてみる。
一般論だが、怖い上司がいると、その部署では下からの情報が上がらない。報告したことや報
告の仕方によって、叱責を受けたり、嫌な体験をしたりしたことがあると、報告すべきことでも
ためらってしまう。そうこうしているうちに、夕刻になり、回りが帰り支度をはじめたら、
「もう
いいか」と思って報告をしない。結果として、重要な報告がリアルタイムに伝わっていかない、
ということになる。
このように、恐怖の元での管理は、号令をかければ部下は無条件に反応する、という組織を作
ることができるかもしれないが、メンバー個々のモチベーションが上がっていかないので、組織
としての力はつかず、すべては怖いリーダーの目の届く範囲のみで事が進むことになる。このよ
うな状況では、部下は命令通りの行為を行い、行為は「仕事」でなく「作業」になる。部下の知
恵が働かず、
「やりがい」が感じられない。そして、怖いリーダーの目の届かないところでは、モ
ラルハザードが起こる場合もある。このような組織の状況を、私はドッジボール型のコミュニケ
ーションと呼んでいる。相手を攻撃し、自分の身を守る行為である。そして、もちろん推奨され
るのは、ドッジボール型ではなく、キャッチボール型の双方向性を持つコミュニケーションなの
である。医療者間の基本的なコミュニケーションのあり方が問題である。あなたの勤務する病院
では、ドッジボール型と、キャッチボール型、どちらが多く見受けられるだろうか。たとえば医
療安全部門と、他部門との関係は、ドッジボール型だろうか、キャッチボール型だろうか。この
機会にいろいろな場面を振り返ってみて欲しい。
治療優先の病院ではやりがいが生まれない
私がある東京でのシンポジウムに参加した際、
「医療とは病気を治療することである」という言
葉を耳にした。本当にそうだろうか。私は甚だ疑問を感じた。その時に私の頭に浮かんだイメー
ジは、マンガに描かれるタコだった。タコの頭は治療者(医師)だ。その下に8本の足がある。
足はそれぞれが看護師であり、検査技師であり、事務職であり、福祉職であり、という風だ。典
型的なパターナリズムである。これでは治療者(医師)以外は、みな治療者に使われ従う存在で、
縁の下の力持ちでしかありえない。これでは「やりがい」が生まれない。
医療チームの理想は、
横に長い棒グラフである。
左端から右端までで100%である。その中に、
治療者、ケアを提供するもの、各種の事務を行うもの、退院支援を行うもの、社会資源をコーデ
ィネートするもの、などさまざまな職種が並列し、そしてケースごとに、必要度に応じて、その
パーセンテージを変化させていく。手術が最優先な患者、緩和ケアが最優先な患者、在宅復帰の
ステージにある患者、それぞれによって、必要な『治療』や『ケア』、『福祉』サービスの比重が
異なるのだから当然である。この考え方では、仮に治療の可能性がなくなったからといって、医
療として提供できるものがなくなるわけではないのである。
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やりがいを感じなくなる
職場がギスギスしてくると、チーム感は希薄になり、ネガティブな思考が起きる。私の経験で
は、
「自分より暇にしているのはだれか?」といった感情である。最初は不安な気持ちで「このま
まどうなるのだろう」
、次に不満、
「組織、上司はこの状態をどうするつもりだ」、最後に不信感覚、
「そんなこと、どーでもよいや!」
相手を尊重し、正直な気持ちを上手に伝えるアサーティブ・コミュニケーション
人と人とのコミュニケーションには言語と気持ちが伝えられる。遠い関係を近い関係にしてい
くアサーションなコミュニケーション・スキルは、自分の正直な気持ちを上手に伝えるための、
自分のための技術である。アサーティブなコミュニケーションはテクニックではないのでマニュ
アルはない。コミュニケーションは、状況で変わり、同じ状況でも相手によって違ってくる。
起こっている事実があり、それを受けて感情が動き、考える。考えるときに、自分がどうした
いのか、どうなりたいのか、目標達成の方法を考えて返す。しかし、 「自分がどうしたいのか」
、
「どうなりたいのか」から脱線するとコミュニケーションはおかしな方向へ進む。
大切なことは、まず、あなた自身が自分に誠実、素直であること、そして相手と向かいあう時、
対等であること、そして責任を引き受けることができるというアサーションの基本に立つこと。
なぜアサーションの基本に立つのか、自分を大事にするからである。
自分を大事にするには、自分の欲求を正確に知ることが不可欠である。
「自分がどいうなりたい
のか」
「なりたい自分」を認識していることである。それには優先順位を決める必要がある。あな
たの主張やメッセージを伝える前に、
「何のために、どうしたいのか」
を認識しておく必要がある。
先にスイッチチェンジの事例をあげましたが、反論する方もいる。
「なぜ自分が我慢しなければいけないのか。相手にも責任がある。まして上司なら相手がこちら
のケアするべきでないのか?」
。なるほど、ごもっともな意見である。
しかし、ここがポイントである。
「文句を言ってスッキリしたいのか」
「相手に口論して勝てば満足なのか」「その上司と共感を持
って仕事がしたい」「そつなく仕事したいのか」と選択肢はいろいろである。
大事なことは「自分がなにをしたいのか」である。そこには「なりたい自分」がいる。
呑み込むなんてバカバカしい、相手にも責任があるのだから、責任追及するべきだと思うのは
勝手だが、そんなことを積み重ねていったいどんな意味があるのか、考えたいものである。感情
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の洪水に溺れて、自分都合の勝利を得ても、その場その場の自己満足に終始するだけで、何も残
らない。「自分にとっての大事」や「なりたい自分」から離れるばかりである。
ときには「自分がしたいこと」を投げ出してでも暴走する人がいる。
自分でも意識していない隠れた「見返り」があることに注意しなければならない。相手からの
信頼も、自分自身から相手への信頼も、選択の結果の積み重ねである。
日頃から、「なりたい自分」
「自分にとっての大事」や、次のことを意識していると脱線するこ
とも避けられる。
1)自分の優先順位を決めていること
2)コミュニケーションに障害や問題が起こったときには、
3)自分の優先順位を思い出し、状況や相手によってスイッチチェンジを使う。
自分の願望を達成するために、優先順位から脱線しないために、自分が呑み込めば解決するこ
とはそれでヨシとする態度、行動です。
大事なことは「自分がなにをしたいのか」
「なりたい自分」です。
自分に正直であることが、何よりも大切です。自分を大切に、そして相手も尊重する会話がア
サーティブコミュニケーションである。
集団と組織の違い
やりがいに満ちた組織つくりについて、もうひとつお伝えしたいことがある。それは「集団と
組織の違い」である。人が複数名集まっておれば集団である。言い換えれば集団とは、人が集ま
っている状況に過ぎない。この集団が、目標を共有すれば、組織となる。これが組織つくりの要
点である。たとえば、たくさんの奴隷が鎖につながれているとしよう。鎖につながれた奴隷たち
は「集団」である。この奴隷たちが、この理不尽な状況からどうやって脱するかについて、互い
に相談したら、その時点で集団がチーム・組織になるのである。そこに、リーダーが生まれ、マ
ネジメントが始まる。さらに、組織・チームをまとめるリーダーシップが必要となる。
組織メンバーに必要な5%のエネルギー
集団が組織になれたなら、メンバー個々に意識しておいてもらいたいことがある。それは、一
人ひとりが、持てる力の5%を、リーダーのサポーターそして組織のために用いる、ことである。
他人のために用いる、と言い換えても良い。その5%は、時には自己犠牲的な行動であったり、
ちょっとした気遣いや目配り、心配りであったり、である。これが、リーダーシップに対してフ
ォロワーシップと呼ばれる。そして、リーダーは、それらの行為を、メンバーよりもやや多めに
行う、という風に思っておけばよい。他の人より多い目の汗をかくことによって部下の信頼が得
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られる。そのことが浸透していけば、人間関係は円滑化し、信頼関係が構築されていく。このよ
うな組織では、風通しはよくなり、組織の課題に関する取り組みへの協力意識も高くなってくる
であろう。
私の体験
さて、ここまで話してきたことは、組織の中で、有効なコミュニケーションを構築するための
リーダーの役割や考え方である。
だが、読者におかれては、もう少し直接的に使えるアイデアやテクニックを欲する思いもおあり
だろう。そこで、ここからは私自身の病院長時代の経験を元にしたエピソードをいくつかご紹介
してみよう。
ささやく
先ほどから、医療チームは並列でなければならないといってはいるが、実際の病院では、職種
によって優位性の差異が大きくあるのが普通であろう。その場合に見極めなければいけないのは、
職種による責任の軽重による優位性と、その人の個性の優位性とは異なるということである。治
療の結果に責任を持つ医師が最終意思決定をすることに異論はないとしても、その医師の個性に
よる優位性には誰もが納得できないことだと思う。なぜならそれは単なる「わがまま」に過ぎな
いことがあると思われる。
医療人の入職後教育を見ていると、若手医師に対しては技術的な教育は行われるが人間性涵養
教育は行われていない。医師たちは先輩医師を見ながら天然に育つと、ある病院長が言っておら
れたのが思いだされる。
かつて、何か不備があると怒鳴りまくる医師がいた。怒らせると手に負えないから、周囲のス
タッフはピリピリしている。看護師が新人に対して「あの先生を怒らせると大変だから気をつけ
てね」と、指導しているのを聞く。正常なパートナーシップによるコミュニケーションになって
いない。この医師にこの状況をどう伝えるか。誰かが、
「先生は何言ってるんだ」と怒りで意見す
ると、同じ土俵で戦うことになる。その時に用いたのが「ささやき戦術」である。こういう医師
はプライドも高く自信家で、それに見合う努力もしている場合が多い。他人の小言など、壁を作
って反発するだけで受け入れることはない。私も、病院長という立場ではあったが、面と向かっ
て注意しても得にはならない。代わりに、何気ない場面、たとえば昼食時などに、そばに近づき、
耳元で「○○先生、最近ちょっと小耳に挟んだんだけど…」と小声でささやいた。そうされると
人はたいていの場合「いったい何ですか?」と身体ごと耳を傾ける。それで相手の聞く姿勢が自
然にできあがる。そこでさらに続けて言う。「いや、最近ずいぶん評判悪いみたいなので…」
これで相手は、こちらが話したくないといっても聞きたがる。話したいといっても拒否していた
相手が、自ら話を聞かせろといってくるのだから、これはとても効果があるように思われた。
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医療人のスキル
良質な医療サービスは、ただ単に医療人の頭数をそろえるだけでは実現しない。頭数を増やす
ことはもちろん非常に重要である。十分なケアスキルを持つ「中身のともなった看護職」の存在
こそが看護サービスの質を高めていく。そこにも大きな関心を払うべきである。
医療人のスキルには、
「技術スキル」と「関係性スキル」の 2 つがある。技術スキルとは、看護
職としての臨床的なテクニックや技量を裏付けるものであり、たとえば分析的思考力、概念的思
考力、情報志向性などが含まれる。これに対し、関係性スキルは、周囲の人々と対話し、他者を
受け入れ、自分を受け入れてもらうためのソーシャルなスキルであり、たとえば、対人理解力、
対人影響力、関係構築力、組織認識力、リーダーシップなどが含まれる。
平均的な医療人は関係性スキルよりも技術スキルに依存して仕事をしている。しかし、卓越し
た医療人は、技術スキルよりも、むしろ関係性スキルにおいて優れているのである。
卓越した医療人は、患者、患者の家族、医師、コメディカル(同僚、上司)とにかく身の回り
のいろいろな人々の心模様、感情、意図、動機など意識の細波や底流を察して、敏感に受け入れ
ることができる。思いやりが深く、他者を大切にして感情移入も豊かでマインドフルなのだ。
また、この種の人は、信頼や絆感覚といった「人と人をつなぐ機微」に通じることが得意であ
る。できる人は、けっこう人間的に泥臭い側面を持ち、喜怒哀楽の感情の幅が広く、歓び、畏敬
の念を抱き、驚き、わくわくし、瑞々しく共鳴するのである。それと同時に、表からは見えづら
い、患者家族の内側のえも言われぬ事情、病院組織内のとかくドロドロとした権力関係、インフ
ォーマルな力が錯綜する組織の裏側などにも目配せしながら、仕事をしている。一言で言えば、
高度な関係性スキルが卓越したケアスキルの 1 つの本質であり、
「できる人」をつくっている。卓
越した医療人の魔法、
「そこにいるだけで周囲が癒される」
。
十全で瑞々しい関係を持つこと、お互いの気持ちの壁をそのまま受けとめ響かせること、その
ような関係にお互いの身を置くということそれ自体が人に対するケアである。人は関係性によっ
て癒され、ケアされる不思議な生き物といえよう。
案外、ケアの達人の領域にまで達した医療人というのは、このようなツボを体感で押さえてい
るのだろう。神奈川県立保健福祉大学の加納佳代子教授はこう指摘する。
「本当にできる看護師は、
とてもマジカルな存在です。
そこにいるだけで周囲が癒されるのですから。関係性スキルこそが、
ケアの核心です」
。
ケアの核心が特殊な技術スキルにではなく、だれもが潜在的に持っている関係性スキルにある
というのは、ある意味、福音であると思われる。なにも看護師のような専門職ではなくとも、関
係性スキルを伸ばすことによって、すべての人が癒す人、ケアする人、そして健康を増進したり
維持したりするマジックを得ることができるからである。
コミュニケーション力にプラス必要なのは「竜巻力」
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チームを強化するのに求められ、磨くべきスキルがある。それを私は人を集め巻き込んで行く
力だと考え「竜巻力」と呼んでいる。リーダーシップというと、前に立ちぐいぐい引っ張ってい
くスタイルや、後ろから押して行くスタイルがイメージされるが、そのどちらでもなく、あれよ
あれよと巻き込んで行くスタイルだ。そのために必要な要素は、関わる人たちに「何かいいこと
がありそう」だというプラスのイメージを沸かせることである。
「来年度には、こういう事故は0
になる」「この手の苦情から開放される」など、嘘でもいいから(笑)、夢を語ることである。人
は誰もが幸せになりたくて、明るいところに集まってくるものなのである。
また、竜巻力を得るために必要なのは、業務上の会話よりも雑談力だと私は思っている。病院長
時代には適わなかったが、たとえばアフター5に自由に使える喫茶室を整備してみたかった。あ
るいは、食堂では同じ職種同士で座ってはいけないというルールを作ってみるのも面白いと思っ
た。
そのようなシチュエーションを演出して、そこで職種や立場の壁を越えた雑談が発生することが、
さまざまなコミュニケーションの隙間を埋める妙薬になるのではないかと考えた。私が考える雑
談は、話す50:聞く50である。どちらに偏ってもだめで、しゃべって、聞けることが雑談力
なのだと考えている。
医療は授けるものという時代では、会話は医療者から患者に対して一方向性であり、コミュニ
ケーションとは言えない。今、求められているのは双方向性のコミュニケーションである。ボー
ルでたとえると、相手を攻撃するドッジボールではなく、相手が受けやすいボールを投げるキャ
ッチボールでなくてはならない。それぞれ立場の異なるものがキャッチボールのコミュニケーシ
ョンをしている間に、相互の立場や考え方(価値観)の違うものが自主性をもったよい形の医療
へと変化するのである。患者にも治ろうとするモチベーションも生まれる。また、医療者間では
合意と、責任ある行動が生まれる。すなわち、医療と医療チームにコミュニケーションスキルが
必須の時代になっている。
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