カレント・トピックス No.16-22 平成28年6月9日 16-22号 カレント・トピックス 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 ニカラグア鉱業に関する最近の動き <メキシコ事務所 縄田俊之 報告> はじめに ここ数年世界的に見て中国経済成長の鈍化等の影響により国際金属市況の下落、低迷が続いて いたが、本年に入り金、銀等貴金属の価格が上昇し始めた。 一方、ニカラグアにおいて鉱業は、2010 年以降貴金属特に金を中心として生産活動が盛んにな ってきているため、本年に入ってからの金、銀等貴金属価格の上昇は特に喜ばしい状況と考えら れている。 こうした中、ニカラグアにおける政治情勢としては、現 Daniel Ortega Saavedra 大統領が 2012 年 1 月から 2 期目の大統領を務めており、現在のところ比較的安定した状況を呈している上、本年 11 月に予定されている大統領選挙では現大統領の 3 選目の出馬、更には再選されるとも噂される 等、今後も安定した政権運営が見通されている。この様な状況は、鉱業政策の安定に繋がるもの と推察される。 以上を踏まえ、今般ニカラグア鉱業の現状に関し、関係当局を始め鉱業関係者から関連情報を 聴取することができたことから、これら情報を基に平成 27 年 3 月 5 日付けカレント・トピックス 15-8 号「ニカラグア鉱業に関する最近の動き」(以下「前回カレント・トピックス」と言う)以 降におけるニカラグア鉱業の現状を中心に報告する。 1.ニカラグア鉱業を取り巻く状況 (1)政治 ニカラグアは、現 Daniel Ortega Saavedra 大統領が 2007 年 1 月に大統領に就任して以降、 前回 2011 年 11 月の大統領選挙で再選を果たし、現在 2 期目の政権運営を担っている。なお、 前回の大統領選挙に際し、大統領の連続再選はニカラグア憲法に違反するとの声が上がり訴 訟問題にまで発展したが、最終的には憲法上、立候補する権利は自由であるとの解釈の下、 当該再選を有効とした一方、その後、あらためて憲法を改正し正式に大統領の連続再選を認 めることとした経緯を有する。 こうした中、本年 11 月には次期大統領選挙が予定されているが、大方の予想では、現大統 領が 3 選目の立候補を行う一方、野党側には現大統領に太刀打ちできるほどの支持を集めら れるめぼしい候補者がいないことから、再度当選する可能性が非常に高いと見られている。 また、現大統領が再選を果たせば、閣僚の顔ぶれは多少なりとも入れ替わったとしても、現 在進められている政策の方向性は維持されると推察されている。 1 カレント・トピックス No.16-22 (2)経済 2014 年における人口は 601 万人(世銀発表)、主要産業はコーヒー、牧畜、穀類等を中心 とした農業である。マクロ経済は、2014 年における国内総生産(GDP)が 118.1 億 US$、GDP 成長率が 4.7%、1 人当たり GDP が 1,963.1US$、年平均インフレ率 6.0%(以上、統計値は世 銀発表)である。 現政権では、経済成長を促進するため、外国投資の誘致と観光産業の促進に力点を置いた 政策を推進しており、今後もこれらの政策が進められると見られている。 一方、パナマ運河への対抗手段として世界から着目されている「ニカラグア運河」建設プ ロジェクトに関しては、2014 年 12 月に着工式が執り行われたものの、その後、主立った工事 は開始されていない。そもそも本運河のルートに関して、太平洋側の運河の入り口となる港 は Brito 港に決定したものの、カリブ海側はルート上に居住する先住民の移住問題が解決せ ず未だ決定に至らず、ルートそのものも二転三転する等工事を開始する状況にないと言うの が現状である。また、当初計画されていた投資額 500 億 US$についても、600 億 US$に達する との話が聞かれるほか、一説には 1,000 億 US$を下らないとの噂が出る等資金確保の観点から も厳しい状況を呈している。このため、本運河の完成予定時期についても、当初計画の 2019 年から 2020 年へと完成時期が延期されたが、現時点において今後の見通しは不透明と言わざ るを得ない状況である。 2.ニカラグア鉱業の現状と展望 (1)鉱業生産・輸出 現在ニカラグアでは、主として金及び銀の生産が行われている(前回カレント・トピック ス参照)。 生産量に関しては、2010 年以降急激な増加を示しているが、2015 年は前年と比較して金生 産量が低下した。主な理由としては、加 B2 Gold 社(本社:バンクーバー)が León 県に保有 する El Limón 金鉱山において、3.(2)で後述する抗議活動に伴う操業一時停止、及び、脱水 処理施設の整備遅延により生産量が低下したことと、同社が Chontales 県に保有する La Libertad 金鉱山において、高品位鉱床採掘への移行が遅延したことによる。ちなみに、これ ら 2 鉱山は、それぞれ操業開始からある程度の年月を経過しているため、現在採鉱中のエリ ア近辺では品位の低下が否めないことから、今後の増産は見込めず、新たな鉱床発見に向け 探鉱を継続することが喫緊の課題となっている。 なお、同国の金属生産量統計に関しては、エネルギー・鉱山省が 2015 年のデータを公表し ていないため、本レポートでは紹介できないが、同国で生産した金及び銀は、ほぼ全量輸出 に回されるため、参考までにニカラグア中央銀行が発表した最新の輸出量統計を紹介する (図 1.参照)。 2 カレント・トピックス No.16-22 出典:ニカラグア中央銀行 図 1. 金・銀輸出量の推移 一方、輸出額については、2013 年以降大幅な下落となっているが、主な理由としては、こ こ数年における国際金属市況の下落・低迷と、金額ベースで概ね 97~98%を占める金の生産 量が特に 2015 年で落ち込んだことによる(図 2.)。 出典:ニカラグア中央銀行 図 2. 金・銀輸出額合計の推移 (2)今後の展望 現在ニカラグアで採鉱を行っている鉱山は、加 B2 Gold 社が保有する La Libertad 金鉱山及 び El Limón 金鉱山、並びに、Hemco Nicaragua 社が北 Atlántico 自治地域に保有する Bonanza 金鉱山の合計 3 鉱山のみである。 こうした中、今後操業が見込まれるプロジェクトとしては、英 Condor Gold 社(本社:ロン ドン)が保有する La India 金プロジェクト、加 Golden Reign Resources 社(本社:バンクー 3 カレント・トピックス No.16-22 バー)が保有する San Albino 金プロジェクト及び Murra 金プロジェクトが挙げられている。 特に La India 金プロジェクトに関しては、年間 10 万 oz 規模の金生産量が見込まれ、これ によりニカラグアにおける金生産量が 28%増加することが期待されている。なお、同プロジ ェクトに関しては、2014 年 12 月に FS が終了しており、現在実施中の環境影響評価が今後 4 か月程度で承認され、開発工事の許可も下りる見通しであることから、約 3 年程度の開発工 事を経て操業開始が見込まれる。 その他としては、ホンジュラスとの国境付近にアンチモンやタングステンの鉱床が 賦存しており、今後本格的な調査が行われる見通しである。 一方、B2 Gold 社が Matagalpa 県に保有する Pavon 金プロジェクトについては、天然資源・ 環境省(MARENA)が、同プロジェクトの近隣に位置する 2 つの河川を含む自然環境に対し悪 影響を与える可能性が有るとして許可を保留している。MARENA が挙を保留する理由としては、 同プロジェクトに対し近隣のカトリック教会の司祭が強力に反対しているところ、ニカラグ ア政府としては本年 11 月に大統領選挙が予定されていることから、当該反対運動が大規模な 抗議活動、延いては騒動へと発展することを危惧し、取りあえず大統領選挙までの期間、許 可を保留したのではないかと推察されている。 3. ニカラグア鉱業のトピックス (1)鉱業政策の行方 ニカラグアにおいては、近年新たな鉱業政策の策定は行われておらず、鉱業法改正に関す る動きも皆無である。 前述の 1.(1)のとおり、本年 11 月の大統領選挙では現大統領の再選が予測される中、鉱 業政策についても現在の政策が継続されるとの見方がなされている。 特に、現政府が実施している政策の柱の一つとして、鉱業を含む全産業に対する外資導入 の促進が掲げられているが、民間鉱業企業としてはこのような政府が掲げる外資導入の促進 に対し好意的に評価していることから、この点に関しても暫くは現在の鉱業政策が継続され るものと推察される。 (2)鉱業に対する抗議活動 ニカラグアでは、2015 年に入り 5 月に 2 件、10 月に 1 件、死傷者を伴う鉱業に対する抗議 活動に係る事件が相次いで発生した。これら抗議活動は、以下に示すように、それぞれ個別 の事由を有している。 一方、政府としては、鉱業に対する抗議活動に関しては基本的に当事者間での解決に委ね ているが、どうしても解決に至らない場合には、政府が調停・仲裁に乗り出すこととしてい る。なお、政府は、以下に示す 2 件の事件を受け、当該事件が発生した鉱山が位置する地域 に対し、抗議活動を監視する担当 1 名を配置する措置を講じた。 ① Hemco Nicaragua 社 2015 年 5 月に同社が北 Atlántico 自治地域に保有する Bonanza 金・銀鉱山において、同 鉱山に対する抗議活動を展開するデモ隊が同鉱山施設内に不法侵入し、一部施設の破壊、 機器・設備の強奪、鉱山車両への放火を行ったほか、同鉱山への入り口を封鎖、これを排 除しようとした警察と衝突し、死者 1 名、負傷者 2 名を出す事件が発生した。 4 カレント・トピックス No.16-22 そもそも同鉱山に関しては、操業開始からある程度の年月が経過し、鉱山内の施設等に おいて老朽化が進み安全性の観点から問題があることから、ニカラグア政府と同社との間 で一部操業を中止することで合意がなされていた。これに対し、操業中止により雇用解雇 を危惧した一部鉱山労働者が、同社に操業中止を撤回するよう抗議活動を行ったことが本 事件へと発展した。 一方、本事件に関しては、安全性を無視してでも操業を継続させる所謂違法操業を行わ ないようにするため、警察が介入せざるを得ない状況を演出する目的で意図的に暴力行為 を起こしたのではないかとの見方もなされている。 なお、同鉱山に関しては、80 年に亘る操業期間中、一度もストライキが行われなかった とも言われている。 ② 加 B2 Gold 社(本社:バンクーバー) 2015 年 5 月に同社が León 県に保有する El Limón 金鉱山において、操業開始当初から近 隣の住民に対し電力供給を行っていたが、当該電力供給の一部をカットしたことに反対す る抗議活動が発展し、警察官 2 名と一般市民 4 名の負傷者を出す事件が発生した。 そもそも同鉱山に関しては、1950 年操業開始当時、同鉱山に勤務する鉱山労働者を中心 とした近隣居住地(キャンプ地)に対し、無償で電力供給を開始し、以降現在まで無償で 電力を供給し続けている。一方、同居住地は、現在 8 千人を超えるコミュニティにまで発 展した。こうした中、同社としては、同鉱山の将来的な閉山を見据え、今のうちから少し ずつ同コミュニティが電力調達を自立的に行うことができるよう、同コミュニティとの間 で対話を進めてきたところ、一部住民がこれに反対し抗議活動へと発展した経緯を有する。 また、同年 9 月末に同鉱山の一部鉱山労働者と地元コミュニティのメンバー等からなる デモ隊が同鉱山へのアクセス道を封鎖、同年 10 月に当該デモ隊を排除しようとした警察と 衝突し、警察官 1 名死亡、一般市民 8 人を含む 31 名が負傷する事件が発生した。 当該事件に関しては、従前、同鉱山に存在する 3 つの労働組合のうち、2 つの労働組合の リーダー格の組合員 3 名が、当該事件が発生する半年ほど前に違法ストライキ行為を敢行 したため、同社が同組合員 3 名を解雇したところ、一部鉱山労働者等がこれに反対し抗議 活動へと発展した経緯を有する。 なお、組合員解雇に伴う抗議活動に関しては、事件後、政府の仲裁により協議の場を設 置し、その後の話し合いにより解決したが、近隣コミュニティへの電力供給の問題に関し ては、本年 5 月現在解決に至っていない。 (3)鉱業労働者の賃金 2015 年 9 月にニカラグア中央銀行が発表した労働賃金において、ニカラグア国内の鉱業労 働者の月額平均賃金が、2012 年の 13,712 コルドバから 17,482 コルドバへと 27%も高騰し、 また、ニカラグア国内の月額平均賃金の約 2 倍に相当する旨が明らかとなった。 このようにニカラグアにおいて鉱業労働者の賃金は相対的に高額ではあるが、現時点で鉱 業企業側からは当該賃金に対する不満も特段無く、むしろ妥当な金額であるとの認識を示し ている。理由としては、2 年毎に行われる労働協定の見直しのための労使間交渉において、労 使双方納得がいく回答が得られるまでしっかりとした話し合いが行われた結果であること、 5 カレント・トピックス No.16-22 また、実際のところ支給する賃金に関しては、鉱業企業側にとって然程大きな負担になって いないことが挙げられている。 (4)国際鉱業大会開催 2014 年 8 月にニカラグアとしては初めてとなる国際鉱業大会がニカラグア鉱業会議所 (CAMINIC)主催により開催されたが、前回開催から 2 年が経過する本年、8 月 16~17 日の日 程で第 2 回目となる国際鉱業大会が開催される。 今回のテーマは「みんなのための鉱業」と題し、鉱業関係企業のみならず、政府・行政機 関、地域住民のほか、周辺環境等、大凡鉱業に関係する全ての者等にとって問題無く受け入 れられ、また、必要とされる鉱業を目指すことが主眼となる。 なお、本年 5 月時点において出展申請数は 70 社で、既に前回出展数を上回っているとのこと。 おわりに 前回カレント・トピックスでは、労使間交渉も比較的円満に行われ、従業員によるストライキ も無く、NGO や先住民による大規模な反対運動が殆ど見受けられない旨をレポートしたが、当該レ ポート以降、鉱山労働者等による抗議活動が行われ、深刻な事態にまで発展する事件が発生した。 一方、本年 11 月には大統領選挙が予定され、現大統領の再選が確実視されていることから、現 在実行されている政策が引き続き進められるものと推察される。 こうした中、ニカラグア鉱業の大きな柱となる貴金属、とりわけ金に関しては本年に入り高騰 したことから、今後も貴金属市況の成長が持続するようであれば、金プロジェクトの推進の加速 化が見込まれる。 以上の点を踏まえると、ニカラグア鉱業に関しては、政府による政策的な動きは見られないも のの、民間企業の間では国際金属市況の動向に合わせた情勢の変化が見られることから、同国に 対しては今後もある程度定点的な観測を行うことが必要と考えられる。 おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報を お届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結に つき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等す る場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 6
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