カレント・トピックス No.16-28 平成28年7月7日 16-28号 カレント・トピックス 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 カナダ採取産業透明性対策法の概要 <バンクーバー事務所 山路法宏 報告> はじめに 2015 年 6 月 1 日、カナダで採取産業透明性対策法(Extractive Sector Transparency Measures Act: ESTMA) 1が施行された。本法は、カナダの採取産業における透明性を高めて腐敗を抑止することを目的 に、探鉱や採掘事業に関してカナダ政府及び諸外国政府に対して行われた特定の支払いについて、事 業者に年次公開することを義務付けた法律で、2014 年 12 月 16 日に成立した。しかし、同法の適用範 囲や定義が不明瞭なため、対応の要否の判断に苦慮する企業や存在自体を把握していない企業も見受 けられる。そうした中で、カナダでマイナーシェアを保有する日本企業や将来オペレーターとして探 鉱・操業を行う可能性のある日本企業としても、同法の適用範囲や要求事項を十分理解しておく必要 がある。 そこで本稿では、同法の成立までの背景も踏まえつつ、2016 年 3 月に公表された同法の要求事項を 理解するためのガイダンス 2(以下、「ガイダンス」)と、報告プロセスにおける必要書類や報告すべ き指定事項等を記載した技術的報告指定事項 3(以下、「技術的報告指摘事項」)の最新版を参考にし て、同法の要求事項等について概要を説明する。 1 2 3 http://laws-lois.justice.gc.ca/eng/acts/E-22.7/page-1.html http://www.nrcan.gc.ca/sites/www.nrcan.gc.ca/files/mining-materials/PDF/ESTMA-Guidance_e.pdf http://www.nrcan.gc.ca/sites/www.nrcan.gc.ca/files/mining-materials/PDF/ESTMA-Technical_e.pdf 1 カレント・トピックス No.16-28 1. ESTMA 制定の背景 ESTMA の制定の契機となったのは、2013 年 6 月 12 日のハーパー首相(当時)による声明である。 ハーパー首相はこの声明の中でカナダの採取産業に対する新たな報告義務基準を制定すると宣言 した。この声明は、直後に開催が予定されていた第 39 回 G8 サミットを意識したものであり、透明 性の改善やカナダの法的フレームワークの確立を目指して定められる新基準は、G8 各国と足並み を揃え、欧米が主導する国際基準と調和するものであることが強調された。 国際基準の一つとして挙げられるのが、採取産業透明性イニシアティブ(Extractive Industry Transparency Initiative:EITI)である。EITI は、2002 年 9 月に英国のブレア首相(当時)が、 ヨハネスブルグ環境開発サミットにおいて資源開発事業に伴う資金の流れの透明性を要求するた めに提唱したものである。資源国における政治腐敗の予防や貧困撲滅に繋げることを目標として、 採取産業から資源産出国政府への資金の流れの透明性を確保し、国際基準に即した資金管理の責 任を高めることで、資源国における健全な統治能力の向上を目指している。現在、EITI の加盟要 件を満たした候補国(Candidate Country)となった資源国は 20 カ国、候補国となってから 2 年半 以内に EITI の認証用件を全て満たして遵守国(Compliant Country)と認定された資源国は 29 カ 国ある。更に、EITI の活動に賛同する先進国は、支援国(Supporter)として自国での法制度化や EITI に対する資金拠出を行っており、現在日本を含め 17 カ国が支援国となっている 4。カナダは 2007 年 2 月に支援国として名乗りを上げており、ESTMA の制定はこうした国際的な動きに協調した ものとなっている。 支援国としてカナダと同様の法制度を制定した国としては、ノルウェーが 2014 年 1 月 1 日に Report on Payments to Governments を発行、施行しているほか、英国も 2014 年 12 月に Reports on Payments to Governments Regulations 2014 を制定し、2015 年 1 月 1 日から適用している。米 国では、2010 年 7 月 21 日に通称ドッド・フランク法と呼ばれる金融規制改革法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)が成立した。同法の第 1504 条では、資源開発企業 に 対 す る 対 政 府 支 出 の 開 示 を 義 務 付 け 、 米 国 証 券 取 引 委 員 会 ( Securities and Exchange Commission:SEC)に対して資源採取企業の対政府支出に関する開示規則の制定を要求している。 しかし、2012 年に公表された SEC 開示規則は産業界の強い反発を受け、合衆国憲法が定める表現 の自由や公正な競争への制限を控えるという米国証券取引法の義務に反するとして、コロンビア 特別区連邦地方裁判所に無効判決を下された。そのため、未だ規則が制定されておらず、先陣を 切ったはずが現在は他国に後れを取る形になっている。2015 年 12 月に微修正された開示規則案が 公表された後、現在は、パブリックコメントを踏まえた最終調整が行われている 5。 2. ESTMA の適用範囲や適用対象に関する解釈 (1)石油、ガス及び鉱物の商業開発 本法は、石油、ガス、鉱物の商業開発を営む組織に適用される。商業開発には、石油、ガス 又は鉱物の探査(exploration)及び採取(extraction)活動、それらの活動のための許可証、 ライセンス、リース、その他許認可の取得や保有、その他石油、ガス、鉱物に関連する所定の 活動が含まれる。この探査及び採取活動には、初期探査(prospecting)から閉山、鉱山跡地 4 5 EITI の website(本稿執筆時点) 2016 年 3 月 17 日付けカレント・トピックス「米国:証券取引委員会による資源採取企業による対政府支出の開示規則 案」(ワシントン事務所報告):http://mric.jogmec.go.jp/public/current/pdf/16_07.pdf 2 カレント・トピックス No.16-28 の修復・再生までの広い範囲を含み、オフシーズン中の活動休止等の一時的な休止期間もこれ に該当する。許認可等の取得や保有については、許認可プロセスとして許認可の申請やコミュ ニティとの協議の実施等が含まれる。一方で、採取以降の活動は含まないため、選鉱や精製錬、 売買、物流、輸送、輸出等は本法に定める商業開発の範囲外となっている。 (2)ESTMA が適用される組織 本法はカナダで事業を行う子会社を有する親会社が、当該子会社の所有権や株式を保有して いるという理由のみをもって本法が適用されることはない。図 2 のフローチャートは、自身の 組織が同法の下で報告義務が生じる「報告主体」に該当するか否かを判断するために考慮すべ き質問事項を示している。 (出典:ガイダンス(和訳、一部修正)) 図 2 ESTMA 適用フローチャート 図 2 で記載されている事業体と報告主体は、本法及びガイダンスにて次のように定義されて いる。 3 カレント・トピックス No.16-28 (a)事業体(Entity) 本法で規定する事業体(以下、「事業体」)は、カナダ又はそれ以外の場所で石油、ガス 又は鉱物の商業開発に直接又は傘下組織(controlled organization)を通じて従事している 法人、トラスト、パートナーシップ、又はその他の非法人組織を指す。この 4 つの組織カテ ゴリーには、無限責任会社やリミテッド・パートナーシップ、ロイヤルティ・トラスト、ジ ョイント・ベンチャー等も該当し、カナダ国外の該当組織や類似の企業形態も含まれる。例 えば、豪州で鉱物の商業開発を行う豪州のパートナーシップは本法の適用外だが、当該パー トナーシップをカナダ企業が支配している場合、商業開発に直接従事していなくても、当該 カナダ企業は本法の対象となる事業体とみなされる。一方、個々の自然人(individual natural person)や個人事業主(sole proprietorship)のほか、契約上の合意に基づき商業 開発に関連する物品又は役務を提供する請負業者等は事業体に該当しない。 また、直接従事していなくても、支配(control)している傘下組織 6を通じて商業開発に 従事していれば本法の適用対象となる。そのため、対象組織が商業開発に対して実質的な主 体組織であるかどうかが重要なポイントになるが、その具体的な判断基準は示されていない。 事業体に位置付けられる場合であっても、更にいくつかの状況を満たした報告主体((b)参照) にならなければ、自動的に支払いに関する報告を義務付けられることはない。しかし、会計年度 の途中で報告主体となった場合でも当該年度中の全ての支払いについて報告が求められるため、 事業体に該当する組織は事業体に課せられる義務についてあらかじめ把握しておく必要がある。 (b)報告主体(Reporting Entity) 前述の本法の対象となる事業体が以下の 2 つの基準を満たす場合、当該事業体は本法で規 定する報告主体(以下、「報告主体」)として支払いの報告が義務付けられる。 ① 事業体又は事業体の証券がカナダ国内の証券取引所に上場している。又は、事業体がカナ ダ国内に事業拠点を有しているか、営業しているか、資産を有している。 ② 直近 2 期の会計年度のうち 1 期において、次の 3 つの基準(規模関連基準)のうち 2 つ以 上を満たしている 7。 ・最低 20 百万 C$の資産を有する ・最低 40 百万 C$の収益を上げた ・平均 250 名以上の従業員を雇用している (3)報告義務が発生する支払い 以下に該当する支払いは、本法の下で報告が義務付けられる(詳細や具体例はガイダンスを参照)。 ○同一の受取人に対して行われたもの ○本法の下で定義された石油、ガス及び鉱物の商業開発に関連して行われたもの ○以下の 7 つの区分のうち 1 つで、1 回以上の支払いの合計額が 100,000C$以上であるもの ―税金(消費税及び個人所得税を除く) 8 6 7 8 直接的支配に限らず、他の傘下企業によって支配されている組織系統の下部組織のように間接的な支配も含む。 資産や収益は連結財務諸表で報告された数値をベース(カナダドル換算)で、純資産ではなく総資産ベース。親会社 の資産や収益はこれに含めない。 法人所得税及び利益税、キャピタルゲイン税、資本税、鉱業税、超過利潤税、資源課徴金、石油収入税など。 4 カレント・トピックス No.16-28 ―ロイヤルティ ―手数料(レンタル料、登録料、規制関連料金、ライセンス・許認可・権利の取得に対 する料金又は対価を含む) ―生産権(production entitlements) 9 ―ボーナス(契約ボーナス、発見ボーナス、生産ボーナスを含む) ―配当(普通株主として支払われた配当を除く) ―インフラ整備費用 10 一連の支払いが同一の受取人に対して行われたか否かを判断する際、特定レベルの政府(中 央政府、地域政府、地方自治体)に代わって権限、責務、機能を行使する省庁やトラスト、委 員会、協会、法人、団体、その他機関は一つのグループにまとめて同一の受取人とみなす。そ のグループに対する支払いの合計が上記 7 区分の 1 つで年間 100,000C$を超える場合には、当 該支払いについて報告が必要となる。また、合弁会社を設立せず、共同事業契約等により複数 の事業体が共同で事業を行っている場合は、事業ベースで考える必要がある。関与する事業体 が同一の受取人に対して個別に支払いを行っていた場合、個々の支払いが上記基準額未満であ っても、全事業体の支払いの合計額が 100,000C$を超える場合には、関係する報告主体による 報告義務が生じることになる。 なお、報告主体は自身で行った支払いだけでなく、本法の適用外となる傘下組織が行った 支払いについても報告が必要であり、報告が必要となる支払いは共同事業契約上のオペレー ターとして行うものであるかどうかに関係しない。 (筆者作成) 図 3(a) ジョイント・ベンチャー企業による支払いの例 9 10 生産物分与契約又はそれと同様な契約又は法的約定の下で受け取る石油、ガス及び鉱物の生産物の金銭的価値。 最終的に受取人に引き渡されるインフラ(耐用年数を通して事業主体が実施する石油、ガス、鉱物の商業開発事業で の利用に限定されるインフラを除く)の整備に要した費用。 5 カレント・トピックス No.16-28 (筆者作成) 図 3(b) ジョイント・ベンチャー契約に基づく支払いの例 図 3 は、JV 子会社を設立して事業を行う場合と JV 契約に基づき 1 社がオペレーターとして支払 いを行う場合を想定した支払い事例を示したが、あくまで ESTMA 法及びガイダンス等に基づく筆 者の理解である。そのため、実際に報告義務が生じる支払いかどうか、それぞれの組織に支払い 義務が生じるかどうかはより具体的かつ詳細な状況を基に個別に判断する必要がある。 (4) 受取人(Payee) 本法の下で報告義務が生じるのは、以下の受取人(以下、「受取人」)に対する支払いである。 (a) カナダ又は外国のあらゆる政府 (b) 複数の政府によって設立された組織 (c) (a)の政府又は(b)の組織の権限、責務、機能を行使又は遂行するために設立されたトラ スト、委員会、協会、法人、団体、その他機関 (a)には、中央政府、地方政府、州又は地方自治体レベルを含むあらゆるレベルの政府が含ま れる。また、それら政府の権限等を実行、遂行している国営企業や国有企業は(c)に含まれるが、 納付された支払いにより商業活動を営む国営企業や国有企業はこれに含まれない。特定の組織 が本法で定められた受取人の条件を満たしているかどうかは、具体的な支払いの事実や状況を 考慮する必要がある。また、カナダ国内外の先住民のグループや組織も上記(a)に示す政府と見 なされるが、当該先住民政府に対する支払いについては、本法の中で本法施行後 2 年間適用を 延長する経過措置が取られた。先住民政府へ納付されるべき支払いを別の機関又は政府が徴収 する場合も、この経過措置が適用される。 6 カレント・トピックス No.16-28 (5) 報告書の発行と提出 報告主体は、カナダ天然資源省(Natural Resources Canada:NRCan)に対して、報告主体の会計 年度の終了日から 150 日以内に指定された形式及び様式にて ESTMA 報告書を提出することが義務付け られている。例えば、報告主体の会計年度が 12 月 31 日で終了する場合には、当該年度の支払いに関 する報告を翌年の 5 月 30 日までに行う必要がある。本法は 2015 年 6 月 1 日に施行されているが、施 行日が含まれる会計年度に関しては報告義務が生じないため、日本の一般的な会計年度(4 月 1 日~ 3 月 31 日)を取り入れている企業であれば、2016 年度(2016 年 4 月 1 日~2017 年 3 月 31 日)が報 告主体として報告すべき最初の会計年度となる。 (筆者作成) 図 4. 報告書提出期限 本法では、事業体(親会社)及びその 100%子会社がいずれも上記基準を満たす報告主体であ る場合、子会社の支払いも含めて親会社がまとめて報告することを認めている。技術的報告指 定事項では、100%子会社ではない場合でも親会社と子会社の双方が希望すれば、この代替メカ ニズムは適用可能であるとしている。この解釈に基づけば、図 3 の事例 1 では X 社又は Y 社が報 告することも可能である。なお、NRCan へ提出された報告書は、提出日から最低 5 年間はインタ ーネット上で一般に公開することが義務付けられているほか、最低 7 年間はかかる支払いの記 録を保持しなければならない。 カナダ国外の地域において義務付けられている報告要件が、本法に基づく報告の代用として 許容できると判断された場合には、当該地域において提出した報告書を使用することができる。 まとめ ESTMA 法は、カナダ国内の資源開発やカナダ企業による他国での資源開発において腐敗を防止す ることを目的とすると共に、政府への支払いの透明性を高めることで、カナダ国内での資源開発 や他国で資源開発を行うカナダ企業の健全性をアピールし、その国際競争力を高めることを意図 している。したがって、カナダ国内の資源開発事業に関しては、カナダ企業であるか日本企業の ように外国企業であるかに関係なく、該当する政府への支払いがあれば報告義務が生じる。日本 7 カレント・トピックス No.16-28 企業が JV 事業にマイナーシェアで参画している場合、基本的には設立される JV 会社又はメジャー シェアを保有する(多くの場合でオペレーターとなる)パートナー企業に報告義務が発生すると 考えられる。しかし、当該 JV 会社やメジャーシェア企業が仮に規模関連基準を満たさない場合に は、マイナーシェアであっても当該事業を代表して報告を求められる可能性もある。また、一部 支払いに関して JV 会社やオペレーター企業を介さずに直接政府へ支払うものがあれば、当該支払 いもまた報告対象となることから、共同事業の参加企業間で支払いに関する情報共有や報告に向 けた連携が必要になる。更に、これら報告しなければならない支払いは、操業鉱山に関するもの だけではなく、探査段階でも適用される可能性があることにも注意が必要である。先住民政府へ の支払いについては 2 年間適用が延長されたが、先住民の部族内や部族間で情報が共有されてお らず、それぞれの間で不公平な支払いが行われているような場合には、支払いの情報が公開され ることでトラブル等が発生する可能性もあるため、2 年間の間に十分な準備が必要となることも想 定される。 本法については、連邦政府や法律事務所等によるセミナーの開催も散見されるが、いずれもカ ナダ企業を想定した解釈やケース・スタディが中心となっている。そのため、日本企業のように カナダ国外の企業がカナダ国内で資源開発に従事する事例、特にジョイント・ベンチャーにより 事業を展開している場合にどの企業が報告義務を負うのかについて明示的に解釈した事例は見当 たらない。本法を遵守しなければ違反案件ごとに一日当たり最高 25 万 C$の罰金が科せられる。カ ナダ国内で探鉱、開発に関与、又は将来の事業展開を検討しているものの、本法の適用の有無や 対応の要否が不明瞭な場合には、NRCan への問合せや法律事務所への相談等により、早期に検証、 判断しておくことが肝要である。 おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報を お届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結に つき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等す る場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。 8
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