Ⅰ. ガス及び金属の拡散 ガスの拡散係数(Diffusion)[D: cm2/s]と気体の溶解度(Solubility)[S: atoms/cm3・atm]、気体の透過係数 (Permeation)[K: atoms/cm・s・atm]の間には、K=D・Sの関係が成立する。気体の透過係数の単位としては、 他に[cm3 (S.T.P.)mm/s cmHg cm2]が良く用いられるが、2.04×1020 を乗ずることで、[atoms/cm・s・atm]に 変換できる。また、溶解度の単位[cm3 (S.T.P.)/cm3]は、2.69×1019 を乗ずることで、[atoms/cm3]に変換できる。 なお、(S.T.P.)は、気体の標準状態である。シリカガラスのH2, He, N2, O2, Ne, H2OのD, S, K値は、参考文献[1] に紹介されている。ただ、表として羅列してあるだけのデータも多いため、本書では、著者がこのデータを 元に整理してグラフ化した。グラフが載っているものについては、出版社の承諾を得て、本書に掲載した。 1.透過係数 Heガス精製の分離膜としてシリカガラスは利用されるため、Heについてのデータが極めて豊富である。 そして、各報告のデータを比較しても、それほどデータにばらつきは見られない。図 1 では、He, N2, O2, Ne の透過係数の温度依存性についてまとめた。それに対して、H2ガスの拡散は、データにばらつきが見られる。 図 2 は、幾つかの文献中に報告されている値を筆者がまとめ直したものである。Barrerのデータ(文献[2]) は、Thermal Syndicate社製のものであるが、具体的な物性は不明である。Bellのデータ(文献[3])では、 I.R.Vitreosil (Type I)を用いている。Leeのデータ(文献[4])では、G.E.204a(Type I)とSuprasil(Type III)を用 いているが、両者の値には、ほとんど差は見られない。図 3 は、低温領域(5-85℃)の重水素の透過係数で、 Amersil T-08([OH]100∼500ppm)のデータである。重水素ランプのバルブ材であるシリカガラスへのD2の透 過に関するデータとして、有用である。 図1 He, N2, O2, Ne の透過係数の温度依存性。 図2 水素の透過係数の温度依存性。 図3 低温領域(5-85℃)の重水素の透過係数。ガ ラスは Amersil T-08([OH]100∼500ppm)。 文献[5]より引用。 2. 拡散係数 図 4 は水素と重水素の拡散係数の温度依存性である。1, 2 は、Suprasil (Type III)、3 は、G.E.204a、4, 5 は、G.E.204(Type I)である。また、1, 3, 4 が重水素、2, 5 が、水素のデータである。図 5 は、図 3 と同じ文 献中の報告で、重水素の低温域の拡散係数である。図 6 は、He の拡散係数の温度依存性で、1 は溶融石英の T-1000, 2 は Extrasil を用いている。図 7 は、O.G.Vitreosil を用いた、(a)He と、(b)Ne の、拡散係数の温度 依存性である(K.P.Srivastava and G.E.Roberts, Phys.Chem.Glasses, 11, 21 (1970))。この実験の一つの特徴 は、データプロットを取る前に熱処理を行っている点である。1 は、1040±5℃で 650 時間、b は、1115±5℃ で 72 時間、c は 1215±5℃で 3 時間である。G.E.204 ガラスを用いて、Woods らも図 8 に示すように He と Ne の拡散係数の温度依存について調べている(K.N.Woods and R.H.Doremus, Phys.Chem.Glasses, 12, 69 (1971))。ここで、1 が He、2 が Ne のデータである。 図 9 は、Amersil を用いた、酸素の拡散係数の温度依存性である。1, 2 はバルブ状、3 はファイバー状に したもので、酸素圧は 1, 2 は 760Torr、3 は 380Torr である。図 10 は、酸素分子の 1100℃における拡散係数 の酸素圧依存性である。ともに、E.L.Williams, J.Am.Ceram.Soc., 48, 190 (1965)。 水の拡散については、若林と友沢が、最新のデータを報告している。Suprasil W (Type IV)を用いて、また 水の拡散は、355Torrの水蒸気圧にて、200-750℃で行っている。図 11 は赤外吸収法で見積もった、表面OH の濃度の温度依存性である。400℃を境にして高温域では温度の上昇とともに濃度は減少するが、低温域で は表面のOH濃度は低いが、温度上昇とともに濃度も上昇する。また、図 12 は、H2Oの拡散係数の温度依存 性である。■、□、△はそれぞれの論文の引用であるが、●が、若林のデータである。350℃と 450℃の強度 が逆転しているが、450℃の値は、低温側と高温側の二種類の拡散の重畳したものと仮定し、それぞれのプ ロファイルから拡散係数を求めると、六角形のプロットで示される値となった。拡散係数の活性化エネルギ ーは高温部で~80kJ/mol、低温部で~40kJ/molと求まる。以上の結果から、500℃付近を境にして、高温部と 低温部で拡散挙動が異なることがわかる。この付近の温度において、不連続または変化する物性、ナトリウ ムイオンの拡散、誘電的性質などに現れ、ガラス構造と密着した現象と考えられよう。特に、高温域におい て現れる拡散初期の異常性は、ガラスの構造緩和と関連づけて考察できるだろう。 重水(D2O)やHTOの拡散係数の温度依存性も図 13 に示すように報告されている。1, 2, 3 は、それぞれ Spectrosil I, O.G.Vitreosil, O.G.Vitreosil IIである。図 14 は、70cmHg下での水蒸気の飽和濃度を 1 とした場 合の濃度(C)と拡散係数との関係を示している。1 はHTO、2 はD2Oである。 フッ素の拡散係数は、Hermann らによって、 log(D/(cm2s-1)) = -0.920 - 18337K/T ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ① と報告されている(文献[12]) 。塩素も同じく Hermann らによって、 2 -1 log(D/(cm s )) = -3.498 - 11080K/T ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ② と報告している(文献[12]) 。 図4 水素と重水素の拡散係数の温度依存性。文献[4] より引用。 図5 重水素の低温域の拡散係数。文献[5]より引用。 図6 He の拡散係数の温度依存性。1 は溶融石英 の T-1000, 2 は Extrasil を用いている。 文献[6]より引用。 図7 O.G.Vitreosil を用いた、(a)He と、(b)Ne の、拡散係数の温度依存性。文献[7]より 引用。 図8 He と Ne の拡散係数の温度依存性。1 が He、 2 が Ne のデータである。文献[8]より引用。 図9 Amersil を用いた、酸素の拡散係数の温度依 存性。1, 2 はバルブ状、3 はファイバー状 にしたもので、酸素圧は 1, 2 は 760Torr、3 は 380Torr である。文献[9]より引用。 図 10 酸素分子の 1100℃における拡散係数の酸素 圧依存性。文献[9]より引用。 図 11 赤外吸収法で見積もった、表面 OH の濃 度の温度依存性。文献[10]より引用。 図 12 H2O の拡散係数の温度依存性。■、□、△は他 の論文の引用で、●が、若林のデータである。 六角形のプロットの詳細については、本文参 照。文献[10]より引用。 図 13 重水(D2O)や HTO の拡散係数の温度依存 性。1, 2, 3 は、それぞれ Spectrosil I, O.G.Vitreosil, O.G.Vitreosil II であ る。文献[11]より引用。 図 14 70cmHg 下での水蒸気の飽和濃度を 1 とした場合の濃度(C)と拡散係数との 関係。1 は HTO、2 は D2O である。文献 [11]より引用。 3. 溶解度 図 15 は、水素の溶解度の温度依存性を示しており、利用したガラス名もしくは、物性を図中に表記した。 図 16 は、 重水素の溶解度で 1: Americil, 2: Spectrosil, 3: Infrasil, 4: Suprasil の結果である。 図 17 は溶解度で、 3 1(○): He, 2(●): Ne である。溶解度 SD は SD = (T/273)S で定義され、S の単位は cm (S.T.P.)/cm3atm であ る。図 18 は、Amersil T-08 に対する、25±3℃における He の溶解度の圧力依存性を示している。図 19 は、 水の溶解度で、1: 1000℃, 2: 1100℃, 3: 1200℃のデータである。図 20 は、T2O の溶解度で、シリカガラス中 の水の量が異なる試料を用いている。1, 3: [OH]<1×10-4wt%, 2: [OH]<6×10-4, 4: [OH]<2×10-3wt%である。Ne の溶解度は図 21 である。 図 15 水素の溶解度の温度依存性。 図 16 重水素の溶解度。1: Americil T-08 (100∼ 500ppm OH), 2: Spectrosil ( 金 属 不 純 物 <1ppm, 900∼1300ppm OH, [Cl]>100ppm), 3: Infrasil (金属不純物 50∼300ppm, 5∼15ppm OH), 4: Suprasil (金属不純物<1ppm, 900∼ 1300ppm OH, [Cl]>100ppm)である。文献[5]よ り引用。 図 17 He, Ne の溶解度。1(○): He, 2(●): Ne である。文献[8]より引用。 図 18 Amersil T-08 に対する、25±3℃ における He の溶解度の圧力依存性。文 献[13]より引用。 図 19 水の溶解度で、1: 1000℃, 2: 1100℃, 3: 1200℃のデータである。文献[14] より引用。 図 21 Ne の溶解度。文献[16]より引用。 図 20 T2O の溶解度。シリカガラス中の水の量が異な る試料を用いている。1, 3: [OH]<1×10-4wt%, 2: [OH]<6×10-4, 4: [OH]<2×10-3wt%である。 文献[15]より引用。 4. ガス吸着 吸着のデータも文献 1 に表として与えられているので、グラフにして図 22 に載せた。 5. 金属拡散 金属の拡散については、参考文献[1]にもほとんど記述はない。しかしながら、最近の特に半導体製造プロ セスにおいて、熱処理用のシリカガラスチューブ(溶融石英製)からの汚染、配線材料である Cu の混入な どの問題のために、金属の拡散に関するデータは、本書にまとめるべきであると思われ、以下にまとめる。 図 23 は Infrasil に対する 22Na の拡散係数の温度依存性、図 24 は各金属の拡散係数である。この中で、45Ca, 26 Al は Infrasil のデータ、Cu は KV, KI ガラスのデータ、その他は KSG ガラスである。旧ソ連製 KV, KI, KSG についてはⅤ章の表参照。また、ホウ素、ガリウム、燐、砒素、アンチモンに関しては、報告によるばらつ きもいので、表にまとめたので、興味のあるかたは参考文献を参照していただきたい。 図 22 ガスの吸着。文献[17]のデータを著者が整理 して引用。 図 23 Infrasil に対する 22Na の拡散係数 の温度依存性。文献[18]より引用。 図 24 各金属の拡散係数である。この中で、45Ca, 26Al はInfrasilのデータ、CuはKV, KIガラスのデー タ、その他はKSGガラスである。KV, KI, KSGに ついてはⅤ章の表参照。 参考文献 [1] Handbook of glass data, ed. by O.V.Mazurin, M.V.Streltsina and T.P.Shvaiko-Shvaikovskaya (Elsevier, Amsterdam, 1983)の p.155-177. [2] R.M.Barrer, J.Chem.Soc., 136, 378 (1934).他に(1941). [3] T.Bell et al., Phys.Chem.Glasses, 3, 141 (1962). [4] R.W.Lee, J.Chem.Phys., 38, 448 (1963). [5] J.E.Shelby, J.Appl.Phys., 48, 3387 (1977). [6] Sh.Hyodo et al., J.Fac.Eng., Univ.Tokyo, A-18, 46 (1968). [7] K.P.Srivastava and G.E.Roberts, Phys.Chem.Glasses, 11, 21 (1970). [8] K.N.Woods and R.H.Doremus, Phys.Chem.Glasses, 12, 69 (1971). [9] E.L.Williams, J.Am.Ceram.Soc., 48, 190 (1965). [10] H.Wakabayashi and M.Tomozawa, J.Am.Ceram.Soc., 72, 1850 (1989). [11] I.Burn and J.P.Roberts, Phys.Chem.Glasses, 11, 106 (1970). [12] W.Hermann et al., Ber.Bunsenges.Phys.Chem., 91, 56 (1987). ibid, 89, 423 (1985). [13] J.E.Shelby, J.Appl.Phys., 47, 135 (1976). [14] Shackelford et al., J.Non-Cryst.Solids, 21, 55 (1976). [15] T.Durury, Phys.Chem.Glasses, 4, 79 (1963). [16] R.C.Frank et al., J.Chem.Phys., 35, 1451 (1961). [17] Hartley, Henry and Whytlaw-Gray, Trans.Faraday Soc., 35, 1452 (1939). [18] G.H.Frischat, Glastech.ber., 40, 382 (1967)./ J.Am.Ceram.Soc., 51, 528 (1968). 表 1 その他の金属の拡散係数 (1)ホウ素 Ea [eV] 2.38 3.39 3.58 3.53 2.82 D0 [cm2/s] 7.23×10-6 1.23×10-4 7.38×10-4 3.16×10-4 1.61×10-5 D(1000℃) 1.3×10-14 4.6×10-17 5.6×10-17 3.4×10-17 7.2×10-16 D(1200℃) 5.1×10-14 3.2×10-16 4.3×10-16 2.6×10-16 3.6×10-15 Ref. 1 2 3 4 5 D0 [cm2/s] 1.04×105 D(1000℃) 5.3×10-11 D(1200℃) 5.8×10-10 Ref. 6 D0 [cm2/s] 5.73×10-5 6.39×10-11 4.72 1.86×10-1 D(1000℃) 2.0×10-13 1.4×10-15 1.7×10-15 2.9×10-16 D(1200℃) 7.6×10-13 2.9×10-14 1.9×10-14 3.0×10-15 Ref. 7 8 1 9 D0 [cm2/s] 9.82 2.48×102 D(1000℃) 1.2×10-16 2.6×10-16 D(1200℃) 2.0×10-15 4.4×10-15 Ref. 10 11 D(1000℃) 9.9×10-17 D(1200℃) 1.5×10-14 Ref. 1 (2)ガリウム Ea [eV] 4.17 (3)燐 Ea [eV] 2.30 1.27 4.21 4.03 (4)砒素 Ea [eV] 4.88 4.90 (5) アンチモン Ea [eV] 8.75 D0 [cm2/s] 1.31×1016 以上は、D(T)= D0×exp(-Ea/kT) (T; 絶対温度)である。 表の参考文献 (1) M.O. Thurson, J. C. C. Tsai, K. D. Kang: Ohio State University Foundation, AD-261,201, Contact DA-36-039-SC-83874, Final Report (1961). (2) S. Horiuchi and J. Yamaguchi: Jpn. J. Appl. Phys., 1 (1962) 314. (3) M. L. Barry and P. Olofsen: J. Electrochem. Soc., 116 (1969) 854. (4) D. M. Brown and P. R. Kennicott: J. Electrochem. Soc., 118 (1971) 293. (5) R. O. Schwenker: J. Electrochem. Soc., 118 (1971) 313. (6) A. S. Grove, O. Leistiko and Jr.,C. T. Sah: J. Phys. Chem. Solids., 25 (1964) 985. (7) C. T. Sah. Sello, and D. A. Tremere: J. Phys. Chem. Solids., 11 (1959) 288. (8) R. B. Allen, H. Bernstein and A. D. Kurts: J. Appl. Phys., 31 (1960) 334. (9) M. L. Barry: J. Electrochem. Soc., 117 (1970) 1405. (10) Y. W. Hsueh: Electrochem. Tech., 6 (1968) 361. (11) J. Wong and M. Ghezzo: J. Electrochem. Soc., 119 (1972) 1413. 以上のデータは"半導体ハンドブック(第2版)オーム社,1977 年刊 半導体ハンドブック編纂委員会編、 第5 編、 第 4 章不純物拡散、pp.258~259 より抜粋しました。
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