マイナス金利に対する家計の抵抗感

 マイナス金利に対する家計の抵抗感
マイナス金利政策の導入以降、日本国内ではその効果を巡って様々な議論が展開さ
れた。その中でマイナス金利に対する否定的な見方が多くなされたこともあり、政策
導入後の消費者マインドは悪化した。特に、利子収入に依存する高齢・無職世帯の抵
抗感が強まったとみられ、消費行動が今後、慎重化することが懸念される。
1 月末、日本銀行が「マイナス金利付き量的・質的
(「マイナス金利好感記事」)を大きく上回っており、
金融緩和」政策(以下、マイナス金利政策)の導入を発
マイナス金利政策導入直後の論調では慎重な見方が
表して以来、マイナス金利を巡って様々な議論が展
多かったことがうかがえる。3 月になると、双方の記
開されている。その論調は、金融緩和の更なる強化に
事件数はほぼ同等になっているが、4 月には再び不
よる景気回復への期待を示すものや、金融緩和への
安記事が好感記事を上回った。
過度の依存を懸念するものまで様々である。
マイナス金利政策に対する論調が肯定的であるか
どうかを確認するために、主要紙誌において取り上
げられたマイナス金利に関する記事件数の推移を計
測した(図表1)。これをみると、2016年2月は、マイナ
こうした否定的な記事や報道の増加は、消費者の
ス金利政策を不安視する記事件数(「マイナス金利不
マイナス金利政策に対する評価に影響を及ぼしたと
安記事」)がマイナス金利政策を好感する記事件数
考えられる。日本銀行が全国満20歳以上の4,000人の
個人を対象に実施している「生活意識に関するアン
ケート調査」の中から、金利水準についての評価を尋
●図表1 マイナス金利に関する記事件数
ねた金利水準 DI(水準が低いほど、景気状況から鑑
(件)
450
みて現行の金利水準が低すぎると消費者が感じてい
マイナス金利不安記事
マイナス金利好感記事
400
ることを示す)をみると(図表 2)、2016 年 3 月に値が
350
急激に低下し、2006 年 9 月の調査開始以降の最低水
300
準となった。消費者がマイナス金利政策に悲観的な
250
見方を強めたことが示唆される。
200
マイナス金利への抵抗感は、年明け以降の株安な
150
ど不安定な金融市場の動きと相まって、消費者マイ
100
ンドの悪化をもたらした。2 月の消費者態度指数は
50
13 カ月ぶりの低水準に落ち込み、その後も年初の水
0
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 (月)
2013
14
15
準を取り戻すには至っていない。
16 (年)
(注)
日経(電子版含む)、読売、朝日、毎日、産経、
日経ビジネス、
エコノミスト、
東洋経済
(オンライン含む)、
ダイヤモンドを対象に以下のキーワードで記事検索を実施。
マイナス金利不安記事:
「マイナス金利」
and
「悪化」
マイナス金利好感記事:
「マイナス金利」
and
「回復」
(資料)日経テレコンより、みずほ総合研究所作成
年齢別に消費者態度指数をみると、特に高齢世帯
7
で大きく低下しており、マイナス金利への抵抗感が
2015 年の家計調査(単身世帯を含む総世帯)を用
相対的に強いようだ(図表 3)。この背景には、高齢世
いて、このことを確認しよう(図表 4)。まず、勤労者
帯ほどマイナス金利政策によるデメリットが大きい
世帯(全年齢平均)の可処分所得対比でみた財産収入
(利子収入を含む項目)は、土地家屋借金返済よりも
ことがある。
家計にとって、マイナス金利政策は住宅ローンな
小さい。勤労者世帯のうち高齢世帯(60 歳以上)をみ
どの金利低下を通じ、利払い負担を軽減させるとい
ても、同様の結果となっている。したがって、マイナ
うメリットをもたらす。一方で、預金金利などの低下
ス金利政策による利払い負担の軽減は、勤労世帯で
による利子収入が減少するというデメリットもあ
は利子収入の低下を上回る効果があり、消費にプラ
る。高齢世帯の場合、後者の効果が前者を上回ること
スの影響をもたらすと期待される。
しかし、高齢世帯のうち勤労者世帯の割合は 16%
が想定される。
程度に過ぎず、68%は年金収入などで生活する無職
世帯である。この高齢・無職世帯では利子収入割合が
●図表2 金利水準DI
高齢・勤労者世帯の約3倍と、利子収入への依存が目
(%ポイント)
▲20
立つ。そのため、利子収入低下への懸念が高齢世帯で
▲25
高まりやすい。
家計調査上では、高齢・無職世帯の消費支出が全体
▲30
の 30%程度を占めており、個人消費全体に対して看
▲35
過できないインパクトがある。高齢・無職世帯のマイ
▲40
ンド冷え込みが続けば、利払い負担軽減による勤労
▲45
者世帯の消費押し上げ効果が相殺されてしまう可能
性があるからだ。低迷が続く個人消費だが、マイナス
▲50
金利政策に対する高齢・無職世帯の懸念がさらなる
▲55
▲60
下押しとなる可能性には留意する必要があろう。
2006年9月調査
912 3 6 912 3 6 9123 6 9123 6 9123 6 9123 6 9123 6 9123 6 9123 6 912 3 (月)
2006 07
08
09
10
11
12
13
14
15
16(年)
(注)
現在の景気状況から鑑みて
「金利が高すぎる」
との回答割合から
「金利が低すぎる」
との回答割合を減じた値。
(資料)日本銀行「生活意識に関するアンケート調査」より、みずほ総合研究所作成
●図表3 年齢階層別の消費者態度指数
みずほ総合研究所 経済調査部
主任エコノミスト 宮嶋貴之
[email protected]
●図表4 家計の財産収入と土地家屋借金返済
(総世帯、2015年)
(DI)
50
(可処分所得対比、%)
8
財産収入
7
45
土地家屋借金返済
6
5
4
40
3
2
若年世帯
全体
高齢世帯
35
30
0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1112 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 1112 1 2 3 4 (月)
2014
15
(注)1. 若年世帯は39歳以下、高齢世帯は60歳以上とした。
2. 若年世帯と高齢世帯は、
みずほ総合研究所による季節調整値。
(資料)内閣府「消費動向調査」より、みずほ総合研究所作成
8
1
16
(年)
平均
(53%)
うち60歳以上
(10%)
勤労者世帯
60歳以上
(30%)
無職世帯
(注)1.「財産収入」の項目には、預貯金利子や貸金利子などが含まれる。
2.「土地家屋借金返済」
の項目には、
土地・家屋購入の月賦払いなどが含まれる。
3. 括弧内は消費支出に占める割合。国勢調査の総世帯数と家計調査の世帯
数分布を用いて試算した。
(資料)総務省「家計調査」、
「国勢調査」より、みずほ総合研究所作成