No.1 - 広島県立福山特別支援学校

広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
自立活動だより
~
「言語の理解と表出」
音への気付きから音の変化への気付き~
平成 28 年度 No.1 平成 28 年5月 31 日 広島県立福山特別支援学校 教育研究部発行
1
はじめに
本校には,様々な実態の児童生徒が約 80 名在籍しており,過半数は自立活動を主とする教育課程となります。自立活
動の時間では,個々の課題・実態に応じて,身体の動作や周囲の環境の把握,コミュニケーション等を学びます。そこで,
全ての児童生徒の課題であるコミュニケーションに焦点を当て,授業研究・自立活動の研究等を校内で推進しています。
それに関連し,昨年度の自立活動だよりは,「表出する力を培うためには」をテーマとし発行しました。そして今年度も,コミ
ュニケーションに関連させ,「言葉の理解と表出」をテーマに発行していきます。周囲の言葉掛けを理解し,言葉で表出で
きるようになるためには,どのような力が必要なのかを,発達の初期段階を中心に年間6回のたよりでお知らせします。また,
本校 HP で過去の自立活動だよりを掲載しています。興味のある方はご確認ください。
2
言葉の理解・表出とは
「言葉」とは,「人の発する音声のまとまりで,その社会に認められた意味を持っているもの。 (三省堂大辞林より引用)」
を指します。「社会的に認められた意味」とは,誰にでも共通する記号という意味です。それを踏まえ,これから発行する自
立活動だよりでは「言葉の理解」と「言葉の表出」を以下のように定義します。
【言葉の理解】場面や人物に関わらず,人の発する音声のまとまりの示す意味が分かること。
【言葉の表出】理解できている音声のまとまりを,意図をもち用いること。
そして,たよりで説明する予定である「言葉の理解と表出の発達」について大まかに図で示します。ここでは,言葉の理
解と表出は図では分けて整理していますが,実際には深く関連し発達していきます。
言葉の理解の発達
言葉の表出の発達
音刺激に対して表情・
脈拍等で反応する
音が鳴っていることに気付く
複数の音刺激か
ら人の声を抽出
複数の音韻の構成を
記憶,聞き分け
フレーズと具体物や
支援者からの働き掛
け等が結びつく
人の声であることに気付く
特定のフレーズに
気付き,瞬きする,
笑顔になる等
特定のフレーズに
気付く
特定のフレーズに
対して反応する
特定のフレーズの意味
することがわかる
特定フレーズに対
して応答する
誰の声かや場面に
関わらず,言葉を
理解できる
音刺激に対して
生理的な反応を
する
フレーズや言葉の
意味を理解し,発
声,手を上げる等
言葉を理解する
おやつ
特定の決まった身振
り等を表出する
「ちょーだい」
等の簡単な身
振り等
食べる!
言葉の理解と表出には,“ずれ”がありま
す。1語理解できたから,1語表出できると
言葉を表出する
いうことではありません。
ここで留意しておきたいこととして,発達の順序性を踏まえて指導を行うということと,言葉の理解と表出には”ずれ”があ
るということの2点があります。言葉の理解と表出の”ずれ”とは,理解言語が 20~50 語程度あって,初めて1語の表出言
-1-
広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
語があるということです。それを踏まえ,理解言語を意図的に増やすように指導を行っていかなければ,表出言語が増える
ことはありません。また,肢体不自由を有する児童生徒は,理解言語が多いが構音障害等により言語を音声として表出す
ることに困難さがある児童生徒が多い傾向にあります。しかし反対に,言葉掛けの全てに反応があるため,子供が支援者
の言葉を理解できているように見えて,実際にはほとんど言葉の意味を理解せずに
??
うなずいている可能性もあります。本当に周囲の大人からの言葉を
○○さん!
理解できているか,丁寧に実態把握をする必要があります。
3
音への気付き
1,発達の流れ
言葉の理解・表出の発達において最も初期段階となるのは,音が鳴っていることへの気付きです。耳の機能は,胎児期
に発達します。おおよそ妊娠5週目に,胎児は胎内音に反応し,23 週目ごろには明確になり,27 週目以降には外界の音
に対して反応するようになります。また,言語を入力する脳の左側言語野は 36 週目までに形成されます。よって 36 週目以
降の胎児は機能的な不全がない場合は,子宮内背景音という保護者の体内の様々な音が聞こえていると考えられていま
す。よって発達の最も初期の段階においては,外界の音刺激に気付くことができるということが課題となります。
以下の表の3項目が言葉の発達の最も初期に当たります。(1~3の項目に順序性はありません。)
1
2
3
突然の音にびくっとする。
Moro 反射とは,周りで急に大きな音を立てたり,急に頭部が動いたりすると、両腕を伸
(Moro(モロー)反射)
ばして抱きしめるような動作やびっくりするような動作をする反射のことです。
急に大きな音がするとまぶた
瞬目反射とは,強い光,強い音,急に物が迫ってきた時等に起こる反射のことです。こ
が閉じる。(瞬目反射)
の反射の際は,瞼が開いているときに反応を観察します。
大きな音(90dB 程度)に反応
聞こえの有無についての項目です。90dB(デシベル)とは,耳元で大きな声で叫ぶくら
する。
いの大きさの音であり,それに対して反応があるかどうかを観察します。
身体機能によって上記の項目が困難な場合があります。その場合は,心拍数が増える,目の瞬きが増える等より丁寧に
実態把握をする必要があります。
2,実態把握について
【音に気付いているか知るために…】
一般的には表情,運動反応,「驚愕反射」のような反射運動,筋緊張の亢進等により音への
実態把握を行います。突然の音・大きな音に対して表情等で反応がない児童生徒の場合は,
心拍数,発汗,誘発電位法によって測られる電気生理学的反応等から調べることができます。
上記の吹き出しのような方法やその他の行動観察で「聞こえ」の判断が困難な場合は,専門機関等に相談することをお
すすめします。聴覚は外界を認知するための重要な感覚です。「おそらく聞こえているかな?」という曖昧な判断ではなく
確実な実態把握が必要と考えられます。「聞こえ」が困難な場合は,補聴器等により「聞こえ」を補償する
手段を確保することが,児童生徒の聴覚だけではなく総合的な認知発達を促すことにつながります。
3,環境設定について
環境設定のポイントとして,挙げられるのは右の通りです。 ①聴かせたい音以外の音刺激以外のない状況で指導する。
①~④のように,聞かせたい音刺激以外は極力減らす
②子供にとって安楽な姿勢で行う。
ようにします。聞かせたい音以外を遮断する方法として,
③聞かせたい音以外の音は出来るだけ少なくする。
イヤフォン等の使用も手立てとして有効です。しかし,
④同時に複数の音を聞かせず,1つの音ずつ聞かせる。
触覚過敏がある子供は,音刺激よりも耳への触刺激へ注意が向けられてしまうことや,水頭症の子供はイヤフォン・ヘッド
フォン等の使用は不可であるということに留意しましょう。
また,①に関連して配慮すべき2点があります。聴覚刺激よりも前庭感覚刺激や固有覚刺激,触刺激等の方が受容し
やすい刺激であること,発達の初期段階では複数の刺激を同時に受容することが困難であることです。
-2-
広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
複数の刺激を一度に入力した場合は,以下の絵に示すようにその時に優位な刺激を受容する,またはどの刺激も受容
できない場合があります。そして,それらにより実態把握に誤りが出てくる可能性があります。
上記のように環境を整えた状態で,音を聞かせていきましょう。
4
○○さん!
(名前を呼ば
れて笑ってく
れた。)
揺れ楽しい!
(呼ばれたことに気
付いていない。)
音への注意
1,発達の流れ
「音への気付き」の次の段階は,音へ注意を向けることです。以下のように定義づけし,説明します。
【音への注意】自分の周囲で音(60dB 程度)が鳴っていることに気付き,それに対して意識を向けること。
その際は,同時に存在するいくつかの音刺激から,
例:周囲で小さな話し声がしていて
も,一番大きな音や意識を向けやす
い音に注意をむけることができる。
ある音刺激に意識を焦点化できることも含める。
※60dB 程度は,普通の会話での話し声くらいの大きさです。
前項で紹介した発達の最も初期段階では,大きな音刺激に対して Moro(モロー)反射等の反射運動を起き,そこで音に
対して注意を向けることができるのは,ほんの短い時間です。そこから音への注意が発達することで,普段から聞きなれた
音に注意を傾けることができるようになります。また,注意を向ける力が発達するにつれて,他の刺激があっても,受容しや
すい音には注意を向けることができるようになります。(※指導場面では,音刺激以外の刺激のない環境で行いましょう。)
音への注意は以下の表のように発達します。(4の項目からは,項目に順序性があります。数字が進むにつれて発達が進み,6
の項目以降も同様です。基本的な発達段階に沿って説明しているため,障害等の実態により当てはまりにくい項目があります。)
4
5
音がしたこと(60dB
60dB(デシベル)とは,普通の会話程度の大きさの音です。上記の3の項目同様に静かな環境
程度)に反応する。
で反応があるかを観察します。
反応の良い音がある。 音に対して注意を向ける最初の項目です。生活音等がある普段の状況の中で,音に対して選択
的に注意を向けることができるかどうかを確かめます。
6
人の声によく反応を
楽器音や物の音ではなく,人の声(社会的刺激)に注意が向くかどうかを確かめます。人との
する。
コミュニケーションをとっていく上での初期の項目でもあります。
2,指導について
音への注意を促す指導をするにあたって,「3 最初期の音への気付き」にあるように,環境設定を整えることが必要不
可欠となります。そして以下のような音の特性を意識し,子供にとって反応の良い音を探し,指導につなげていきましょう。
①音の強弱…この段階の子供は,音への刺激に対して大人よりも敏感な場合があります。耳につく金属音,破裂音,打
撃音等を聞かせる際は留意しましょう。
②音の高低…聞き取れる周波数は個人差が大きいです。人の会話で使われる音の高低である,250~4000Hz 程度が
聞き取りやすい音であると考えられます。それを意識して聞かせると良いでしょう。
③音の音色…保護者(保護者)や担任等の聞き慣れている声には注意が向きやすいと言われています。
④音の長さ・回数…一回聞いただけで反応があることは少ないです。繰り返し行いましょう。
また,この段階の子供たちは,衝撃音や携帯の着信音,大人が不快感を示すノイズ混じりの音を好むことがあります。
繰り返し一つの音を聴かせるとともに,様々な音を聞く経験を蓄積させましょう。そして,音を提示する際にタブレット端末
は,音の再現性が高く,繰り返し同じ音を聞かせることが出来るため,指導に有効な手立てであると言えます。
5
音の変化への気付き
1,発達の流れ
音の変化への気付きについて,ここでも定義を示します。
【音の変化への気付き】周囲の音に気付き,音への
あれ?音が
変わった?
リン♪→ がおー♪
注意を持続することで,音と音との違いに気付くこと。
例:ベルの音が鳴っていたのが急に動物の鳴き声に変化した場合,その音の違いに反応することができる。
-3-
広島県立福山特別支援学校 自立活動だより
1つ1つの音に対して注意が向くようになってくると,例えば反応の良い音が聞こえてきた時と,ドアの開閉音のように突
然音がした時とでは,違った反応を示したりするようになります。また,子供は人間の声という「音」に高い感受性を持って
おり,聞き慣れた声である保護者や担任の声に対して,静かになって声に注意を向ける等の反応があることが多いです。
そのような反応の良い音を活用して,音の変化へ反応できるように指導していく必要があります。ここで留意しておきた
いこととして,「反応の良い音」への表情の変化等の表出が安定し,「あまり反応のない音」との間に表出に明確な違いが
でることで,音の変化に反応することができるようになるということがあります。例え,「反応がよい音」があったとしても,その
音に対して反応があまり安定しない段階で,音の変化に反応させようと2つの音を交互に聞かせても,指導が成果につな
がりにくいことが多いです。「反応が良い音」や「人の声」に対して安定して反応がでるようになってから,以下の発達を支
援していきましょう。
7
音の変化に反応する。
音への注意の持続について項目です。この段階の子供は,音声刺激の特性(ピッチと
音量)を選択し,反応することもあります。
8
9
予告の声掛けをされて触れら
声を掛けられることなく,突然触れられると緊張や反射が起こることがあるが,声へ
れると緊張しない。
の注意が向いていることにより,過緊張や反射の抑制につながります。
一定のリズムを好む。もしくは
一定のリズムがトントン…と続く音への注意を向けることができるということです。
それを聞くことで落ち着く。
不随意運動等がある場合には「1,2,3,4…」とカウントし,動きを一時的に止めて大人
の声に注意を向けさせます。タッピングはせず,音への注意のみを意識させます。
10
11
身体が動いているときに話し
「動作を止める」という行動は人の声への注意反応が(6)の項目よりも,より持続し,
かけられると動作を止める。
より声に対して注意を選択的に向けることができている状態です。
十数秒程度,音や声掛けを身体
音刺激に対して,一定時間注意を向け続けることができるということです。
の動きを止めて聞く。
上記のよう反応の良い音や声を増やしていき音への注意できる時間を伸ばしていくことで,音を聞くことで落ち着いたり,
身体の運動を止めたりすることができるようになる等,音への注意の発達は進んでいきます。
2,指導について
音の変化に気付くための指導例について具体的に紹介します。
姿勢 仰むけ,横向き,座位等の子供が安楽な姿勢。
環境設定 聞かせたい音以外の刺激がないように環境に配慮した状態。
指導方法の例
① 子どもが安定して反応できる,音の鳴る物を鳴らし,音に注意を向けさせます。
② そこで音に対して注意できる時間の実態把握を行います。音を一定時間聞かせ,途中で表情の変化や不随意運動
等のあるまでの時間を測定します。
③ 例えば 10 秒程度音に注意を向けることができると仮定するとします。その場合には,音を始めて5秒程度で,音と音
の間を置くことなく,全く音の高さ・音色の違う音を続けて提示します。また,音の大きさはできるだけ同じにします。
④ そして子供の音の変化への反応を確かめます。反応が微細である場合はビデオ等を撮り,複数の目で確認して客観
的に評価できるようにします。反応がない場合や微細な場合は,反応の良い音を強化していくことで音と音の変化に
ついての意識を育んだり,継続して繰り返し①~③を繰り返したりします。
上記に説明してきた音への力を育むことは,好きな音楽ができたり,身近なフレーズ(「ご・は・ん」等)に気付いたり,言葉
の意味を理解することにつながります。これらは子供たちの人生を豊かなものにする力です。
【主な参考,引用文献】
・ 「0 歳~5歳児までのコミュニケーションスキルの発達と診断」著:B・バックレイ 監訳:丸野俊一 北大路書房
・ 「コミュニケーションの発達と指導プログラム 発達に遅れを持つ乳幼児のために」著 長崎勤・小野里美帆 日本文化科学社
・ 「ヒトはいかにしてことばを獲得したか」著 正高信男・辻幸夫 大修館書房
・ 「乳幼児の発達 運動・知覚・認知」著 J・ヴォ―クレール 監訳 明和政子 訳鈴木光太郎 新曜社
・ 「発達と脳 コミュニケーション・スキルの獲得過程」編集 岩田誠・河村満 医学書院
・ 「重症心身障害児の認知発達とその援助」著 片桐和雄・小池敏英・北島善夫 北大路書房
-4-