健康心理学・行動変容モデルに基づく保健指導・活動

 2016.6.22
地域口腔保健学:健康心理学・行動変容モデルに基づく保健指導・活動
下関市立大学 横山博司
1.行動医学と健康心理学
(1)行動医学:
「健康と疾病に関する心理・社会科学的、行動科学的及び医学・生物
学的知見と技術を集積統合し、これらの知識と技術を病因の解明と疾病
の予防、診断、治療及びリハビリテ-ションに応用していくことを目的
とする学際的学問」(国際行動医学会憲章(1990))
(2)健康心理学:
「人間の健康(精神、身体、社会)の維持、増進、予防及び疾病を
誘発する危険因子の発見、防除に関わる学問。ストレス、ライフスタイ
ル、生活習慣と疾病、生活習慣病や心と体の関係を含む健康とそれを取
り巻く問題に学際的にアプローチする学問」
2.病気と健康
(1)健康-半健康-疾病
「健康とは、単に疾病がない、虚弱ではないだけでなく、身体的、精神的、社会的
に完全に良好(正常)な状態である」(WHO)
*良好・正常な状態→異常のない状態? 異常の有無による健康の判断
*病気(異常)の概念の意図的創出→生活習慣病(1996 年)←生活習慣・態度
*半健康人(1972 年:厚生白書)
半健康:自覚のない状態-生活習慣病に象徴される慢性疾患は、原因と結果が
直接結びつかない。気づかないうちに症状が進行するのが特徴であるこ
とから、自覚のない状態を半健康と位置づけ。
↓
健康を維持し、増進させるための積極的な施策の推進の必要性
↓
社会レベルで健康水準を高めることの必要性→ヘルスプロモ-ション
(2)生活習慣と疾病
疾病の発症・維持・悪化←遺伝的素因、環境要因、食事・運動の偏り・過不足、
飲酒、喫煙といった生活習慣の歪みが影響
↓(半健康)
生活習慣病:予防、治療、予後管理←生活習慣の是正
生活習慣の歪み←誤学習や動機づけの影響
(3)ヘルスプロモ-ション:「人々が自らの健康とその決定要因(生活習慣、就労環
境、家庭環境)をコントロ-ルし、改善することができるようにするプロセス
1
である」(←学習理論や動機づけ理論の関わり・応用)
推進のためには、社会環境の整備→健康日本 21 地方計画
QOL の向上→豊かな人生←環境調整
自助:本人、家族
共助:地域住民
公助:保健医療・学校等の関係者
~サービスの提供ではなくネットワ-ク化への役割
*健康増進:単に個人の健康状態の向上を目指す努力の意味
(4)健康日本 21 地方計画(健康増進計画)
健康日本 21 2000 年 「21 世紀における国民健康づくり運動」として策定
疾病予防の施策だけでは住民の健康どの上昇は望めない
↓ 健康施策が自治体の最も重要な行政課題との位置づけ ↓ 健康日本 21 地方計画の策定の促進
(5)医療モデルと生活モデル
医療モデル:健康を脅かす疾病への対応を、医療や医療施設を中心に対応する視点
生活モデル:関係性の再構築やコミュニケ-ション能力の再開発など、生活全般に
対する多角的な介入や支援が必要であるという視点
3.行動変容の理論
(1)学習理論
・レスポンデント条件づけによる誤学習(嫌悪・恐怖学習)
①歯の治療→恐怖反応 → ②白衣→恐怖反応
・オペラント条件づけによる学習
①生活行動の構成要素
背景にある心身の状態(動因)→行動のきっかけ(先行刺激)
→行動→環境や心身の状態の変化(結果要因)
②行動の形成と維持のプロセス
強化子:正の強化子→自分にとって望ましい行動は繰り返され易くなる
負の強化子→自分にとって不快な結果が生じる行動は繰り返さ
れにくくなる
③行動変容の具体的方策
動因→行動のきっかけ(先行刺激)→行動→維持要因(強化子)
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a.不適切な行動を減少させる
動因の解消→先行刺激の除去→他の行動の強化→強化子の除去
b.適切な行動を増加させる
動因の高揚→先行刺激の増加→行動の練習→強化子の増加
・確立操作:生活習慣と疾病との関連、生活習慣の形成・維持・変化のメカ
ニズムなどに関する患者教育によって動機づけを高め、不健康な
生活習慣の背景となるストレス等を緩和し、行動変容を起こり易
くする
・随伴性の理解:望ましくない生活行動が、どの様な生活状況で生起し、ど
の程度生じ(頻度、持続時間等)、その後どの様な結果(強化事
象)を得ているか患者を指導
・環境調整:望ましくない生活行動のきっかけや維持要因になっている事象
を生活場面からできるだけ除去し、健康行動の実行を促進するよ
うな手がかりを生活場面に配置
・適切な行動選択と維持:継続可能な現実的目標を立て、いつ、どこで、ど
の様に実行するかを明確にする。実行しやすくするための工夫の
話し合いなどで、行動遂行へのやる気と自信を育成
・強化コントロ-ル:指導者の定期的面接による患者の取り組みへの肯定的
フィ-ドバック、維持・定着のためのアドバイス。遂行量や到達
レベルを患者が自己評価でき、患者が自分自身の健康への取り組
みを肯定的に捉えることができるように援助
・社会的学習理論:代理強化
①注意過程:刺激(モデル)の強さ、観察者の観察力
②保持過程
③運動再生過程
④動機づけ過程
(2)動機づけ理論
①外発的動機づけ:報酬や罰による制御
②内発的動機づけ:行動すること自体が報酬
③マズロ-の欲求階層説:生理的欲求→自己実現
④効力感と無力感:学習性無力感(learned helplessness)
(3)ヘルスプロモ-ションの実施
①行動変容を動機づける時期:自己への気づきの促進・情報提供、
生活の再評価
②健康行動を形成させる時期:行動目標の設定、行動遂行のための具体的計画
の立案
3
③健康行動を安定させる時期:行動遂行へのサポ-ト拡充、環境調整、目標到
達時の報酬の設定
④健康行動を維持させる時期:行動遂行の妨害要因の整理、促進要因の積極的
な意識化
(4)健診からの健康づくり
支援 測定 健康診断
健康診断 健康支援 生活改善
生活チェック (健康行動)
生活改善サポ-ト
(目標設定) → (実践・継続) → (成果確認)
4.疾病と性格(個人差)
(1)ストレス脆弱性:ストレスとライフイベント
(2)タイプ A と心筋梗塞
(3)タイプ C と癌
(4)認知症:神経症傾向と内向性、神経症傾向と社会的ネットワ-ク・余暇活動
5.健康教育の変遷
①1940 年頃:衛生教育→知識の教育を中心に普及 ②1950 年~1960 年:健康に関する知識(Knowledge)の習得を通して、望ましい態度
(Attitude)が形成され好ましい行動(Behavior)(習慣 Practice)に
繋がる。健康教育の基本は知識の伝達という考えが根強く存在
→KAB(KAP)モデル
③1970 年代:知識の伝達だけでは個人の態度変容は不可能→健康行動の動機づけには、
知識よりも信念=ヘルスビリ-フモデル・・・健康教育の主流
④1980 年代:健康教育という用語の一般化
1978 年:アメリカ心理学会;健康心理部会の承認
1986 年:カナダ・オタワ「ヘルスプロモ-ションに関する憲章」
健康教育がヘルスプロモ-ションの中核
プリシ-ド・プロシ-ドモデル
⑤1990 年代:指導型の健康教育から学習援助型の健康教育への転換
エンパワ-メント
6.地方公共団体における保健医療福祉計画の変遷
・1975 年ごろまで:厳密な評価がなされることなく、保健医療サ-ビスを追加
・1975 年~1984 年:国民の健康づくりへの関心の高まり
← 運動不足による体力の低下、エネルギ-の過剰摂取による成人病の増加
・1987 年「第 1 次国民健康づくり対策」
健康診査体制の整備による二次予防の充実
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二次予防;早期の段階での疾病の発見・診断、生活習慣の改善・治療
↓
人の生活習慣が容易に変化しないこと、生活モデルとなっていなかった
市町村保健センタ-の設置等によるマンパワ-確保
・1988 年:「第 2 次国民健康づくり対策(アクティブ 80 ヘルスプラン)」の開始
80 歳になっても社会参加可能を目標 → 健康増進、
一次予防(栄養、運動、休養)に重点
*上記はサービスの量や質を確保することが最優先の課題であった時期
↓
国主導で法令や通知などを根拠に保健医療福祉施策が展開
・1990 年前後から:住民の、地域の、時代のニ-ズを把握(公的サ-ビスの質・量
の見直し)したうえで、優先順位をつけた計画策定が求められ
るようになった ↑
保健医療福祉の水準の確保
住民のニ-ズの多様化
*住民の要求(ディマンド)(「サービス量の増加」「検診無料化」等)として
表出してくることに応える方向で策定された保健医療関連計画
↓ 視点の変化
真の意味で住民が必要としていること(ニ-ズ)(「QOL の向上に繋がる取
り組み」「求められる環境整備」等)を意識した計画策定
7.健康行動モデル
①KAP モデル
②ヘルスビリ-フ・モデル:健康行動の予測モデル・4 つの信念(主観的受け止め)
保健行動の予測モデルの基本
・問題の起こり易さ(罹病性、罹患性)
・問題の重大性
・行動の利益性(効果)
・行動の障害性・負担性
③トランスセオレティカル・モデル:時間の次元を導入、どの時期にあるかによって、
介入方法が異なる
ステ-ジ 定義 変化のための戦略
無関心期 6 ヶ月以内に行動を起こす気がない 気づきを促す
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関心期 6 ヶ月以内に行動を起こす気がある 自分の利益になること
を認識させる
準備期 近い将来(1ヶ月以内)に行動を 障害の明確化と対処方
起 こ す 気 が あ る 法 を 考 え 、 利 益 が手間を上回るこ
とを強調
行動期 行動を変化させて6ヶ月以内にある 自分へのご褒美、自己
効力感を高める
維持期 行動を戻さないようにしている フォロ-して、サポ-
トを続ける
(6ヶ月以上)
④プリシ-ドプロシ-ド・モデル:健康問題の準備・実現・強化因子をおさえながら、
地域社会での自発的な健康増進プログラムの計画作成・実施・評価のために必要
な段階を包括する理論的枠組みを提供、9段階に分かれる
・診断と計画の関わるプリシ-ド
Precede: Predisposing Reinforcing and Enabling Constructs in Educational
/ Environmental Diagnosis and Evaluation
・実施と評価に関わるプロシ-ド
Proceed: Policy, Regulatory and Organizational Constructs in Educational
and Environmental Development
1)プリシ-ド:教育・環境の診断と評価のための前提・強化・実現要因、ニーズア
セスメントの段階
第 1 段階:社会診断;コミュニティの情報活動を通じてニ-ズを知り、何を欲して
いるか確定
第 2 段階:疫学診断;健康問題を明らかにして介入の優先順位を決める
第 3 段階:行動・環境診断;段階 2 で選ばれた健康問題に関わる行動・環境要因を
明らかにする
第 4 段階:教育・組織診断;健康行動の準備・実現・強化要因を明らかにする
第 5 段階:運営・政策診断;介入プログラムの実行へ向けた最終的な戦略や計画を
定める
2)プロシ-ド:教育・環境の開発における政策的・法規的・組織的要因、健康増進
計画の発展段階
第 6 段階:実施;健康増進プログラムの実施
第 7 段階:経過評価;計画通りに実施されているか評価する
Ex. 保健活動の質と量の指標、基盤整備の指標
第 8 段階:影響評価;前提・実現・強化要因や変化の度合いを評価する
Ex. 生活習慣や保健行動の指標、学習の指標、組織・資源・環境
の指標
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第 9 段階:結果評価;最終的なプログラムの効果を評価する
Ex. QOL の指標、健康の指標
⑤イノベ-ション普及理論:社会に普及していない新しいモノ(商品等)やコト(行
動等)がどの様な過程を経て普及していくかを分析、主にビジネス分野で使用さ
れるが、医療分野にも応用可能普及していく順番と割合はだいたい決まっていて
保健行動に関しても同様
1)Innovator(革新者)2-3% 逸脱者、冒険者、変わり者
2) Early Adaptor(初期採用者)10-15%
3) Early Majority(初期多数採用者)30-35%
4) Late Majority(後期多数採用者)30-35%
5) Laggards(採用遅滞者)10-20%
⑥PCM 手法(プロジェクト・サイクル・マネジメント)
:計画・立案・実施・モニタ
リング・評価の段階からなるプロジェクトのサイクルを効果的効率的に運営管理
するための方法
1)分析段階
・参加者分析:想定したプロジェクトに関与すると考えられる関係者や組織をあ
げていく
・問題分析:プロジェクトに関連する現在ある問題点の洗い出し
・目的分析:問題が改善され望ましい状態を描く
・プロジェクトの選択:問題解決のためのアプロ-チを効果や費用等から選択
2)立案段階
・事業計画表の作成:プロジェクト目標、成果等、プロジェクトの重要な要素を
まとめる
・プロジェクト目標:達成することが期待される目標
・上位目標:プロジェクト目標が達成されたあともプロジェクトの成果により
期待される長期的な目標
・成果:プロジェクト目標を達成するために実現すべき項目
・活動:成果を達成するために具体的に行う行動
・外部条件:プロジェクト成功のために必要だが、プロジェクト自体は管理で
きない事象
・活動計画表作成:事業計画表に記載された活動ごとに詳細な実施計画表を作
成する
3)モニタリング評価段階
・プロセス評価、成果評価
・5項目評価:実施効率性、目標達成度、プロジェクトの効果、計画の妥当性、
自立発展性
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