当センターの高次脳機能障害者グループ訓練

当センターの高次脳機能障害者グループ訓練
富山県高次脳機能障害支援センター
野村忠雄、砂原伸行、右近真澄、中林亜沙美、糸川知加子、萩原裕香里
【目的】富山県高次脳機能障害支援センター(富
んどが 20 代、30 代であった。原因疾患として
山県高志リハビリテーション病院)での高次脳
脳挫傷が 9 名、脳出血が 2 名、脳腫瘍 2 名、脳
機能障害者に対するグループ療法の実績を明ら
炎その他が 5 名であった。各個人のグル―プ訓
かにし、その効果と課題について検討する。
練参加回数は7~132 回、平均 39 回で、参加年
数では終了した 15 例に限ると、3 ヶ月~5 年 8
【対象および方法】
ヶ月間、平均 1 年 6 カ月間であった。特に長期
平成 19 年 1 月の高次脳機能障害支援センター
間継続した例を除くと多くは 1 年未満で終了し
の開設に合わせ、グループ訓練を開始した。そ
ていた(表2)。新規での参加者は年平均 6 名で
の頻度は 2 回/月で、1回の訓練時間は 40 分間
あった。過去 6 年間のグループ訓練実施回数は
から 60 分間、参加人数は 3~6 名/回(平均 4 名)
187 回で、参加延べ人数は 735 人であり、年度
であった。スタッフ数は当初は作業療法士 2 名
別の 1 回あたりの平均参加者数は3~5 名であ
であったが、最近は 5 名(OT、心理士、助手)
った(図1)。
で対応している。グループ訓練の期間を特に限
今回、参加終了者の現在の生活状況を調査する
定して行っておらず、就学支援、就労支援と並
とともに、グループ訓練前後で神経心理学的検査
行して行い、各個人のニーズに沿って終了して
がなされている事例については、その検査結果を
きた。グループ訓練の内容については、当初は
前後で比較した。訓練終了から今回の調査までの
注意障害、記憶障害等の高次脳機能障害に対し
期間は 1 カ月~4 年 11 カ月であった。
て、その改善を図る目的で様々な認知リハビリ
用の課題を集団向けに作成し対応していた。そ
の後、障害認識を促す意味でグループ内でのコ
ミュニケーションを重視し、グループで協力し
て課題を行うような設定をとりいれた。そして、
最近では実際に社会に出て必要と思われる行為
や活動について、協力して調べ計画を立案する
などの遂行能力を必要とする課題を設定して対
応している。訓練の内容は参加する人の特性な
ども考慮され設定している。
表 1.参加開始時年齢分布
年代
例数
20 歳~
8名
30 歳~
8名
40 歳~
1名
50 歳~
1名
表 2.参加期間
3 か月~
1名
6 か月~
9名
当センター(富山県高志リハビリテーション病
1 年~
2名
院)で行ったグループ療法に参加した 30 名のう
1 年 6 カ月~
1名
ち、3 ヶ月以上参加した 18 例を検討の対象とし
2 年~
1名
た。対象者 18 名の内訳は、男性が 14 名、女性
2 年 6 カ月~
2名
が 4 名で、参加開始時年齢は 21 歳から 54 歳、
3 年~
2名
平成 19 年 1 月から平成 25 年 1 月までに、
平均 31±8.3 歳であった(表1)。参加者のほと
【結果】
1.参加終了者の生活状況
受傷前では 12 名が一般就労、3 名が学校、3
名が在宅であったが、調査時には一般就労が 7
名(38.9%)、学校・専門学校在校が 4 名、福祉
的就労 2 名、在宅 5 名であった(図 2)。発症前
に在宅であった 3 名のうち 2 名が一般就労にな
った半面、一般就労であった 12 名のうち 3 名が
在宅となっていた。
2.神経心理学的検査結果
グループ訓練前後で検査がなされていた 7 例
図 1.年度別の 1 回あたりの平均参加者数
について検討した。WAIS‐Ⅲの VIQ は、訓練
前後でほとんど変化が見られなかったが、PIQ
では有意に改善がみられた(表 3)。WAIS-Ⅲの
下位項目別では「知覚統合」
「作動記憶」に改善
を認めたが、統計的有意差を得るには至らなか
った(表 4)。WMS では 50 未満を示した事例
を除外した 6 例で検討した。
「一般的記憶」では
明らかな改善を認めたが、「注意集中」「遅延再
生」では改善していたものもあったが、悪化を
認めたものもおり、有意差はなかった(表 5)。
表 3.WAIS-Ⅲの結果
図 2.生活状況
【考察】
高次脳機能障害者に対するグループ訓練の目
訓練前
訓練後
P値
VIQ
87.0±13.7
87.7±16.3
P=0.8714
的について殿村1)は、①障害理解・認識促進、
PIQ
74.3±18.9
84.1±16.6
P=0.0254
②行動障害に対する適応訓練(特に対人関係の
FIQ
77.9±18.6
84.9±17.4
P=0.0997
スキルの障害)、③家族支援を挙げ、その有用性
を述べている。我々は初期の段階では主に認知
表 4.WAIS-Ⅲの下位項目
前
後
P値
機能の改善を図る目的で開催していたが、グル
言語理解
90.3±15.5
95.8±12.7
P=0.3032
ープ訓練を通して障害理解、病態認識を示して
知覚統合
90.2±19.3
99.0±16.1
P=0.1789
くれる事例を経験することで、少しずつグルー
作動記憶
81.2±17.5
89.8±14.9
P=0.1330
プ訓練の目的を変更してきた。しかし、グルー
処理速度
63.5±6.1
69.5±9.8
P=0.2229
プ訓練に対する利用者のニーズには、認知訓練、
コミュニケーション能力を含むソーシャルスキ
表 5.WMS
訓練前
訓練後
P値
一般的記憶
68.5±17.8
82.2±16.1
P=0.004
注意集中
90.3±23.7
99.5±16.4
P=0.290
遅延再生
69.0±18.8
76.5±18.7
P=0.310
ル(職業前訓練)、自己認識などがあり、対象者
が多ければそうした目的によるグループ分けを
することが可能であるが、当センターでは必ず
しも対象者が多くはないため、ニーズに合わせ
てプログラムを変えていかざるを得なかった。
り、自宅や職場などでの言動を直接接すること
は、グループをレベル別に 4 つに分け
が少ない。グループ訓練には、当事者の生の身
て行っており、今後はグループ訓練の重要性を
体的、精神的、社会的特性を支援者側が直接観
当事者にも理解してもらいながら、ニーズ、特
察、評価できる一面もあり、このことが同時に
性に応じた短期間集中型のグループ訓練の設定
進行している生活支援や就労支援を行う際の重
も考慮したいと考えている。
要な情報を得ることにもなっている。今回、約
2)
川原ら
渡邉3)は、グループ訓練の効果のひとつは、
40%の方が一般就労となり、専門学校等へ通学
高次脳機能障害者が社会復帰する際に大きな阻
している人が約 20%おり、こうした社会参加に
害要因となる病識の低下が改善することにある
向けての基礎的能力の向上や支援プログラム作
と述べ、自らが「気付く(awareness)」という視
成においても、グループ訓練が一定の効果があ
点が重要としている。一般就労のみならず福祉
ったものと考えている
的就労においても病識の低下、自己認識の低さ
が、職場のトラブルや離職の最も大きな原因に
4)
【むすび】
なっていると考えられる 。しかし、グループ
我々が行ってきたグループ訓練の概要と参加
訓練が、障害理解や認知機能、ソーシャルスキ
者の現況について述べた。現在の医療保険下で
ルにどの程度効果があったのかの評価は客観的
のリハビリテーションでは個別訓練が主体であ
な評価方法が少ないため、極めてむつかしい問
るが、高次脳機能障害においてはグループ訓練
題である。障害の自己認 識評価尺度として
が極めて重要なアプローチであり、今後制度的
PCRS(Patient Compentency Rating Scale)、情
な整備が望まれる。
動の安定度を診る尺度として POMS(Profile of
Mood States)、適応面の向上や動機づけを評価
【文献】
する方法として PIL テスト(the Purpose In Life
1) 殿村 暁:行動障害者の適応のための通院
Test)、その他 FIM(Functional Independence
グループ訓練.高次脳機能障害のグループ
measure) 、 FAM(Functional
訓練(中島恵子編)、三輪書店、
Assessment
Measure)などが報告されている。今回のグルー
2009,pp55-72.
プ訓練前後において、WAIS‐Ⅲの PIQ とでは
2) 川原 薫ほか:高次脳機能障害者に対する
有意に改善がみられ、WMS の「一般的記憶」
グループ訓練の効果.作業療法
では明らかな改善を認めたが、これを単純に効
24(suppl):299-299,2005.
果とは言い切れないが、我々のグループ訓練で
3) 渡邉 修:病院で行う高次脳機能障害リハ
は様々な認知面へのアプローチを取り入れてき
ビリテーション.臨床リハ 21. 1060-1068,
たこともあり、一定の効果が見られたと考えて
2012.
いる。今後は病態認識や情動の安定度などの評
4) 野村忠雄ほか:富山県高次脳機能障害支援
価を追加することにより、自己認識の向上と認
センターにおける就労支援の成果と課題.
知機能の改善についてもより詳細に検討してい
高次脳機能障害者の地域生活支援の推進
きたい。
に関する研究 平成 23 年度総括・分担研
高次脳機能障害者の支援者は、当事者の病院
やセンター内での言動や各種検査で評価してお
究報告書.142-147、2012