小胞型ヌクレオチドトランスポーターの同定から創薬展開へ

要
旨
プリン作動性化学伝達は、分泌小胞にATPを濃縮しシナプス間隙に開口放出する
ことで、後シナプス側にシグナルを伝達する。プリン受容体は複数報告されてお
り、痛みや味覚
等の感覚受容、
学習・記憶等の
高次精神活動、
血糖や血圧等の
代謝調節、血液
凝固や炎症応答
等といった多彩
な生理機能を制
御する。しかし、
これまでに得られた結果は、全て受容体とそれ以後のシグナル伝達カスケードの
研究成果に基づくものであり、ATPの小胞内充填とその放出機構はほとんどわかっ
ていなかった。
こうした状況下、我々は真核生物のトランスポーターを機能解析できる普遍的
な方法を開発した。すなわち、任意のトランスポーターを大腸菌、あるいは、昆
虫細胞に大量発現させ、膜画分を可溶化・精製し、リポソームに組み込むことで
その輸送機能を測定するというものである(クリーンバイオケミカル手法)。こ
の方法を用いて、SLC17 トランスポーター群に属する有機アニオントランスポー
ター群から、ATP を分泌小胞に充填する小胞型ヌクレオチドトランスポーター
(Vesicular nucleotide transporter, VNUT)を同定した。VNUT の発見により、ATP
出力機構を解析するための強力かつ有効な研究ツールを得た。このトランスポー
ターの輸送特性を調べると、膜電位差を駆動力として、二価金属カチオンとヌク
レオチドのキレート体を輸送すること、塩素イオンにより輸送がアロステリック
に活性化され、その活性化をケトン体が可逆的に阻害するという代謝スイッチ機
構があることを見いだした。
次に、VNUT ノックアウトマウスを作製し、VNUT の生理的意義を解析した。
このマウスでは、ATP の小胞内充填とその放出がなくなり、プリン作動性化学伝
達が停止した。その結果、その他の伝達物質やホルモンの分泌調節能が著しく変
化していた。表現型を詳細に調べると、外見上の変化はないにも関わらず、例え
ば、高血糖やインスリン感受性が改善していた。これらは生活習慣病の要因にな
っていることから、VNUT の特異的阻害剤が生活習慣病の治療薬になることが示
唆された。
この阻害剤をクリーンバイオケミカル手法により探索したところ、50%阻害濃
度が 15 nM という極めて低濃度で VNUT を特異的、かつ、可逆的に阻害する薬
剤を発見した。興味深いことに、この薬剤は VNUT の塩素イオンによる活性化に
影響を与えることで阻害する、いわゆるアロステリック薬剤であった。この薬剤
は細胞・組織レベルでも有効であり、マウスに投与すると、低濃度でノックアウ
トマウスと同じ効果を得ることができた。これまでに、慢性疼痛や炎症、高血糖
が改善することを明らかにしており、この薬剤はプリン作動性化学伝達が関与す
る様々な疾患に有効であると考えられる。この治療効果が既存医薬品よりも強力
であったことは特筆すべき点である。この薬剤はすでに異なる疾患で医薬品とし
て承認されているため、ヒトに対する安全性が実証され、薬物動態もわかってい
る。既存医薬品の中から、新しい薬効を見いだす手法はドラッグリポジショニン
グと呼ばれ、新薬の開発期間の短縮、研究開発コストを低減等が期待されている。
我々は有効なトランスポーター創薬の研究プラットフォームを構築すること
で、トランスポーターの同定から八年余でドラッグリポジショニングによるトラ
ンスポーター創薬の可能性を見いだすことができた。本講演において、VNUT 発
見の経緯から、生理学的・病理的な役割とその創薬展開について概説したい。
参考文献
1. Omote H, Miyaji T, Hiasa M, Juge N, Moriyama Y. Structure, function, and drug interaction
of neurotransmitter transporters in the post-genome era. Annu Rev Pharmacol Toxicol.
2016, 56: 385-402.
2. Sakamoto S, Miyaji T, Hiasa M, Ichikawa R, Iwatsuki K, Shibata A, Uneyama H,
Takayanagi R, Yamamoto A, Omote H, Nomura M, Moriyama Y. Impairment of vesicular
ATP release affects glucose metabolism and increases insulin sensitivity. Sci Rep. 2014, 4:
6689.
3. Miyaji T, Sawada K, Omote H, Moriyama Y. Divalent cation transport by vesicular
nucleotide transporter. J Biol Chem. 2011, 286: 42881-42887.
4. Juge N, Gray JA, Omote H, Miyaji T, Inoue T, Hara C, Uneyama H, Edwards RH, Nicoll RA,
Moriyama Y. Metabolic control of vesicular glutamate transport and release. Neuron 2010,
68: 99-112.
5. Sawada K, Echigo N, Juge N, Miyaji T, Otsuka M, Omote H, Yamamoto A, Moriyama Y.
Identification of a vesicular nucleotide transporter. Proc Natl Acad Sci USA. 2008, 105:
5683-5686.
[Memo]