平成29年度税制改正要望 一般社団法人 長野法人会 はじめに 戦後、「租税の民主化」により、昭和22年にそれまで行われていた所得調査委員会や市 町村に徴収を委託する委託徴収制度(賦課課税制度)が廃止され、法人税についても納税 者自らが税法の規定に基づき税額を計算し、申告納税する「申告納税制度」に移行した( 法人税については決算確定後、政府による査定があった)。委託徴収制度には「所得調査 員会を経た決定方法は、地域のボスなどの介入を許し、税務行政を腐敗させる」という問 題点があり、自主申告制度への移行にはこうしたことを防ぐ目的もあった。しかし、当時 の社会経済状態からも経営者が難解な税法を理解して自主申告できるか危惧されていた。 このような中、法人会は、自主申告制度の定着には納税者自身が団体を結成し、帳簿の 整備、税知識の普及を図るために企業間から自発的に誕生した団体である。以来法人会は、 会員向けの税や経営に関する研修や会員相互の自己研鑽を重ね、税のオピニオンリ ーダーとして会員企業の声を立法府等にアピールするとともに、税の啓発や租税教育を積 極的に進める全国的な組織に発展してきた。 この要望書は、これらのことを踏まえ、「公平で健全な税制の実現」と「申告納税制度の維 持発展」に寄与することを願って作成した。 平成28年 6月 2日 一般社団法人長野法人会 会長 山 法人会の理念 法人会は税のオピニオンリーダーとして 企業の発展を支援し 地域の振興に寄与し 国と社会の繁栄に貢献する 経営者の団体である 浦 愛 幸 □税制改正の必要性 日本経済は現政権による経済政策「アベノミクス」が一定の効果をあげ、緩やかな回復 基調を見せている。しかしその一方で、円安・株高は電気料金や原材料のコストアップも もたらし、とりわけ地方の中小企業は未だ景気回復の波に乗り切れていないのが実情であ る。 こうした中発表された平成28年度税制改正では、経済の「好循環」を確実なものとす る観点から成長志向の法人税改革が掲げられ、企業が収益力を高め、国内投資や賃上げに 積極的に取り組むよう促す内容となっている。そのほか、少子化対策・教育再生や地方創 生の推進、グローバルなビジネスモデルに適合した国際課税ルールの再構築が盛り込まれ、 日本が直面する最重要課題への対応として一定の評価はできる。しかし、国と地方をあわ せた長期債務残高は1,062兆円※を超え、依然急速な少子高齢化・人口減少、財政の 早期健全化、格差拡大等様々な課題が山積しており「社会保障と税の一体改革」の一層強 力な推進が不可欠である。 政府には、議員定数削減をはじめとする徹底した歳出削減や公務員制度改革等身を切る 抜本的な改革をやり切るリーダーシップを期待するところであるが、税制とはその国のそ の時代・社会状況を映し出すものであり、日本が今後発展していくためにも当会は税制面 から改正を要望し続けていくことが必要と考える。 ※財務省「日本の財務関係資料」より □税制改正要望における考え方と方向性 法人会は「公平で健全な税制の実現」を目指しているが、公平とは応益・応能のバラン スのとれたものでなければならない。また、健全とは申告納税制度の趣旨に鑑みても納税 者が理解し納得できる税制であることが大前提である。その上で、中小企業が会員の大多 数を占める法人会にあっては、地域経済を支える中小企業の成長に資する税制こそが大 事と考える。 消費税においては増大する社会保障費、日本の国債の評価、2020年プライマリーバ ランス黒字化の不達成など問題解決のためには税率引き上げは不可欠ではあるが、先ずは 3党合意に基づいた改革の実行が大前提である。また引き上げにおいても10%までは軽 減税率の導入に今なお反対である。 地方税については地方税収の安定化・偏在性の是正に向け、地方法人税における整理簡 素化・負担減少が必要と考える。 要望における考え方と方向性 法人税制 ――― 中小企業の成長を喚起・後押しする税制 ・実効税率の更なる引き下げ ・シンプルでわかりやすい税制の確立 ・企業の自由な経営判断を後押しする制度設計 消費税制 ――― 税率引き上げの理由を再認識した執行 ・軽減税率に関する深い議論 地方税制 ――― 税収の安定化・偏在性の是正・簡素化 ・景気変動に影響されない安定財源の確立 ・法人への安易な課税に反対 その他 ―――― 時代に適した税制の確立 ― 要 望 事 項 ― □法人税制 平成28年度税制改正の柱は法人税改革である。法人実効税率が引き下げられ、20% 台への引き下げが前倒しされたことは大いに評価できる。ただし、今回の引き下げに伴い 欠損金の繰越控除制度等の見直しが行われたが、税率引き下げによる税収減の穴埋めを目 的とした課税ベースの拡大は許されるべきでなく、税負担の公平性を目的とした課税を検 討すべきと考える。 また、企業の成長を後押しするためにも、法人の自由な制度設計を認めるシンプルな税 制を求める。 1.法人税実効税率の引き下げ 今日のようなグローバル社会において、高い法人税率は資本や生産拠点の海外移転を招 くことになり、高い法人税率の負担は労働者に転嫁されてしまう。国税だけでなく、地 方税を含めた全体的な負担軽減・税制の簡素化が必要と考える。 1)さらなる法人実効税率の軽減 平成28年度税制改正により実効税率20%台への引き下げ前倒しがなされたが、 地方税を含む全体での税負担軽減をさらに進めるべきである。 2)中小企業の軽減税率の15%本則化と適用所得金額の引き上げ 中小法人に適用される軽減税率の特例15%を時限措置ではなく、本則化すること および昭和56年以来、800万円以下に据え置かれている軽減税率の適用所得金 額を、少なくとも1,600万円程度に引き上げることを要望する。 2.欠損金の繰越控除の拡大と期間延長 欠損金の繰戻還付制度および繰越控除制度は「法人の事業年度は、損益を算定するため の人為的な期間であるので、企業の長期的な成果を計るためには、ある年度に生じた欠 損金は、その前後の事業年度の利益と通算するべきである」との考えに立脚している。 また、相殺すべき所得の有無による不公平是正も目的となっている。従って、法人の規 模に関係なく全額控除可能とすることおよび期間を欧米並みの20年に延長することを 要望する。 3.役員の定期同額給与制度の廃止 現行の定期同額給与制度では、法人の役員報酬(役員給与)について一定の要件をクリ アすることで全額損金算入が認められているが、税務署が不当に過大と判断した場合に はその部分が損金不算入となることもある。しかし、そもそも給与額の算定は各企業の 経営判断に委ねられるべきであり、また、定期同額が否かにかかわらず原則的に損金算 入を認めるべきであるため、同制度の廃止を要望する。 4.賞与引当金の損金算入制度の復活 賞与引当金の損金算入制度は平成10年に全廃されているが、会計上では所謂負債性引 当金の計上が示されている。にもかかわらず税制上での算入を認めないのは課税ベース 拡大を目的とする政策的な意図があるとの誤解を招くおそれもある。会計と税制の整合 性を図ることは手続きの煩雑化を防ぎ、企業経営に資するものであるため、同制度の復 活を要望する。 □消費税制 現在の社会保障制度は「中福祉」「低負担」なアンバランスな構造であり、この是正が財 政再建の中心と言える。可能な限り「給付」を抑え、適正な「負担」を求める時代に即し た制度設計がなされなければ消費税などいくら増税しても到底まかなえるものではないこ とは言うまでもない。消費税の10%への引き上げが2017年4月に予定されているが、 10%への引き上げにはそもそもの三党合意でなされた議員定数・歳費削減や公務員総人 件費削減、そして抜本的な行政改革など自ら身を切る改革を反故にすることなく実施した うえでなければならない。 1.軽減税率の導入について 政府与党において、消費税率を10%引き上げる際に軽減税率を導入することとされて いるが、会員の大多数を中小企業が占める当会としては、(1)複数税率の導入は逆進性 対策としては非効率である一方、大幅な税収減を招き、社会保障制度の持続可能性を損 なうことが明白であること(2)対象範囲に明確な基準を設定することは困難であり、 不要な混乱を与える。また、軽減税率の対象範囲が時々の判断で変更される恐れがあり、 税率区分が変更される都度に経済活動が混乱すること、これらを理由に軽減税率導入に はさらなる議論が必要と考える。 2.消費税制度そのものの見直し 1)免税点制度の廃止 免税点制度は小規模な事業者の事務負担や税務執行コストへの配慮から設けられて いる特例措置であるが、益税等の問題点が指摘されている。公平・公正な課税を目 指す法人会としては問題を抱える免税点制度の廃止を要望する。 2)簡易課税制度の廃止 正確な税額控除のためには、みなし仕入れ率を適切に設定することが必要だが、そ れでは「簡易」ではなくなる。しかし、現状のままでは不当な還付金が発生する場 合があり公正とは言えない。従って簡易課税制度の廃止を要望する。 3)非課税制度の廃止 非課税取引とされる医療や介護、住宅の貸付等では消費税が課税されないので、仕 入れに関しても消費税を控除することができず、事業者が負担している。仮に軽減 税率が導入されるのであれば「社会政策的観点から消費税負担を軽減する」という 目的にもかない、控除も可能となり公平性が保たれるため、非課税制度を廃止し、 こうした取引は税率0(ゼロ)とすべきと提案する。 □地方税制 地方税に関しては安定的で偏在性がなく、地方分権を進める上でも「自主・自立」でき る税制が望まれるところである。地方法人課税は、税目やその課税ベースが多様である上 に申告書類も多く、計算が煩雑であり、地域により税率が異なるなど公平性を欠くもので あるため、抜本的な簡素化が不可欠である。簡素化には申告書類の削減、電子申告の徹底、 税率・フォーマットの統一に加え、納税番号制度の一層の活用を進めるべきと考える。 また、諸外国に比べ、地方税収において地方法人課税の比率がきわめて大きいことも問 題であり、行政サービスの応益負担を考える場合、個人住民税や地方消費税の在り方につ いても検討をすべきと考える。 1.法人住民税/事業税の縮小 課税目的が地方財政の安定であるならば、法人住民税や事業税に頼るのではなく、地方 消費税や個人の住民税の課税によるべきである。また企業の所得を課税標準とする点に おいても国税の法人税と地方の法人事業税が重複的な課税であり、簡素化の側面からも 法人税と統一にすべきであると要望する。 2.事業所税の廃止 政令指定都市や人口30万人以上の一定の市では、都市環境の整備等に充てるため、目 的税として事業所税が課税されており、近年では、市町村合併による人口の増加に基因 して、課税治自体が増加する傾向にある。しかしこれは、例えば同じ事業所面積でも、 長野市なら課税され、須坂市では課税されないことになり、課税の公平性に欠ける。そ の他にも事業税や法人住民税の均等割とも競合的である。これらの理由により事業所税 の廃止を要望する。 3.法人市町村民税の超過課税に反対 法人市町村民税の税率は地方税法において標準税率とこれを超える制限税率が定められ ており、法律上は標準税率を超える制限税率までの課税が可能である。これは地方自治 体の自主性や財政状況を考慮してのことと思われるが、自治体間で税率に差が生じるこ とは著しく公平性に欠けるため反対である。選挙権を持たない法人への安易な課税は住 民への説明責任を果たしていないと言わざるを得ない。やむを得ず標準税率を超える税 率での課税を行う場合は、先ずは自治体において徹底的な歳出削減を行い、なお不足分 を超過課税により補填する必要がある場合のみ、その状況について事前に説明し、理解 を得ることが大前提と考える。 4.「外形標準課税」強化に反対 平成28年度税制改正の法人税引き下げに伴う財源確保として税率の引き上げが行われ たが、外形標準課税は「賃金への課税」が中心であるため、利益拡大のため多くの労働 者を雇用すると税負担が増える。また、景気が悪く所得が少ないときでも課税されるた め固定費が増加する。応益課税の面だけでなく、応能面(担税力)からも慎重に考慮す る必要があり、欠損法人が多い中小企業への適用拡大は反対する。 □その他 1.印紙税の廃止 印紙税には消費税との二重課税であることや文書が発行されないインターネット上での 取引になると印紙税はかからないこと、担税力がないにもかかわらず、過怠税が法人税 や所得税の重加算税より重い3倍であることなど様々な問題があり、公平性を欠くもの と言わざるを得ず、時代に即していないため廃止を要望する。
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