2016 年 5 月 18 日 藪友良 F 検定 1. 複 数 の 仮 説 の 同 時 検 定 これまで個々のパラメータについて、別々に仮説検定することを考えてきま した。しかし、実証分析では、複数のパラメータを同時に仮説検定する必要も あるかもしれません。 ここでは複数のパラメータについて、どのように仮説検定をすれば良いかを 考えましょう。説明変数が K 個あるとします。 Y = α + β 1 X 1 + ... + β K − q X K − q + β K − q +1 X K − q +1 + ... + β K X K + u (1) 説 明 変 数 を 2 つ の グ ル ー プ に 別 け て い ま す 。ま ず 、最 初 の K-q 個 の 説 明 変 数( X 1 , X 2 , …, X K - q )、 そ し て 最 後 の q 個 の 説 明 変 数 ( X K - q + 1 , X K - q + 2 , …, X K ) で す 。 こ こ で 、最 後 の q 個 の 説 明 変 数 が Y の 動 き を 説 明 す る う え で 説 明 力 を 持 っ て い る か に関心がある、とします。 このとき、帰無仮説と対立仮説は、それぞれ H 0 : β K - q + 1 =…=β K =0 H 1 : β K - q + 1 ≠ 0 or … or β K ≠ 0 と し ま す 。 H 0 は q 個 の 説 明 変 数 の 係 数 が 全 て 0、 H 1 は 係 数 の う ち 少 な く と も 1 つ は 0 で は な い 、 と し ま す 。 q=K の 場 合 、 H 0 は 全 て の 係 数 が 0 と な り ま す 。 説明を簡単にするため、q 個の説明変数を最後に配置しました。しかし、実 際の分析では、関心のある q 個の説明変数は最後である必要はありませんし、 一緒に並んで配置する必要もありません。また、定数項に仮説検定をしていま せんが、定数項が 0 であることを帰無仮説に加えることも可能です。 2. 同 時 検 定 は な ぜ 必 要 な の か ? 複数の仮説を個別に t 検定するのではなく、なぜ同時検定する必要があるの でしょうか。ここでは別々に t 検定すると有意水準を適切にコントロールでき ないことを説明します。 説明変数が 2 個のケースを考えましょう。 Y = α + β1 X 1 + β 2 X 2 + u 1 仮 説 は H 0 : β 1 =β 2 =0、H 1 : β 1 ≠ 0 or β 2 ≠ 0 と し ま す 。個 別 の t 検 定 と し て 、H 0 : β 1 =0 に 対 応 す る も の を t 1 、H 0 : β 2 =0 に 対 応 す る も の を t 2 と し ま す 。有 意 水 準 を 5%と す る と 、 t 統 計 量 が 臨 界 値 t0.05 を 超 え た と き 、 帰 無 仮 説 が 棄 却 さ れ ま す 。 H0: β 1 =β 2 =0 を 検 定 す る 場 合 、|t 1 |> t 0 . 0 5 と |t 2 |> t 0 . 0 5 の 両 方 も し く は 片 方 が 成 立 し て い れ ば 、 H 0 : β 1 =β 2 =0 を 棄 却 し た と し ま し ょ う 。 厳 密 に は 、 |t 1 |> t 0 . 0 5 と な る 場 合 を 事 象 A、|t 2 |> t 0 . 0 5 と な る 場 合 を 事 象 B と す る と 、A⋃B な ら H 0 : β 1 =β 2 =0 が 棄 却 さ れます。 で は 、帰 無 仮 説 が 正 し い と き 、A⋃B が 生 じ る( つ ま り 、帰 無 仮 説 を 誤 っ て 棄 却 す る ) 確 率 は 何 %で し ょ う か 。 4 章 で 学 習 し た 加 法 定 理 か ら 、 P{A⋃B}= P{A}+ P{B}− P{A⋂B} と な り ま す 。 個 別 の t 検 定 の 有 意 水 準 は 5%と し ま し た か ら 、 P{A}=P{B}=0.05 で す 。 こ こ で P{A⋂B}の 値 は 、 t 1 と t 2 の 相 関 関 係 に 依 存 し て 変 わ り ま す 。 も し t 1 と t 2 が 独 立 な ら 、 P{A⋂B}=P{A}P{B} =0.05×0.05=0.0025 と な り ま す 。 し た が っ て 、 P{A⋃B}=0.05+0.05− 0.0025=0.0975 で す 。 有 意 水 準 5%の t 検 定 を 別 々 に 行 う と 、約 10%の 確 率 で 帰 無 仮 説 を 棄 却 し て し ま う の で す 。も し t 1 と t 2 の 相 関 が 強 い な ら 、 P{A⋂B} は 5%に 近 い 値 と な り ま す 。 し か し な が ら 、 P{A⋃B}の 値 は分析しているデータに応じて変わりますし、その値は分かりません。したが って、個別の t 検定を使っても、研究者が有意水準を正確に選択し検定を行う ことができないのです。 3. F 検 定 の 手 順 前節では、個別に t 検定して複数のパラメータにわたる仮説検定を行うと、 有意水準がコントロールできないことを示しました。ここでは、複数の仮説を 同時検定するため、新たに F 検定を紹介します。F 検定は以下の手順で行いま す。 1) H 1 が 正 し い と 考 え て (1)式 を 推 定 し て 、 残 差 2 乗 和 を 計 算 し ま す 。 決 定 係 数 の 定 義 R12 = 1 − 和は uˆ 2 1,i uˆ / (Y 2 1,i i uˆ 2 1,i と 決 定 係 数 R12 − Y )2 か ら 、 残 差 2 乗 = (1 − R12 ) (Yi − Y ) 2 と も 書 け ま す 。 2) H 0 が 正 し い と 考 え て 以 下 の (2)式 ( q 個 の 説 明 変 数 を 除 く ) 2 Y = α + β 1 X 1 + ... + β K − q X K − q + u を 推 定 し 、残 差 2 乗 和 uˆ 2 0 ,i uˆ 2 0 ,i (2) と 決 定 係 数 R 0 2 を 計 算 し ま す 。残 差 2 乗 和 は = (1 − R02 ) (Yi − Y ) 2 と な り ま す 。 3) こ の と き 、 F 統 計 量 は (3)式 で 与 え ら れ ま す 。 F = ( uˆ 02,i − uˆ12,i ) / q uˆ 2 1,i (3) /( n − K − 1) F 統 計 量 は 自 由 度 q、 n− K− 1 の F 分 布 に 従 い ま す 。 有 意 水 準 を α と す る と 、F が F q , n - K - 1 , α よ り も 大 き な 値 で あ れ ば 、H 0 を 棄 却 し て H 1 を 採 択 し ま す 。 F の分母は 2 乗和なので正となります。このため、F の符号条件は分子で決 ま り ま す 。 そ し て 、 (1)式 は (2)式 よ り 多 く の 説 明 変 数 が 含 ま れ て い ま す か ら 、 Y の 動 き を よ り 良 く 説 明 で き 、残 差 2 乗 和 も 小 さ く な る は ず で す( uˆ 2 1,i ≤ uˆ 02,i )。 したがって、どちらの仮説が正しくても分子は必ず 0 以上となるはずです。 当然ですが、分子が大きな正の値になるか、小さな正の値になるかは、どち ら の 仮 説 が 正 し い か に 依 存 し ま す 。も し H 0 が 正 し い な ら( q 個 の 説 明 変 数( X K - q + 1 , X K - q + 2 , …, X K )が Y の 動 き を 説 明 す る う え で 意 味 が な い )、(2)式 で も 当 て は ま り は良いはずであり、分子 uˆ 2 0 ,i − uˆ12,i は 0 に 近 い 値 と な る は ず で す 。 逆 に 、 H 1 が 正 し い な ら ( q 個 の 説 明 変 数 が Y の 動 き を 説 明 す る う え で 重 要 と な る )、 (2) 式では当てはまりが悪くなり、分子 uˆ 2 0 ,i − uˆ12,i は 大 き な 正 の 値 と な り ま す 。 図 1 : F∼ F(q,n-k-1) α 0 Fm,n,α Fq,n-k-1,α 棄却域 以上をまとめると、 uˆ が 正 し い な ら uˆ H0 が 正 し い な ら 2 0 ,i H1 2 0 ,i − uˆ12,i は 小 さ な 値 を と る − uˆ12,i は 大 き な 値 を と る よ っ て 、 F 統 計 量 が 十 分 に 大 き な 値 で あ れ ば 、 H0 を 棄 却 し て H1 を 採 択 す る の 3 が自然です。 厳 密 に は 、有 意 水 準 を α と し て 、F 値 が F q , n - K - 1 , α よ り 大 き な 値 な ら H 0 を 棄 却 し ま す ( 図 1 参 照 )。 つ ま り 、 H 0 が 正 し い と き 、 H 0 を 誤 っ て 棄 却 す る 確 率 は α し か あ り ま せ ん か ら 、 も し F 値 が Fq,n-K-1,α よ り 大 き な 値 で あ れ ば 、 偶 然 で は な く H1 が 正 し か っ た と 考 え ま す 。 4. F 統 計 量 の 別 表 現 F 統 計 量 は 、 q 個 の 説 明 変 数( X K - q + 1 , X K - q + 2 , …, X K ) が Y の 動 き を 説 明 す る う え で 重 要 で あ れ ば 、 帰 無 仮 説 ( X K - q + 1 , X K - q + 2 , …, X K は 意 味 が な い ) を 棄 却 し ま す。逆に、Y の動きを説明するうえで役に立たないなら、帰無仮説は採択され てしまいます。したがって、もし q 個の説明変数が決定係数を大きく改善して いたら、F 値の値は大きくなるはずです。こうした直観は正しく、実は、F 統 計量は決定係数を使っても表現できます。以下では、F 統計量の別表現を紹介 します。 残差 2 乗和は uˆ 2 0, i = (1 − R02 ) (Yi − Y ) 2 、 uˆ12,i = (1 − R12 )(Yi − Y )2 と 書 け ま し た 。 両 式 を (3)式 に 代 入 す る こ と で 、 F 統 計 量 は F= = [(1 − R 02 ) (Yi − Y ) 2 − (1 − R12 ) (Yi − Y ) 2 ] / q [(1 − R12 ) (Yi − Y ) 2 ] /( n − k − 1) ( R12 − R02 ) / q (1 − R12 ) /( n − k − 1) (4) と 表 記 で き ま す 。H 1 が 正 し い な ら 、q 個 の 説 明 変 数 を 含 ん だ (1)式 は 当 て は ま り 2 2 2 が 良 く 、 決 定 係 数 R1 は 大 き な 値 を 取 り 、 ゆ え に 分 子 R1 − R0 も 大 き な 値 を 取 り ま す 。 H0 が 正 し い な ら 、 q 個 の 説 明 変 数 を 入 れ て も 、 こ れ ら を 除 い て も フ ィ ッ 2 2 ト は 変 わ り ま せ ん か ら 、 分 子 R1 − R0 は 小 さ な 値 を 取 り ま す 。 例 1( 通 常 表 示 さ れ る F 値 と は ? ) 統計ソフト(エクセルなど)で回帰分析 をすると、デフォルトとして F 値が表示されます。これは仮説を H 0 : β 1 =…=β K =0 H 1 : β 1 ≠ 0 or…or β K ≠ 0 4 と し て F 統 計 量 を 計 算 し た も の で す( q=K の 場 合 )。つ ま り 、帰 無 仮 説 H 0 は 全 て の 説 明 変 数 の 係 数 が 0 で あ る 、対 立 仮 説 は 少 な く と も 1 つ の 係 数 は 0 で は な い 、と な り ま す 。H 0 が 採 択 さ れ た ら 説 明 変 数 が ど れ も 意 味 が な く 、H 0 が 棄 却 さ れたらどれかが意味があるのです。 H 0 が 正 し い な ら 、モ デ ル は Y i =α+u i と な り ま す 。練 習 問 題 2.12(2)で 見 た よ う に 、 α の 最 小 2 乗 推 定 量 は Y と な り ま す ( つ ま り 、 αˆ = Y )。 よ っ て 、 残 差 2 乗 和 は 、Y の 偏 差 2 乗 和 uˆ 2 0 ,i = (Y − Y ) で す 。ま た 、 uˆ12,i = (1− R12 )(Yi −Y ) 2 2 i か ら 、 (3)式 よ り 、 ( (Y i − Y ) − (1 − R 12 ) (Y i − Y ) 2 ) / q 2 F = = (1 − R 12 ) (Y i − Y ) 2 /( n − k − 1) R 12 / q (1 − R 12 ) /( n − k − 1) 2 と な り ま す 。決 定 係 数 R1 が 大 き く な る と 、F 値 も 大 き く な る こ と が 分 か り ま す 。 2 2 つ ま り 、(1)式 を 推 定 し 、決 定 係 数 R1 が 高 け れ ば H 0 を 棄 却 で き ま す 。決 定 係 数 R1 が高ければ説明変数が有効なわけですから、説明変数は意味がないという仮説 を 棄 却 で き る の で す 。 厳 密 に は 、 q=K か ら F∼ F(K, n-K-1)と な り 、 有 意 水 準 α の と き 、 F が FK,n-K-1,α よ り 大 き な 値 な ら H0 を 棄 却 し ま す 。 こうした仮説検定は、説明変数が非常に多いときに重要となります。たとえ ば 、説 明 変 数 が 20 個 も あ れ ば 、そ の う ち 数 個 は 偶 然 、帰 無 仮 説 が 誤 っ て 棄 却 さ れ る か も し れ ま せ ん 。 説 明 変 数 が 200 個 も あ れ ば な お さ ら で す 。 し か し 、 F 検 定によって、全ての係数が同時に 0 であるかを調べれば、誤って仮説を棄却す る可能性は有意水準に等しくなります。これが全ての係数が同時に 0 であるか を検証する理由となります。 5. 構 造 変 化 の 検 定 時系列データを扱っていると、パラメータに生じる構造変化を捉えることが 重要となります。たとえば、オイルショックやバブル崩壊により、突然、経済 構造が変化したりします。このとき経済構造の変化を的確に捉えないと、その 推定に歪みが生じるのです。 分 析 者 は TB 期 に 構 造 変 化 が 生 じ た か ど う か に 関 心 が あ り ま す 。 こ の た め 、 5 標 本 期 間 を TB 期 で 2 つ に 分 割 し ま す 。 Yt = α (1) + β 1(1) X 1,t + ... + β K(1) X K ,t + u 期 間 : t=1,…,T B Yt = α ( 2 ) + β 1( 2 ) X 1,t + ... + β K( 2 ) X K ,t + u 期 間 : t=T B +1,…,T (5) 標 本 期 間 の 前 半 が 1∼ T B で 、後 半 が T B +1∼ T と な り ま す 。パ ラ メ ー タ の 右 上 添 え字は、構造変化が生じた前後でパラメータが異なる可能性を明示するために 数字を入れています。 ここでの仮説は、 H0: α (1) = α ( 2 ) , β 1(1) = β 1( 2 ) ,…, β K(1) = β K( 2 ) H1: α (1) ≠ α ( 2) or β 1(1) ≠ β1( 2) or … or β K(1) ≠ β K( 2) と な り ま す 。 帰 無 仮 説 H0 は 構 造 変 化 が な い 、 対 立 仮 説 H1 は 構 造 変 化 が あ る 、 です。 構造変化の検定を行うため、ダミー変数を定義します。 0 t ≤ T B Dt = 1 t > T B D t は 、 t が 標 本 期 間 の 前 半 な ら 0、 後 半 な ら 1 と な る 変 数 で す 。 ダミー変数を用いることで、先の 2 本の式を Yt = α (1) + β 1(1) X 1,t + ... + β K(1) X K ,t + θ 0 D t + θ 1 D t X 1,t + ... + θ K D t X K ,t + u t と ま と め ら れ ま す 。 た だ し 、 θ 0 =α ( 2 ) -α ( 1 ) 、 θ 1 =β 1 ( 2 ) -β 1 (1) (6) 、 …、 θ K =β K ( 2 ) -β K ( 1 ) と な り ま す 。 説 明 変 数 は X 1 , X 2 ,…, X K 、 そ し て ダ ミ ー 変 数 と の 交 差 項 (X 1 D, X 2 D,…, X K D)か ら な り ま す 。 こ の と き 、 仮 説 は H 0 :θ 0 = θ 1 = . … = θ K =0、 H 1 :θ 0 ≠ 0 or θ 1 ≠ 0、 … 、 or θ K ≠ 0 と 簡 単 に 表 現 で き ま す 。 帰 無 仮 説 H0 は 構 造 変 化 が な い 、 対 立 仮 説 H1 は 構 造 変 化がある、です。 (6)式 は H 1 が 正 し い と き の 定 式 化 で あ り 、 こ の 式 を 推 定 す る こ と で 、 対 立 仮 説 H 1 の も と で の 残 差 2 乗 和 Σ u 1 2 が 計 算 で き ま す 。H 0 が 正 し い な ら 構 造 変 化 が ないため、全期間のデータから、 Yt = α + β 1 X 1,t + ... + β K X K ,t + u t と い う モ デ ル を 推 定 す る こ と で 、 残 差 Σ u02 が 得 ら れ ま す 。 そ し て 、 H1 の も と で 説 明 変 数 は 2(K+1)あ り 、q=K+1 で す か ら 、F 統 計 量 が 計 算 で き ま す( F∼ F(K+1, 6 n-2(K+1)) )。 例 1( 為 替 介 入 の 効 果 ) 日本の通貨当局(財務省と日本銀行)は、為替レー トが過度に変動しないようにする目的のため、為替介入を行ってきました。為 替介入とは、通貨当局が外国為替市場において、為替レートに影響を与えるこ と を 目 的 に 外 国 為 替 の 売 買 を 行 う こ と で す 。こ こ で は 1991 年 4 月 1 日 か ら 2002 年 12 月 31 日 ま で の 日 次 デ ー タ を 用 い て 、 為 替 介 入 の 効 果 を 分 析 し ま し た 。 Δs = α+βInt+u Δ s は 為 替 の 変 化 率 、 Int を 介 入 金 額 ( 億 円 ) と し ま す 。 Int>0 な ら 円 買 ド ル 売 介 入 、Int<0 な ら 円 売 ド ル 買 介 入 と し ま す 。介 入 が 意 図 し た 効 果 が あ る と き 、β<0 となります。構造が安定していたか(α と β に構造変化があったか)を調べま しょう。 Δs = α ( 1 ) +β ( 1 ) Int+u for t=1,…,T B Δs = α ( 2 ) +β ( 2 ) Int+u for t=T B +1,…,T 有 意 水 準 5%と す る と 、 F 値 が 3.00( =F 2 , n - 4 , 0 . 0 5 ) よ り 大 き け れ ば H 0 が 棄 却 さ れ ま す 1。 構造変化の検定においては、分析者が構造変化日を決める必要があります。 恣意的に構造変化日を決めてしまうと、結果に信頼性がおけなくなってしまい ま す 。 た と え ば 、 1993 年 5 月 31 日 に 構 造 変 化 が 生 じ た か を 検 証 す る と 、 F 値 は 1.64 で あ り H 0 が 採 択 さ れ ま す 。構 造 変 化 日 が 1995 年 6 月 21 日 と す る と 、F 値 は 15.34 で H 0 が 棄 却 さ れ ま す 。も し 分 析 者 が 構 造 変 化 は な い と 主 張 し た い な ら 、 1993 年 5 月 31 日 を 構 造 変 化 日 に 設 定 す れ ば 良 い こ と に な り ま す 。 逆 に 、 構 造 変 化 が あ る と 主 張 し た い な ら 、 1995 年 6 月 21 日 を 構 造 変 化 日 と 設 定 す れ ば良いのです。これでは研究者の判断で結果が左右されてしまい望ましくあり ません。 図 2 で は 、さ ま ざ ま な 構 造 変 化 日 に 対 し て F 値 を 計 算 し て み ま し た 2 。た と え 1日 次 デ ー タ で n は 非 常 に 大 き い た め 、 F 2,∞,0.05 の 値 を 用 い ま し た 。 2 構 造 変 化 日 T B と し て は 、 0 . 1 5 T か ら 0. 8 5T ま で を 考 え ま す 。 た と え ば 、 T = 1 0 0 であれ ば 、 構 造 変 化 日 は 15 、 1 6 、 … 、 8 4 、 8 5 と し ま す 。 こ の よ う に 、 最 初 の 1 ∼ 1 4 と 最 後 の 8 6 ∼ 100 は 構 造 変 化 日 と し て 考 え ま せ ん 。 こ れ は 構 造 変 化 日 の 前 と 後 で 、 十 分 な 標 本 数 を 確 保するためです。 7 ば 、F 値 は 1993 年 5 月 31 日 で 1.64、1995 年 6 月 21 日 は 15.34 と な っ て い ま す 。 1995 年 4 月 17 日 で 、F 値 は 16.69 で 最 大 と な り ま す 。構 造 変 化 日 は F 値 を 最 大 にする日と考えるのが自然です。つまり、構造変化がないとする帰無仮説をも っとも棄却しやすい日が、構造変化日の推定値として尤もらしいと考えられま す 。 構 造 変 化 日 は 1995 年 4 月 17 日 で す が 、 F 値 が 16.69 と い う 結 果 か ら 構 造 変 化 が あ っ た と い え る の で し ょ う か 。 こ の F 値 は sup-F と 呼 ば れ 、 通 常 の F 分 布 と 異 な る 分 布 に 従 い ま す 3 。さ ま ざ ま な 構 造 変 化 日 を 試 し て 、も っ と も 大 き な 値をとる F 値ですから、通常の F 統計量より大きい値を取りやすくなります。 表 1 は 、 sup-F の 分 布 表 と な り ま す 。 H 0 が 正 し い ( 構 造 変 化 が な い ) な ら 、 制 約 数 q=2 の も と で 、 sup-F が 5 よ り も 大 き い 確 率 は 10%、 5.86 よ り 大 き い 確 率 は 5%、 7.78 よ り 大 き い 確 率 は 1%で す 。 よ っ て 、 sup-F が 16.69 と い う こ と は 、 H 0 が 正 し と い う 仮 説 を 、ど の 有 意 水 準 で も 棄 却 で き ま す 。つ ま り 、構 造 変 化 が 無かったとはいえないのです。 図 2: sup-F 検 定 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 以 上 の 分 析 か ら 、 構 造 変 化 日 は 1995 年 4 月 17 日 と さ れ ま し た 。 こ こ で は 、 1995 年 4 月 17 日 以 前 と 以 後 で 別 々 に 推 計 を 行 い ま し た 。 そ の 結 果 、 前 半 : Δs = -0.0002 + 0.035Int+u (0.0002) 3 (0.011) Sup は supremum の 略 で あ り 、 最 大 値 を 表 し ま す 。 さ ま ざ ま な F 値 を 計 算 し て 、 一 番 大 き な 値 を 使 う の で 、 Sup-F と 表 記 し ま す 。 8 後 半 : Δs = 0.00007 -0.011Int+u (0.0002) (0.002) となりました。つまり、後半では β は有意に負で、介入は意図した効果を持っ ていますが、前半では β は有意に正で、介入は逆効果を持っています。 表 1: sup-F q 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 α 0.05 8.68 5.86 4.71 4.09 3.66 3.37 3.15 2.98 2.84 2.71 2.62 2.54 0.10 7.12 5.00 4.09 3.59 3.26 3.02 2.84 2.69 2.58 2.48 2.40 2.33 0.01 12.16 7.78 6.02 5.12 4.53 4.12 3.82 3.57 3.38 2.23 3.09 2.97 コ ラ ム : Mr. Yen 1995 年 に 何 が あ っ た の で し ょ う か ? 少 し 時 期 が 違 い ま す が 、 1995 年 6 月 21 日 、 Mr. Yen と 呼 ば れ た 榊 原 英 資 氏 が 財 務 省 の 国 際 金 融 局 局 長 に 就 任 し 、 為 替 介 入 の意 思 決 定に お け る 実 際 上 の指 揮 を 始め ま し た 。彼 は、前 任 者 の 介 入 に つ い て 、 次 の よ う に 語 っ て い ま す 。「 介 入 が あ ま り に も 頻 繁 す ぎ た と い う こ と も あって、市場は介入慣れし、市場は介入を 1 つの与件としながら動いていた。 しかも、ほとんどの介入は協調介入を含めて予測可能で、協調介入でさえ、若 干 の 効果 が 短 期的 に は 見 ら れ た もの の 、そ の 効 果 は 長続 き せ ず 、市 場 の 円 高 セ ン チ メ ン ト を 変 え る の は 容 易 で な か っ た 」 そ こ で 、「 為 替 介 入 の 哲 学 と 手 法 の 変更。これは、私が決定し、財務官と大臣を説得すればよかった。1 つは、介 入の頻度を極端に少なくし、1 回ごとの介入は大量の資金でいわゆる押上げ介 入 す る こ と だ っ た 」。 つ ま り 、 榊 原 氏 は 、 市 場 参 加 者 の 期 待 形 成 を 効 果 的 に 変 えるため、意図的に大規模な介入を少ない頻度で行うことで、介入効果を高め 9 ていたと言えます。 こ れ まで 統 計 的 に 構 造 変化 の 可 能性 を 検 証 し 、そ の 後 、榊 原 氏 の著 書 か ら も 構造変化の確認ができました。構造変化を実証するためには、統計的にも歴 史・制度的にも確認する必要があります。たとえば、榊原氏が著書で介入の仕 方を変えたと言っても、介入方法が実際に変わっているかは分かりません。ま た 、介 入 方 法 が 変 わ っ て い て も 、そ れ が 介 入 効 果 を 表 す β ま で 変 化 さ せ て い る と は 限 ら な い で し ょ う 。逆 に 、統 計 的 に 構 造 変 化 が 確 認 で き た と し て も 、歴 史 ・ 制 度 的な 裏 付 けを し な い と 、そ の 主 張 に 説 得力 が 足 りな い で し ょ う。統 計 的 な 裏付け、歴史・制度的な裏付けは、車輪の両輪なのです。どちらかが欠けても 良い実証研究とは言えません。 6. ト レ ン ド 変 数 と 構 造 変 化 12 章 で は 、ダ ミ ー 変 数 を 紹 介 し ま し た 。計 量 経 済 学 で は 、ダ ミ ー 変 数 以 外 に も分析に有用な様々な変数があります。ここでは、その中でトレンド変数を紹 介します。 線形モデル 多 く の 時 系 列 デ ー タ に は ト レ ン ド が 存 在 し ま す 。 た と え ば 、 GDP、 消 費 、 気 温 な ど は 右 上 が り の ト レ ン ド を 持 っ た 系 列 で す 。ト レ ン ド を 考 慮 す る た め 、1、 2、 3、 4、 …と い う よ う に 、 値 が 1 ず つ 増 加 し て い く ト レ ン ド 変 数 ( t と 表 記 ) を 考 え ま し ょ う 。 表 2 で は 、 1970 年 か ら 1978 年 ま で に つ い て ト レ ン ド 変 数 t を 定 義 し ま し た 。ト レ ン ド 変 数 は 、デ ー タ が 始 ま っ た 1970 年 に 1 と い う 値 を と り、1 ずつ値が増加しています。 GDP の 動 き を 説 明 す る モ デ ル と し て 、 Y t =α+βt+u t を 考 え ま し ょ う 。 こ こ で Y t =ln(GDP t )と し て い ま す 。 GDP に は 右 上 が り の ト レ ンドがありますから、説明変数としてトレンド変数 t を用いています。上式は t-1 時 点 で も 成 立 し て い ま す か ら 、Y t - 1 =α+β(t-1)+u t - 1 と な り ま す 。t 時 点 と t-1 時 点 の 差 を と る と ( t-(t-1) =1 に 注 意 )、 Y t − Y t - 1 =β+(u t -u t - 1 ) 10 となります。ゆえに、差の期待値は E[Y t − Y t - 1 ]=β と な り ま す ( E[u t ]= E[u t - 1 ]=0 に 注 意 )。 Y t は GDP の 対 数 で あ り 、 対 数 の 差 は 変 化 率 に 等 し い た め( 数 学 の 付 録 参 照 )、β は GDP の 期 待 成 長 率 と 解 釈 で き ま す 。 トレンドモデルの例として、地球温暖化の実証分析をすることもできます。 Y を 世 界 の 平 均 気 温 と す る と 、 β>0 な ら 地 球 温 暖 化 を 意 味 し 、 β=0 な ら 温 暖 化 は生じていないことになります。 表 2: トレンド変数の作り方 1970 1971 1972 1973 1974 1975 1976 1977 1978 2 t 1 2 3 4 5 6 7 8 9 t 1 4 9 16 25 36 49 64 81 DU DT 0 0 0 0 0 0 1 0 1 1 1 2 1 3 1 4 1 5 多項トレンド もちろんトレンドは非線形かもしれません。たとえば、世界気温の分析では、 2 次 ト レ ン ド ま で 含 ん だ Y t =α+β 1 t+β 2 t 2 +u t と し て 定 式 化 す る ほ う が 良 い か も し れ ま せ ん 。 表 2 で は 、 t の 2 乗 と し て t2 を 作 成 し て い ま す 。 説 明 変 数 を K 個 考 え る と 、 一 般 的 な 多 項 ト レ ン ド モ デ ル ( polynomial tr end model) を 考 え る こ と も で き ま す 。 Y t =α+β 1 t+β 2 t 2 +…+β k t k +u t このモデルを用いることで、単純な上昇や下降トレンドだけでなく、複雑なト レンドを考慮することができます。 構造変化モデル 非 線 形 モ デ ル と し て は 、突 然 の 構 造 変 化 を 考 え る こ と も 可 能 で す 。た と え ば 、 1973 年 の オ イ ル シ ョ ッ ク に よ り 、多 く の 国 で 経 済 成 長 率 が 鈍 化 し ま し た 。ま た 、 世 界 大 恐 慌 で は 、世 界 経 済 が 急 激 に 冷 え 込 み 、GDP の 水 準 が 急 激 に 落 ち こ み ま した。こうした突然の変化は多項トレンドではなく、ダミー変数を用いて捉え 11 る方がよいかもしれません。 構 造 変 化 日( T B 時 点 )で 水 準 が 急 激 に 変 化 す る 影 響 を 捕 ら え た い な ら 、ダ ミ ー 変 数 D t を 考 え ま す 。D t は 、t≤T B な ら 0 と な り 、t>T B な ら 1 と な る 変 数 で す 。 この変数を用いて、 Y t =α+βt+γD t +u t と し ま す 。 こ の と き 、 t≤T B な ら D t =0 か ら Y t =α+βt+u t と な り 、 t>T B な ら D t =1 か ら Y t =(α+γ)+βt+u t と な り ま す 。 構 造 変 化 に よ る 水 準 の シ フ ト が 捉 え ら れ て い る こ と が 分 か り ま す 。 も し γ=0 な ら 水 準 の 急 激 な 変 化 は な い と し ま す 。 次 に 、構 造 変 化 時 点 で 係 数 だ け が シ フ ト す る 影 響 を 捉 え た い と し ま し ょ う( 水 準 は 変 化 し て い な い と し ま す )。た と え ば 、石 油 シ ョ ッ ク で 経 済 成 長 率 は 減 少 し ま し た が 、GDP の 水 準 は あ ま り 変 わ り ま せ ん で し た 。こ の と き 、DT t =D t (t− T B ) と い う 変 数 を 作 り ま す 。 DT t は 、 t≤T B な ら 0 と な り 、 t>T B な ら (t− T B )と な る 変 数 で す 。 表 2 で は 、 構 造 変 化 時 点 と し て 1973 年 ( T B =4) と し て D、 DT を 定 義 しています。 この変数を用いて、 Y t =α+βt+θDT t +u t と し ま す 。こ の と き 、t≤T B な ら DT t =0 か ら Y t =α+βt+u t と な り 、t>T B な ら DT t =(t − T B )か ら Y t =α+βt+γ(t− T B )+u t と な り ま す 。 DT t を 定 義 す る と き 、 t で は な く (t − TB) を 使 っ た 理 由 は 、 ト レ ン ド の 傾 き の 変 化 だ け を 捉 え た い か ら で す ( も し DT t =D t t と 定 義 し て し ま う と 構 造 変 化 に よ っ て 水 準 も 大 き く 変 化 し ま す )。 こ こ で θ =0 な ら 構 造 変 化 な し と な り ま す 。 もしトレンドの傾きと定数項へのシフトを同時に考慮したいなら、 Y t =α+βt+γD t +θDT t +u t を 推 定 し ま す 。 γ=θ=0 な ら 構 造 変 化 な し で す 。 構 造 変 化 日 が 未 知 で あ れ ば 、5 節 の SupF 検 定 を す る こ と で 、構 造 変 化 日 を 特 定することも可能です。 12
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