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論文
ロータリコンプレッサのベーン挙動把握によるチャタリング現象の解明
A Study on Chattering Noise and Vane Behavior of Rotary Compressor
遠藤 勝美 *
鹿沼 剛 *
丸岡 史明 *
飯島 博史 **
Katsumi Endo
Tsuyoshi Kanuma
Fumiaki Maruoka
Hiroshi Iijima
川村 誠 **
中澤 圭佑 **
柳川 英輝 **
Makoto Kawamura
Keisuke Nakazawa
Eiki Yanagawa
Abstract
Rotary compressor may emit noise caused by collision between vanes and cylinder wall. To
minimize the noise, it is crucial to examine the details of the mechanism of such vane-operating noise
by tracing the behavior of the vanes in time series. This report describes a developed visualization
technique to monitor the motion of the vane under operating conditions. Also a method of measuring
pressure affecting the movement of the vanes is discussed. These approaches elucidated the mechanism of vane chattering thus lead to the reduction of the noise.
Key Words : Noise, Exterior Noise, Sound Source Search Technology, Compressor, Air Conditioning (B3)
1. ま え が き
イルセパレータ(Oil separator)によりリアケース内で
これまでベーンチャタリング音に対しては,コンプ
分離され,冷媒のみがコンプレッサから排出される.一
レッサ回転速度,雰囲気温度,吐出圧力,吸入圧力と
方分離されたオイルはベーン背面空間に給油され,適切
の関係は明らかだったが,ベーンの挙動を把握するため
な値に昇圧されてベーンを押す力となる.
には十分とは言えなかった.このベーンの動きは,ベー
ンの先端側圧力(圧縮室内圧力)やベーンの背面側圧
力(ベーン背面空間圧力)の影響を受ける.そこで今回,
動きを観察するためにベーンを可視化しながら圧縮室内
圧力とベーン背面空間圧力を同時に測定する手法につい
て開発し,ベーンチャタリング音の発生メカニズム解明
を行った.
2. ロータリコンプレッサの構造と動作原理
ロータリコンプレッサの構造を Fig. 1 に,圧縮工程を
Fig. 2 に示す.シリンダ(Cylinder)とロータ(Rotor)
Fig. 1 Compressor Structure
は前後にある2枚のサイドブロック(Front side block ,
Rear side block)に挟まれ,ロータにある5箇所のベー
ン 溝(Vane slot) に は そ れ ぞ れ ベ ー ン が 設 け ら れ て
い る. ベ ー ン(Vane) は ベ ー ン 背 面 空 間(Vane rear
chamber)圧力によって押し出され,シリンダ内壁との
接触を保ちながら回転する.この時,吸込み口より圧縮
室内(Compression chamber)に吸い込まれた冷媒は,
圧縮室の体積変化により圧縮されたのち,リアケース内
(Compressor chamber rear space)に吐き出される.冷
媒には潤滑オイルが混入されているが,このオイルはオ
公益社団法人 自動車技術会の許可を得て,2015年春季大会学術講演会
講演予稿集No.77-15,20155344より一部加筆転載
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Fig. 2 Compressing Process
* グローバルテクノロジー本部 実験技術グループ
** コンプレッサー事業本部 コンプレッサー開発グループ
ロータリコンプレッサのベーン挙動把握によるチャタリング現象の解明
3. ベーン挙動の把握
ベーンチャタリング音の発生は熱環境により変化す
るため,幅広い温度範囲での測定が必要となり,高温
耐久性や部品の熱収縮を考慮しなければならない.ま
た,高圧や高速回転等の過酷な条件にも耐えられる必
要があり,可視化の材料やセンサーの選別,及び部品
レイアウトを考慮した設置方法等で注意と工夫が求め
られる.
このように,ベーンの挙動を把握するにあたっては
考慮すべき多くの点があり,それらについて以下説明
を行う.
3.1 ベーンの挙動可視化手法
ベーンの挙動を観察するには,コンプレッサの後部
を透明で耐熱性,耐衝撃性に優れたポリカーボネート
樹脂材にて製作すればよいが,始動時は冷媒が液化し
ており,リアケース空間で白濁した冷媒とオイルが視
界を遮り,ベーンの動きを可視化することが出来ない
Fig. 4 Visualized Inside with the Conventional Structure
(Fig. 3,Fig. 4).そこで今回,リアサイドブロックや
ケースリア面などを全て一体化した透明部材で設計す
ることで,コンプレッサ後部の空間を無くす構造とし
た(Fig. 5).尚,オイルセパレータは冷媒とオイルを
コンプレッサの外にバイパスさせた上で分離させる別
体型を開発して用いている.
Fig. 5 Modified Structure for Visualization
3.2 圧力測定手法
Fig. 3 Conventional Structure
圧縮室内圧力を測定するためにロータの外周部に,
ベーン背面空間圧力を測定するためにベーン溝部に,そ
れぞれセンサーを設置した(Fig. 6).ロータ外周部は,
センサー受圧面より十分広いため容易に設置することが
できるが,ベーン溝部は溝幅がセンサー受圧面より狭く,
溝部に直接取り付けることができない.そのため,セン
サー格納室を別に設け,ベーン溝と連通穴で繋ぐ構造と
した(Fig. 7).
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CALSONIC KANSEI TECHNICAL REVIEW vol.12 2016
Rotation speed = 800 rpm
Fig. 6 Pressure Sensor Installation
Fig. 8 Visualized Inside of the Modified Structure
Under Operating Conditions
(Mode.1) Initial ejection mode
Fig. 7 Cross Section of Communicating Tube
4. ベーンチャタリング現象の把握
ベーンチャタリング音は雰囲気温度が低く,コンプ
(Mode.2) Re-collision mode
Fig. 9 Visualization of Vane Movement
Chattering by Initial ejection
レッサが低速回転にて起動した際に発生しやすい.今回,
可視化コンプレッサに圧力測定センサーを設置したロー
タを組み込み,ベーンの動きを高速度カメラにて観察す
Normal operation
(Mode1)
(Mode2)
(No chattering)
ることで,ベーンチャタリング音発生時のベーン挙動と
圧力を測定することが出来た.
この測定結果について,以下説明する.
4.1 ベーン挙動可視化結果
Fig. 10 Vane Chattering Noise Transition
4.2 圧力測定結果
可視化が可能となったコンプレッサ(Fig. 8)にて観
モード2が発生している場合の圧縮室内圧力と,ベー
察の結果,ベーンチャタリング発生時には,2つのモー
ン背面空間圧力の測定結果を Fig. 11 に示す.ベーンが
ドが連続で起こることが確認された(Fig. 9).まず,ベー
離間せず,現象が発生していない時(Fig. 12)と比べると,
ンの初期飛出しにより,シリンダ楕円長径付近で衝突が
ベーン背面空間圧力が高くなり,その後低くなっている.
発生(モード1),その後,シリンダに追従しているベー
ンが,シリンダ楕円短径付近で離間してベーン背面と
ロータが衝突し,更に,ベーン先端とシリンダの衝突が
発生する(モード2). 前者(モード1)については検
討結果が公表されているが(1),後者(モード2)は検討
結果が報告されていない.今回 , このモード2がベーン
チャタリング発生時間の大半を占めていることが分かっ
たため,検討を行った.(Fig. 10).
Fig. 11 Re-Collision Mode Pressure Measurement Result
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ロータリコンプレッサのベーン挙動把握によるチャタリング現象の解明
Fig. 12 Normal Pressure Measurement Result
ここで,ベーンが離間するタイミング前後の圧力に着
目すると,ベーンが離間する場合は離間する瞬間に圧縮
室内圧力がベーン背面空間圧力よりも高くなっているこ
とが判明した(Fig. 13)
.一方,離間が発生しない場合,
Fig. 14 Pressure Transition in a Case without the Noise
圧縮室内圧力はベーン背面空間圧力よりも低くなってい
る(Fig. 14).
5. ベーン離間の力学的分析
このように,ベーンの挙動は,圧縮室内圧力とベーン
ベーンが離間する要因を明らかにする為,ベーンチャ
背面空間圧力のバランスが支配しており,圧力の逆転が
タリング発生時のベーンに働く力を検討した(1).ベーン
起こることでベーンの離間が発生すると推定される.尚,
には,ベーン背面荷重 F 1,ベーン先端荷重 F 2f ,F
離間した後にベーン背面空間圧力がピークを持つが,こ
2r ,ベーンスライド方向慣性力 F 3,ベーン側面粘性
れはベーンの離間に伴い背圧空間が急激に縮小されたた
抵抗力 F 4,ベーン端面粘性抵抗力 F 5,などの力が
めと考えられる.
働く(Fig. 15)
Fig. 13 Pressure Transition in a Case with the Noise
Fig. 15 Force Acting on the Vane
それぞれの力を実測値と理論式から導き出し,ベーンを
シリンダに押し付ける力 Ft を以下の通り算出した.
Ft = F1 − ( F 2 f + F 2 r ) + F 3 − F 4 − F 5
(1)
ベーンチャタリングが発生している時の Ft を Fig. 16
に,ベーンチャタリングが発生していない時の Ft を
Fig. 17 に示す.ベーンがシリンダを押し付ける力は,シ
リンダ楕円短径手前のシリンダ吐出口付近で,0 以下の
負の値となり,ベーンが離れる.この現象は可視化によっ
ても確認されており,測定された圧力の正しさを裏づけ
る結果となっている.
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尚,この時の慣性力F3,粘性抵抗F4,F5,は相
Vane Chattering Noise (①Original)
対的に小さく,ベーン先端荷重とベーン背面荷重による
Vane Chattering Noise (②Modified)
力が支配的であることが分かった.
①Current Compressor
このように,ベーンが離間する要因は,全ての作用力
②Modified Compressor
を考慮しても,推定した通り圧縮室内圧力によるベーン
先端荷重と,ベーン背面空間圧力によるベーン背面荷重
の逆転が支配要因となっていることが明らかになった.
Time
A/C off of ②
A/C on
A/C off of ①
Fourier transform analysis
Fig. 18 Compressor Startup Vibration at Low
Temperature
7. まとめ
(1) ベーンの挙動を把握するための可視化と圧力測定の
手法を開発し,ベーンチャタリングのメカニズムを
Fig. 16 Vane Pressing Force in a Case with the Noise
解明することが出来た.
(2) これにより,抑制手段が明確になり,静粛性を向上
させた製品を開発することが出来た.尚,本技術は
新型CRコンプレッサに採用している.
参 考 文 献
(1) 大澤 祐介 , 福田 充宏 , 柳沢 正 : ベーン形圧縮機
の起動特性解析モデル , 日本冷凍空調学会論文集 ,
Vol. 24, No.3, p. 291-302 (2007)
Fig. 17 Vane Pressing Force in a Case without the
Noise
6. ベーンチャタリングの抑制
以上のように,ベーンチャタリングは,ベーン先端荷
重がベーン背面荷重よりも大きくなった時にベーンが
離間し,ベーン背面とロータが衝突.その後,ベーン先
端荷重がベーン背面荷重よりも小さくなり,ベーン先
遠藤 勝美
鹿沼 剛
丸岡 史明
飯島 博史
川村 誠
中澤 圭佑
端とシリンダが衝突することで発生していることが分
かった.
このメカニズムから,ベーンチャタリング抑制のため
には,ベーン背面空間圧力を昇圧し,ベーン押し付け力
を改善することが効果的である.そのため,ベーン力学
シミュレーションを用いて,押し付け力が必要なロータ
回転角度範囲で,ベーン背圧を昇圧するようにサイドブ
ロックに設けた背圧供給溝や供給穴の形状を決定した.
この結果,ベーンチャタリング音の発生時間は大幅に短
くなり,静粛性を向上することができた(Fig. 18).
柳川 英輝
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