22 号 相続対策の専門家 堀光博税理士事務所 092-292-5138 相続・贈不の民法と相続税法の違い(1) ~ 法定相続人の範囲とその内容の相違点 ~ はじめに 前回までに民法上の相続分の調整としての遺留分・特別受益・寄不分をお話ししました が、今回は知っているようで意外と誤って理解しておられる相続・贈不における民法と相 続時法の違いについて述べます。相続税の知識を民法の世界に持ち込まれて、養子は一人 しかできないと勘違いされたり、相続税法の世界と民法の世界を混同されている方もおら れますので両法の違いを明らかにしたいと思います。 Ⅰ民法と相続税法の法の趣旨・目的 1民法 民法は、私人(個人や法人)間の権利関係を規律する私法です。私人の日常生活や経済活動 が円滑にいくように規律する法律です。民法には経済活動分野の経済法の面と、家族・親 族関係を律する家族法の面がありますが、家族法の面でも経済法的な性格が強く、家族法 的な面については、民法は慣習や当事者の話し合いに任せていて、当事者間でまとまらな い時に初めて家庭裁判所に持ち込んで判断をしてもらうというのが大部分のようで、日本 の民法は経済法としての性格が強いようです。 2相続税法 相続税法では、相続税と贈不税を一つの法律で規定しています。無償または低額による 財産の取得(所得)に対して課税をするという法律です。税法では相続や贈不による財産の取 得も広い意味での所得と捉えています。したがって相続税や贈不税が課税されるものには 所得税は課税しないという仕組みになっています。(所得税法 9 条 15 号) 相続税法では、課税は公平でなければならないという原則があります。 そこで、①法定相続人の範囲が異なったり、②相続税法は、民法では相続財産ではないも のも実質が相続財産とみなされるようなものに課税したり、③その他いろいろな規定があ ります。今回は数回に渡ってそのところの違いをお伝えしたいと思います。 以下で、相続税法と民法における違いを示します。 Ⅱ 法定相続人の違い 1民法における法定相続人 (1) 相続人となれる順位 民法では、第二章で相続人となる者や相続人となれない者を規定しています。配偶者 は常に相続人となり、それ以外の者で相続人となる者の順位を決めています。 ①第一順位は子、子が親より先に死亡していた時はその者の子が代襲相続人として相続人 になります。その子も先に死亡していた時は孫が相続人になります。以下同様に直系卑属 1 が相続人になります。②第二順位は被相続人の両親です。③第三順位は被相続人の兄弟姉 妹です。兄弟の代襲相続人は甥姪までが代襲相続人となります。 (2)養子 養子は養子縁組をした時から離縁するまでは実子と同じ親族としての相続権を有します ( 「法定親族)といいます。 )。婚姻と同様に双方の自由な意思による養子縁組で成立します。 養子はその実の両親との相続権は失いません。養親と養子の実の両親との間には親族関係 は成立しません。 因みに、養子縁組は養親となる者と 1 日でも遅く出生した者との間では誰でも養子縁組 ができます。したがって、兄や姉が弟や妹と養子縁組をすることもできます。よくある話 として、老後の生活や介護看護を目的として未婚や子を失った兄や姉が弟や妹を養子にす ることがあります。 民法上は相続税法のような養子の数に制限はありません。したがって養子の数が増加す れば各相続人の相続分や遺留分割合も減少します。 (3)胎児の相続権 胎児にも相続をする能力があります。ただし死産した場合には相続権はありません。 なぜなら、民法 3 条では「私権の享有は出生に始まる。 」と規定しているからです。 (4)相続放棄者 相続放棄者は最初から相続人ではなかったことになりますので、代襲相続はありません。 また債権者から債権を請求されることもありません。たとえ債権者の権利から逃れるため に相続を放棄しても詐害行為とはなりません。 一方、遺言で「相続させる。」ではなく「遺贈する。」と記載されてあれば、相続放棄者でも 遺産を取得することができます。このような場合、債権者は詐害行為に当たるとして詐害行為 取消権を行使できるかという問題が有ります。裁判例は見当たりませんが、結論としては特定 遺贈も財産権を目的とした行為として詐害行為になるという説が有力です。 2 相続税法の法定相続人 相続税法も当然に民法の相続人を基本としていますが、課税の公平の観点から民法とは 異なる相続人の範囲を規定しています。 (1) 相続を放棄した者も相続税の計算上は法定相続人となる。 日本の相続税法は課税の公平を重視していますので、法定相続割合による遺産取得課税 方式を採用しています。 すなわち、相続人が相続を放棄しても放棄しなかったものとして、相続人が法定相続分 2 に応じて遺産を取得したものとして相続税の総額を計算します。つまり遺言や遺産分割協 議で遺産がどのように分配されようと、又は相続放棄により相続人の数に変動があろうと 関係なく相続税の総額は変わらないような税額計算の仕組みになっています。 このように、相続税法ではある相続人が相続を放棄したことにより次の順位の相続人が 相続人となることによって相続人数が増えて基礎控除額が増えたり、法定相続割合によっ て取得した遺産額が減少して適用される相続税の税率が下がったりすることを防止してい ます。 (2)相続放棄者には適用されない相続税法上の規定 ① 死亡退職金や生命保険金の非課税規定(相続人一人当たり 500 万円の非課税額) ② 相次相続控除の規定の丌適用(被相続人死亡前 10 年以内の相続による財産取得に課税 されたその相続にかかる一定額の相続税を控除する規定が丌適用) ) ③ 債務控除の丌適用 相続放棄者も取得できる死亡退職金、生命保険金、遺贈や死因贈不等で財産を取得して もその課税遺産額から債務を承継しても債務控除はされません。 ただし、葬式費用を負担した場合は控除されます・ ④ 立木の評価減(相続人が取得すれば 15%の評価減) ⑤ 農地の納税猶予 (3)相続放棄者にも適用される規定 ① 未成年者控除 ② 障害者控除 (4)相続税法上の養子の数の制限 (竹之下義弘著) 民法の養子縁組を利用して次のような課税回避が行われましたので、裁判の結果を待っ て相続税の計算上養子の数の制限がされるようになりました。 ある中企業の経営者が、 もう命が何日ももたない自分の親に従業員 20 数名を養子にさせ、 親の死後すぐに養子縁組の離縁をさせ相続税の申告をしました。課税庁は租税回避として 養子縁組を否認しました。最高裁判所は、双方に養子縁組をする意思は存在していなかっ たとして養子縁組の成立を求めず、課税処分を是認したという有名な裁判がありました。 そこで、課税庁はすぐに相続税の計算上の養子の数を制限しました。すなわち ① 実子がいる場合、養子の数は一人 ② 実子がいない場合、養子の数は二人 ③ 自然な関係での養子縁組には養子の数の制限はない。 すなわち連れ子を養子とする場合や、特別養子の場合には相続税の計算上は養子の数の 制限はありません。 養子の数の制限は、あくまでも相続税の計算上の問題であって、民法上の養子の数の制 限ではありません。養子縁組は自然な形が理想です。 私見ですが養子の数の制限の税法改正で相続税節税対策が主目的の養子縁組は、上記の 範囲内ではかえって否認されにくくなったのではないかと思われます。 (参考:民法では婚姻も養子縁組も相手が死亡すれば死後においても離婚・離縁すること ができます。したがって、その後の税法の取り扱いも異なることもあり得ます。 ) 3
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