家族信託の世界 39号(27・6) 相続対策の専門家 堀光博税理士事務所 092-292-5138 家族信託の様々な形 ~事業における家族信託の活用~ 家族信託の世界 38 号では、相続・相続税対策を行いながら、新しい事業を起こすと いうようなケースをご紹介しました。この中で、私自身が疑問に思うことがありました ので考えてみたいと思います。この話は、以前お話しをしたことがあるのですが、近年 の状況の変化を踏まえて、再度考えてみます。 Ⅰ 担保の保全 現状の金融機関における不動産関連の融資(住宅・アパート他)については、その不 動産が持つ担保力によって決まります(最近では収益還元法の採用により、収益力が高 い物件については、無担保部分が増加する傾向にあります)。しかしながら、その担保 の保全についてはどのように考えるのでしょうか。当初の借入人が完済するまで存命で あれば、特に問題は無いものと思われますが(経済状況の変動による返済不能などは別 の問題と考えます)、返済途中での認知症発症や相続の発生などは、当初の借入時点で は予測ができない場合が多いと考えます。勿論、金融機関はこのことを予測した上で、 保証人等の保全をしているのですが、相続の発生において、当該物件がどの相続人が所 有することになるかは、確定しているわけではありません。 近年、家族信託の利用が増加していることから、この問題は信託契約に携わる私たちに も無関係とは言えません。なぜなら、金融機関との周到な協議を行わず信託契約を行っ た場合に金融機関による担保保全方法が、信託の円滑な運営に支障をきたすと考えられ るからです。 Ⅱ 抵当権による担保の保全 不動産融資における、従来の担保保全は抵当権を中心に考えられてきました。 抵当権: ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より 債務者または第三者 (物上保証人) が債務の担保に供した物につき,債権者が提供者 からその占有を奪うことなくその使用収益にまかせておきながら,債務が弁済されない 場合にその物の価額から優先弁済を受けることのできる担保物権をいう (民法 369) 。 家族信託においても、信託契約以前に抵当権が設定されていれば、抵当権が優先され ることはいうまでもありません。このため、抵当権が設定されている不動産を、信託財 産に組み込んだ場合であっても、返済が滞らなければ大きな問題にはならないでしょう。 1 しかしながら、信託契約後の担保について、一般の金融機関では、家族(民事)信託 の理解が充分ではなく、抵当権を強く主張することがあるようです。 私は、ある一般金融機関に次のような質問をしました。 「抵当権が設定されている賃貸物件を信託財産とした信託契約があるときに、受益権に 対する質権はどのように考えますか?」 この質問に対する回答は、「信託契約と受益権がよくわからないので、回答はできませ ん。信託契約によって、賃貸物件の状況は変化するのでしょうか。 」とのことでした。 以前のコラムでも書きましたが、日本の不動産は所有権至上主義であることから、信託 の発達した諸外国と比べ、信託が発達しにくい土壌がここにあるのかもしれません。 Ⅲ 家族信託における質権 まずは、一般的な質権について考えてみます。 【質権】 日本大百科全書(ニッポニカ)より 債権者が、債権の担保として債務者または第三者から受け取った物を、債務が弁済さ れるまで留置して、債務者の弁済を間接的に強制するとともに、弁済されない場合には、 その物から優先的に弁済を受ける担保物権(民法 342 条~366 条) 。 質権は抵当権とともに契約によって生ずる担保物権で、金融を得る手段として用いら れる。しかし質権は、質の目的となる物を取り上げて、質権者(債権者)の手元に占有 を移す点で、目的物を取り上げないで設定者のもとに置いておく抵当権と異なる。 質権を設定する(質に入れる)ことのできる物は、動産がもっとも普通であるが(動 産質)、そのほか不動産(不動産質)でも、債権・株式などの権利(権利質)でもよい。 質権を設定するためには、目的物を債権者に渡さなければならないから、債務が弁済さ れるまでは、質権設定者はその物を使用できない。したがって、企業資金を獲得するた めに、企業の設備などを担保にするときには、質権は不便であり、そのような場合には、 抵当権のように担保となる物を債権者に渡さなくてもよい方法が選ばれることが多い。 質権は主として、庶民が日用品などの動産を担保に比較的少ない額の金を借りる場合 に用いられる。そのように物品を質にとって金融を行うことを業とする者が質屋である が、質屋は質屋営業法(昭和 25 年法律第 158 号)による法的規制を受けている。 不動産質は、不動産を債権者に渡してしまうと、明日からの生活あるいは企業活動の根 拠を失うことが多いので、あまり利用されない。これに反して、債権・株式などの権利 質は、債権証書や株券を質に入れても、直接痛痒(つうよう)を感じないので、銀行から 資金を借り入れる場合などにしばしば利用されるようになってきた。 質権者は質物を留置する権利とともに、債務者が期限に弁済をしないときに質物から 優先的に弁済を受ける権利をももつ。優先弁済を受けるには、原則として民事執行法に よる競売の手続をとらなければならない。債務者が期限に弁済をしないときには質物は 当然質権者の所有になる(質流れになる)という「流質(りゅうしち)契約」は法律によ り禁じられている。債務者がわずかな債務のために高価なものを失うはめになることを 2 防止しようという趣旨である。ただし、商人がその営業によって取得した債権を担保す るための質権(商法 515 条)や、簡便でしかも少額の金融を目的とする営業質屋には、 質流れも許されている。 家族信託における受益権は、 不動産質ではなく権利質ですから、信託財産においては、 受益権に対する質権設定による担保保全が妥当と考えられます。 Ⅳ 被担保債権(受益権)の範囲 ① 被担保債権の範囲は民法346条の通則によりますが、不動産質権の対抗要件が登 記であるため、債権額等は登記をしなければ第三者に対抗することができません。 (不動産登記法95条、83条)。 ② 不動産質権では、原則として、その債権の利息を請求することはできません。 (民法358条、359条、不動産登記法95条) Ⅴ 受益権に対する質権設定の問題 ① 信託財産に対象物件以外の財産が含まれる場合 抵当権は債権者が、債権と同等の価額と評価した物に設定されますが、信託財産に 対象物件以外の財産が含まれる場合は、これに対する質権は債権以上の価額評価とな る場合があります。債務者からすれば、必要以上の財産に質権が設定されるのですか ら、避けたいと考えるのは当然のことです。特に信託財産に他の権利質が含まれる場 合などは、受益者にとっては受益権そのものの存在を疑わなければならない事態が考 えられます。 これを回避しようとするならば、対象物件を信託財産からはずして、別の信託を設定 することを考えなくてはなりません。そして弁済が終了した時点で信託の合併を行う ということになります。 ② 受益権者が複数存在する場合 債権者=受益者ならば、受益者が複数であっても問題はないと考えられますが、異 なる場合はどうでしょうか。もちろん各受益者が保有する受益権に対しての質権設定 ですから、債権者としての問題はないであろうと考えられますが、他の受益者からす ると、同一の信託財産を実質的に共有しているわけですから、大きな問題であろうと 思われます。これは抵当権であっても同様の課題であろうと思われますが、家族信託 においては、このような状況の発生も考えたうえで、契約書の作成をする必要性を感 じます。 ③ 収益受益権者と元本受益権者が異なる場合 受益権に対する質権の効力は、その性格から元本に対する債権と考えられます。 (信 託契約書に質権者の設定行為に関する定めをしておく必要があると考えられます。 (注1参照) ) 3 この場合、受益権は収益部分と元本部分に分離されますが、こればどのように考える のでしょう。前述の質権の説明では「質権者は質物を留置する権利とともに、債務者 が期限に弁済をしないときに質物から優先的に弁済を受ける権利をももつ。」とあり ます。質権者は質物を留置する権利を持っているので、この場合は質権の設定された 受益権そのものを質権者が持っていると考えることができます。しかし、弁済を受け る権利はあるものの、「流質(りゅうしち)契約」は法律により禁じられているわけで すから、「債権者は民事執行法による競売の手続をとらなければならない」というこ とになります。 これらのことを考え合わせれば、受益者は受益権を留置されているものの、受益す るべき成果物を受け取って弁済を継続し、弁済が期限内にできなくなった場合には、 質物(対象となる信託財産)を売却しても弁済しなければならないと考えられます。 ではもう一つの問題として、家族信託契約に「受益権の売買の禁止」条項があった場 合は、どう考えるのでしょうか。質権の設定は、受益権の売買ではありませんから、 この条項は当てはまりませんが、 「受益権の入質の禁止」とあれば別問題となります。 入質が禁止されている信託財産を、入質するような行為に及んだ場合は、信託契約と は別の法的問題であると考えますが、入質をどうするかは、信託契約の打ち合わせ段 階で大いに議論をした方が良いと思います。いずれの状況においても、期限内の弁済 ができずに、質物を処分すべき状態となった場合は、信託契約を解除すべき状態であ ると考えざるを得ません。 注1:民法 (不動産質権者による使用及び収益) 第三百五十六条 不動産質権者は、質権の目的である不動産の用法に従い、その使 用及び収益をすることができる。 (不動産質権者による管理の費用等の負担) 第三百五十七条 不動産質権者は、管理の費用を支払い、その他不動産に関する負 担を負う。 (不動産質権者による利息の請求の禁止) 第三百五十八条 不動産質権者は、その債権の利息を請求することができない。 (設定行為に別段の定めがある場合等) 第三百五十九条 前三条の規定は、設定行為に別段の定めがあるとき、又は担保 不動産収益執行(民事執行法 (昭和五十四年法律第四号)第百八十条第二号 に規 定する担保不動産収益執行をいう。以下同じ。)の開始があったときは、適用しな い。 4 ④ 質権の有効期間の設定 民法 第三百六十条 不動産質権の存続期間は、十年を超えることができない。設定行為で これより長い期間を定めたときであっても、その期間は、十年とする。 2 不動産質権の設定は、更新することができる。ただし、その存続期間 は、更新の時から十年を超えることができない。 信託契約においても、この民法第三百六十条は考えておかなければならないかもしれ ません。つまり、将来的に質権設定をしても、借入して更新する必要がある信託財産(建 物・設備・機械等)については、それが必要だとの認識を持って契約書を作成する必要 があるということです。 ここまで、抵当権と質権について考えてきましたが、まだまだ検討する必要があると 感じました。家族信託の応用範囲は広いと思いますが、各種の法規定との整合性はとれ ていないのが現状だと思っています。 我々、家族信託の契約に関わる関係者は、この点を十分留意しておく必要があると思い ます。家族信託はそれぞれのケースで、大きく異なる契約内容になります。その都度、 関連法を検討していかなければなりません。このコラムにおいて、以前申し上げたよう に、このような手順を踏んでいく打ち合わせは、一般に考えられているより多くの時間 を必要とするものだと思います。 さて次回は、また新たな事例(課題)をご紹介したいと思います。 by T.Senoo (家族信託研究所) 税理士堀の感想 第 61 回「相続・資産税の世界」でも指摘しましたが、家族信託は時間をかけて あらゆる状況に対応できるように事前に時間をかけて総合的に企画をし、かつソフ トランディングするまで運用の指導やメンテナンスがなければ成功しないと指摘 しました。 家族信託で効果中心の企画、あるいは家族信託関連書籍には、本稿のテーマの問 題点は解決済みという前提で、あるいは金融機関との事前調整など存在していない かのようにパススルーしているものが非常に多いような気がします。 欧米のように融資を必要としない富裕層(日本の富裕層とは桁が違います。)が行 う個人信託をそのまま日本に持ち込んでいないでしょうか。日本の風土に合った家 族信託の在り方が研究されてしかるべきではないかと感じました。 5
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