SKI000703

ソーシャルワークにおける
実存主義アプローチについての
考察
植村
由美子 "
1. ほ じめに
実存主義ソーシャルワークとは、 『ソーシャルワーク 事典 によれば、 「個人の基本的な 自律性、 選
択の自由、 支配的な社会的慣習から 解放されること、 苦しみから引き 出された意識、 対話の必要性、
コ
クライエントの 自己決定を尊重しつつソーシャルワーカーが
関わることを 受け入れ強調するソーシャ
ルワークの哲学的な 視点」 (℡ eSooぬ.alWクらピⅠ 刀hccぬdoぬ右窃 5thEd.2003:150)であ るとしている。
本研究では、 クリルⅨ「
dl,D. 醸の実存主義ソーシャルワーク
り上げる。 クリルの実存主義ソーシャルワークアプローチは、
げE ㎡s㎏ ntialSocialWork")D を取
価値に重点を 置く上から、 具体的な手
法を提案するアプローチではないが、 個別の視点からクライェン
ント との援助関係において、 援助者の役割として「クライェン
トと 向かい合い、 援助者とクライ
ト
の力を引き出す」という 点を示唆し
たソーシャルワークアプローチであ ると私は考える。 「クライェン
ト
の力を引き出すⅡという
事柄を考
える時、 一人一人のクライエントの 潜在的な力を 信じて援助する 個別の視点からクライェン
い合わねばならず、 実存主義的なクライェン
ト
ェ
の個別理解の 視点の上に「クライェン
ト
トと 向か
の 力 を引き出
す」援助関係が 必要不可欠なのであ る。 本研究では、 ソーシャルワークの 原点に立ち返るべく、 価値
に重点をおいた 実存主義アプローチを 、 特にクライェン
クリルの実存主義ソーシャルワークにおける
ト
の力を引き出す 援助関係という 点に着目し、
援助関係は援助者のクライェン
ト
の力を引き出す 役割を
示唆するものではないかという 仮説を立て、 その考察を深めることを 研究の目的とする。
まず、 実存主義についての 説明を述べ、 次に、 クリルの実存主義ソーシャルワークの 概要について
援助概念を中心に 述べ、 クリルの実存主義ソーシャルワークの 業績について 紹介する。 さらにわが国
におけるクリルの 実存主義ソーシャルワークの 先行研究から、 ; 、つて「クライェン
ト
の 力 を引き出す」
という点から 援助関係が取り 上げ研究されたか 否かを検討してみたい。 そして、 クリルの実存主義ア
プローチの援助関係について、 特にクライェン
ト
の力を引き出す 援助関係について、 上記仮説の検証
を結論として 述べる。
2. クリルの実存主義ソーシャルワークの 概要
(1) 実存主義の立場
「実存主義」とは、 「人間の本質ではなく 個的 実存を哲学の 中心におく哲学的立場の 総称」であ り、
「科学的な方法によらず、
識には不信をもち、
人間を主体的にとらえようとし、 人間の自由と 責任とを強調し、 悟性的 認、
実存は孤独・
不安,絶望につきまとわれていると 考えるのがその 一般的特色。 そ
の源はキルケゴール、 後期シェリング、 さら @こ パスカルにまでさかのぼるが、 2U 世紀、 特に第 2 次大
戦後、 世界的に広がった」 ( 広 辞苑』第 5 版 1998:1194) とあ る。
『
一人一人の存在、 つまり、 個別実存を真に 重要とする実存主義哲学は、 第 2 次世界大戦後に 世界中
に広がり、 その時代のソーシャルワーカ 一によって、 ソーシャルワークの 分野にも取り 入れられてい
った。 このようにして 実存主義ソーシャルワークは 世界的な思想の 流れと人々のニーズを 受けて理論
形成されたソーシャルワークアプローチの
ネ
ぅ
一つであ る。
えむらゆみこ :2004 年度天理大学人間関係学科社会福祉専攻研究生 (指導担当
一 20 一
:南
彩子 )
現代的実存主義は、 第 2 次世界大戦の 間とそれに引き 続く大戦後のヨーロッパの 崩壊、 混沌、 絶望
の雰囲気の中で、 合理主義の哲学と 政治による画一的な 人間理解に対し 反発し広まったのであ る。 そ
の頃 、 アメリカにおいては、 経済的生産性や 科学の進歩を 通したよりよい 生活に無限の 信頼を置いて
いたため、 実存主義への 関心はゆっくりしたものであ った。 このような合理主義や 経済的生産,性を
中
心に置く社会においては、 しばしば権 力者の意見に 従 う ことが要求され、 個人個人の幸せよりも 国の
発展が第一とされてきたのであ る。 それに対して、 実存主義者は、
自己の綱領を
保持し、 それを評価
し、 その清廉さを 維持するタフな 心をもち、 非人間化する 社会的 諸力ヘ 自らを売り渡してしまうこと
を拒否し、 社会における 他者の個別性を 抑圧する体制の 力 に対抗したのであ った。 自分が誰であ るか
威ではなく、 自分の生活との 相互関係
を定義するのは、 家族や教会や 経済システムといった 外部の権
なのであ って、 結局は自分自身だと 考えたのであ る 2)0
第 2 次世界大戦、 日本において 実存主義ソーシャルワークを 広めた第一人者であ る竹内憂 二も 、 当
時まだ物質的に 人々が貧しく、 誰もが物質的欲求・ 量的側面における 充足を求めていた 時、 つまり、
そ う いった量的側面にしか 目が向かなかった 時に 、 既に人々に先駆けて、 社会福祉は量的側面のみな
らず、 質的側面も改善・
向上されなければならないと 主張したのであ る 3)。
このような社会全体が 豊かになりさえすればよいのではなく、 個人個人の幸せ、 つまり個人の 実存
を真に重要視する 実存主義の考え 方は、 社会を生きる 一人一人の幸せや 心の充実を目指すソーシャル
ワークの目指すところと 合致しているのではないだろうか。
また、 「実存主義者は 他者との っぽ がりを感じ、 他者のニーズや 友情に応答するのだが、 それという
のも他者の主体性を 自己自身のものと 同じように正当なものであ ると尊重するからであ る」めと述べ
られており、 このことは、 実存主義者が 自らの主体性と 共に他者の主体性をも 尊重する姿勢を 表すも
のであ る。
以上、 述べてきたように 第 2 次世界大戦後世界中に 広まった個人の 存在・尊厳を 大切にする実存主
義の精神は、 現在の社会の 中における個人の 幸せを大切する 個別化の考え 方や本人の主体性に 重点を
置く視点へと 引き継がれ、 現在の福祉における 人々の根底意識部分を 支え、 福祉の質的な 向上・発展
に寄与していると 私は考える。
(2) クリルの実存主義アプローチの 5 つの援助概念について
クリルの実存主義アプローチは、 実存主義思想から 導き出された「 D sTusionmen 切
ぇ
。
「
旺 eed0 皿 of
ch0%ce」。 Mean 面ginsu 丘ering 」。 Necess 辻yofdialo紐 e 」,「Comn 血 me 甜 」の 5 つを援助概念とし
「
「
ている。
「
Dis Ⅲusionme 血 」とは、 クライエントの 成長を妨げている 様々な要因、 特にクライェン
ト
が思い
込んでしまっている 錯覚から目覚め、 クライェント 本来の姿に戻ることであ る。 援助者は、 クライ ヱ
ント自身の中に、 自然な成長のエネルギーが 生れることを 目指して、 それを引き出す 役目をする。
「「「 fReednmofCho
iCCe
」とは、 クライェン ト が錯覚から目覚めて 本来の姿に戻るためには、 クライェン
トの 自ら変わりたいと 望む主体性に 基づき、 クライエント 自身が援助を 望み選ぶという 選択をするこ
とが大切であ る。 選択とは行為へ 向かうものであ り、 クライエントは 変化への力をもつていると 援助
者が信じることは、 クライエントに 肯定的な気持ちを 与えるものとなる。 Meaniunelnsu 仔enine 」と
士
「
は 、 クライエントの 抱えている問題や 苦悩がクライエントの 成長にとって 意味あ るものと肯定する 立
場から援助を 行うことであ る。 それは、 クライエントが 自ら抱える問題や 困難な境遇を 、 嘆いたりま
一 21 一
ョト
除したりするよりも、
クライェン
ト
の潜在的な力を 引き出し促進することにつながるのであ る。
Necessityofdia Ⅰ。伊 e 」とは、 人はその人自身の 内部だけからは 成長せず、 人は環境との 応答関係
の中で成長し、 自分自身を構築していくが、 その基礎となるのが、 人と人との対話であ る。
Comm 比ment 」とは、 クライェン ト が自分自身の 中に現れてきている 独自のライフスタイルを 認識
「
「
し、 さらに、 積極的に自らに 関わることを、 援助者は望んでいる。 クライェン
ライフスタイルを 自覚し尊いとすることは、 クライェン
方向転換することになる。 クライェン
援助者もクライェン
ト
ト
ト
ト
が自分自身の 独自の
が自らを,隣れに 思い無気力となることから
が自らの独自のライフスタイルに 積極的に関わると 同時に、
を肯定的に受け 止め積極的に 関わるのであ る 5)。
3. クリルの業績とわが 国における先行研究
(]) クリルの業績とクリルの 実存主義ソーシャルワークの 位置付け
クリルが初めて 実存主義ソーシャルワークを 世に発表した 論文 "E 姑stentialSocialWor
㌣は、 1974
年にソーシャルワーク 実践に影響していると 思われる諸理論を 取り上げ紹介している 鰯 ㎡a7 W侮庇
牡穏 ㎞㏄ f6)の申で取り上げられた。 ( さらに、 1978 年著書 E 五sF ㎝ ぬ.al鰯億 l W侮丑を発表してい
る 。 ) So0ぬガルもた を 且穏ま皿e㎡は、 時代のニーズと 共に多様なソーシャルワークアプローチが 求められ
る申で、 ソーシャルワーク 実践に影響しているかどうかという 点から、 改訂を繰り返し 出版されてい
る。 第 1 版が出版された 1974 年では 14 の理論であ ったが、 現在の第 4 版では 27 の理論が掲載され
ている。 注目すべきは、 単に新しい理論が 加わり、 掲載される理論の 数が増えていったのではなく、
ぉ
新しく加わった 理論もあ れば、 時代の流れとニーズと 共に姿を消してしまった 理論もあ る。 そんな中
974 年の第 1 版から現在の 第 4 版まで、 繰り返し取り
上げられており、 実存主義の視点は、 ソーシャルワーク 実践における 人間理解の重要な 一視点であ る
と私は考える。 第 1 版から現在の 第 4 版までの 茄 ciaa]ル綴士皿 。eat切切 において掲載された 理論の変
で、 クリルの実存主義ソーシャルワークは、
Ⅰ
よ
遷を表 i のように整理することによって、 クリルの実存主義ソーシャルワークは、
ソーシャルワーク
実践に影響していると 思われる諸理論の 一つとして位置付けられていることが 明らかとなるであ ろう。
なおこの表は、 ターナⅡ℡ rne ん F,)著、 米本 秀仁監詣 1999) 『ソーシャルワーク・トリートメント』
(下 ) 中央法規出版 pp.562 をもとに作成したものであ る。
(2) わが国におけるクリルの 実存主義ソーシャルワークの 先行研究
私はクリルによる 実存主義ソーシャルワークの 援助関係、 特にクライェン
ト
の力を引き出す 役目を
援助者が担うとしている 点に着目した。 なぜなら、 福祉の現場で 働いてきた経験から、 対人援助にお
ける接し方、 とりわけ、 援助者のクライェント 本人のやる気や 主体性を引き 出す援助関係が 重要であ
ると感じてきたからであ る。 このような点から、 クリルの実存主義ソーシャルワークを 考察し、 これ
までの先行研究で 述べられてきたかどうかをみていきたい。
ャルワークに 関する先行研究には、 西光 義 敵のと信州美樹
わが国におけるクリルの 実存主義ソーシ
め
、 さらに、 田嶋英行 9 などの研究があ る。
西光による先行研究は 、 1982 年に行われており、 鰯碗 1Wん。七 % 色細簗ォ 初版 (1974) の中で取
り上げられたクリルの 論文 "ExistentialSocialWork"と E 五S e刀お,alSooCialWoピ㎡ 1978) の二つの文献
ぉ
Ⅰ
を参考にして 書かれている。 これらの文献をもとに 書かれた西光の 論文は、 現在の助 @cmal肋丑
且㏄ 肋 ㎝ ょ, 4thEd. (1996)では読み取ることのできない 実存主義ソーシャルワークが 理論化された 当
時の様子から 内容に至るまでを 詳細に伝えており、 大変意義深い 研究であ ったといえる。 特にその 当
時の実存主義的な 人間理解がソーシャルワーク 実践において 必要となった 背景について、 西光は 、
一 22 一
表マ . 臆 rner, F. J., ぷ㏄ /a/
古に掲載されたソーシャルワーク
(米本秀仁篤 訳 (1999) 「ソーシャルワーク。 トリートメント (下 ) 中央法規出版 pp.562 をもとに作成 )
第 1 版 (1974)
第 2 版 (1979)
第 3 版 (1986)
第 4 版 (1996)
1) 精神分析理論
1) 精神分析理論と sWT
1) 精神分析理論
1) 精神分析理論
2) 自我心理学
2) 自我心理学
2) 自我心理学理論
2) 自我心理学
3) 心理社会療法
3) 心理社会的理論
3) 心理社会的理論と SWT
3) 心理社会療法
4) 問題解決モデル
4) 問題解決理論と swT
4) 問題解決理論
り 問題解決理論
5)Sw 実践のための 機能主義理 5)SW 実践のための 機能主義理 5)SW 実践のための 機能主義理 5)機能主義理論と SwT
ロ
舌ム
Ⅰ冊
ミム
冊
怒而
ヰ
百Ⅱ
6) クライエント 中心システ 6) クライエント 中心システム 6)クライエント 中心理論
ム : 発達的視野
の 展開
6) クライェント 中心理論 :パ一
ソン中心アプローチ
14) 家族トリートメント
癒すためのクリ 一族メディス
一 23 一
g コs ㎝ ぬオ /Soo ぬゑ
ぉ
Ⅰ
レん
丑の引用を交え、
「
(略 ) 人間援助を専門とする 人たちは、 被援助者をうまく
援助することができないことから 欲求不満を起し、 その結果、 他者を責めるという 傾向が生まれてき
た。 罪悪 観 をともなった 自己点検と、 頑強な社会的勢力への 怒りとのあ いだで動揺しているというの
が現状であ る。 これを実存主義的な 立場から見れば、 興味あ る仮説が立てられる。 すなむち『援助専
門家が他者を 変えようと努力しつづけるそのやり 方そのものが、 疎覚を促し、 解決したいと 思って い
る 問題をかえって ,悪化させていることが、しばしばあ るかもしれない
ている。 援助者とクライェン
ト
団
というものであ る」⑮と述べ
の援助関係については、 「実存主義的セラピストは、
クライェン
ト
を特
殊の世界観や 生活様式をもつ 独自人間 (Person) として、 固有の価値あ りと認める。 したがって クラ
イェン
ト
ト
はかく生きるべしといった 処方 筆 はもたず、 セラピストとしての 自分の仕事は、
が再び独自の 成長を始める 過程を助ける 助産婦の仕事であ ると考えている」
るにとどまっているため、 クライェン
述べられていないことがわかる。
ト
クライェン
11)と原文を忠実に 伝え
の力を引き出す 役目を援助者が 担 う という点についてまでは
同 ll@
こ よる先行研究は、 1998 年に行われており、 現在の視点から、 特に、T司 @
身 が保育士として
働いた経験の 中から実存主義ソーシャルワークの 必要性を感じ 研究を行ったことから、 実存主義ソー
シャルワークが 現在のソーシャルワーク 実践においても 重要であ ることを示唆している。 さらに、 信
州のこの論文の 一部が、 日本社会福祉学会第 45 回全国大会において 報告されたことも 注目すべきこ
とであ る。周 @@ 研究の動機として、 「不信の感情にとらわれている
対象者に対し 有効な働きかけをす
るためには、 特に援助関係における 高い専門性を 援助者は持つ 必要があ る。 援助者には第一に、 不信
の感情に出会っても 誠実に関わり 続けることのできる 基盤が必要となるのであ る。 実存主義ソーシ
ャ
ルワーカーは 援助者に対し、 こういった実践に 必要な哲学的基盤を 指し示すと共に 、 目の前で起こっ
ている現象を 表層的にとらえるのではなく、 その状況の背後に 存在する現代社会の 問題を洞察する 視
点 をも与えるのであ る」 12)と述べている。 信 川の研究では、 クリルの実存主義ソーシャルワークの 概
要を忠実かつ 詳細に紹介し、 クリルの実存主義ソーシャルワークの「哲学的観点の 必要性」「ソーシャ
ルワーク理論の 多元的な展開への 貢献」「ソーシャル ヮ一力一の養成訓練に 関する視点」を 中心に述べ
ている。 特に 、 「ソーシャルワーク 理論の多元的な 展開への貢献」の 部分で、 援助関係について 取り上
げている。 具体的に、 クリルの実存主義ソーシャルワークの 原則として「クライェン を中心とした
方向づけ」「経験が 変化をひきおこすということの 強調」「価値や 哲学的、 宗教的観点からの 考察」の
3 つを取り上げ、 「これらの価値あ るいは哲学的基盤を 持つことにより、多種多様の手、 法を用いても 援
ト
助関係に一貫性が 保てる」と述べ、 「クライェン
を中心とするなどの 援助関係における 価値や経験的
ト
な洞察に立脚することにより、 具体的手法についてはいかなるものも 選択し使用することができる」
と述べている 13)
。 つまり、 信 川の論文では、 クリルの実存主義ソーシャルワークにおける 援助関係そ
のものをよ ケ深 く 考察するというよりも、 クライェン
ト
を中心とするなどの 援助関係における 価値 や
経験的な洞察がソーシャルワーク 実践の可能性を 広げるものとして 強調されており、 同 き出す」とい
う点からは述べられていないことがわかる。
田嶋による先行研究は、 2004 午に行われている。 特に注目すべき 点は、西光や信州が 先行研究で ク
りかの実存主義ソーシャルワークの 内容を忠実に 紹介するにとどまっているのに 対し、田嶋の研究は、
実存主義ソーシャルワークの 援助の枠組みについて 明らかにした 点にあ る。 先に述べたよ
義 ソーシャルワークには「 Dismusionment
「
」。 Freedom
「
of choicCe」。 Meaning
「
う
に実存生
in su 掩 Ⅱng 」。
ぇ
Necessity ofdialogue」。 Comm 北山ent 」の 5 つの援助概念があ る。 田嶋は、 実存主義思想から 導
「
き出された 5 つの援助概念をもとに、 ソーシャルワーカーは、 クライェン
一 24 一
ト
を「疎覚」から 解放して
いくと述べている 1め 。 さらに、 (援助過程の ) 第 1 局面では、 ソーシャルワーカーは、 「対話の必要,性
(Necess乱yofdialo糾 e)」に基づいた 援助を展開し、 その際には、
「選択の自由
(Freedomofchoice)
」
「傾注 (Comm 軋ment) 」「苦悩における 意味 (Mean 田K lnsu 掩 ring)」の 3 つの援助概念を 重視する。
土
それによって、クライェン がソーシャルワーカーとの 対話を通して、 自己以外の他者に 関心を向け、
他者と関わる 端緒を作り出すとしている。 さらに、 第 2 局面では、 ソーシャルワーカーは、 クライェ
ン が自我に囚われた 状態から抜け 出していくことができるよさに「幻滅
(Disillusionment)」とい
ト
ト
ぅ
援助概念に基づいた 援助を行
う
としている。 そして、 第 3 局面では、 ソーシャルワーカーは、 クラ
イェン ト が家族や親族、 もしくは友人といった 重要な他者に 関心を向け、 その っぽ がりを緊密にして
いくように促し、 それによりクライエントは、 自らが存在する 意味を把握し、 自己が安定することに
よって、 「疎覚」から 解放されることになると 述べている 15)
。 このように田嶋の 研究は、 実存主義ソ
ーシャルワークの 5 つの援助概念を 第 1 局面から第 3 局面までの援助過程において 具体的に取り 上げ、
クリルによる 実存主義ソーシャルワークの 援助の枠組みを 明らかにした 大変画期的な 研究であ った。
しかし、 援助の枠組みに 重点が置かれた 研究であ り、本論文の焦点であ る援助関係について、 樹こ 「ク
ライェン ト の力を引き出す」という 点については 述べていないと 考えられる。
つまり、 これまでの先行研究ではクリルによる 実存主義アプローチを 忠実に詳細に 紹介した西光と
信川の研究、 さらには、 田嶋の実存主義ソーシャルワークの 援助の枠組みを 明らかにした 研究が行わ
れてきたが、 「クライェン の力を引き出す」という 視点からの援助関係の 考察があ まりされてこなか
ったと考えることができる。
ト
4. クリルの実存主義アプローチの 援助関係について
あ らゆるアプローチには、
理論と手法と 援助関係を含み、 それらを重視するが、 アプローチによっ
てそれらのどれが 重要かの優先順位は 多様であ る 16)
。 実存主義的ワーカーは、 援助関係それ 自体を重
祝 している。 つまり、 援助者とクライェン ト の関係こそが 変化における 本質的な構成要素であ るとみ
なしているのであ る 17)
。 クリルは、 具体的に、 実存主義アプローチの 援助関係を「援助者がクライ ェ
ント
とその問題に 向ける態度」と「クライェン
トと相互作用するときの
援助者の行動」に 大別できる
とし 18)、 それぞれについて 述べている。
まず、 「援助者がクライェン
とその問題に 向ける態度」についてであ るが、実存主義アプローチを
行う援助者の 態度は、 実存主義アプローチの 価値を行動に 表したものであ る。 実存主義アプローチの
価値とは、 次のような内容であ る。 「人間は自由な 選択の能力をもっていること、 人間は人生について
の自分自身の 視野をもち、 この視野を主張することにおいて 根本的に人間に 値するものであ ること、
人間は成長するためにはその 環境との開かれた 相互作用を必要とすること、 生成は応答的で 相互作用
的な過程であ ること、 生成は危険と 未知のものを 含んでいるがゆえに、 苦悩は成長過程の 避げられな
い一部であ ること」などが、 実存主義的援助者が 伝える価値であ ると述べている 19)
。 このような価値
に 基づき、 実存主義援助者は、 価値を具体的な 援助態度に移していく。 その実存主義ソーシャルワー
クの価値とは、 先に示した 5 つの援助概念「 Dismusikonme
甜 」。「ⅡeedomofchoicCe
」。 Meaningin
su 任e 「
ing 」。 NecesSityofdiealoeue
」,「Comm 廿merlt 」に基づいている。
次に 、 「クライェン トと相互作用するときの 援助者の行動」についてであ るが、 「実存主義的援助者
はクライェン ト がど う 生きるべきかについての 処方 築 をもっているわけではない。 自分の業務を 産婆
のそれ、 つまりクライェント 自身の成長と 生成を再開させてくれるような、 障害物を取り 除く過程に
おいて手助けとなる 知識と技能をもっている 担い手とみるのであ る」 20)と述べている。 実存主義的援
ト
「
「
一 25 一
功者は自らの 業務を産婆のそれ、 つまり、 援助者がクライェン
クライェント 自身が解決の 方法を生み出せるよ
う
ト
に解決の方、法を与えるのではなく ,
に、 手助けをすると 考えている。 ワーカーは、 クラ
イェン ト が自分自身の 重要な他者あ るいは支援集団をとおしてそ う いった究極の 定義や傾注を 追及す
る ほ う を好ましいと 思 う 21)とも述べている。 つまり、 クライェント 自身が自らの 人生モデルを 積極
」
的に描き取り 組む姿勢を好ましいと 考えるのであ る。 さらに、 援助者の伯 発性 、 驚き、 お定まりで
はない応答などをとおした 活発な関与は、 実存主義的ワーカーが 価値あ るとした方法の 一つであ る。
」
とし、 援助者の純粋な 対話や、 活発さ、 明るさ、 自発性、 そしてユーモア 等を使
う
ことによって、 ク
の防衛的な姿勢に 揺らぎが生じ、 クライェント 自身が積極的に 関与するようになり、 固定
した役割や価値の 立場から解放されるようになると 述べている 22)0
以上のように、 クリルの実存主義ソーシャルワークにおける 援助者とクライェン ト の援助関係、 特
ライェン
ト
に援助者の役割については
嘘姿 のそれ」としているが、 その内容は、 援助者はクライェン
の方法を与えるのではなく、 クライェン
ト
が潜在的にもっている 力を引き出す 援助者のあ
ト
に解決
り方を示唆
していると考えることができる。 ここで、 助産学の分野の 文献『日本助産婦 史研究』から、 クリルが
原書で用いている「 mi(dw 血 = 助産 師 」についての 説明を少し加えることにする。 それによると、 助
産 師 midw 漁の語源は、 アングロサクソン 語で mid 二 with と、 w 掩ニ women
り
を合わせたもの、 つま
、 女性と共にいるの 意味であ るとしている。 又 、 助産 師は ドゥーうに登するべきとしている。 ドウ
一 うとは、
ギリシャ語で、 語源は女性の 傍らにいるということであ り、 献身的、 経験豊富で思いやり
があ り、 同伴者 (care 巴ver) や支援者を意味し、 助産師の語源と 同様であ るとしている。 そして、
本来の助産師の 役割は、 ドヴ一うに学ぶことが 多いとしている。 又 、 助産師の業務について、 日本坊
塵肺会の季刊誌『助産 師Ⅰにおいて高橋は 佑来から絶えず 繰り返されてきた 妊娠,出産、
育児にか
かわるプロとして、 女性の中にあ る能力を引き 出し、 励まし支える 助産部職の存続の 鍵は、 助産ケア
の 質にかかってくる」と 述べている 23)
。 また、 開業助産師の 清水・坂本は、 「助産師は 、 分娩の場で
産婦自身の産む 力 を引き出し、 (略 ) サポートする」
2めと述べ、 助産師の役割についてふれている。
つまり、 これらのことから 考えると、 クリルの実存主義ソーシャルワークにおいて、
援助者の役割
ほ ついては「産婆のそれ」と 例 えて伝えるにとどまっているが、 「産婆」つまり助産師の働きの 中には、
本人の力を引き 出す要素を十分に 備えていると 考えることができるのであ る。 こ う いった実存主義ソ
ーシャルワークにおける 援助関係、 とりわけ、 援助者の個別の 視点からクライェン
切 とする姿勢は、
クライェント 自身の中に力を 生み出す援助であ り、 クライェン
ト
ト
の尊厳を真に 大
の内面の力を 引き
出す援助にっながると 私は考える。
5. おわりに
これまでに述べてきたように、 ソーシャルワークにおける 実存主義アブローチは、 クライントが 抱
える問題をクライェント 自身が自らの 成長に必要なものだと 問題を肯定的に 受け止め、 クライェント
自らが主体的に 問題解決に向き 合えるよ
チであ る。援助者は、 クライェン
ト
う
に、 クライェン
ト
の 力 を引き出すことを 示唆するアプロー
に具体的なモデルや 理想を喜んで 描くわけではなく、 (希望があ れ
ばするのであ るが ) 、 クライントが 問題に向かう カ を内面から湧き 起こるよ
う
に、 問題に関係する 価値
問題を取り扱うのであ る。 価値は 、 人々の行動や 態度の基準となり、 援助行為を支えている 中身であ
り
、 価値なしには 援助行為は成り 立たないのであ る。 現在多くのソーシャルワークが 具体的な援助の
手法を持っており、 一見すると実存主義ソーシャルは 具体性に欠けると 指摘されることも 珍しくない。
しかし、 この実存主義ソーシャルワークアプローチは、
一 26 一
援助者の具体的なソーシャルワーク 実践にお
ける援助行為を 支える価値に 重きを置くアプローチとして、 ソーシャルワークの 原点を見つめ 返す上
で重要であ る。
実存主義ソーシャルワークが 生まれた第 2 次世界大戦後の 状況は、 世界の国々が 合理主義的な 政策
を 進め、 社会の物質的。 量的な充足を 第一義としていた 時代であ った。 そんな中で、 個人の幸福が 埋
没される危機に 対し、 個人の質的な 側面を重視し 個人の主体性を 尊重する実存主義ソーシャルワーク
が生まれたのであ る。
現在は、 さまざまな社会制度が 整備され物質的,量的な充足はかなり 満たされてきている 状況であ
る。 しかし、 物質的・量的な 整備が進む一方で、 人間の質的な 側面、 心の充実ということが、 ますま
す 求められてきている。
実存主義ソーシャルワークが 生まれた第 2 次世界大戦後の 状況と現在とを 比べてみると、 人々の生
活は物質的・ 量的に確然とよくなったのであ る。 しかし、 人々の幸せを 求める心は、 物質的。 量的な
側面のみで充足されるのではなく、 質的側面からの 充足に依拠するのであ る。 人々の幸せを 求める心
は今も昔も変わらない 普遍の真理であ る。 このような個人個人の 実存、 つまり、 個人個人の主体性を
重要視し 、 真の幸福を求め 質的な側面を 重視する実存主義ソーシャルワークは
、 人々に質的な 幸福 追
求 のあ り方に気づくきっかけを 与えた現在の 福祉につながる 大きな原動力となったのではないかと 私
は思げのであ る。
実存主義ソーシャルワークは、 援助者とクライェン ト の援助関係を 重視し、 実存主義の個別の 視点、
から、 クライェン ト を主体,性のあ る潜在的に力を 兼ね備えた尊厳あ る存在とし、 クライェント 自身が
自ら 力 を発揮できるよ う に、 クライェン ト の力を引き出すことを 援助者の役割としている 内容であ る
ことがわかる。 そしてこのような 視点は、 現在の ェ ンパワーメント 25)
の視点にも通じるのではないだ
ろうか。 現在、 クライェン ト の力を引き出す 援助者の姿勢が 注目されてきているが、 やはり個人個人
の潜在的な力を 信じて援助する 個別の視点からクライェン トと 向かい合い カ を引き出さねばならず 実
存 主義的な個別の 視点が必要不可欠なのであ る。
実存主義は、 第二次世界大戦後の 経済発展と合理化を 急ぐあ まりに引き起こされた 様々な問題が 各
国で発生する 申で生れた哲学であ る。 「絶望の哲学」とも 命名された実存主義哲学から 生れた実存主義
アプローチは、 絶望から立ち 上がるには、 一人一人の 力 が真に重要であ ることを私たちに 教えてくれ
ているのではないだろうか。 本来の幸せの 原点は一人一人の 心の中が幸せで 満たされるという 個人の
視点にあ ることを人々に 問 う ているのではないだろうか。 そして、 実存主義ソーシャルワークにおけ
る援助者とクライェン ト の援助関係は、 援助者はクライエントの 無限の可能性を 信じ個別の視点から
クライェント 自らが自分自身の 問題に積極的に 関われるよ うサこ力 を引き出す援助者のあ り方を示唆し
ているといえよ
う
。
注
l) Krill, D. F.,
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2) クリル,D. F. (1999)同上監訳書、pp.389-391
3) 竹内変 二 (1979) 『社会福祉の哲学 一新実存主義的考察一山相川書房、 pp.41-53
4) クリル,D. F. (1999)同上監訳書、p.393
5) クリル,D. F. (1999)同上監訳書、pp.399-402 、 Krill, D. F.,
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7) 西光義散(1982) 「米国における実存主義的ソーシャルワーク」 T熊谷大学論集 第 421 号、 龍谷学会編、pp.2-23
刀
8)
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「
N0.4, pp.52-58
10)西光義敵 (1982)前掲 書、 p.6
l1)西光 義敬 (1982)前掲書 、 p.14
l2H 信州 H 樹 (1998)前掲 書 、 p.104
13H 信 州 美樹 (1998)前掲 書 、 p.111-112
14) 田嶋英行 (2004)前掲書、 p.56
15) 田嶋英行 (2004)前掲 書 、 p.54-57
16) クリル,D. F. (1999)前掲 監訳書、p,405
17) クリル,D. F. (1999)前掲 監訳書、p.409
18) クリル,D. F. (1999)前掲 監訳書、p.405
19) クリル,D. F. (1999)前掲 監訳書、pp.406-407
20) クリル,D. F. (1999)前掲監訳書、p.406
産婆とは、 現在の助産士を 指す。米 なお、西光義敵 (1982)前掲書 pp.14
(注 11) においても、 同内容と思われるクリル 氏の論文からの 引用があ る。
21) クリル,D. F. (1999)前掲監 訳書、pp.407 円 08
22) クリル,D. F, (1999)前掲 監 訳書、p.409
23)高橋律子 (1997) 「助産婦
職存続の鍵は、 助産ケアの 質 」日本助産婦 会 『助産婦d V0l.5l,No.l,p.l1
24)清水久美子・ 坂本みゆき (200l) Tお彦ルネッサンス 私の身体はわたしのもの 山雲母書房、 p.55
25)ェ ンパワーメントとは、 社会福祉援助において、 クライェン が自ら抱える 問題を主体的に 解決しょうとする 力を
ト
引き出すことであ る。 ( 「社会福祉基本用語集J (1999) ミネルヴァ書房)
参考文献
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