未利用原油(含む非在来型原油)の国内製油所での精製時の課題

未利用原油(含む非在来型原油)の国内製油所での精製時の課題に関する調査
(JXリサーチ株式会社) ○青木 信雄、細井 秀智、茂木 章
1.調査の目的
我が国の原油調達における中東依存度は約 83%、次いでロシアが約 8%(2014 年)とな
っており、すべての燃料の中で石油は調達リスクが最も高い。したがって、調達先国を多
様化して中東依存度を低減することは、我が国の燃料の安定供給確保に最も大きく寄与す
るものである。
しかし、未利用原油(含む非在来型原油)等を国内で取り扱うには、製油所設備への影
響が懸念される。たとえば、重質原油処理時における機器閉塞や、材質腐食などである。
これらのメカニズム解明、要因分析と予測・抑制・管理手法を確立して、未利用原油(含
む非在来型原油)の国内製油所での処理を可能にしていくことは、将来的に我が国のエネ
ルギー安定供給等に貢献できるものだと考えられる。
以上のことを踏まえて、国内製油所で未利用原油(含む非在来型原油)を処理する際に
問題となりそうな事項を抽出し、それを特定するための分析項目を整理することを目的に
調査した。
2.調査の内容
2.1 未利用原油(含む非在来型原油)の精製時の課題に関する調査
国内の製油所で未利用原油(含む非在来型原油)を精製する際に懸念される課題に関し
て、海外の事例を調査した。調査は、以下のように、課題が発生する場所で整理・分類し
て行った。
○製油所への輸送時
○蒸留前段
○蒸留装置
○蒸留後段
○プロセス全般
2.2 懸念事項を引き起こす要因の整理
2.1の結果に基づき、懸念事項に対応する必要な分析項目を整理した。
整理にあたっては、1)の懸念事項を引き起こす要因を明確にし、併せて未利用原油(含
む非在来型原油)を評価する際に必要な分析項目を明確にした。
2.3 対策方法の検討
対策に繋がる具体的な方法(試験方法、評価方法)について考察した。
3.調査の結果
3.1 未利用原油(含む非在来型原油)の精製時の課題
石油精製に関する内外の膨大な報告・情報の中から、未利用原油の処理に関わる具体的
なデータが記載されている事例を抽出する作業を行った結果、合計 10 件の課題が見いださ
れた。
○製油所への輸送時 2 件
○蒸留前段 3 件
○蒸留装置 2 件
○蒸留後段 2 件
○プロセス全般 1 件
本報告ではこの中の 5 件について紹介する。
課題 A(蒸留前段): 不適切な原油混合による不溶分の形成
製油所で原油を混合する際に、超重質原油等が含まれる場合には、混合が不適切だと不
溶分が形成され、これが後段の装置でファウリング等の問題を発生させる。その例を表1
に示す。右表(混合後)の Fouing severity の数値が大きい混合が不適切なケースである。
表 1 不適切な原油混合
原油中のアスファルテンの凝集性(高濃度, 不安定性が寄与)への対応が不適切な場合
に不溶分が発生すると解析されている。ヘプタン添加による既存の凝集性評価法で、一定
の対応は可能である。
課題 B(蒸留前段): 原油予備加熱熱交でのファウリング
未利用原油、特に超重質原油の処理時に原油予備加熱熱交でファウリングが起きやすい
と報告されている。カナダ産の Cold Lake(CLK:超重質原油)、Midale(MDL:中質原油)、Light
Sour Blend(LSB:軽質原油) の 3 原油について、British Columbia 大学がファウリング速
度を比較評価した結果を図1に示す。CLK のファウリング速度が温度 300-330℃において他
原油の約 2 倍であることが分かる。CLK 原油のアスファルテンの凝集性が高いことが主要因
と解析されている。
図1 原油熱交ファウリング速度の比較
課題 C(蒸留装置): 超重質原油処理時の常圧蒸留塔の問題
米 ConocoPhillips 社の Sweeny 製油所でベネズエラの超重質原油 Merey16(API15.9)を処
理した際に、図 2 に示す問題が発生したと報告されている。
図2
Sweeny 製油所における超重質原油処理時の常圧蒸留塔の問題
トラブルの1と 2 は原油の高粘性、トラブル 3 は高塩濃度が要因と解析されている。
課題 D(蒸留後段):
RDS 触媒の劣化促進
Chevron 社の製油所において、図 3 に示すように、Maya 原油では Arabian Heavy よりも
RDS触媒の劣化速度が格段に速かったと報告されている。原料油中の金属分およびアス
ファルテンの凝集性(高濃度、不安定性)が高いことが主要因とみられる。
図3
RDS触媒の劣化(Chevron 社)
課題 E(プロセス全般): 腐食
Fluor Enterprise 社からオイルサンド系原油を処理した際の腐食箇所が報告されている。
図 4 中の赤色部が腐食箇所であり、温度が 220℃以上になる部分で深刻であった。ナフテン
酸濃度が高いことが主要因であり、対応にはTAN測定が必要になる。
図 4 オイルサンド系原油処理で腐食が発生しやすい箇所(Fluor Enterprise 社)
3.2 懸念事項を引き起こす要因
未利用原油処理時の 10 課題とその要因を整理して表 2 に示す。
表 2 未利用原油処理時の課題と主要要因
以下の 1)-4)が大きいことが主要な要因であり、これらが未処理原油処理時の必須の分析
項目となる。その結果次第では原油処理時に十分な対応をすべきである。
1)原油中のアスファルテンの凝集性(量、不安定性)
2)原油中の塩分
3)金属分
4)TAN
2)塩分、3)金属分については現行の分析法で解析が可能である。また 4)TANについて
も現行の分析方法で対応可能である。なおTANで生じる課題については先行する「新規
開発原油・非在来型原油のアベイラビリティと海外製油所の処理事例報告書」
(JPEC-2013P-01)に詳述されている。
一方で 1)の原油中のアスファルテンについては量的な分析方法は既に確立しているもの
の、凝集性については多くの課題の要因となっており、特に注意が必要であるにも関わら
す、その評価法はまだ確立していない。既存の凝集性評価法はヘプタン添加時の吸光度の
変化でアスファルテンの凝集をモニターするものであり、FPA(Fouling Potential Analyzer)
法や ASI(Aspahltene Stability Index)等が提案されている。このうち、例として FPA 法
を図 5 に示す
図5
FPA 法による原油中のアスファルテンの凝集性評価
しかし既存の分析方法は一定の機能を果たすものの、限界がある。これらは原油中およ
び残油中のアスファルテンの凝集度そのものを定量化したものではない。また、ある状態
から温度を変化させた時、あるいはアスファルテンの化学構造や濃度が変化した時に、そ
の凝集度がどう変化して油の処理にどういう影響があるかは、FPA 法等からでは予測できな
い。アスファルテンに関しては、その凝集度を定量化する手法の早期開発が待たれる状況
である。
3.3 対策
海外での未利用原油処理事例を調査し、処理時に生ずる課題とその要因および処理時の
必須の分析項目を3.2で示した。現実の処理においては、これらを基本にして、個々の
ケースの状況に合わせて柔軟に対応していくことになろう。しかし分析面の備えがまだ不
十分である。それは、未利用原油利用時に最も注意を払うべきアスファルテンについて、
その凝集度を定量化する手法が世界を見渡してもまだ確立しておらず、日本の石油産業の
手中にもないからである。未利用原油利用への準備が万全だとは言い難い。
この点で注目に値するのが JPEC のペトロリオミクス研究室が中心となって大学等と共同
で進めている「アスファルテン凝集制御技術の開発」である。この開発は石油産業の長年
の懸案であるアスファルテンの凝集の定量化に正面から挑むものであり、その成果は未利
用原油処理時の有用な指針としても活用できるはずである。この開発では図 6 に示すよう
に、凝集指数(Aggregation Index=AI)の定量化モデルを作成済みであり、これからその
検証を行う段階と報告されている。この技術が完成してアスファルテンの凝集度を定量化
できれば、未利用原油を国内製油所で処理する際の強力な武器となるのは確実である。本
技術の早期完成が待たれる。
図 6 アスファルテン凝集度の定量化モデル(JPEC ペトロリオミクス研究室)
4.まとめ
我が国は原油調達先の多様化が必要な状況にあり、未利用原油(含む非在来型原油)の
輸入はその解決法となり得る。しかし未利用原油を国内で扱う際には製油所設備への影響
が懸念される。そこで、未利用原油処理時に課題となりそうな事項を抽出し、課題発生を
予測するための分析項目を整理し、それに基づいて未利用原油処理に向けての対策を検討
することを目的に本調査を実施した。
本調査によって未利用原油処理時の課題 10 点が見いだされた。これら未利用原油処理時
の課題の要因となっているのは、
1)
原油中のアスファルテンの凝集性(量、不安定性)
2)
原油中の塩分
3)
金属分
4)
TAN
等であり、これらが未利用原油処理時の必須の分析項目となる。2)-4)については既存の
分析法で対応できる。しかし最も注意が必要な 1)のアスファルテン凝集性は既存法では不
十分であり、JPEC のペトロリオミクス研究室らによる「アスファルテン制御技術の開発」
の早期完成が期待される。