論文審査の要旨 報告番号 甲第 12 号 氏 名 朴 美善 〔論文題目〕 産業立地と地域経済政策に関する研究-中国の周辺地域を事例として- (A Study on Industrial Location and Regional Economic Policy : The case of China’s Peripheral Regions) 〔論文審査委員〕 主 査 藤本 典嗣 副 査 董 副 査 石岡 彦文 賢 〔論文審査の要旨〕 本論文は、著者を第一著者として、学術誌で公表の英文論文2報(査読あり)、学術誌で公表 の和文論文1報(査読あり)、著書で公表の和文分担著1報、第一報告者として5件の国際学会 発表、3件の国内学会発表の内容を、体系的にまとめたものである。また、その体系を補完する ものとして、共同研究者を第一著者とする論文・著書を3報、学会発表を9件について、一部の 成果を取り入れ、精力的に研究成果の共同執筆や共同発表をおこなってきたことが確認できる。 博士学位論文の構成と内容は以下のとおりである。 第1章では、研究の問題提起、研究課題、研究方法と論文構成について示している。 第2章では、周辺地域における産業立地の分析枠組みを導出する試みとして、産業立地に関す る経済地理学的アプローチに焦点をあて、先行研究の文献サーベイをおこない、既存の産業立地 研究における周辺地域の位置付けについて整理をおこなっている。また、経済地理学の体系の中 でも、地域構造論の分析枠組みに、さらに焦点をあてサーベイをおこなっている。 第3章では、具体的に分析をする国・地域として、中華人民共和国(以下、中国とする)の国 民経済を対象として、地域構造の実態を明らかにする。中心−周辺関係が反映された地域構造の 実態を捉えるにあたり、財政制度、域際収支、産業立地に関する指標を用いて、中心−周辺の地 域格差を明らかにしている。 第4章では、中国の周辺地域の代表的事例として、ロシア・北朝鮮と国境を接する吉林省の延 辺朝鮮族自治州に焦点を当て、首都である北京や上海・江蘇省・福建省・広東省に代表される沿 海部などの中心との対比の上で、同地域の産業立地について、中国統計年鑑、延辺統計年鑑など の資料を用いて、外国企業の投資状況や工業生産の内訳を明らかにすることで、地域構造の実態 分析をおこっている。 第5章では、同地域の雇用・労働環境の実態を分析するにあたり、労働者の雇用満足度に関し て、雇用制度、賃金制度、職業訓練制度、社会保障制度、ワークライフ・バランスに関する調査 項目を設定し、製造業の雇用者を対象にアンケート調査をおこない、その結果に基づいて中心部 と周辺地域の間の工業立地を促進する労働因子の相違を確認し、周辺地域の工業立地と産業集積 に資する地域政策の中身について検討している。 第6章では、本研究の分析から導出された政策的課題として、21 世紀に入り多発している自然 災害のリスクに対応した地域経済のレジリエンス(強靭性)に着目し、地方政府の地域経済政策 の特色を、中央政府とのそれとの対比により明らかにした上で、四川大地震、東日本大震災の両 災害時における地域経済政策のあり方や産業立地への影響について、日中比較の視点から実態を 明らかにしている。 第7章では、研究の統括と、今後の研究課題を示した。 本研究の主要な結論は、①域際収支や工業立地の分析に基づいて、中国の中心−周辺関係の地 域構造の実態を明らかにした上で、経済成長と産業誘致に向けた地域産業政策や不均衡是正策 が、周辺地域では必要であること、②国境が経済成長の障壁となっている周辺地域においても、 地域の経済統合に伴う輸送費の低下と国境貿易の増加が、企業立地と産業集積の形成をもたらす 萌芽となりうること、③製造業労働者を対象としたアンケート調査に基づき、労働市場の地域間 格差を明らかにした上で、周辺地域の雇用条件や労働因子の優位性が低いこと、④大型自然災害 が発生した場合の、地域経済のレジリエンスの実態を、四川大地震・東日本大震災を事例として 明らかにした上で、地域主導型の地域産業政策が周辺地域では必要であること、の4点に統括で きる。 以上のことにより、本邦の一般的な経済学原論では抽象的にしか、地理学分野では地誌的にし か、それぞれ捉えられてなかった、中国吉林省延辺地区の産業集積について、地域構造論の産業 立地に関する文献サーベイを踏まえた上で、より具体的な諸統計の解析、現地調査、アンケート 調査の手法を用いつつ、実態分析をおこなった点で、新たな知見を提示したと認められ、学術的 価値を有するものと認められる。また、研究成果の実践的意義として、北朝鮮、ロシア、韓国、 日本の相互の流動が、各国の政治動向次第で国境障壁を低下させると活発化するという立地条件 の変化が、延辺地区の産業集積や結節性を高める可能性を提示した点、東西冷戦の終結以降は、 グローバル化が進展し、先進経済諸国では国境障壁が低下しつつある中で、世界各国の国境に隣 接する地域の産業集積の形成の条件について本論文の分析枠組みが援用できる点、など行政の地 域産業政策の立案に寄与するところも少なくない。 本論文の内容と口頭試問における回答を考慮すると、本研究の立案・企画・実施や博士学位論 文の作成において申請者自らが主体的な役割を担ったこと、経済学原論一般では空間・地域を捨 象した人文・社会科学領域を補完するために、地理学という自然人文社会を横断する分野の、空 間・地域についての視点を援用しながら、両分野における背景知識・専門知識を十分に有するこ と、さらに経済学と地理学の融合分野である経済地理学的アプローチから、従来、一般的・抽象 的にしか論じられてこなかった周辺地域の地域構造を解明した点で、研究の独自性を有している と判断された。 以上、審査の結果、本論文の著者は、博士(理工学)の学位を授与されるに十分な資格がある ものと認められる。 備考:審査の要旨は、2,000字以内とする。
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