グリーンレポートNo.563(2016年5月号) ●巻頭連載 : 「農匠ナビ1000」の成果(農業経営者が開発実践した技術パッケージ) 第2回 高密度に播種した稚苗 密苗の高精度移植による水稲省力・低コスト栽培技術 ∼10a当たり育苗箱数5∼7箱で移植可能∼ 佛田利弘 ヤンマー株式会社 アグリ事業本部 農業研究センター 部長 伊勢村浩司 元石川県農林総合研究センター 農業試験場 主任研究員 澤本和徳 株式会社ぶった農産 代表取締役社長 水稲では、生産コストの低減に向けて直播栽培や疎植 栽培などの技術開発が行われている。また、育苗箱に種 籾を高密度に播種し、移植に使用する箱数を減らす技術 は、乳苗をはじめとして各地で取り組まれている。 今回紹介する密苗栽培は、一般的な播種量(100g) をはるかに超える250∼300g(乾籾)の高密度に播種 した稚苗を移植することで、必要な育苗箱数を劇的に削 減できる技術である。この技術は、㈱ぶった農産、ヤン 写真−2 移植時の苗の比較 300g播種(左:播種後2週) 、100g播種(右:播種後3週) マー㈱、石川県農林総合研究センターが共同研究したも のであり、今号では密苗の栽培技術、密苗対応の機械開 発、実際の経営における導入効果について紹介する。 密苗の苗姿は葉齢2.0∼2.3、苗丈10∼15㎝ 密苗は、育苗箱に高密度に播種すること、密苗を4本 程度で植えること以外は、慣行の資材を用いて、慣行の 育苗および本田管理に準じて栽培できる。1坪当たり50 写真−3 播種量(1箱当たり乾籾)の比較 300g播種(左) 、 100g播種(右) 株の栽植密度、10a当たり5∼7箱の苗で移植が可能で ある。なお、密苗栽培の10a当たり収量は図−1のとお りで、品質は慣行の稚苗と同じである。 播種や育苗管理の方法 密苗が目標とする移植時の苗姿は、本葉の葉齢2.0∼ ①種子予措(種子消毒、浸種、催芽)は慣行に準じる。 2.3(写真−1) 、苗丈10∼15㎝である(写真−2) 。これ 移植時の苗揃いのため、ハトムネ催芽をよく揃える。 は北陸における播種後の育苗期間で2∼3週の苗姿であ ②播種は密苗に対応した播種機を使用する。または播種 る。播種や育苗管理の方法は次のとおりである。 部を2回通す。試し播きをして、1箱当たりの播種量が、 期待する250gや300g(写真−3、 540 いずれも乾籾で、粒大は「コシヒカ 精玄米重 ︵㎏ / a︶ 520 リ」並み)になっていることを確認 517 500 514 する。 506 ③出芽器により加温出芽する。ビニ 480 ールハウス内での平置きべた掛け被 10 覆による出芽法も可能だが、短期間 460 440 に斉一な出芽と苗丈確保をめざすの 250g 播種 300g 播種 で、加温出芽を推奨している。 100g 播種 ④ビニールハウスでの育苗管理は慣 図−1 密苗栽培の10a当たり収量 「コシヒカリ」 、栽植密度50株/坪、 5月下旬移植、石川農研 写真−1 移植時の苗の比較 300g播種(左) 、100g播種(右) 2 行に準じる。なお、短期間に苗丈を 得たいので、温度を低くしすぎない グリーンレポートNo.563(2016年5月号) ように管理する。 15%狭めた。前 また、個体密度 項の機械そのも が高いことから、 のの性能・精度 苗の生長が進む 向上と少量掻き 育苗後半の好天 取り機構により、 時は激しく蒸散 密苗移植機構を するので、かん 確立した。 水不足にならな いように注意す る。プール育苗 圃場準備の 写真−4 根マット形成の様子 250g播種、播種後2週 写真−5 密苗移植作業 30a圃場で田植え作業の途中での苗補給が不要に 留意点 移植時の水田 も可能である。 管理は、基本的には慣行法と同様であり、①適度な埋め戻 ⑤播種後2週以降で地上部を持ってもマットが崩れない りの土壌硬さと②移植開始時に落水∼ひたひた程度の水 ようになる(写真−4) 。 深を維持すれば、浮き苗や転び苗を防止することができる。 ⑥育苗箱施用剤の使用は農薬登録に従い、移植前または 密苗導入による経営上のメリット 移植時に施用する。 ⑦本田の除草剤は田植機による移植同時散布または移植 実際の経営に密苗を導入した場合、次のメリットが期 後の施用とする。 待できる(図−2) 。 ⑧移植後は急激な深水や入水を避け、浮き苗の発生を防 ①育苗ハウスの使用面積が少なくてすみ、余剰ハウスを 止する。栽培期間の水管理は慣行に準じる。 受託育苗や施設園芸の拡大などに有効利用できる。 ⑨本田の施肥管理は慣行に準じる。 ②苗数が少なく、運搬が軽労化されるうえ、短時間で行 ⑩同時期に移植した慣行の稚苗に比べ、出穂期や成熟期 えるので、労力軽減に絶大な効果がある。 が3日ほど遅くなる。 ③育苗期間が短く、ハウスの稼働率が向上し、播種・田 品種は、これまでの石川県と国内の実証試験から「コ 植え作業を分散して晩期移植栽培に取り組みやすくなる シヒカリ」をはじめ一般的な品種が適用できる。ただし、 ので、経営面積の拡大に有効である。 穀粒サイズ(千粒重)が極端に大きな品種は、期待する ④必要な苗箱数が少なくてすみ、圃場に苗を運搬(トラ 播種密度が得られない場合があるので確認が必要である。 ック搭載)しておけば一人で田植え作業ができる。 また、移植時の苗丈が8㎝程度では短く、移植精度が劣 ⑤直播栽培と比べ細かな水管理や出芽不良の心配がなく、 るので、苗丈の伸びにくい品種は、育苗期の温度・水管 特別栽培や有機栽培も可能である。 理に注意し苗丈確保に努める。 密苗の導入は、大規模稲作経営体では、繁忙な春作業 時期の労働力が削減でき、作業ピークのカットが可能と 密苗を4本植えで高精度に移植する なるので、規模拡大に向けて大きな力となる。今後いっ 密苗マットから4本程度の苗を少量掻き取り、正確に そうの経営規模拡大が進むと予想される稲作経営体をは 移植するために、田植機の機械性能の改良と圃場準備時 じめとして、畑作物、園芸作物あるいは加工販売を行う の対策を検討した。 複合経営体にとっても営農改善の有力な手段となる。 機械性能の改良 ①植付アームの回転バランスの向上 密苗のコスト低減効果 (試算例:水稲30ha経営) 現行の播種量100g/箱を⇒300g/箱にした場合 高速作業時の植付姿勢を乱さないために、植付アーム の回転を37∼43株/坪植えでは不等速に、50株/坪植え 育苗箱数4,500→1,500箱 以上では等速に回転させ、すべての栽植密度において、 ビニールハウス 9棟→3棟 最適な植付軌跡を実現した。 ②昇降制御ロジックの改良 播種および苗運搬時間 195時間→65時間 作業速度の高速化にともない、作業部の田面高さの変 化に対する昇降制御ロジックを改良したことで、植付姿 育苗資材費(育苗箱、培土、ハウス資材) 勢の安定化や浮き苗の抑制など、植付精度が向上した。 145万円→67万円 ③少量掻き取り機構 ※上記データは目安なので、実数は異なる場合がある。 掻き取り爪の幅を従来と比べて約30%、横送り幅を約 1 3 1 3 1 2 図−2 密苗のコスト低減効果(試算) 3 重労働である 育苗箱運搬作業 や育苗に必要な ハウス面積など が約3分の1に! 8条植え田植機 で30aの圃場なら 一度の苗のせで 田植えが可能に!
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