Nara Women's University Digital Information Repository Title 大台ケ原及び大杉谷付近の特殊植物の分布 Author(s) 小清水, 卓二 Citation 大台大杉自然科学調査報告, pp.1-6 (1955) Issue Date 1955 Description URL http://hdl.handle.net/10935/4095 Textversion publisher This document is downloaded at: 2016-05-15T20:23:19Z http://nwudir.lib.nara-w.ac.jp/dspace 2 6 . 往古川上流地帯のカキカ ズラ群落 2 7 . 林相の急変地帯の七 ツ竃滝 〉、 2 8 . 丹生川上上神のサカキカ メラ 図版 9 図版 8 2 2 . 迫附近の石灰岩壁上の野生ビワ群落 23. 向上野生ビワ群落遠望 2 4 . トガサワラ分 布地 帯 2 5 . 大台ケ原 山牛石ケ原におけるウラジ ロモミ(→印〉 乙食害された状態.右側の樹は熊が好 の樹皮が熊 l まぬためか食害されないパラモミ 大台ヶ原及び大杉谷附近の特殊植物の分布 小 清水卓二 一 一 一 1一 一 一 筆者は 1 9 3 2年頃から大和地方の植物分布並びに生態につい て興味をもち,機会を得る度毎に 乙の研究を続け ている.然し大和地方は の変化に富むのみならず p p 他地方にその類例を見ぬ程複雑な地質 , 地勢 気象 p 古文化史上にも因縁が継がり p 植物の分布及び生態もこれらの環境 要因によって頗る複雑多様な様相を示している.従って大和地方の植物分布並びに生態を詳細 に解明するのには更に各分野から総合的に研鐙を積まねばならない. 筆者が乙れまで大和地方の植物の分布並びに生態に関し て調査した結果の一部分は,既に奈 良県綜合文化調査報告書,植物研究雑誌 p 関西自然科学研究会誌,植物生態学会報,大和の名 勝と天然記念物等に部分的に報告し てい るが,弦では筆者が大和地方の分布植物要素を便耳上 その分布本拠地別 K,インドー マレイ系,南支亜熱帯系,中支系,襲速紀系 東北一関東系, p 欧米系 p 第三紀化石遺体系,満鮮系,寒地系の 1 0要素(関西自然科学研究会誌.V o l .8 ,1 9 5 4 ) に分っ て見た中で,大台ケ原と大杉谷を 中心と した地域の植物の一部分から,乙れらの要素に 該当する主なる植物を摘出し てその生態的分布を考察し てみたいと思う. 一一 一 2一 一 一 大台ケ原 山系(台高山脈)の最高峯である秀ケ岳 ( 1695m)に達する主な登山口は,大杉谷 口p 入之波口 p 小橡口,船津口及び伯母ケ峯口の 5登山口である.とれらの登山口から頂上に 到 るま での聞 の森林植物の垂直的林相分布を見ると p その登山口 の如何 によって分布相も多少 差異がある.例えば,大杉谷口で、は,標高 750m附近 までは暖帯性の常緑広葉樹林であり,入 之波口 および小橡口では, 700mk さがり,船津口では 熊野灘の暖流の影響を直接受けるため か 850m近くまで、上っている.従って温帯性落葉広葉樹の代表的なブナの安定群落は p 大杉谷 口では 750m以上であり,入之波口及び小橡口では 750m以上であり,船樟口では 850m以上 になっている.然し何れの登山口から登ってふ亜寒帯性の針葉樹の安定群落の出現は 1500m 附近から 等しく形成されている 乙とは頗る興味がある. - 1- 船津口から千尋峠に出る往古川上流, 大河内谷附近や大杉谷口の大杉谷渓谷に沿っては暖地 性或は亜熱帯性植物に富み p 特に筆者のいうインドー マレイ系要素たるカギカズラ,ウドカズ 5 0∼ 300m), 大河内谷(250∼ 300m)の地帯に発達し,イワヤ ラの群落は,往古川上流( 2 シダは大杉谷の中流地帯 K,オオパチドメグサ,クモラン,キジョランの如きは七ツ竃滝附近 (700m)までに分布している. 大杉谷渓谷の植物相を下流から上流にかけて通覧する と,七 ツ竃滝を境 として急激に植物相 の変化が認められる.例えば南支亜熱帯系要素 とみられるオオパノハチジョウシダ,アオネカ スラ, コモ チシ夕、, ミヤマムギラン,或は暖地性要素のケイピラン,テイショウソウタタイミ ンタチバナ,キシゥギク, ミサオノキ,ヤナギイチココタブノキ,カゴノキ,イヌガシ, トキ ワガキ,ヤブ ニ ッケイ,ウパメガシなどは多くは七ツ竃滝以下の下流に分布している.なお船 津 口には p 海岸に多く見られるヤナ ギイチゴ,オモトなどの分布が目 立つ .叉往古川中流地帯 atalpaovataの自然的分布が非常 K多い事は如何なる理由に の中国原産なるべき キササゲ C よるものか興味が多い. 次r e .,入之波口に到る迫の丹生川上上社境内には, Jレリミノキ p ミヤマトベラ,サカキカズ ラ,ナガパジ ユズネ ノキ,クロパイタオガタマノキ,ホソパタブ,カゴノキ,ク ロガネモチ P カラスザンショウ,カナメモチ,ヤブニッケイ,ヤブツバキ p フウラン等の暖地性植物が見ら れ,五色湯附近にはセンダイ ソウ,大台辻から少し下 ( 900m)の岩壁には p 堂倉谷と同様台高 山脈におけるオオクボシダの垂直的最高所分布が見られる. 叉北山川上流の小橡口( 450m)には, シシンランの如き暖地性植物要素がツクパネガシに着 生分布し ているのは 注目すべき事で,他の登山口にはまだ乙の植物の分布が見当らない . 一一− 3 一一 瀬戸内海が陥没 K よって形成される以前に p 現在の九州,四国 p 紀伊,大和,伊勢が p 陸続 きとなっ て乙れらの地一体に共通的分布を示していたと考えられる小泉博士の所謂襲速紀系植 物の生態分布を 台高山脈に就いて調べると,概して山頂近くに多く分布するもの p 山頂から麓 まで共通的に分布するもの,主とし て麓近く l 乙多く分布するものの三様に区別する ζ とができ る. 山頂近くに多く分布する植物としては, ヒコサンヒメシャラ,コメツツツ,ヤマモミヂイチ ゴp コモノギク,クロズ Jレ,シコクメギ p トサノモミヂガサ等であり, 麓から 山頂にかけて広 一一つーー “ く分布するものはツクシシャクナゲ,シチョ M ウゲ、,アサマリンドウ,モチツツジ p オオク 1 7 0 0 ボシダ( 900m附近まで〉等である.叉麓地 1500 と特に多く分布するものは,チャボホトト 帯i ハリ 9d 恥﹄凸ヨ AOO ク,イワザ、クラ p センダイソウ,チャボツメ リ レンゲ、 ,ケイピラン P イヨクジ ャク, キシ ゥ ハu n u A U 標高→ ムラサキニガナ,テイショウソウ,イナカギ 噌ム噌ム ギス,ズイナ,アサガラタヤハズアヂサイ, シダ p イワヤブソテツ,ホウピシダ,イヌマ i 7 1 0 0 キ等である. tewartia なお台高山脈系には,シャラ S 属の植物が 3種類あるが, ζ の中 p 500 襲速紀系 植物に属するヒコサンヒメシャラ S .s e r r a t a ; 300 t e w a r t i a( シ ャラ〉属の各種類の垂直的分布比率. Maxim. の分布は,標高 1200m以上の地帯 S 左 , S .s e r r a t a(ヒコサンヒメシャラ); に特に多く分布し,中支系のヒメシャラ S . S . p s e u d o C a m e l l i a〈シャラノキ〉; 中 , monadelphaS i e b .e tZ u c c . は 600mから .monadelpha(ヒメシャラ〉. 右 , S 1300m附近の聞に多く,関東−東北系のシ ャ ラノキ S .pseudo-CamelliaMaxim. は 700m附近から 1200m附近の聞に多く分布する 事は 興味がある. シャラ属の 3種類の中,ヒメシャラの個体数は圧倒的に多く,他の 2種は比較的少数である. 一 一 − 地質時代の中佐代から第三紀の始め頃 p 4 一 一 広く北半球に分布していた事実が化石によって証明 せられているイチョウ,ハナノキ,フウ,ナンキンハゼp ユリノキ p スズカケノキ,セクオイ アP メタセコイア,コウヤマキ p カツラ, トガサワラ等は,第三紀の終り頃即ち鮮新世から第 四紀の洪積世の寒冷のため大部分絶滅して化石となったが,然し中国や p 米国の如き広大な而 も地勢の変化に富む処では, ζ れらの植物が生き残り得る場所がど ζ かに存在していたためか 絶滅をまぬがれて現代まで子孫が残存し得たと考えられる所謂第三紀時代の生きた化石植物が 多い. - 3ー 日本は土地が狭いため p この様な生きた化石植物の樹種の残存が望み難い筈であるが,それ にも拘らず,ハナノキ,コウヤマキ, トガサワラ,カツラの如き世界に誇るべき貴重な第三紀 の生きた化石植物が局部的に自然に残存している. ζ れらの中 p の如き樹種が台高山脈を含めた吉野群山に多く分布し p 特にコウヤマキ, トガサワラ カツラの如き植物も散見せられる事は 極めて興味のある現象である.恐らく吉野群山の地勢p 地質p 気象等の複雑さが,乙れらの化 石遺体植物を環境的に温存せしめ得たものと考えられる. トガサワラは p 現在紀和半島 と土佐のー小部分のみに存在する植物で,乙の中,大台ケ原を 中心とした地区に特に多い .この植物は標高 700m附近に概して群落を形成し,吉野川上流の 北股川の奥,三ノ公川附近には天然記念物に指定されているトガサワラの大純林がある. トガ サワラの最低分布地帯は入之波口の標高 340mの地帯である.入之波登山口から大台辻 に到る 乙及ぶ乙の種の巨樹の群落が見られる. 途中の三十三荷附近には p 特に目通 4 ml コウヤマキは多くは標高 700m以上から山頂にかけて p 概して尾根に沿って群落を形成して 分布している. カツラは,概して山麓地帯の渓流に沿って散在し p 北股川沿岸には目通 3 m以上のものもあ ったが,近来伐採されてその数が少くなった. 一一 5 一 一 大杉谷,大台ケ原山を通じて,登山沿道に石灰岩の露頭の著しく現われている場所は,大杉 谷では千尋滝附近であり,吉野川上流づ f こいの登山口では p 迫,相木附近である. 乙れらの石灰岩地帯に共通して,特に目立つ植物としては,クモノスシダ p フクロシダ,ヒ ノキシダ,ヤブソテツ,ノキシノブp アオネカズラ,サツラン,カタヒパp ハ コネ シタ\クリ ハラン,ビロウドシダ,マメズタ p ヒメカナワラビ p トラノオシ ダ,イノモトソ ウ等の羊歯類 を女台めとして, ミツバベンケイソウ,スズシロソウ p コアカソ,イタビカズラ,マノレパマンネ ラ,ヒョウタンボク,ハシドイ p マjレパカサモチ,マ jレバウツ ングサ p ヤマアイ,サカキカス‘ ギp ウリノキ,コウ ゾ,フサザク ラ,スズナ, ミズキ,イヌトウキ,イワガサ p ハガクレツリ ブネ,ビワ等である. 乙れらの植物の中,ピワは特に川上村白屋から迫附近の,他の樹種はあまり生育していない 石灰岩壁土に多数自然分布をしていることは頗る興味がある. 日本の野生ピワは,山口県美禰郡秋吉村滝穴p 岡県大島郡祝島,大分県南海郡上野村大字山 - 4ー 梨字白谷等に分布し,何れも天然記念物として指定されている. これらの分布地帯は,大部分石灰岩地帯で,ただ祝島だけが玄武岩地帯である.現在までに 知られている野生ビワの自然分布北限地は恐らく迫,柏木附近の石灰岩地帯かと見られ,貴重 な分布地帯である. 一 一 一 6一 一 一 台高山脈系を中心とした地帯は,大峯山系を中心とした地帯よりも,寒地性要素の植物の種 類が少い. 台高山脈系の寒地性要素に属すものとし ては p ツバメオモト, ナ,チシマゼ、キショウ p アリドウシラン P ツマトリソウ p イワギキ g トウヒ p タカネニガ ウp アカモノ,クリンユ キフデ p ハリブキ,マイズ、 Jレソウ ,ハクサンオミナ エシ P ヒメイチゲ,サンカヨウ,イタヤカ エデp コメ ツガ,イチイ,シラネワラビ,メンマ, ミヤマシグ v,セ リパ‘オウレン, ミツバオ ウレン,チョウジギク,イワカガミ,イワウチワ,エンレイソウ,イワナシ等ある. 乙れらの寒地性植物要素とみなされるものの中 p イワカガしチョウツギク,イワウチワ, ミヤマシグ v, イワナシ,セリパオゥレン, ミツバオゥレンの如き植物は,概して山頂よりも 寧ろ山麓地帯に局部的に群落を形成し,山頂には散在的になっている場合が多い.斯の如き寒 地性植物群落形成の垂直的分布逆転の理由につい ては p 未だ明確な実証を握み得ぬがp 恐らく 洪積世の寒冷時代に,水平的にも垂直的にも広く分布した寒地性植物要素が,その後の洪積世 末から沖積世にかけての気温上昇に当って滅亡或は退避し,その際生存環境の許される範囲に 於て,局音I~ 的に残存或は逃げ遅れ群落を山麓地帯に作って今日まで残存し得たのではないかと 考えられる. 寒地性植物が逃げ遅れ群落を作って垂直的逆転分布を示すのに反し,暖地性植物要素は垂直 的分布からは逆転分布をなするものが殆んど見られないのは p 地質時代の寒冷期から再び気温 の上昇を示し,沖積世の初期に熱帯的となり,再び気温が次第に低下して今日に到っている 等 の事と連関して頗る興味があるものではなかろうかと考えられる. 一 一 一 7一 一 一 ままに附言したい事は p 大台ケ原林相の熊による変化についてである.筆者はこの事について o l .3 0 , No. 2 ,1 9 5 5)に報告したが, 1 9 5 3年から 1 9 5 4 年にかけ てp 牛石 概に植物研究誌( V ケ原及び正木ケ原( 1500m)地帯のイトザサの大群落中に散在するトウしウラジロモしバ - 5- ラモしコメツガ,シラベ P ヒノキ p ゴヨウマツ,コウヤマキ等の針葉樹の中 p 特にシラベと ウラジロモミの樹皮を熊が地上 1 .5mの処から根元まで完全に剥皮して食害し,乙れら被害を 受けた樹の中には枯死或は枯死に頻した状態になっているのが目立つ. 熊が樹木を食害するに当って,樹種を選れする乙とは注目すべき乙とで,従来から吉野連峰 中,大峯山系にはシラベが特に多いのにも拘らず,乙れに隣接した台高山脈系にこの種が比較 的少いのを不思議とされていたが 今回の熊の選択的食害が或は永年の聞にこの樹種の分布比 p 率を多少変化したのではないかと推考され,更に今後乙の関係を詳細に調査したいと思ってい る . (奈良女子大学植物学教室) -6-
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