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TPP合意で高まるベトナムの
輸出拡大への期待と課題
TPP 合意に伴い、ベトナムでは縫製品を中心に米国向けの輸出増加が期待されてい
る。足元ではすでに関連する企業の投資が拡大しているが、こうした投資が順調に実
行され、輸出拡大の利益を最大限に享受するためには、原産地規則を満たすための材
料品の国内供給能力の不足や、専門人材の不足といった課題を克服する必要がある。
2016年2月の環太平洋経済連携協定(TPP)最終合
2 割弱のシェアを占めている。その他の 3 カ国向けは
意・署名を受け、足元でベトナム経済の潜在的な成長
合計でも 2%程度であることを考えれば、TPP によ
力に注目が集まっている。TPP が発効すれば、域内
るベトナムの輸出押し上げ効果の大部分は米国向け
向けの輸出拠点としてベトナムの重要性が高まると
輸出においてもたらされるということができるだろ
期待されているからだ。
う。
TPP の下で関税削減が進めば、加盟国向けの輸出
ベトナムの米国向け主要輸出品を確認すると、衣
品は域内で生産することで特恵関税の適用を受け
類および付属品が輸出額全体の 30%を占める最大
ることができ、コストの低下につながる。その場合
の輸出品である(図表 1)。その後に、電気機器・部品
に、特に労働集約的な製品の生産拠点としては、労賃
(プリンターなど)、履物等、家具が 10%程度で続い
の低いベトナムが魅力的だと考えられているのだ。
ている。これらのうち、電気機器や家具などについて
そこで本稿では、TPP で具体的にどう
いった国向けのどのような品目でベト
ナムの輸出増加が期待できるのかを検
討するとともに、懸念材料についても
考察する。
ベトナムは、TPP 加盟国のうち 8 カ
国とはすでに自由貿易協定(FTA)を
締結している。したがって、新たに関税
が削減されるのは、米国、カナダ、メキ
●図表1 米国の対ベトナム主要輸入品の現行関税率
大品目名
HS コード 輸入に占める割合(%)
衣類および付属品
61-62
30.1
電気機器・部品
85
12.2
履物等
64
11.9
家具
94
10.3
機械機器および部品
84
9.1
水産物
03
3.7
シコ、ペルー向けのベトナムの輸出品
である。なかでも米国は最大の輸出相
手国であり、ベトナムの輸出額全体の
8
主要詳細品目
(HS2012)
611020
611030
620462
851712
854231
851762
640399
640299
640411
940350
940360
940161
847130
844332
844331
030617
030462
基本関税
(%)
5 ~ 16.5
6 ~ 32
0 ~ 16.6
無税
無税
無税
0 ~ 10
3 ~ 48
10.5 ~ 48
無税
無税
無税
無税
無税
無税
無税
無税
(資料)台湾経済研究院、ニュージーランド外務・貿易省より、みずほ総合研究所作成
は、すでにほとんどの品目で関税が撤廃されている。
規則は「ヤーン・フォーワード・ルール」と呼ばれる厳
一方、多くの品目で関税が残存しているのが、衣類や
しいものであり、①製糸、②生地製造、③裁断・縫製、
履物といった縫製品である。しかも、米国が縫製品に
の 3 工程全てが TPP 域内で行われる必要がある(図
課している関税率(加重平均)は高く、衣類が 18%、
表 2)。ベトナムの衣類生産は、生地などの材料品を
履物は 12%である。TPP における米国の関税撤廃率
主に中国などから輸入し、これを国内で裁断・縫製し
は 100%であり、TPP が発効すればこれらの関税は
て完成品にするという構造になっているため、この
最終的に全て撤廃される。米国の縫製品輸入先は、現
ままの構造では TPP の特恵関税の適用を受けるこ
状、中国が圧倒的なシェアを占めているが、TPP に
とができない。前述した大型の投資案件は、こうした
よる関税削減でベトナムの輸出品のコスト競争力が
構造的問題を解消するための原糸や生地など川上工
上昇すれば、中国のシェアを奪うかたちで米国向け
程への投資も含んでいるが、ベトナムは衣類の材料
の輸出が増加すると期待されている。
品の 7 割程度を輸入に依存しているとも言われてお
り、TPP 発効までにどの程度国内で調達できるよう
になるのかは不透明だ。
もう一つの懸念材料は、専門人材の確保である。ベ
従来持っていた低労賃という強みに、こうした
トナムでは、特に染色工程など、複雑な工程に必要な
TPP による関税削減が加わったことで、ベトナムの
専門人材が不足している。これまでベトナムは、専門
米国向け縫製品輸出への期待は高まっている。ベト
人材をあまり多く必要としない縫製品の仕上げ工程
ナムにおける海外からの縫製業に対する投資動向
を主に担ってきたため、こうした問題はさほど顕在
も、こうした期待の高まりを裏付けている。例えば、
化してこなかった。しかし、今後、原産地規則を満た
伊藤忠商事は、縫製関連子会社が 2015 年初めにベト
すための川上工程を国内で行っていくためには、こ
ナム最大の繊維企業グループである国営ビナテッ
うした専門人材の確保が不可欠になる。必要な人材
クスと業務提携するなど、ベトナムでの生産基盤の
が不足すれば、投資実行の足かせとなる可能性もあ
強化を図っている。東レも、繊維関連の子会社がベ
る。
トナムに現地法人を設け、米国向けの縫製品生産を
成長のための絶好の機会を得たベトナムだが、
拡大させているようだ。さらに積極的に投資に動い
TPP の効果を最大限に生かすためには、発効までの
ているのが、韓国および中華系の企業だ。韓国の合
限られた時間で、こうした構造的問題に迅速に取り
成繊維大手の暁星(Hyosung)は2015年に大型投資の
組んでいくことが重要となるだろう。
認可を受けたが、その投資額は6.6億米ドル(約720億
円)と巨額だ。さらに、中国の繊維大手・天虹紡織集団
(Texhong)が5億米ドル、香港の大手繊維企業の互太
紡織(Pacific)と晶苑集団(Crystal)も5億米ドルを超
みずほ総合研究所 アジア調査部
研究員 中村拓真
[email protected]
す投資を行うなど、ベトナム縫製業に対する投資熱
はすでに高まりをみせている。
●図表2 TPPにおける衣類の原産地規制イメージ
TPP加盟国内
ただし、こうした投資が順調に実施され、ベトナム
が輸出を拡大させていくうえでは、いくつか課題も
①製糸
ある。まず一つ目は、材料調達の問題である。ベトナ
ムからの輸出品が TPP の特恵関税の適用を受ける
ためには、輸出品が TPP 域内で生産されたものであ
ると証明するため、協定で定められた原産地規則を
満たす必要がある。特に TPP における衣類の原産地
原材料
②生地製造
原糸
生地
③裁断・縫製
衣類
(注)
例外的に異なる原産地規則が適用される品目もある。
(資料)米国通商代表部より、みずほ総合研究所作成
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